松本龍とは、民主党所属の衆議院議員。環境大臣、防災担当大臣、復興対策担当大臣などを歴任した。
部落解放同盟副委員長であり、日韓議員連盟常任幹事である。人権擁護法案の推進派。
来歴
1980年、父であり、部落解放運動家の松本英一(参議院議員)の秘書となる。
2010年、環境大臣と内閣府特命担当大臣(防災担当)に就任し入閣。
2010年の閣僚資産公開では、保有資産7億6073万円で2位以下の閣僚に大きく差をつけて圧倒的1位であったことが報じられた(2位は鹿野道彦農水大臣の5968万円)。
2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震以降は防災担当大臣として対応にあたる。6月27日に復興担当大臣に就任(兼務)。環境大臣は退任した。
2011年7月5日、後述の発言により、世論や野党からの反発を受け、防災相と復興相を辞任した。松本氏本人は辞任の理由を「個人的な都合」と説明している。
2011年7月11日、体調不良により九州大学病院に入院。主治医団リーダーの神庭重信教授は、「心身が疲労し、『気分障害』が誘発されたとみられ、軽度の躁状態にある」と発表した。後述する問題となった発言についても、「本意とは違うことを口走ってしまうという気分障害の精神状態と関連するとみられる」という見解を示した。
発言と釈明
2011年7月3日、東北地方太平洋沖地震の被災地である岩手県を訪問した際、「おれ、九州の人間だから、東北の何市がどこの県とか、わからんのよ」、「知恵を出したところは助けるけれど、知恵を出さないところは助けない」などと発言。
その後宮城県庁にも訪問し、松本氏より遅れて応接室に入ってきた村井嘉浩知事に対して「今、あとから自分(村井氏)入って来たけど、お客さんが来る時は自分が入ってからお客さん呼べ。いいか、長幼の序がわかっている自衛隊なら、そんなことやるぞ。わかった?しっかりやれよ」と発言。さらに会談の最後には「今の最後の言葉はオフレコです。みなさん、いいですか、ぜっ書いたらもうその社は終わりだから」などと、マスメディアに対する恫喝とも取れる発言をした。
4日昼、松本氏は前日の発言について「呼ばれて入ったら(村井氏が)3,4分出てこなかった。だから怒った。九州の人間はお客さんが来るとき本人はいるものです」、「行儀の悪さというか、長幼の序ということをわきまえた方がいい、という話をした」と説明した。また自身の発言に野党が反発していることについては「問題ない。(自発的に)首相に説明するつもりもない」と述べた。
夕方には、「わたしはちょっとB型(血液型)で、短絡的なところがあって、さっき女房からも電話がありましたし、反省しなければならないと思っています」、「わたしは九州の人間ですけん、ちょっと語気が荒かったりして、結果として被災者の皆さんを傷つけたということであれば、おわびを申し上げたいと思っております」と釈明した。
また、「何市がどこの県とかわからん」という発言については、「福島、岩手、宮城に行き、すべての市町村の名前を知っています。知らないわけがありません。九州からみれば東北は広いなあという思いがあって。しっかり取り組むという意味で言ったのですけど、曲解されたというふうに思います」と説明している。
なお、3日の宮城県での会談の際、村井知事は遅刻はしておらず、定時通りに入室していた。来客が資料を整理しているときなどに知事がその場にいると逆に失礼に当たるという配慮などから、県庁で知事の来客がある際には知事よりも先に応接室へ入室させるのが他の自治体でも一般的な対応になっている。 松本氏の地元である福岡県庁でも、来客を知事が応接室で待つことはなく、知事が来客を出迎えることも通常はない。
一連の発言について村井知事は「国と地方自治体は主従関係ではない」などと述べ、不快感を示した。また、自身の出生地や血液型に責任を転嫁するかのような釈明をしたため、さらなる批判を招いている。
なお、辞任以降も依然として言論弾圧とも取れる発言についての釈明は行われていない。
関連動画
関連静画
関連項目
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読み:マツモトリュウ
初版作成日: 11/07/04 00:46 ◆ 最終更新日: 11/07/15 22:29
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