楢崎正剛(1976年4月15日 - )とは、日本のサッカー選手である。ポジションはGK。
概要
奈良県出身で奈良育英高校を卒業後、1995年に横浜フリューゲルスに入団する。新人でありながら正GKの出場停止となった際にマウスを守り、その後も正GKとして守り続けた。チームが消滅することが決まった年の天皇杯で優勝するという有終の美を飾り、翌年名古屋グランパスへ移籍した。移籍先の名古屋でも正GKとして活躍し、現在はクラブのキャプテンを務めている。また、2009年7月25日の浦和戦で「Jリーグ100試合完封」を達成し、翌年の2010年度シーズンにクラブが初優勝した際には、Jリーグでは史上初めてとなるGKでリーグMVPに選ばれるという快挙を達成した。
187cmと長身であり、非常に安定感のあるセービングが持ち味で、ポジショニングの上手さは特出している。他のGKであれば好セーブになるようなシュートも、ポジショニングの良さから難なく処理することが多く、楢崎本人もスーパーセーブには興味がないと語っている。
川口能活とは代表GKの座を争ってきたライバルであり、プレースタイルから「動の川口」と呼ばれたのに対し、「静の楢崎」と呼ばれた。年々プレーに安定感を増しており、近年は神がかったプレーも多い。現在でも日本最高のGKであると推す人物は多い。
一時期スペインのアトレティコ・マドリーへの移籍が報じられたが、実現はしなかった。楢崎本人が、前所属の横浜フリューゲルスという名前を消したくないので名古屋からは出ないという趣旨のことを語っていることからそういったことも実現に至らなかった1つの要因であると考えられる。
日本代表
1996年のアジアカップで初選出され、1998年のオーストラリア戦にて代表初出場を果たした。シドニーオリンピックにOA枠で出場した際、オーストラリア戦でボールを処理する際中澤祐二と激突し、頭蓋骨骨折という状況ながらも自ら出場を志願し、PK戦まで流血をしながらもゴールを守り続けた。その後怪我などもあり、WCドイツ大会では川口の控えに回りその後はしばらく招集を見送られる期間が続いた。しかし、2007年のキリンカップで久しぶりの先発出場を果たすと、不調の川口に代わって再び代表のマウスを守った。
WC南アフリカ大会予選においてもマウスを守り、本戦でのプレーに期待されたが高地順応が遅れたため川島永嗣が代わりに守り、楢崎はサブに外れた。しかしこの報道に対し楢崎本人は、高地順応について事実ではないと語っている。その後2010年9月7日のグアテマラ戦終了後代表引退を表明し、惜しまれながらも代表引退をした。通算出場試合数は77試合。
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初版作成日: 11/10/14 23:27 ◆ 最終更新日: 11/10/14 23:27
編集内容についての説明/コメント: 楢崎正剛について
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