単語記事: 正論

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正論とは、"理にかなう"正しい理論やなどのことである。

曖昧さ回避

概要

それぞれの時代や・地域毎に一般的に正しいとされている理屈や、普遍的に定着している常識などが「~であるべき」という文脈などでられる。正しい議論においては倫理や徳的な側面で使われたりする。

また、現在ではに合理を追求するや理想論なども「理屈は正しい」とされて正論に扱われる事が多く、必ずしもポジティブな面のみを含む言葉とはされていない。

正論の取り扱い

正論は嫌われる」とはよく言われる言葉であるが、それに至るまでの理由は実際の所様々である。何にせよ、正論物にも似た非常に危険を伴う物でもあるため、その扱いには非常に注意を要する。

  • する人への信頼性の
    いわゆる「お前が言うな」というやつである。例え発せられただけは正論であっても、現実ではが言ったかと言うことも重要視されるため、どんな裏があるか分からないような人間の言葉では残念ながら単純には受け入れられにくい、既に信頼を損なう悪評が立っている様な人間の場合ではなおさらである。また、正論を言うだけで、その正論に基づく行動を常日頃から実践していない様な人(例えば口先では正論ばかり言うが本人自身の性格や態度はいい加減で責任でやることなすこと不徹底、といった人物が言った場合など)も同様である。
  • 言葉遣いや態度の悪さ
    自身の正論であることに酔い、相手を論破するために大上段から振りかざすような言動を取っていれば相手からは当然不評を買うことになる。純正義感が先走りしてしまっているような層もいれば、ストレス解消の的などで意図的にこの様な扱い方をしていたり、他者のを「正論だ」と引っってきて人を追い詰めるためだけに利用する層はネットでも非常に多い。そもそも言葉遣いの悪さは議論において避けるべき基本の一つである。
  • 相手をとことん追い詰めてはならない
    たとえ対話する相手が正論に反するようなを繰り返しているような人であっても決して「逃げ」を塞いではならない。「窮噛む」ということわざがあるように、相手が逆ギレして痛いに遭う恐れがあるからである。ネット上でも、リアルでも、対人関係のトラブルを防ぎ自分の身を守るためには、相手をとことん追い詰めることよりも相手に「逃げ」を与えておくことの方がかに大事なのである。
  • そもそも正論ではない
    正論に痛い意見であったりすることが多いが、別に毒舌や辛口だから正論だというわけではない。また、都合の良い部分だけを切り取り、現実的でない理想をるようなも本来理にかなう正論ではないのだが、詭弁であっても何となく厳しい批判自体が正論だと勘違いされてしまうこともある。それが逆に正論という言葉自体のイメージに影している面も少なくない。
  • を突いているため
    人も態度も内容も全て問題ない文句なしの正論でも、人は痛いところを突かれるのはキツいものである。理屈では分かっていても、感情の面ではその摘が正しい故になおさらストレスを感じてしまうことになり、言われたほうがさらに反発して話が拗れてしまうこともある。もちろん時にはそのような過不足正論による摘が必要な時もあるし、それが当人のためになることがあるのも事実である。やはり辛い物は辛い、だが辛いからこそ効果がある摘になるのでその辺は仕方ない。
    ちなみに、かつて上岡龍太郎が「人は本当のことを言われると怒る」とよく言っていたのは、まさにこのことである。 

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初版作成日: 14/06/21 15:56 ◆ 最終更新日: 16/02/07 22:22
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正論

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正論について語るスレ

178 : 下山純 :2017/01/30(月) 17:23:18 ID: WJFeneaI1f
>>80>>83>>84
こんなに的確に物事を説明できる人ニコ百で初めて見た。記事に追加して欲しいくらいだ。

だから“する人への信頼性のさ”の項は削除希望
正論ってのは「整数の1と1の和は2である」とか「ナルメル実在した」等、事実を説明するものでもあるしな。
179 : ななしのよっしん :2017/01/30(月) 18:50:02 ID: r7jPdsiCA1
そこらへんは正論の定義に関わる微妙な問題もあるからな。

正論が純に「形式論理学的に正しい」を意味するなら者の信頼は関係ないけど、
現実社会ではいくら形式論理学的に正しくても、未検の前提を用いていたり、前提が偏っていたり、
大きな文脈を考慮していなかったり、文脈に対する解釈に問題があったりすると受け入れられない。
だから、前提の妥当性と文脈の理解も正論の定義に入れる立場もある(非形式論理学と言う)。

>>84が言っているのは、正論というのは信頼できない人間の言うことでも
信頼できる手続きで正論だと確認できるから者の信頼に関係に成り立つ、ということだけど、
前提の妥当性チェックや文脈の理解のための信頼できる手続きって何だろうね?
180 : ななしのよっしん :2017/02/02(木) 14:14:37 ID: uyvNT51bXy
今のネット正論至上義みたいな空気が嫌い
正論さえ言えば荒らしすら許され、荒らされた側が怒れば感情論者の愚か者みたいにあしらわれる
181 : ななしのよっしん :2017/02/02(木) 14:25:11 ID: qSauRcJRHI
それはかなり同意。

評価点・批判点半々ぐらいの作品でも一度ネットで否定的な評価がつくと「正当な批判」をにひたすら罵倒される印
いやこっちとしても批判点は理解してるけど、それ以外にも評価点は一杯あったじゃんて話をしようとしても擁護扱いされてまともに議論にならない状態。
182 : ななしのよっしん :2017/02/10(金) 04:57:26 ID: 4gOjqAlkeA
>>175-176
自分も大体これらと同意見です。

嫌われたのは正論を言うせいだとすると、では感謝される人は適当なことを言っているのだろうか。そうではないはず。
話をよく聞いて、客観的に広い視野から的確な回答をしたからこそ感謝されるのだろうから。そういう的確な回答も正論の範疇と思うので、正論感謝されることも十分に可なはず。

なので 反発された→正論を言ったせいだ と最初に考えるのは誤解であることがほとんどだと思う。
効率の面でも、ある意見が同意を得られなかっただけとそのまま捉えた方が対応しやすくて良いと思う。

まあ本当に的確な回答に反発される場合もあると思うけど、当事者と他人では物事の受け取り方が違うのはよくあるので仕方い気がする。これも正論だからではなく、例えば当事者にとっては難しいから受け入れられなかっただけと考えた方が対応しやすいと思う。
183 : ななしのよっしん :2017/02/10(金) 05:07:37 ID: 4gOjqAlkeA
あ、自分が書くコメントと関係がありそうな番号を挙げて話を進めただけなので、べつに他のコメントに反対という意味ではないですよ。
どれも興味深く読んでます。
184 : ななしのよっしん :2017/02/10(金) 05:46:05 ID: r7jPdsiCA1
まったく同意。正論認定の時点で間違っているか、本来の正論とは異なる意味で言っていることが多い。

正論を否定的に捉える考えは、本来の正論に対するイメージを低下させる可性がある。
また、軽々しく「正論を言うな」と言うことで、論理に頓着な印や「対話困難な相手」という
を与えることも考えられる。
だから同じ「正論」という言葉に「正しい論理」からかけ離れた意味を持たせることには反対だし、
そうした用法で用いることはあまりお勧めできないんだよね。
万人に慎重に扱われるなら良いんだけど、追随者が乱用してしまうということもあるからね。
185 : ななしのよっしん :2017/02/12(日) 07:16:14 ID: r7jPdsiCA1
単に激しく同意できる意見に対して正論認定したり、同意を集めている意見が気にくわない時に
正論を言うなと言っているように見える人もいるが、もちろん同意できるだけで正論とするのは間違い。

正論とは同意できることではなく、同意への筋が万人に与えられていること。
筋を与えられても頑なに認めない人もいるが、利の絡まない第三者なら
その筋が正しいと認めることができる。これが「正論」。

>>179では正論には形式論理学的に正しい論理と非形式論理学的に正しい論理の
二種類あると書いたが、どちらにしても正しさを確認できる筋が
万人に与えられていることには違いない。
186 : ななしのよっしん :2017/02/13(月) 20:28:48 ID: a13LHt5t0r
何でこんな単の記事で論争する必要なんかあるんですか
187 : ななしのよっしん :2017/02/13(月) 20:33:03 ID: KWKYr0zV8u
>>186
(正論)が欠けてますぜ
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