武田久とは、北海道日本ハムファイターズに所属するプロ野球選手(投手)。右投左打、背番号21。
概要
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現在の日本ハムの守護神にして、パを代表するちっこいリリーフエース。
2002年のドラフト4巡目で日本通運から日本ハムに入団。会社では配送業務をしていたらしい。
3年目の2005年後半戦から勝ちパターンの中継ぎとして台頭。
2006年には岡島秀樹、マイケル中村と勝利の方程式を結成、「HAMの方程式」(Hisashi And Micheal)もしくは「TOMの方程式」(Takeda・Okajima・Micheal)と呼ばれ、45ホールドポイントで最優秀中継ぎのタイトルを獲得。リーグ優勝、日本一に貢献した。またこの年、八木智哉・マイケルとともに継投による延長12回ノーヒットノーランを記録している。
2007年、2008年も引き続きセットアッパーとして60試合以上に登板するが、2008年は流石に疲労が出たか打ちこまれる場面が増え、防御率4点台、7敗と精彩を欠いた。
2009年はマイケルの移籍によって抑えに配置転換。前年の不調から復活し、55試合に登板してシーズン無敗というさりげにとんでもない記録を残してセーブ王を獲得。ちなみに最優秀中継ぎとセーブ王を両方獲得したのはパでは武田久が初である。
しかし日本シリーズでは、第5戦に登板した際に先頭の亀井義行に初球同点ソロ、3人目の阿部慎之助にサヨナラホームランを打たれ、4球でこの年の公式戦初黒星。馬原孝浩(これは悪い夢以外の何物でもない!)→福盛和男(福盛の21球)と続いたパ守護神炎上リレーを完成させてしまった。
2010年は開幕から3試合連続救援失敗と絶不調に陥り、守護神の座を剥奪されてしまう。6月頃から徐々に調子を取り戻し守護神の座に戻ったものの安定感に欠け、59試合に登板したが1勝5敗19セーブ、防御率3.83(前年は1.20)と大幅に成績は悪化。CS進出を逃した戦犯という扱いになってしまった。
2011年は前年の不調から完全復活。シーズンを通して安定したピッチングを続け、53試合で1勝2敗37セーブ、防御率1.03、WHIP0.78の好成績でセーブ王のタイトルを獲得。通算100セーブにも到達し、パ・リーグ初の「100ホールド・100セーブ」を達成した。
170センチ(実際は168センチらしい)と小柄な身体を沈み込ませて投げる投球フォームで、オーバースローなのにサイドスロー並にリリースポイントが低い。
コントロールも良く無駄な四死球は出さないが、ヒット自体はそこそこ打たれるのでやっぱり基本的には劇場型。
同僚に同姓の武田勝がいるため、2007年まで指揮を執っていたトレイ・ヒルマンは審判に投手交代を告げるときに「武田(右)」と呼んで左投げの武田勝と区別していた。
ダルビッシュ有に対して「最後まで投げろよ」「選手として素晴らしい…人間として?まあまあ」、江尻慎太郎(年上)に対して「結果オーライじゃダメっすよ!」「浮かれんなよ」などといった男前(?)な発言が多い。
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読み:タケダヒサシ
初版作成日: 09/12/24 15:35 ◆ 最終更新日: 12/04/04 15:37
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