概要
メンバーは有吉弘行と森脇和成。1994年4月に結成。グループ名の由来は、中学校時代の有吉と森脇それぞれの片思いの女の子のあだ名、「猿女房」「ほくろ岩石」から。
当時、人気番組だった『進め!電波少年』の人気企画「ユーラシア大陸ヒッチハイク横断」でブレイク。ヒッチハイクの内実を記した書籍『猿岩石日記』もシリーズ累計で250万部のベストセラーに、同企画の応援歌として製作された爆風スランプの「旅人よ 〜The Longest Journey」もロングヒットを記録した。企画の目標達成後は日本へ帰国、日本に帰ってからは多忙の日々が続く。なお、ブレイクのきっかけとなったヒッチハイクだが、バンコク(タイ)〜ヤンゴン(ミャンマー)間、ヤンゴン〜コルカタ(インド)間、テヘラン(イラ ン)〜アンカラ(トルコ)間の3ヶ所で飛行機に乗っていたことが後に発覚。危険回避の為と日本テレビは釈明したが、飛行機に乗る様子や経緯を当時はオンエ アをしなかった事かから、やらせではとの批判もあった。番組側は猛省したのか、後のヒッチハイク企画の内、朋友が挑んだ「アフリカ・ヨーロッパヒッチハイ ク横断」でも飛行機が使われていたが、こちらは内紛などといった本気で洒落にならない事情があったことをキチンと説明していた上で、視聴者にテレゴングで アンケートをとった結果である為、反発は無かった。
そんな中、秋元康のプロデュースにより、藤井フミヤ、藤井尚之兄弟提供の「白い雲のように」をリリースして大ヒットを記録。以降、歌手活動も平行して行う。しかし、次第に人気が陰り、地元広島でのレギュラー番組だけになるなど仕事も減っていく。フジテレビの「プレゼンタイガー」の企画で「手裏剣トリオ」に改名したものの、人気が再燃することも無く、2004年3月には二人の方向性の違いから解散した。
解散後。有吉は毒舌タレントとして再ブレイク。近年では毒舌やあだ名の他、ものまねの才能を開花させている。森脇は株式会社スクラッチ(後にESPバイオテック・ラボ株式会社に社名変更)を経営。家事手伝いの女性と結婚し、2008年11月には経営していた会社を辞め、小さな会社に勤めている。順調に第二の人生を歩んでいる模様。
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読み:サルガンセキ
初版作成日: 10/11/02 11:17 ◆ 最終更新日: 10/12/11 17:44
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