単語記事: 福岡ソフトバンクホークス

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パシフィックリーグ
福岡ソフトバンクホークス
基本情報
創設 1938年
本拠地 福岡 ヤフオク!ドーム
優勝回数
リーグ優勝 19回
日本 7回
セ・パ交流戦 4回
アジアチャンピオン 0回
経歴
  • 南海軍(1938年-1944年途中)
  • 近畿日本軍(1944年途中-1945年)
  • グレートリング(1946年-1947年途中)
  • 南海ホークス(1947年途中-1988年)
  • 福岡ダイエーホークス(1989年-2004年)
  • 福岡ソフトバンクホークス(2005年-)
球団組織
運営母体 ソフトバンク
オーナー 孫正義
プロ野球球団テンプレート

いざゆーけー 無敵ーのー 若鷹軍団ー♪

福岡ソフトバンクホークスとは、日本のプロ野球パシフィック・リーグに属する球団である。本拠地は福岡ドーム(福岡 ヤフオク!ドーム)、二軍・三軍は筑後市にあるタマホームスタジアム筑後(2016年から)。

略称は「ソフトバンク」「ソフバン」「SB」「鷹」など。スポーツ新聞などでは「ソフトB」「ソフト」と書かれることもある。帽子のロゴは「Sh」。
南海時代から二度の身売りを経ながら半世紀以上も同じチーム名を使い続けていることもあって、ファンの間では「ホークス」と呼ばれることの方が多い。

概要

親会社はソフトバンク株式会社。現在の監督は工藤公康(2015年~)。

プロ野球黎明期からの長い歴史を持つ球団。黄時代と暗黒時代の落差が激しく、強豪球団として毎年優勝争いをする時代と、弱小球団として万年Bクラスに沈む時代が数十年スパンで回っている。他の球団と比べても優勝監督が長期政権を取る傾向にあり、南海時代の鶴岡一人は23年、ダイエー~ソフトバンク時代の王貞治は14年に渡って監督を務めた。

地元九州での人気は非常に高く、ダイエー時代からパ・リーグでは随一の観客動員数を誇る。所属選手にも九州出身者や九州の高校・大学・社会人チームを出た選手が多く、九州ブランドを重視している。近年は内川聖一(大分)、帆足和幸(福岡)、鶴岡慎也(鹿児島)、中田賢一(福岡)など他球団の九州出身選手がFAで移籍してくることも多い。また、かつて南海ホークスが本拠地としていた関西にも根強いファンが多いほか、TOKYO MXの放送枠を球団が買い取って主催試合の地上波中継を行っているため、関東圏にもファンは多い。主力にイケメン選手が多いため、若い女性ファンの多い球団でもある。

南海からダイエーへの身売りによる大阪から九州への本拠地移転に際し、地域密着を掲げて九州での不動の人気を獲得した経営戦略は、後の日本ハムファイターズの北海道移転を初めとしたパ・リーグの地域密着方針の先駆けである。

日本一ホームランが出にくいと言われる福岡ドームを本拠地としながらも、かつてはダイハード打線に代表されるような強力打線を売りとしていた。現在はどちらかといえば投手力のチームで、リリーフ陣の充実度は球界屈指。基本的に選手の能力任せの脳筋野球をするチームなので、打線や投手陣の歯車が噛み合えば手が付けられないほどの強さを誇るが、失速するとなかなか立ち直れず、ここ一番で勝ちきれないという展開が多い。毎年開幕前の予想では優勝候補の筆頭に挙げられ、シーズンでは評判倒れの戦力詐欺になりがちである。故障者の続出も恒例行事だったが、最近は厄が東京ヤクルトスワローズの方に移ったのかそれほどでもない。

セ・パ交流戦を大の得意としており、2016年までの12年間で優勝(1位)6回、通算で180勝108敗12分の勝率.625という圧倒的な強さを誇る。2011年には最高勝率記録となる勝率.818(18勝4敗2分)をマークするなど、セ・リーグの各球団から怖れられている(ただし阪神タイガースだけはほぼ互角の戦績を残している。鷹虎決戦の項を参照)。毎年交流戦の時期は戦力が揃っており、交流戦が終わってから失速し始めるのがお約束。

ダイエー時代から使われている球団歌の「いざゆけ若鷹軍団」は福岡では県民歌のような扱いである。ダイエーからソフトバンクに球団が売却された際、福岡の商工会議所の会頭が孫正義オーナーとの宴席で「いざゆけ若鷹軍団」を歌い上げ、「この曲を変えたら福岡市民全員を敵に回すと思って下さい」脅した曲を変えないよう要望したという噂もある。福岡県民ならずとも、ダイエー時代にダイエー及び関連企業の店舗で飽きるほど聞いて覚えてしまった人も多いだろう。

ホークス主催オープン戦はほとんど福岡ドームで行われる。たまに宮崎などでオープン戦をする場合があるが、2010年は主催試合全てが福岡ドームと、福岡ドーム偏重な日程を組んでいる。九州で人気が高いだけに、もう少し九州でオープン戦を開いてほしいところ。公式戦は主に北九州、熊本(藤崎台)、鹿児島(鴨池)などで地方主催試合を組む。北九州の試合はしょっちゅう荒れた展開になるため、ファンは戦々恐々。

ダイエー時代やソフトバンク身売り直後には年俸数億円の大物外国人を連れてくることが多かった。現在も主力選手に高額年俸の選手が多く、年俸総額は例年ぶっちぎりでパ・リーグ1位である。その一方、一時期は大型の複数年契約が重なったこともあって現有戦力の高年俸だけでいっぱいいっぱいになり、補強には非常に消極的な球団になっていた。そのため、2010年オフからはベースを抑え出来高を重視した複数年制を導入。相次いで大型補強を敢行するなど、フロントの方針に変化が見られはじめた。秋の風物詩に業を煮やしたのが理由だけど。お金持ち球団のわりに戦力流出が多いのはダイエー時代からの伝統である。そんなこんなでソフトバンク身売り直後は赤字だったが、現在は球団単体で年間数十億円の黒字を出すまでに至っている。

2004年からは毎年7月に「鷹の祭典」というイベントを行っており、福岡ドームの来場者全員にレプリカユニフォームを配布するという太っ腹なことをやっている。2006年からは選手がこの期間のみ特別ユニフォームを着用するようになり、福岡ドームはその年限定の特別ユニフォームを着たファンで埋め尽くされる。2012年からは東京ドームでも鷹の祭典が開催されており、関東圏のファンを喜ばせている。2014年からは大阪ドームでも鷹の祭典を開催している。ホークスの応援席がカラフルなのは毎年ここで配られるレプリカユニフォームの色が違うせい。

「世界一の球団を目指す」と豪語する孫正義オーナーは、球団にとっては「は出すが口は出さない」という理想のオーナーを地でいく存在であり、また大事な試合には頻繁に観戦に訪れ、勝利するとベンチに現れ大喜びしている姿がしょっちゅう見られる。優勝や日本一時には監督に続いて胴上げされるなど、選手からも愛されている様子。

かつて福岡は西鉄ライオンズが本拠地としており、のちにダイエーが福岡に進出したのちも、西武ライオンズでGMをしていた根本陸夫を引き抜いて西武から工藤公康、秋山幸二、石毛宏典など主力選手を多数獲得して現在の強豪ホークスを作り上げるなど、埼玉西武ライオンズとは縁が深く、ホークスにとってはなかなかシーズンで勝ち越せなかった宿敵でもある。また南海時代に同じ関西を本拠地としていたオリックス・バファローズは、阪急ブレーブス時代から不思議といろいろな因縁がついて回っている(オリックス・バファローズの記事参照)。

2011年からは、若手選手の実戦経験の場を増やすため、育成選手を大幅に増やして本格的な三軍制を導入。プロと大学生との交流試合が解禁されたこともあり、地元九州の大学・社会人チームや、四国アイランドリーグplusなどとの交流戦を行っている。

2012年から2014年にはニコニコ生放送にてホームゲーム全72試合を無料配信。映像・音声はCS放送(2012年は日テレ+、2013年~2014年はFOX SPORTS)のものをそのまま使用した。2015年は楽天を除くパ・リーグ他球団ともどもディレイ放送のみ。2016年は二軍戦の中継のみとなっている。

マスコット

ハリーホーク
(※ダイエー時代)

ハリーホークを筆頭に、「ホークファミリー」と呼ばれる12球団最多の総勢8体のマスコットがいる。
前身は平和台球場時代に存在したホーマーホークら4体。ハリーはホーマーの弟という設定である。

1992年に福岡ダイエーホークスが本拠地を福岡ドームに移した際に誕生。福岡ソフトバンクホークスとなった現在もカラーリングをオレンジから黄色に変更して健在である。ただ人数が多すぎるせいか、メインを張るハリーホークとハニーホーク以外のホークファミリーに関しては、他球団ファンからは無論、ホークスファンからも認知度は高くない。

デザイナーはイラストレーターの坂井永年。本人もその縁でかホークスファン。ハリーホークの誕生秘話は本人のブログ記事にまとめられている。

最近ではソフトバンクのお父さん犬がマスコット的な扱いを受けることが多く、ハリーホーク自体の影もちょっと薄い。

詳しくは「ホークファミリー」「ハリーホーク」の記事もそれぞれ参照。

他に2012年からは内川聖一をモデルにした「ウッチーくん」、松田宣浩がモデルの「マッチくん」、森福允彦がモデルの「チョメちゃん」、本多雄一がモデルの「ポンちゃん」という4体の着ぐるみが新たに登場。2013年には5体目として攝津正がモデルの「セッツくん」が登場した。ちょっとキモい。

さらに2015年からは謎のキャラクター「ふうさん」も登場。選手着ぐるみもさらに増えているのだが、公式サイトに詳細がないため全部で何人いるのかファンもよくわかっていない。

歴史

南海軍~南海ホークス時代

1938年に南海軍として創設されたのが始まりで、以降近畿日本(旧近鉄バファローズとは何ら関係は無い)→グレートリングと改称が続き、1947年シーズン中に南海ホークスと改称された。この当時は大阪府を本拠としており、1950年には大阪球場が完成。当時は阪神タイガースを凌ぐ人気を誇り、名将・鶴岡一人監督、次いで選手兼任の野村克也監督のもと、パリーグ初年の1950年から野村監督解任の1977年までの27年間でAクラス23回という抜群の成績を残した。

しかし1977年途中に野村克也が監督を解任されてからは戦力が急激に低下、1978年以降はBクラスが定位置となり、前々から在阪テレビの阪神タイガースへの偏向もあって球団の人気も低下。元から球団が赤字であったこともあり、1988年に福岡再開発事業の一環としてダイエーへ売却される事が決定。名前も福岡ダイエーホークスとなった。

福岡ダイエーホークス時代

福岡にはかつて西日本鉄道が経営していた西鉄ライオンズが居たが、所謂黒い霧事件から人気が低下し、西武ライオンズ(→埼玉西武ライオンズ)となった経緯があった為、福岡の者にとっては約10年ぶりの在福球団となった事もあって歓迎ムードで迎えられた。1993年には日本一の面積を誇る福岡ドームも完成し、1995年から元巨人軍の王貞治を監督として迎えたが、当のダイエーホークスは相変わらずの万年Bクラスであり、1996年には所謂生卵事件が発生する等、チームはしばらく南海末期の暗黒を引きずっていた。

しかしそんなチームを救ったのは元近鉄パールス所属で西武ライオンズの編成管理部長だった根本陸夫であった。根本は西武ライオンズ時代から大トレードやドラフトの囲い込み戦略などで「球界の寝業師」として辣腕をふるっているが、ホークスの監督を1994年まで勤め上げた後、強行指名や太いパイプを駆使し、時には親会社まで動かし、西武ライオンズから秋山幸二(のちの監督)をいわゆる世紀のトレード(秋山・渡辺智男・内山智之-佐々木誠・村田勝喜・橋本武広の3対3。秋山と佐々木はどちらも球団の看板選手同士であった)で、工藤公康(現監督)をFAで獲得。強豪西武の血を入れることでチームに蔓延していた負け犬根性を払拭するとともに、ドラフトでは小久保裕紀、城島健司、藤井将雄、井口資仁、松中信彦、柴原洋、斉藤和巳といった後の主力選手を多数獲得、強豪ホークスの礎を作り上げた。その功績は「根本マジック」として伝説となり、今でも昔からのホークスファンの間では語り草となっている(残念ながら根本氏は1999年4月末に死去されている)。

1998年にはオリックス・ブルーウェーブと同率3位となって南海ホークス時代から続いていた20年連続Bクラスからようやく抜け出すと、翌1999年にはダイエーホークスとして初のリーグ優勝を果たし、日本シリーズでは中日ドラゴンズも破り日本一に輝く。続く2000年、リーグ2連覇を達成。この年、前年に中継ぎエースとして活躍した藤井将雄が病に倒れる。リーグ制覇の胴上げの中、若田部健一の持った背番号15のハリー人形の姿は感動を呼んだ。チームのV2を見届けた藤井は現役選手のまま肺癌で逝去。日本シリーズではFA移籍した工藤の所属する巨人に2勝4敗で敗れた。

2003年には主砲・小久保が開幕前に怪我で離脱するが、それに伴う打順の組み替えがピタリと嵌り、チーム打率.297(日本記録)という圧倒的破壊力の打線と、四本柱と呼ばれることになる斉藤和巳・杉内俊哉・和田毅・新垣渚の揃った充実の投手陣でリーグを独走で制覇。日本シリーズでは阪神タイガースに4勝3敗で勝利し日本一となっている(余談であるが、1999年の中日、2003年の阪神の監督は星野仙一である)。しかしこの年のオフ、小久保が不可解な無償トレードで巨人に移籍。さらに村松有人がFAでオリックスに移籍(「天然芝の球場でプレーしたい」という名目だったが、実際はフロントへの不信感からの移籍だったと言われている)と、フロントと選手間の溝が浮き彫りになる。

そして2004年、近鉄とオリックスの合併に伴う球界再編の動きの中、親会社のダイエーの経営悪化により、一時はロッテとの合併の噂まで持ち上がる。結局ダイエーは球団経営から撤退、ソフトバンクが球団経営権を引き継ぎ、福岡ソフトバンクホークスが誕生した。

福岡ソフトバンクホークス時代

2005年(89勝45敗2分、1位2位) 監督:王貞治

球団売却と前後して主力の流出が相次ぎながらも厚い選手層で優勝争いを続けていたが、2004年から始まったプレーオフの悲劇がホークスを襲う。2004年はレギュラーシーズンを1位通過するも、プレーオフ2勝3敗で西武ライオンズに敗退。これが全ての始まりだった。

ソフトバンク1年目となる2005年は、FAで大村直之、新外国人としてトニー・バティスタとホルベルト・カブレラを獲得。退団した井口資仁の穴を埋めて余りある大型補強をもって迎えた。

その分厚い戦力通り、シーズンはほぼ順風満帆だった。投手タイトルをほぼ総なめにする大活躍を見せた杉内俊哉を筆頭に、斉藤和巳、和田毅、新垣渚の四本柱が揃った先発陣に加え、シーズン中に馬原孝浩が守護神に定着。打線も二冠王の松中信彦、打撃3部門全て2位の活躍を見せたフリオ・ズレータら中軸に加え前年テスト入団の宮地克彦らが脇を締め、圧倒的な強さで勝ち続けた。最終的に89勝45敗の勝率.664、積み上げた貯は実に44。最強打線を誇った2003年に勝るとも劣らない最強チームだった。

……のだが、1勝のアドバンテージを得られる2位との5ゲーム差に僅かに届かず(4.5ゲーム差)、終盤に自打球で戦線離脱した城島を欠いたプレーオフでは、またしても2勝3敗で今度はコバマサナイト千葉ロッテマリーンズの前に敗れ去った……。

2006年(75勝56敗5分、3位) 監督:王貞治→森脇浩司(代行)

城島健司がFAでメジャー移籍し退団。加えて前年3番打者を務めたトニー・バティスタを解雇したため、1点を確実に取りに行くスモール・ベースボールへの転換を掲げて迎えたシーズン。しかし、開幕前に第1回WBC監督を務めた王貞治監督がシーズン中に倒れ、森脇浩司監督代行の下での戦いとなる。

斉藤和巳を筆頭とした投手陣の奮闘で、西武・日本ハムと三つ巴の熾烈な優勝争いを繰り広げるが、バティスタに代わる3番打者を結局シーズン通して固定できず、加えて城島の抜けた打線は破壊力を欠き、スモール・ベースボールは単なる貧打に終わった。結局終盤に息切れして最後の最後に6連敗、3位でシーズンを終える。

プレーオフでは2位西武に勝利する(ちなみにこれが2011年にCSを突破するまで唯一のプレーオフ・CSでの勝ち上がりであった)ものの、日本ハムの勢いの前に屈し敗退。第2戦、0-1のサヨナラ負けで敗退が決まった瞬間、マウンドに崩れ落ちて立ち上がれなくなった斉藤和巳の姿は彼がすっかり見えなくなってしまった今もホークスファンの瞼に焼き付いている。

2007年(73勝66敗5分、3位) 監督:王貞治

4年前、不可解な無償トレードで巨人に放出された小久保裕紀がFAでチームに復帰。トレードで多村仁、ヤクルトを退団したリック・ガトームソンを獲得。大物ルーキー大隣憲司も加わり、圧倒的優勝候補と目された。

ところが、シーズンが始まってみれば多村・小久保とも期待されたほどの打棒は見せられず、松中に至ってはレギュラー定着後最低の数字となる大不振に陥り、球界最強クリーンナップのはずだった「TMK砲」は見事に空回った。川崎宗則が故障で長期離脱、さらにエース斉藤和巳が肩を痛めて本来の投球ができず、新垣渚は暴投王ARAKAKIと化す。ガトームソンはドーピング違反騒動を起こし、大隣は黄ルーキーとしての期待に応えられず、前年リリーフで奮闘した藤岡好明と柳瀬明宏は不調で結果を残せずに終わる。

杉内俊哉が復活、馬原孝浩がセーブ王に輝き、水田章雄がリリーフとしてフル回転するなどしたが、結局チームは波に乗れないままレギュラーシーズン3位に終わり、クライマックスシリーズでは2位のロッテに敗北。4年連続プレーオフ敗退となった。

2008年(64勝77敗3分、6位) 監督:王貞治

王貞治監督がラストシーズンとの覚悟を持って臨んだ2008年。しかし斉藤和巳が開幕前の手術で結局シーズンを棒に振り、和田、馬原、大村、小久保を故障で欠いて開幕を迎える。

開幕戦は楽天に柴原洋の逆転サヨナラ3ランで勝利するという劇的な形でスタート。小久保の復帰や、松田宣浩、久米勇紀ら若手の台頭もあり、セ・パ交流戦では熾烈なデッドヒートを制し、ソフトバンクとなってから初の「優勝」を手にする。

しかしセ・パ交流戦後は、前年から続く故障禍、リリーフ陣の夏バテ、北京五輪への主力派遣などで戦力が低下。西武にじわじわと引き離されながらもなんとかCS圏内は確保し続けていたが、9月に入ると糸が切れたように記録的な大失速。瞬く間に順位を転がり落ち、9月24日の本拠地最終戦に敗れ11年ぶりのBクラスが確定。その後は楽天と一進一退の最下位争いを続けたが、最終戦の直接対決に延長12回サヨナラで敗れ、1996年以来12年ぶりの最下位に沈んだ。

野球板的には「ドミンゴwwwwwwwww」で始まり、プロブロガーが誕生し、ストレート 140km/h 真中中央 ゴロ(二併打)で終わるという色んな意味で濃い年であった。

この年、1995年から14年間監督を務めた王貞治監督が、体調不良と成績不振を理由に退任を表明。後任には総合コーチの秋山幸二が昇格し、2009年からは秋山新監督のもとチーム再建に挑む事になった。

2009年(74勝65敗5分、3位) 監督:秋山幸二

秋山政権1年目。リリーフ陣の立て直し、城島健司の移籍以来固まらない正捕手の固定、3番打者不在の解消など課題を多く抱えて開幕を迎える。多村が開幕前に当然のように離脱、開幕戦では新3番打者のはずだった松田が骨折と不穏なスタートを切り、開幕からしばらくは勝率5割前後をうろうろし続けた。

しかし、松田の離脱によって急遽獲得したホセ・オーティズが抜群の勝負強さで長年の懸案だった3番打者に定着。さらに3年目の長谷川勇也が一時期首位打者争いをするなど覚醒。田上秀則が攻守両面で大きな成長を見せ城島移籍以来最大のウィークポイントだった正捕手問題に決着をつけるなど、打のニューヒーローが続々と登場。投手陣も前年の弱点だった救援陣にルーキーの攝津正と新外国人のブライアン・ファルケンボーグが加わり、守護神・馬原孝浩へ繋ぐ勝利の方程式「SBM」が確立した。

多村・松田が復帰した交流戦では不動のオーダーと盤石の投手陣で快進撃を続け連覇を達成。一気に日本ハムとの首位争いに参戦したが、交流戦の終わり頃から夏場にかけて、和田、松田、オーティズらが立て続けに故障離脱。先発の駒不足も露呈し、終盤には投げすぎの影響かファルケンボーグの離脱と馬原の大炎上でSBMも空中分解。9月に入ってハムが失速した際もお付き合いしてしまい、結局猛烈な追い上げを見せた楽天に抜かれ3位に終わった。

CS?なかったよ

2010年(76勝63敗5分、優勝したけどCS敗退) 監督:秋山幸二

シーズン開幕前にシアトル・マリナーズに移籍していた城島健司が日本球界に復帰すると発表。古巣であるホークスが獲得に名乗り出るかと思われたが、何故か見送った。田上ェ・・・
ちなみに城島本人はソフトバンクからオファーがあれば、最優先で受けるつもりだったとのこと。

シーズン開幕後には松中、田上、長谷川、ホールトンらが不振に陥ったものの、前年4勝の和田が復活し杉内とともに勝ち星のデッドヒートを繰り広げ、SBMを擁するリリーフ陣には甲藤啓介が加わりSBM48としてさらに盤石となる。打線も川崎や小久保が開幕から好調でチームを牽引し、松田や小久保が離脱してからも多村仁志がスペらず打線の核として奮闘。途中加入のロベルト・ペタジーニも打線の穴を埋め、西武・ロッテと熾烈な優勝争いを繰り広げる。西武ドームでの西武戦が大の苦手だったために、一時期西武に突き放されるが、途中入団の澤健人、4年目の森福允彦らが台頭して12球団最強のリリーフ陣を形勢し西武に追いすがった。

9月に入ると例年通り失速。西武にマジックも点灯し、今年もここまでかと誰もが思った、残り6試合から奇跡が起こる。福岡ドームでの西武との最終3連戦を、全て逆転で3連勝。3.5ゲーム差を一気にひっくり返し、残り2試合でマジック2を点灯させる。9月25日、日本ハム戦で杉内がダルビッシュに完封で投げ勝ちマジック1。そして翌日、デーゲームで西武が敗れたため楽天との最終戦の試合中に7年ぶりのリーグ優勝が決まった。最終的に西武とのゲーム差は0、勝率2厘差(ソフトバンク.547、西武.545)という大接戦のシーズンを制し、チームは歓喜の美酒に酔った。

ところが、1勝のアドバンテージを得て迎えたクライマックスシリーズでは、驚異的な勝負強さで勝ち上がってきた3位ロッテを迎え撃ち、3勝1敗で王手をかける。しかし打線の不振は明らかであり、チームを優勝に導いた原動力であった杉内や攝津、ファルケンボーグが打たれ、大手をかけた状態からまさかの3連敗。6度目の挑戦にして、またしても日本シリーズの夢はホークスの手からするりと逃げていった。

2011年(88勝46敗10分、完全優勝・CS制覇・日本一アジアシリーズ制覇ならず・・・
 監督:秋山幸二

ついにフロントが秋の風物詩に業を煮やし、数年ぶりの大型補強に打って出た。内川聖一と細川亨がFAで入団。さらにオリックスを退団したアレックス・カブレラを獲得。FA宣言した多村仁志が残留したため戦力の流出もなく、小久保・松中・内川・オーティズ・カブレラのうち最低でもひとりは必ずベンチになるという豪勢な野手陣が揃うことになった。一方、投手陣は「右の先発不足」という明確な弱点に対して補強はせず、不振だったホールトンの残留と攝津正の先発転向でまかなう方針をとった。

甲藤啓介がキャンプで離脱した以外はほぼベストメンバーを揃えて開幕を迎えると、統一球の導入を味方につけて投手陣が無双状態に突入。2010年、駒不足に苦しんだ先発陣は、ホールトンの完全復活、攝津正の転向の成功、山田大樹と岩嵜翔の台頭で12球団最強と化した。4月19日から5月15日まで22試合連続QS達成、5月までチームQS率9割という驚異の先発無双で、前年まで酷使無双だった中継ぎ陣の負担が減るどころか敗戦処理組が失業状態となる。

甲藤と攝津の抜けたリリーフは、開幕から馬原が絶不調で二軍落ち、同時期にファルケンボーグも一時離脱するなど普通ならガタガタになりそうな状況だったが、前述の先発無双に加え森福允彦と澤健人がしっかりと穴を埋め、SBM48の解体を感じさせない安定感を誇った。打線は4番に座るカブレラが不振に陥ったが、3番に入った内川聖一が打ちまくり、本多雄一とともに打線を牽引。また松田宣浩が統一球をものともせず本塁打を量産し覚醒の気配を見せる。

日本ハムと同率首位で得意のセ・パ交流戦に突入すると、交流戦史上最高勝率となる18勝4敗2分の勝率.818をマークするなど圧倒的な強さで勝ちまくり、3度目の交流戦優勝を果たした。しかし日本ハムが追いすがり、3ゲーム差の一騎打ち状態でリーグ戦へ戻った。

交流戦の終盤から故障者が続出。交流戦MVPの内川に加え、多村とオーティズが離脱、カブレラも故障を抱えた状態での出場になる。7月に入ると多村とオーティズが復帰したが、福田秀平、カブレラ、細川、田上秀則、馬原が立て続けに故障で二軍落ち。スクランブル状態に陥るが、5月までは代打に甘んじていた松中信彦が内川の代役の3番打者として奮闘しチームを牽引するなど、大型補強による層の厚さがそれを補った。一度は日本ハムに首位を明け渡したが、セ・パ交流戦後も勝ち越し、貯24を積み上げて日本ハムと同率首位で前半戦を終えた。

後半戦が始まっても交流戦の勢いそのままに、対オリックス戦で3タテを2回されつつも順調に勝ち星を積み重ねていった。ローテーションを回すかのように故障者が復帰しては新たな故障者が生じていたが、補強に加え福田秀平や明石健志ら若手も台頭する選手層の厚さでそれを乗り切り、投手陣も崩れることなく、常に隙の無い戦いで首位を守った。

ぴたりと2位で追いすがっていた日本ハムが、8月下旬、田昌孝監督の退任報道をきっかけに大失速。ゲーム差が一気に広がり始め、9月17日についに優勝マジック17を点灯させる。その後はそのまま連敗することなく着々とマジックを減らし、10月1日、マジック1で迎えた西武戦に勝利し、見事リーグ2連覇を達成する。西武ドームでの試合だったが、秋山監督、孫正義オーナー、川崎、小久保、内川の胴上げが行われ、ライトスタンドからはいざゆけ若鷹軍団の大合唱。球場内は歓喜の輪に包まれた。

また、リーグ制覇の10月1日以後、雨天中止の1試合を除き連勝を続けたホークスは、10月10日のオリックス戦に勝利し、ペナントレースを通して他の全ての11球団(交流戦も含む)に勝ち越す、史上初の完全優勝を達成した。最終的に88勝46敗10分、積み上げた貯42、勝率.657という、2005年に匹敵する勝ちっぷりで、2位の日本ハムに17.5ゲーム差をつける圧勝であった。

クライマックスシリーズ

1stステージで日本ハムを撃破した西武を迎え撃つ。シーズンでは15勝5敗4分と圧勝した相手だが、昨年と同じギリギリで3位に滑り込み勢いに乗るチームということで秋の風物詩の不安が高まる。
しかし第1戦を、内川聖一の先制打などで4-2で勝利すると、第2戦では秋の風物詩の象徴であった松中信彦が代打満塁ホームランを放ち風物詩の不安を完全に粉砕。第3戦では杉内俊哉と涌井秀章の熾烈な投げ合いの末、延長10回に一度はリードされるも長谷川勇也のタイムリーで追いつき、延長12回表を抑え引き分け以上が確定してついに悲願の日本シリーズ進出が決定。最後は長谷川がサヨナラ打を放って無敗の3連勝で花を添え、長年苦しめられた短期決戦の呪縛をついに解き放った。

日本シリーズ

対戦相手は中日ドラゴンズ。下馬評では圧倒的優勢と目されたが、本拠地での第1戦、第2戦とも1-1の延長10回に馬原が打たれて連敗、いきなり苦境に立たされる。しかしナゴヤドームに移った第3戦を攝津の好投や第2戦まで絶不調だった多村の本塁打、抑えをファルケンボーグへスイッチするなどで勝利すると、第4戦では森福允彦が無死満塁のピンチを切り抜ける「森福の11球」、そしてとどめのファルケンボーグ8・9回連投で、勢いに乗って敵地で3連勝、王手をかける。ところが、福岡に戻っての第6戦を落とし3勝3敗、誰も予想だにしなかった外弁慶シリーズとなる。そして運命の第7戦、杉内俊哉の好投、打線も川崎が小林の球を見切り満塁押し出しで先制したのを皮切りに、山崎の適時打と松中の激走ホームインなどで3点を獲得、最後は9回ファルケンボーグのピッチャー強襲退場と言うアクシデントが発生するも、森福→攝津のリレーで零封。3-0で勝利し、4勝3敗で8年ぶりの日本一を達成した。

アジアシリーズでは主力やベテランが欠場し若手主体で挑んだが、決勝で韓国の三星ライオンズに敗れた。

2012年(67勝65敗12分、3位) 監督:秋山幸二

1999年オフには工藤公康がFAで巨人に移籍、2003年オフには小久保裕紀の無償トレード事件に加え村松有人がFAでオリックスへ移籍と、日本一のオフには予想だにしない主力の流出があるという嫌なジンクスは健在であった。既定路線であった和田毅と川崎宗則のメジャー挑戦に加え、杉内俊哉とD.J.ホールトンが巨人に移籍。3人で43勝を挙げた先発投手3人と不動の正遊撃手が一気に抜けるという異常事態レベルの戦力流出に見舞われる。

移籍した先発投手の穴を埋めるために、西武から帆足和幸をFA、また前年MLBで11勝を挙げたブラッド・ペニーを総額750万ドルという超大型契約で獲得。野手ではメジャー通算84発の実績を持つウィリー・モー・ペーニャを獲得した。また開幕前に馬原孝浩が右肩の手術で姿を消したため、リリーフの穴埋めとして岡島秀樹を獲得。

去年の圧勝もあり、戦力流出を含めても優勝候補という前評判で開幕し、オリックスとの開幕3連戦を3連勝と幸先の良いスタートを切ったが、その後は波に乗りきれない戦いが続く。原因は特に投手補強の大失敗で、ペニーは開幕直後の1試合投げただけでいなくなり、同じく開幕ローテーション入りしたレニエル・ピントも使い物にならず、帆足に至っては開幕ローテーション入りどころか二軍ですら大炎上して行方不明。結局先発ローテーションは攝津を軸に、山田、岩嵜、大隣、そして復活(?)した新垣渚の生え抜きローテーションに落ち着いた。

リリーフもファルケンボーグと森福、岡島は安定していたが、澤の出遅れと不調、吉川の不調でやりくりに苦しむ。野手では明石が開幕からレギュラーに定着し、ペーニャが本塁打を量産してファンを喜ばせたが、本多が首痛に起因する不調に悩み、内川や松中、細川も打撃不振に陥る。ローテーションの関係で毎回成瀬善久・唐川侑己・藤岡貴裕の表ローテとぶつかることになったロッテ戦でボコボコにされ、貯を伸ばせずにセ・パ交流戦へ。巻き返しを図った交流戦では、ファルケンボーグが戦線離脱した上、内川とペーニャが大スランプに陥って打線が機能不全を起こし、引き分けを挟んで8連敗するなどチームも大失速。大得意のはずの交流戦で11位という惨敗を喫しBクラスに転落した。

交流戦後は小久保裕紀の2000本安打達成という一大イベントもあったが、チームは不振の内川を5番に下げて好調の松田を3番に回し、ペーニャを外したり打順を下げたり、捕手を打撃でアピールした高谷裕亮にしてみたり、柳田悠岐をスタメンで起用、李杜軒や中村晃などを抜擢してみたりと、試行錯誤の戦いが続いた。投手陣は高卒ルーキー武田翔太が華麗に台頭。ファルケン不在のリリーフ陣は神内靖・藤岡好明に、故障で育成落ちしていた柳瀬明宏という懐かしの3人が復活するなど、後半戦の巻き返しへの土台を作ったが、前半戦は借1の4位で終了。1996年以来16年ぶりの借ターンとなった。

後半戦開始早々、低調な打線の中で孤軍奮闘していた松田が死球で骨折し戦線離脱したが、それと入れ替わるように内川が復調。そして8月14日、小久保裕紀が現役引退を表明すると、そこからチームは7連勝の快進撃で、一気に上位を伺えるところまで来た。しかし8月23日、堂上隼人が婦女暴行で逮捕されるという不祥事でチームの勢いは水をぶっかけられる形になる。

その後は日本ハムと西武の背中を追いかけながら、僅かな希望が遠ざかったり近付いたりの一進一退の展開が続いた。内川は結局後半戦打ちまくって3割に間に合わせ、武田翔太がローテーション入りして勝ちまくりファンに大きな希望を与えたが、本多のシーズン通しての不調、終盤は明石も失速して1番・2番を固定しきれないことに起因する打線の得点力不足は結局最後までどうにもならなかった。なんとかAクラスは確保したが、打線の弱さを象徴するように小久保のバースデー引退試合となった最終戦で西勇輝にノーヒットノーランを食らうというオチがついて、貯2の3位でシーズンを終えた。チーム防御率は2年連続でダントツのリーグ1位となる2.56をマークしたが、総得点が最下位のオリックスと僅か9点差のリーグ5位、チーム得点圏打率はリーグ最下位の.238という打線の弱さに泣いたシーズンだった。

クライマックスシリーズ

1stステージを西武との死闘の末2勝1敗で突破。勢いに乗ってファイナルステージの札幌に乗り込んだが、第1戦で糸井嘉男の同点2ランから森福が打たれて逆転負けを喫すると、第2戦でも内川のエラーでの失点とまた糸井に森福が2ランを浴び敗戦。第3戦はエース攝津を立てたが、その攝津が初回のベースカバーで右足を捻って1回途中で降板、4回には本多が守備でフェンスに激突して負傷退場と呪われているかのような展開で、最後は負ければここで引退となる小久保がショートフライに倒れ、3連敗で敗れ去った。試合後、稲葉篤紀から小久保に花束が手渡され、両チームの選手が集まり小久保を胴上げし、小久保の現役生活は終わった。

2013年(73勝69敗2分、4位) 監督:秋山幸二

打線強化のため小久保の抜けた一塁に前年MLBでオールスター出場も果たしたブライアン・ラヘア、投手ではペニーで懲りずにMLB通算108勝のビセンテ・パディーヤと大物外国人2人を獲得。さらにメジャーから戻って来た五十嵐亮太と、FAでオリックスから寺原隼人を獲得するが、寺原の人的補償で故障からの復帰を目指していた馬原孝浩が人的保障でオリックスに移籍。他、トレードで多村仁志・吉川輝昭・神内靖をDeNAに放出して吉村裕基・江尻慎太郎・山本省吾を獲得。

相変わらず開幕前の前評判は高く、優勝候補筆頭という扱いで幕を開けたシーズンだったが、前評判通りにいかないのがホークスの常。この年はシーズンを通して、先発陣の崩壊にホークスは悩まされることになる。

オープン戦で結果を残し、ルーキーで開幕ローテーション入りを果たした東浜巨と山中浩史はシーズンに入ると全く通用せず速攻で二軍落ち。パディーヤはペニー同様1試合投げただけで姿を消し(ペニーと違いその後戻ってきたがピリッとせず)、前年8勝1敗1.09という神成績を残した2年目の武田翔太は制球難に苦しみ、山田大樹は秋山監督からアホンダラと呼ばれるほどの不甲斐ない投球が続く。大隣憲司に至っては6月に黄色靭帯骨化症という難病が発覚しシーズン絶望。前年全く戦力になれなかった帆足和幸が復活したが安定感はもうひとつで、攝津正ひとりが孤軍奮闘するという状況が開幕直後から延々と続くという状況。打線も本多雄一の不振で1・2番が固定できず、序盤はタイムリー欠乏症に苦しむ。リリーフ陣は岩嵜翔・千賀滉大の若手セットアッパーコンビが大活躍して森福允彦の不振の穴を埋めたが、全体的には試行錯誤状態で5割の壁がなかなか破れないままセ・パ交流戦へ。

得意としているセ・パ交流戦で、チームは息を吹き返す。怪我から復帰した中村晃の1番抜擢が成功、内川聖一・松田宣浩・長谷川勇也のクリーンナップが打ちまくり、長谷川は交流戦史上最高打率を記録。15勝8敗1分で4度目の交流戦優勝を果たし、貯も8まで増やしてレギュラーシーズンに弾みがつく……はずだった。ところがセ・パ交流戦優勝セレモニーを松中信彦が無断で欠席、秋山監督が激怒して二軍に落とすという松中造反事件が結果としてチームの勢いに水を差すことになってしまった。

レギュラーシーズンに戻ると、最大の問題である先発不足は解決の目処すら立たず、リリーフもファルケンボーグが姿を消し、岩嵜・千賀のセットアッパーコンビも調子を崩し始め、せっかく作った貯をあっという間にすり減らしてまた5割前後をうろうろする。打線は中村・今宮の1・2番コンビの固定、長谷川の絶好調もあって打つときは打ちまくり、リリーフ陣も五十嵐亮太の抑え固定や森福の復調、柳瀬明宏・江尻慎太郎・嘉弥真新也らの奮闘でどうにか回っていたが、肝心の先発のチームQS率が4割を切るという惨状ではいかんともしがたかった。

それでも例年苦手の9月には新外国人のポール・オセゲラが先発陣に加わり、貯を再び最多の8まで戻す。なんとかCS圏内は確保できるかと思われたが、壊滅状態の先発陣の中で孤軍奮闘していた攝津正がついに力尽き、猛烈な勢いで追い上げてきた西武を振り切れず、最後の最後で4位に転落。前年を上回る貯4ながら、2008年以来のBクラスでシーズンを終えることになった。打線の弱さに泣いた前年とは打って変わって、チーム打率.274、総得点660はいずれもリーグ1位、救援防御率2.68もリーグ1位だったが、先発防御率4.14はリーグ5位、チームQS率最下位、1点差の試合は17勝26敗の借9と、先発の崩壊と接戦の弱さが足を引っ張った。

長谷川勇也が首位打者・最多安打のタイトルを獲得。200安打も期待されたが198安打と惜しくも届かなかった。

2014年(78勝60敗6分、優勝・CS制覇・日本一) 監督:秋山幸二

前年Bクラスという結果に、フロントが大補強を敢行。前年崩壊した先発陣に日本ハムからブライアン・ウルフ、阪神からジェイソン・スタンリッジ、中日からFAで中田賢一を獲得。さらにクローザーとして西武からデニス・サファテ、4番にオリックスから李大浩、捕手に日本ハムからFAで鶴岡慎也を獲得という大型補強で、開幕前から2011年並みの絶対的優勝候補、独走優勝確実という前評判で開幕を迎える。

しかしそんなホークスの前に立ちはだかったのがオリックスだった。前評判通り、開幕から快調に貯を増やすホークスだったが、前年ホークスを解雇されて移籍したウィリー・モー・ペーニャが4番で大暴れ、一昨年寺原隼人の人的補償で移籍した馬原孝浩が復活したオリックスもかつてない快調さで開幕から貯を積み上げ、4月中から既にリーグはこの2チームの一騎打ちの様相を呈し始める。

前年苦しんだ先発陣は、攝津正が勤続疲労か新球種習得の弊害かで不調に陥り、寺原は4月、ウルフは5月で戦線離脱したが、新戦力の中田賢一とスタンリッジが期待通り先発ローテーションの軸として奮闘。リリーフは例年通り安泰であった。打線は李大浩がチャンスでの弱さを何かと言われたものの4番に一年間座り4番問題を一応解決させ、一時は打率10傑にホークスの選手が7人並ぶとかいうわけのわからない勢いで打ちまくり、チームを牽引した。

夏場以降は松田宣浩、本多雄一、岡島秀樹ら主力が立て続けに戦線離脱するという緊急事態に陥ったが、代打の切り札として完全解凍した吉村裕基が見事に松田の穴を埋め、本多の穴は明石健志がカバー。リリーフにはルーキーの森唯斗が力投を続けて7回担当セットアッパーに抜擢され、先発陣は難病を克服した大隣憲司、怪我から復帰した武田翔太、育成出身の飯田優也らが加わって変則ローテーションで切り回した。

オリックスと熾烈な首位争いを繰り広げたが、7月後半に直接対決3タテを含む6連勝、2連敗を挟んで8月には怒濤の9連勝。オリックスを突き放し、この時点で誰もがこのままの優勝をほぼ確信したが、徐々にチームの歯車が狂い始め、9連勝が途切れたあとの8月は6勝10敗1分と大きく失速。9月頭のオリックス直接対決を2勝1分で今度こそトドメを刺したかと思ったが、ソフトバンクの失速は止まらず、9月7日の西武戦で絶対的セットアッパーとして君臨していた五十嵐亮太が3失点して逆転負けすると、悪夢のような黒星街道に突入。しかしオリックスも失速し、パ・リーグの優勝争いは壮絶な譲り合い状態となる。

9月15日の最後の直接対決3連戦初戦を大隣憲司の完封で勝利したのを最後に、あと1勝でマジック点灯という状況からチームは怒濤の連敗街道に突入。なんとここから10試合を1勝9敗と大幅に負け越し、マジック点灯直前でひたすら足踏みを続けた結果、ついには残り試合の関係で2位のオリックスにマジックが点灯。そして結局マジックが点くことは一度もなく、10月2日の最終戦オリックスとの直接対決で、勝てば優勝、負ければ2試合を残したオリックスにマジック1という史上稀に見る混戦模様になった。
そしてヤフオクドームで迎えたレギュラーシーズン最終戦・10.2決戦。2回に細川の犠牲フライで1点先制したが、7回に原拓也の同点タイムリーで追いつかれ、試合は延長戦となる。10回裏に松田がサヨナラタイムリーを放ち、苦しみながらも3年ぶり18回目のリーグ優勝を決めた。マジックが点灯しないままでの優勝は1992年のヤクルト以来22年ぶりの珍事であった。

クライマックスシリーズ

クライマックスシリーズ直前、秋山監督の辞任がスポーツ紙にスッパ抜かれ、ポストシーズンは秋山監督の有終の美を賭けた戦いとなる。CSではオリックスを撃破した3位日本ハムと激突。第1戦は大隣憲司の力投に応えた吉村裕基の逆転サヨナラ打で勝利と幸先の良いスタートを切るが、第2戦で今宮健太の痛恨のエラーで逆転負けすると、第3戦では不調の攝津正が炎上し大敗。第4戦は継投で逃げ切り王手をかけるが、第5戦では逆にリリーフ陣が打ち込まれて4点差を逆転され、シーズンに続いて最終戦までもつれる死闘となる。
運命の第6戦は中4日で先発を託された大隣が7回無失点の好投。打線も着実に加点し、4-1で勝利して苦しみながら日本シリーズ進出を決めた。

日本シリーズ

セ・リーグ2位から巨人を4タテした阪神タイガースと11年ぶりの対決に。甲子園での第1戦はスタンリッジが打ち込まれて敗れるも、第2戦では武田翔太のカーブが阪神打線を翻弄し接戦を制す。
本拠地に戻った第3戦では大隣憲司がまたも7回無失点と完璧な投球を見せ快勝、第4戦は延長戦までもつれこむが、中村晃が呉昇桓から劇的なサヨナラ3ランを放って王手をかける。
そして第5戦、不調に苦しんだエース・攝津正が6回無失点の好投。打線はメッセンジャーの好投と大和の2度のファインプレーに阻まれ無得点が続いたが、8回に松田宣浩のタイムリーで1点を奪う。9回、抑えのサファテの制球が定まらず3四球で1死満塁の大ピンチを迎えるも、西岡剛の内野ゴロで本塁封殺、さらに西岡がラインの内側を走ったため守備妨害でアウトとなり、思いがけない形での幕切れで見事日本一を達成、6年間の秋山政権の有終の美を飾った。

2015年(90勝49敗4分、優勝・CS制覇・日本一) 監督:工藤公康

新監督として工藤公康が就任。新人監督のサポートとして佐藤義則、吉井理人など実績あるコーチを招聘した。補強ではメジャーから松坂大輔を獲得し話題を呼んだほか、怪我で不在のブライアン・ウルフの代役としてリック・バンデンハークを獲得。日本一オフ恒例の主力流出も特になく、松坂は開幕前に行方不明になったものの、前年に続き絶対的優勝候補筆頭としてシーズンを迎える。

序盤は細川亨の出遅れや長谷川勇也・本多雄一・大隣憲司の途中離脱などもあり、やや試行錯誤の戦いが続いたが、交流戦からはチームの陣容がほぼ固まり、それ以降は横綱相撲と言うべき圧倒的な強さで独走した。打線は3番に固定された柳田悠岐がトリプルスリーを達成しての首位打者・最高出塁率を獲得するなどチームを牽引。ホームランテラスの導入で李大浩や松田宣浩の本塁打が増加し、4番に固定された内川聖一が8年連続3割を逃すなどやや苦しんだが、本多の穴は明石健志・川島慶三らが埋めるなどして前年以上の強力打線が形成された。先発陣は絶対的エースこそ不在だったものの、武田翔太がローテの柱となり13勝を挙げ、外国人枠の関係で序盤は二軍にいたバンデンハークは9勝0敗と無敗でシーズンを終える。前年からの不調が続いた攝津正も後半戦は復活。リリーフ陣も前半戦はエディソン・バリオス、後半戦は森唯斗らが支え、抑えのデニス・サファテは43イニング連続奪三振の日本新記録をマークするなど無双状態。投打の歯車が噛み合い、他球団を全く寄せ付けなかった。

9月17日にはパ・リーグ史上最速で優勝を決め、シーズン100勝もあるかという勝ちっぷりだったが、優勝決定後は柳田の離脱とポストシーズンを見据えたお試しモードでやや負けが込んだ。とはいえ最終的に90勝、貯41を積み上げ、2位の日本ハムに12ゲーム差をつける文字通りの圧勝であった。

クライマックスシリーズ・日本シリーズ

クライマックスシリーズは、2005年、2010年と2度に渡って苦汁をなめさせられたロッテを迎え撃つ。ゴールデンイヤーを掲げ勢いに乗るロッテだったが、第1戦を内川のサヨナラタイムリーで制すると、その後は全く寄せ付けず3連勝で撃破。秋の風物詩のトラウマを完全に粉砕した。3戦連続決勝点を叩き出した内川聖一がMVPを受賞。

東京ヤクルトスワローズとの初顔合わせとなった日本シリーズは、CSで大活躍した内川が肋骨骨折で離脱したが、代わりに4番に入った李大浩が大暴れ。福岡ドームでの2戦を武田とバンデンハークの好投で快勝すると、第3戦は山田哲人に3連発を浴び逆転負けしたが、第4戦では攝津が要所を締めて逃げ切り、第5戦は完封リレー。ヤクルトの強力打線を封じ込め、4勝1敗で球団史上初の2年連続日本を達成した。

2016年(83勝54敗6分、2位) 監督:工藤公康

前年はなかった日本一オフの戦力流出が再来。李大浩と松田宣浩がメジャー挑戦を表明、松田は結局残留したが李大浩は退団となった。他にスタンリッジ、ウルフが退団する。
補強はメジャーから和田毅が5年ぶりに復帰した以外は若手外国人投手のロベルト・スアレスを獲得した程度で、李大浩の抜けた打線に補強はせずに開幕を迎えた。

開幕直後こそ若干もたついたが、4月9日のオリックス戦(ちなみにバファローズポンタ初登場の試合)に大勝してからは勢いに乗り8連勝をマークすると、そこから6月までは8連勝を3回記録するなど圧倒的な強さで勝ち続けた。打線は柳田悠岐が徹底した四球攻めで苦しむなど昨年ほどの破壊力はなかったものの、和田と武田翔太に加えて千賀滉大と東浜巨が先発ローテーションに定着し、リック・バンデンハークを含めた先発5人衆が打線をカバー、接戦をものにして勝ち星を積み重ねた。バンデンハークが6月頭で戦線離脱したが、交流戦前からは城所龍磨が突如として打撃覚醒して2番に定着、交流戦MVPを獲得する大暴れで前年に続き交流戦を1位で通過。なんと交流戦終了時点で貯27を積み上げ、勝率7割ペース、2位ロッテに7.5ゲーム差をつける完全な独走態勢。史上最速の6月中のマジック点灯もあるかという勝ちっぷりで、リーグの趨勢は決まったと誰もが確信していた。

ところが、そこに交流戦途中から怒濤の連勝街道に突入した日本ハムの猛追が始まる。7連勝中の日本ハムをヤフオクドームに迎えた7月1日からの3連戦を、3試合で2点しか取れずに3連敗。ここで流れが完全に切り替わった。日本ハムが連勝を15まで伸ばし一気に詰め寄ってくる一方、この3連戦以降ホークスは、交流戦を牽引した今宮・城所の好調が終了したのに加えて松田、中村晃、長谷川勇也ら主力が揃って不調に陥ったことで打線が冷え切り、7月はチーム打率.232、22試合で僅か63得点という得点力不足に陥る。さらに森唯斗、五十嵐亮太といったここ2年チームを支えてきたリリーフ陣が勤続疲労か不調に陥り、追加点を取れないでいるうちに僅差のリードを吐き出すというパターンで、前半戦とは打って変わって接戦で勝ちきれない試合が増加、前半戦から貯を伸ばせない苦しい戦いが続く。

そうこうしているうちに、気付けば7月だけで貯13を積み上げた日本ハムがすぐ背後まで迫り、8月18日にはとうとう貯数で追い抜かれ、引き分け数の関係でマイナス0.5ゲーム差の首位という珍事が発生。25日の楽天戦では柳田の後逸で逆転負けを喫し、ついに首位を明け渡す。そこからは完全に日本ハムと一進一退のマッチレースに突入した。

9月1日は柳田が骨折で戦線離脱。2日にようやくマジック20を点灯させたが、2日後には消滅。ハナ差の争いは9月後半まで続いたが、9月21日・22日、本拠地での日本ハムとの最後の直接対決2連戦、1勝でもすればマジック点灯のところを連敗した時点で勝負は決した。9月28日に日本ハムが優勝を決め、最大11.5ゲーム差を逆転される歴史的V逸が決定。前半戦で貯30、最大貯33を積み上げながらV逸2008年の阪神を上回る記録となった。実際、前半戦は歯車が噛み合い独走、後半戦は主力の不調・離脱に伴う打線の落ち込みとリリーフの疲弊で5割進行、その間に猛追してきたライバル球団にまくられるという展開は2008年の阪神とほぼ同じである。Vやねん!

開幕戦の呪い(終了)

2000年から2012年まで、ホークスと開幕戦を戦ったチームはその年Bクラスになるというジンクスが存在した。2010年の日本ハムは前年優勝からのBクラス、2011年のオリックスは前年の日ハムともども最終戦で3位から4位に転落となかなか強固なジンクスだったが、2013年に東北楽天ゴールデンイーグルス日本一になったことでこのジンクスは13年で途切れた。

  • 2000年:ロッテ → 5位
  • 2001年:オリックス → 4位
  • 2002年:日本ハム → 5位
  • 2003年:ロッテ → 4位
  • 2004年:オリックス → 6位
  • 2005年:日本ハム → 5位
  • 2006年:ロッテ → 4位
  • 2007年:オリックス → 6位
  • 2008年:楽天 → 5位
  • 2009年:オリックス → 6位
  • 2010年:日本ハム → 4位 (3位から最終戦でロッテに逆転される)
  • 2011年:オリックス → 4位 (3位から最終戦で西武に逆転される)
  • 2012年:オリックス → 6位
  • 2013年:楽天 → 1位・日本
  • 2014年:ロッテ → 4位
  • 2015年:ロッテ → 3位
  • 2016年:楽天 → 5位

2008年9月24日ニコニコ生放送

2008年9月24日、ニコニコ生放送において、Yahoo!動画との提携により初の野球中継が実現。対戦カードは福岡ソフトバンクホークスvsオリックス・バファローズだった。

奇しくも前日、ソフトバンクの王貞治監督が今期限りでの退任を表明。当該試合はソフトバンクの今季本拠地最終戦であるとともに、王監督政権下での本拠地最終戦ともなった。また、前日の段階で埼玉西武ライオンズがリーグ優勝マジックを1としており、同日のロッテ戦に西武が勝つか、2位のオリックスがこの試合に敗れるかで西武のリーグ優勝が決まるという試合でもあった。こんな試合を引き当てたのは偶然か、はたまた運営の強運か?

先着1万名限定との告知だったが、実際には延べ4万人が視聴、総コメント数は35万を突破する盛況ぶりを見せ、荒らしなどの問題はあったものの中継自体は概ね好評を得た模様である。

なお、試合は4-1でオリックス・バファローズが勝利。西武がロッテに敗れたため、西武の優勝決定は26日の日本ハム戦に持ち越されることになった。ソフトバンクは王監督の本拠地最終戦を白星で飾れず6連敗。この敗戦で11年ぶりのBクラスが確定することとなった。また、試合後の王監督の退任セレモニーも合わせて中継された。

余談であるが、動画上部にときおり現れる運営のコメントはややホークス寄りであった(ホークスの攻撃時、フェンス際への大飛球に「惜しい」とのコメントのあと、「そして、セーフ」と後付けのフォローが入っていた)。

この中継の成功が、その後の東北楽天ゴールデンイーグルスとの提携、そしてソフトバンクやDeNA、オリックスのニコ生配信に繋がっていった……のかもしれない。

所属選手・首脳陣

  • 孫正義(球団オーナー)
  • 王貞治(前監督、球団取締役会長)

首脳陣

※太字は記事がある者。
※更新:2017年2月15日

一軍 二軍 三軍
  • (81)工藤公康(監督)
  • 79達川光男(バッテリー)
  • (70)佐藤義則(投手)
  • (98)高村祐(投手)
  • (83)立花義家(打撃)
  • (76)藤本博史(打撃)
  • (88)鳥越裕介(内野守備走塁)
  • (93)村松有人(外野守備走塁)
  • (84)清水将海(バッテリー)
  • (86)森浩之(作戦兼バッテリーコーチ補佐)
  • (94)倉野信次(投手総合巡回)
  • (80)水上善雄(監督)
  • (72)若田部健一(投手)
  • (91)佐久本昌広(投手)
  • (71)藤井康雄(打撃)
  • (78)飯田哲也(打撃)
  • (74)小川史(内野守備走塁)
  • (87)井出竜也(外野守備走塁)
  • (85)的山哲也(バッテリー)
  • (96)佐々木誠(監督)
  • (91)田之上慶三郎(投手)
  • (96)入来祐作(投手)
  • (75)大道典良(打撃)
  • (97)笹川隆(内野守備走塁コーチ)
  • (95)吉鶴憲治(バッテリー)
  • (73)斉藤学(リハビリ担当)

所属選手

※トレード、自由契約などの異動については、NPB公示があるまで編集しないでください。

投手 捕手 内野手 外野手
  • (11)中田賢一
  • (13)二保旭
  • (14)加治屋蓮
  • (16)東浜巨
  • (17)岩嵜翔
  • (18)松坂大輔
  • (19)森福允彦
  • (20)寺原隼人
  • (21)和田毅
  • (25)田中正義
  • (28)大隣憲司
  • (29)石川柊太
  • (30)武田翔太
  • (34)山田大樹
  • (38)森唯斗
  • (39)島袋洋奨
  • (40)小澤怜史
  • (41)千賀滉大
  • (42)飯田優也
  • (44)リック・バンデンハーク
  • (47)高橋純平
  • (48)岡本健
  • (49)古谷優人
  • (50)攝津正
  • (53)五十嵐亮太
  • (54)柳瀬明宏
  • (56)星野大地
  • (57)嘉弥真新也
  • (58)デニス・サファテ
  • (63)笠原大芽
  • (65)エディソン・バリオス
  • (66)松本裕樹
  • (67)笠谷俊介
  • (90)ロベルト・スアレス
  • (120)坂田将人
  • (121)吉本祥二
  • (122)川原弘之
  • (123)伊藤祐介
  • (126)齋藤誠哉
  • (127)伊藤大智郎
  • (128)山下亜文
  • (129)野澤拓斗
  • (130)児玉龍也
  • (133)木映二
  • (134)長谷川宙輝
  • (136)中村晨
  • (137)渡辺健史
  • (139)東方伸友
  • (12)高谷裕亮
  • (22)斐紹(山下斐紹)
  • 31)栗原陵矢
  • (33)鶴岡慎也
  • (45)谷川原健太
  • (62)甲斐拓也
  • (65)九鬼隆平
  • (131)堀内汰門
  • (132)樋越優一
  • (00)川瀬晃
  • (0)高田知季
  • (2)今宮健太
  • (4)川島慶三
  • (5)松田宣浩(選手会長)
  • (8)明石健志
  • (27)カイル・ジャンセン
  • (36)牧原大成
  • (46)本多雄一
  • (55)茶谷健太
  • (59)古澤勝吾
  • (61)黒瀬健太
  • (68)三森大貴
  • (135)河野大樹
  • (138)森山孔介
  • (140)曽根海成
  • (142)松本龍憲
  • (1)内川聖一
  • (6)吉村裕基
  • (7)中村晃
  • (9)柳田悠岐
  • (23)城所龍磨
  • (24)長谷川勇也
  • 32)塚田正義
  • (37)福田秀平
  • (43)江川智晃
  • (51)上林誠知
  • (54)アルフレド・デスパイネ
  • (60)釜元豪
  • (64)真砂勇介
  • (124)幸山一大
  • (125)大本将吾
  • (134)子将太
  • (141)清水陸哉

記事のある球団スタッフ

  • 久雄(スカウト)
  • 小椋真介(ジュニアコーチ)
  • 澤健人(打撃投手)
  • 西村龍次(ジュニアコーチ)
  • 福元淳史(スカウト)
  • 帆足和幸(打撃投手)
  • 水田章雄(三軍マネージャー)
  • 山本和範(ジュニアコーチ)
  • 山本省吾(スカウト)
  • 吉本亮(運営スタッフ)

記事のあるOB・移籍選手・関係者(南海・ダイエー時代を含む)

あ行 か行
  • 秋山幸二
  • 新井宏昌
  • 新垣渚(現:東京ヤクルトスワローズ
  • 五十嵐章人
  • 井口資仁(現:千葉ロッテマリーンズ)
  • 池田親興
  • 石毛宏典
  • 井手正太郎(現:横浜DeNAベイスターズ
  • 李大浩
  • 李杋浩
  • 今井雄太郎
  • ブライアン・ウルフ(現:埼玉西武ライオンズ
  • 江尻慎太郎
  • 江夏豊
  • 大石大二郎
  • 大沢啓二
  • ホセ・オーティズ
  • 大西宏明
  • 大場翔太(現:中日ドラゴンズ
  • 大村直之
  • 岡島秀樹
  • 尾花髙夫(現:読売ジャイアンツ コーチ)
  • 香川伸行
  • 甲藤啓介
  • 門田博光
  • 森栄治
  • 子圭輔
  • アレックス・カブレラ
  • ホルベルト・カブレラ
  • 神内靖
  • 亀澤恭平(現:中日ドラゴンズ
  • 川崎宗則(現:シカゴ・カブス)
  • 北方悠誠(現:群馬ダイヤモンドペガサス
  • 無英
  • 小久保裕紀(現:野球日本代表監督)
  • 小斉祐輔
  • 古葉竹識
  • 小山正明
  • 権藤博
さ行 た行
  • 斉藤和巳
  • 篠原貴行(現:横浜DeNAベイスターズ コーチ)
  • 柴原洋
  • 下柳剛
  • 城島健司
  • 杉内俊哉(現:読売ジャイアンツ)
  • 杉浦忠
  • 杉本正
  • ジェイソン・スタンリッジ(現:千葉ロッテマリーンズ)
  • フリオ・ズレータ
  • 関川浩一
  • 高木晃次
  • 高波文一
  • 高橋秀聡
  • 高山郁夫(現:中日ドラゴンズ コーチ)
  • 立岡宗一郎(現:読売ジャイアンツ)
  • 田上秀則
  • 田淵幸一
  • 多村仁志(現:中日ドラゴンズ
  • 田村藤夫
  • 鶴岡一人
  • ファン・デレオン
な行 は行
  • ブランドン・ナイト
  • 長池徳士
  • 永射保
  • 根本陸夫
  • 野村克也
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  • トニー・バティスタ
  • 浜名千広
  • ペドロ・バルデス
  • 日高亮
  • 広瀬叔功
  • ブライアン・ファルケンボーグ
  • ブーマー・ウェルズ
  • 藤井将雄
  • 藤岡好明(現:横浜DeNAベイスターズ
  • 藤田宗一
  • ウィリー・モー・ペーニャ
  • ロベルト・ペタジーニ
  • ロドニー・ペドラザ
  • ブラッド・ペニー
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  • D.J.ホールトン
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ページ番号: 503970 リビジョン番号: 2459741
読み:フクオカソフトバンクホークス
初版作成日: 08/08/28 23:43 ◆ 最終更新日: 17/02/15 23:37
編集内容についての説明/コメント: 【追加】所属選手:アルフレド・デスパイネ
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福岡ソフトバンクホークスについて語るスレ

702 : ななしのよっしん :2016/11/17(木) 20:08:40 ID: bSA+riC2EV
CSの負けは松坂登板と大敗で嫌な空気でレギュラーシーズン終わったのが決定打だと思う
703 : ななしのよっしん :2016/11/17(木) 20:18:14 ID: 4onzrE9u6Z
もうそいつの話してもしゃーないわ
今更言い訳捏ねるのもダサすぎるしするんやったら来年の話しようや
俺は強肩強打の未来の正捕手たる九鬼くんがものになる日が待ち遠しくてしょうがない
球団関係者は全身全霊を込めて城島健司の再来たる男を育成してくれ
704 : ななしのよっしん :2016/11/23(水) 13:02:00 ID: HTLD5QYUOs
ジャスティスもファルケンボーグの背番号「25」らしいねー。
和製先発ファルケンボーグと化すかそれとも・・・?
705 : ななしのよっしん :2016/11/27(日) 00:08:03 ID: KPqUa4ARhM
V逸男の悲劇はもう勘弁してほしい。普通に中盤から徐々に引き離されるのならまだしも
虎党の気持ちがほんの少しわかったわ
706 : 名無し :2016/12/09(金) 14:46:22 ID: 2NV5Wwp9BM
最大11.5ゲーム差をつけ、夏頃には最速でマジックつくかもとか幻想を言われてたのに、日本ハムにひっくり返され優勝を逃し、さらに日本シリーズの切符も手に入れられなかったチームがあるらしい。これが最強(笑)のチームである。
田中正義もすぐ対策立てられて使い物にならなくなるだろう。
707 : ななしのよっしん :2016/12/09(金) 22:13:42 ID: Jb6BhDHbUD
挙句手塩にかけて育てた森福も巨人に取られたり、若返りという理由で細川を解雇させたり、松田らも歳をとったり、
意外とお先真っ暗だわ
708 : ななしのよっしん :2016/12/20(火) 02:13:36 ID: ZGAN84jh3q
巨人と良い勝負かそれ以上に高齢化進んでるよね。
数年後に2軍・3軍の効果はでてくるのでしょうか・・・。
709 : ななしのよっしん :2016/12/20(火) 02:20:17 ID: 4onzrE9u6Z
森福はまぁええけど細川の解雇は早かったんちゃうかと思う
言うほど捕手育ってないやろし攝津愛枠が
多分ジワジワ効いてくると思うわ。この予想は外れて欲しいが

二軍は大丈夫やろ。力も入れてるしいい若手もおる
710 : 削除しました :削除しました ID: 4NkPy1rmtz
削除しました
711 : ななしのよっしん :2017/02/07(火) 20:08:24 ID: W7Ms+jB5bi
今でもダイエーホークスのイメージが残ってるのは俺だけ?
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