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単語記事: 種子島宇宙センター

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種子島宇宙センターTanegashima Space Center/TNSC)とは、鹿児島県毛郡南種子町(種子島南端)に存在するロケット打上げ施設である。

今後の打ち上げ予定
平成24年
2012年7月21日(土)

H-2B 3号
宇宙ステーション補給機 (HTV)「こうのとり3号機」

施設概略

九州大隅半の南の合に浮かぶ種子島、その種子島の南東端の海岸線(北緯30度24分 東経131度25分)に種子島宇宙センターは存在する。
種子島宇宙センター宇宙航空研究開発機構JAXA)により運用・管理された、日本国内に存在する人工衛が打ち上げ可な発射場2つのうちの一つ。もう一つの発射場である内宇宙観測所から人工衛の打ち上げが行われなくなったことにより、今のところ 種子島宇宙センター日本一の宇宙への入り口として機している。

豊かなの丘とマリンブルーサンゴ礁と遊泳可い砂に囲まれた種子島宇宙センターは『世界美しいロケット打ち上げ場 』としての呼び声が高い。
また種子島宇宙センター内を走る路は民が生活路として使うごく普通の一般として機しており、種子島宇宙センターの入口もただ石造りの看があるだけでゲートが存在せず、「気付けば敷地内を走っていた」というくらい世界的にもしい開放的な施設である。

敷地面積9.7方キロメートル種子島宇宙センター(ちなみにNASAのケネディー宇宙センター567方キロメートル、カザフスタン共和のバイコヌール宇宙基地は約5,000方キロメートル)内には打ち上げに必要な施設のほかさまざまな施設が存在する。

整備・発射施設(射場)

ロケットが飛び立つ場所。JAXAでは大きなエリアして「射場」、各発射地点をして「射点」という言葉を使用している。
射場はロケットを据え付けるための発射台、ロケットに電や燃料を打上直前まで供給する各供給施設と供給ラインアンビリカル)、ロケット本体や搭載衛(ペイロード)を最終的に組み上げる組立棟、ロケット打ち上げまでの一連作業から打上令や爆破令などといった 打ち上げに関する揮・管制業務が行われる管制棟(ブロックハウス)、気観測装置や避雷針、衝撃緩衝施設(散機、ブロック塀など)で構成される。

種子島宇宙センターには大・中ロケットを打ち上げる「大崎射場」と小・気ロケットを打ち上げる「崎射場(射点)」が存在する。

大崎射場

種子島宇宙センターにある二つの岬のうち北側の大崎一帯をエリアとする射場。
NASDAが初めて人工衛を打ち上げたのもこの射場(1975年9月9日 N-ⅠF1 きく1号)。
N-Ⅰ以降のNASDAJAXAだったロケットがこの射場から飛び立った。

  • 吉信射点(第1射点 LP-1、第2射点 LP-2)
    H-H-ⅡAH-ⅡB用の射点。現在種子島宇宙センターではここの射点のみが運用されている。
    吉信射点はさらに二つの射点に分かれており、ともに大ロケット組立棟(VAB)につながっている
    • 第1射点
      吉信射点が運用され始めたH-時代からある射点。
      H-時代はこの射点とVAB間約500mのロケット移動は射座点検PSD)という櫓に囲われフェアリングを搭載していない状態でレールの上を90分かけて移動、射点上でロケット本体とフェアリングが結合されたのちにPSDが両開きに開放されロケットが射出されるという手順だった。
      PSDを使用しないH-ⅡAになってからは射点に避雷針兼気観測用の鉄塔が2本設置されPSDのを取り除かれた本体部分が「まあ邪魔にならないし」というわけで解体費用節約と緩衝装置として射点に残された。(2011年1月PSDの残した部分も解体完了)。…が、解体したものは外に持ってく船賃までは残念ながら工面できないので大崎射点付近へしばらく野積み状態に。
    • 第2射点
      H-ⅡAに移行してから、ロケットの2基同時運用や増強の運用を視野に入れて整備された射点。
      VABから途中て右側に折れた所にある。はじめからH-ⅡAとその強化(但し、当初の増強案は止されH-ⅡBがそれに替わる)専用に設計されており、H-ⅡBはこちらの射点からのみ打ち上げられる。2個同時運用を視野に入れていたものの実際にこちらの射点が使われたのはH-ⅡB1号機からだったり…。
    • VAB
      ロケットを組み上げる巨大な施設。
      屋上まで80メートル(内部エレベーター13階+階段4階分)の高さがある。H-ⅡA移行に伴いVAB内でフェアリングを接合する点と2基同時運用を考慮して増設、H-時代から床面積が倍くらい、高さが10メートルほど大きくなっている。ロケットが射点に向けて搬出される際に通るVABの大は引き戸としては世界一の大きさであり、関係者はその引き戸からVABを別名「世界一巨大な物置」と呼んでいるとか。
    • 移動発射台(ドーリー)
      PSDの代わりとしてH-ⅡAからVAB~射点間のロケット運搬を行う車両。ドーリーは台車の意味。
      全長25.4m、全幅3.3m、全高3.44m、高調整0.6m、自重150トン。2台一組で運用されマフラーの付いている向きで右左専用車両がある。
      射点までの経路に埋め込まれている磁石とレーザーによる測位とコンピューター制御によって正確に射点まで発射台を移動させる。2 列2組14軸合計56輪のウレタンソリッドタイヤは2台で1,300トンの重量を支え、時速2キロ(荷なら4キロ)で20分かけて射点まで移動する。2機の発電用ディーゼルエンジンと油圧装置で構成されていて電気モーターで走行。走行モードは自動・半自動・手動の選択ができる 。ステアリングは各輪があらゆる方向に向くことが可な事で前後走行・横行・斜行・定地旋回と、あらゆる方向に走れ、最小回転半径は 10m。
    • 発射管制棟
      VABの隣に併設されている地下に造られた施設。
      ここでVAB内での組み立て管理、カウントダウン、打上、打上後2段までの管制を行っている。
      爆発ガス発生の危険性が高い立地のため、施設は地下に掘られ、地上部は厚いコンクリートで覆い、重厚なガスマスクの 設置された脱出ルートなどが備わっている。
      H-ⅡA強化運用を想定した際さらに爆破による損性が高まったため管制施設をH-時代より掘り下げたりしている。
  • 大崎射点
    Q'ロケット(ETV)、N-Ⅰ、N-、H-Ⅰ、およびJ-Ⅰといった中ロケット用の射点。
    巨大な組みが格子状に組まれた構造物の中ロケット組立棟(MST)が特徴。ロケットはこのMSTの中で組み上げられ、発射前に MSTが射点からロケット本体と発射支持を残して100m移動し打ち上げる仕組み。
    NASDA初、そして種子島宇宙センター初の衛「きく1号」はこの大崎射点からH-Ⅰロケットによって1975年9月9日に打ち上げられ、以来1996年2月12日のJ-Ⅰロケット(ペイロードHYFLEX)を打ち上げるまで計27機のロケットがここから飛び立った。そのほか1998年11月にはH-ⅡASRB-A分離試験もここで行われている。
    GXロケットもこの射点を利用する計画であったが、GXロケットの計画が消滅したため、現在この射点の利用法は決まっていない。設計 上は50年耐える造りをしているのだが、が強く構造物全体にさびが発生し、今なお残る『NASDA』のプレート文字のうち最後の『A』の一部が落下してしまい『NASD/ 』となってしまった姿が時の流れと哀愁を感じさせる…。
    噂では解体するにも解体費用もさることながら解体したを再利用出来る状態に加工するために九州に輸送する船賃もバカにならないため解体したくても解体出来ないとか…
    • 大崎発射管制棟(打ち上げ体験館)
      H-Ⅰ時代まで使っていた発射管制棟。射点から山側に1km程度入ったところに存在する(H-Ⅰが地上で爆発した際の影を考慮して。後にそこまで心配しなくてもいいことが分かって射点近くに移動)。
      利用終了後は「打ち上げ体験館」というロケット打ち上げまでの管制シークエンスを体験できる施設として開放されていたが、現在は閉鎖されている模様。

竹崎射点(射場)

種子島宇宙センターにある二つの岬のうち南側のにある射場。
種子島宇宙センター歴史はこの崎射場とともにはじまった。1968年9月SB-IIA型ロケット9号機を打ち上げて以来、この地から「SBロケット」「LS-Cロケット」「NAL-16ロケット」「NAL-25ロケット」「SCロケット」「JCRロケット」「LCロケッ ト」「MT-135」「TT-210ロケット」「TT-500ロケット」「TT-500Aロケット」「TR-Iロケット」「TR-IAロケット」など小実験用・気観測用・宇宙材料実験ロケットを合計94基打ち上げる。
建物の中にランチャーが格納されておりロケット発射時にそのランチャーロケットを搭載した状態で外に移動する仕組み。
現在は役を終え、格納庫のシャッターは錆をたたえつつも種子島宇宙センター歴史を静かにり続けている。

試験・組立施設

種子島宇宙センターでは打上業務のほかに、地上でのロケット燃焼実験ロケットに搭載する前の衛の最終調整も行っている。
但し、ロケット燃焼実験については新規設計のロケット運用の予定がないこと、内地の宮城県角田の「角田宇宙センター」と秋田県の「ロケット実験場」に(そのほか秋田県大館田代には三菱重工業株式会社の)燃焼実験施設があるなどの理由でセンター内のこれら試験施設は活動を停止している。

液体エンジン燃焼試験場

液体ロケットエンジンの燃焼実験を行うための吉信射点に併設された施設。
ここで一定時間ロケットを運転させてみて、推などの各種数値データ異常燃焼や振動が無いか、各種機構は正常に作動してるかなどの状態を組み込み前に試験している。
燃料タンクの付いた櫓にロケットは下向きに据え付けられ、深さ20mの溝(煙)に向けて燃焼される。
1985年に設計が開始され、1989年5月に第1回のLE-7エンジンの燃焼試験を開始して以来、H-1段エンジン「LE-7」、H-ⅡAおよびH-ⅡB1段エンジン「LE-7A」の燃焼試験を、合計255回、3万秒以上にわたり実施してきた。
現在、開発や組み込み前の燃焼実験は前述の通り他の場所で行われるようになった。

竹崎地上燃焼試験場(固体ロケット試験場)

ロケットの第一段部分に取り付けられている固体燃料のブースターの燃焼試験を行うため崎射場の北に設置された施設。通称「崎地燃」。
「SOB(固体補助ブースター。N-ⅠからH-Ⅰまで使用)」「SRB(固体ロケットブースター。H-で使用)」「SRB-A(H-ⅡAおよびH-ⅡBで使用)」の燃焼実験に使われ、2009年11月11日H-ⅡA用のSRB-A3の燃焼試験以来当地での燃焼試験が行われていない。多分イプシロロケットが実用化されるとまたにぎやかになるのかな?(それともMシリーズを手掛けた実験場に持っていかれるかも)

衛星組立棟 (STA)

VABよりさらに内陸に入ったところにある施設。
種子島宇宙センターから打ち上げる為に、宇宙センターおよび相模原宇宙開発研究所さらには世界各地から送られてきた衛がここで最終的に組み上げられ最後の整備と試験が行われる。
第1衛組立棟を第2衛組立棟があり、第1が重さ500kg程の小(「旧ひまわり」など)の為の組み立て施設、第2がトンクラスの大(「みどり」「だいち」「こだま」など)の為の組み立て施設となっている。…が 「あかつき」(518kg)も第2衛組立棟で組み立てたりしているので案外設備や機の古い/新しいくらいの違いしかないのかもしれない。
第1組立棟は大崎射場で一番古い建物である。

衛星フェアリング組立棟 (SFA)

組立棟(STA)よりさらに内陸にある施設。第1と第2がある。
STAで組み立てられた衛がここで燃料を入れられ、ロケット最上部に当たるフェアリングに収められる。
はここでフェアリングに収められたら打ち上げられるまで外の風景を見ることはなく、次に外の風景を見るときは宇宙空間に居る時となる(正確には上昇中の空気の影を考慮しなくてもよくなった所でフェアリング解放されるため「宇宙空間」というには微妙なところだか)。
また、今まで衛開発にかかわってきた人たちにとってここで衛の姿を見ることは2度とできなくなるため、人によっては「に出す心境」になるとか。

観測・管理施設

打ち上げた後のロケットや衛を追跡・運用するための施設。
基本的にロケットの打上観測で種子島宇宙センターが行っているのは打ち上げ直後までで、その後ロケットの追跡は東京都)の小笠原追跡所によるレーダー精測とテレメトリー受信、クリスマスおよびサンパウロの地上局によるテレメトリー受信に引き継がれる。
打上後の衛の管制も種子島宇宙センターでは行わず、各衛を開発した機関の担当施設(宇宙センター相模原キャンパスなど)が行っている。

総合指令棟 (RCC)

打ち上げに関係する各責任者が詰め、準備・発射・追跡に関する決定が行われる場所。崎側の丘に設置。
射点に併設されている発射管制棟が前線揮所とするなら、こちらは総令部といったところか。
隣に事務本部が隣接している。

光学観測所

打上最初期の低高度はレーダーを使用した追跡が定しないため、高度200kmまでは学観測にてロケットを追跡する。
種子島宇宙センターには広田学観測所(吉信射点北西2.3km)、学観測所(吉信射点南3.3km総合令棟内)、門倉学観測所(吉信射点南西10.2kmの門倉岬)が設置されている。

レーダー局

レーダー波によってロケットの飛行位置を測定する施設。
種子島宇宙センターには。増田宇宙通信所、宇宙ヶ丘追跡所、大崎の3つの地区に冗長系を形成するように設置されている。

テレメーター局

ロケット加速度、圧温度等の各種データ(テレメーター)を受信し、ロケットの飛行状態監視とデータ記録を行う。
宇宙ヶ丘追跡所と増田宇宙通信所の2つの地区に設置。

増田宇宙通信所

種子島宇宙センターの敷地内ではなくその北側にある中種子町に1974年に開設された衛追跡用の施設。
分離後は種子島をめぐる人工衛のテレメーターを受信し、衛運用施設からの令送信中継を行っている。

広報施設

報道機関のための施設や種子島宇宙センターに来場した一般人の為の施設も敷地内には用意されている。
施設の充実度で内宇宙空間観測所との間にかなりの格差が…。ISAS(涙)

竹崎展望台

吉信射点から南に3.6kmのに設置された報道機関用の展望台。
最上階には段が設置されここから射点の模様を中継するほか、建物内部にはは記者会見室、打上げ視察者・広報班員等の控え室、プレスルーム、時刻表示装置、写真現像用暗室、電話回線が装備されている。
打ち上げ時にここに居場所を用意してもらうには「日本少年宇宙団」の打上取材に参加するか(小学校4年生~高校3年生を対)、取材団体としてJAXAに申し込む必要があり、取材以外の観光的や個人名義では不可。かつては科学技術庁の記者クラブに所属する報道機関か雑誌協会に所属する出版社(いわゆる「大名取材」)のみがこの場所に席を得る権利を持っていたのだが、近年では宇宙作家クラブニコニコ生放送における「宇宙コミュニティ」による取材等、かなり間口が広がった。
一般人への打ち上げ時の崎展望台招待を望む声もあるが、これについてNASDA時代に「特殊法人の予算を一部の観光的への対応に使うことは政府が認めないと思われる」という考えが出されており、認められる可能性は低い。

打ち上げ時以外の普通の日は屋上ひな壇に自由に入ることができる。また、1階部には隣に広がるでの遊泳者の為に木製の棚が朽ちかけている更衣室と しか出ないシャワーが用意されている。

昔、某連続テレビ小説ヒロインロケット打ち上げをどうしても見たくて展望台の隣にある漁港から強襲上陸して崎展望台から打ち上げを見物するシーンが放映されたが、もちろん打上前は周辺地域及び域は全の為封鎖されるため、同じことをやろうとすればとっつかまって打上も見れずに説教食らうことになると思われる。

宇宙科学技術館

への入口に設置された一般人への広報・教育施設。

内部はロビーエントランスを挟んで入口左に常時JAXA制作映像コンテンツを流しているシアターと売店に軽食レストラン、右手が2階建ての展示コーナーになっており、1階に日本が今まで扱ってきたロケットエンジンや衛海外で使われたロケットの実物モデルや、今まで実施してきたミッションに関する展示。2階に宇宙ステーションISS)に関する展示とゲームロケット設計ゲーム、軌上での加減速と高度の関係の理解に役立つISS接近ゲーム、頭上のISS模型を利用したISS接合ゲーム、など)やクイズ宇宙に関する知識を学べるコーナーが用意されている。ゲームコーナーには大抵子供がり付いていますが礼節ある大人の皆さんはおとなしく席が開くのを待ってあげて適度に次の方に譲ってあげましょう。
施設は立で展示物の大のものが多いので迫がある。ただし内容はごく一般向けに設定されているので内浦の宇宙科学資 料館のような『濃さ』には欠ける。
施設内の射点や管制棟をめぐるツアー集合場所でもある。(ツアー参加には事前の電話申し込みが必要)

その他景勝スポット

以上のほかに、JAXAの業務施設とは一切関係がない名所が施設内には存在する。

ロケットの丘展望所

崎射場と大崎射場を結ぶ路の中ほどに作られた展望所。
ここより射場が一望でき、吉信射点におけるロケット射点移動の際にはその様子を見ようと人が集まる場所である。(ロケット打ち上げ時は閉鎖エリアの中に入るため、ここからの打ち上げ見物は不可能

カーモリの峯展望所

宇宙科学技術館の隣にある「カーモリの峯」にある展望台。カーモリとは種子島方言で「に帰ったか」の意味。
山頂までに3つの展望台があり、第1展望台からは宇宙科学技術館脇のNLVロケットを見越して崎射点や大崎射場が、第3展望台からはい砂の先に続く門倉岬や遠くに屋久島を望むことができる。

竹崎海岸

種子島宇宙センターの南端に広がる
崎展望台から東側のは遊泳が可であり、南の特有の鮮やかなにたゆたいながら遠くに見える射場の風景眺める贅沢ははここでしか味わえない。
また海岸線の東の端は砂に突き出た特殊な地形をしており、そこから見るほぼ全景風景は非常に感慨深い思いを与えてくれるだろう。その前にそこまでの中で見ることになるに打ち上げられた大量の流木やらゴミに別の感慨深い思いを持つかもしれないが…。

歴史

種子島の産声 ~種子島宇宙センター開設と漁業問題~(1966年~1968年)

1966年昭和41年)、科学技術庁 宇宙開発促進本部(NASDAの前身)は、1963年から1965年まで使用してきた防衛庁新島試験場(東京都新島)に替わる新しい打ち上げ拠点として、打ち上げに有利な低い緯度の南方にあって、周囲にが広がり、有地が多い場所の選定を開始する。
選定にあたっての考慮条件は以下のとおり。

  1. 南・東向けの発射に対して陸上上、航全に支障がないこと。
  2. 日本内でできるだけに近いこと。
  3. 沿漁業者との干渉ができるだけ少ないこと。
  4. 必要な用地面積が期に入手でき、かつ土地造成が容易なこと。
  5. 通信、電が確保できること
  6. できるだけ交通が便利で、人員、資材、機材の輸送がしやすいこと。
  7. 人口の密集した地帯からなるべく遠いこと。

当時はまだ沖縄小笠原日本に返還せれておらず、その時の土の南西端にほど近い種子島奄美な候補地として挙げられた。しかし奄美大島にはハブが生息しており実際に工事が始まると工事に携わる人が噛まれ開発推進が困難になりかねない可能性が浮上。一方、種子島にはマムシはいるがハブはいない。そういったわけで実地調種子島を対に行われることになる。
1966年4月から種子島に調団は入り、その結果、南種子町崎地区が同年5月に選定された。(ちなみに東大の糸川博士秋田県実験場からのロケット打ち上げ場移転選定の際、種子島を来訪し、門倉岬の近くを候補の一つに考えていた。)
当時の鹿児島県議会議長が「鹿児島県に飛来した」というほど、おおむね受け入れる鹿児島県種子島側も受け入れることによって過疎化抑制と産業育成がもたらされるとして意欲的ではあったが、そこに当時種子島周辺の漁場で盛んだったカツオの一本釣り漁への影に対する問題が立ちはだかる。

1966年6月宮崎県漁連会長科学技術庁長官にロケットの漁業への影する照会文書を提出してから話はもつれにもつれ、隣県の鹿児島県愛媛県高知県大分県島根県(のちに外れる)の漁業組合を巻き込み、内浦からの打ち上げや自衛隊の訓練飛行にまで影を及ぼす大規模な反対運動にまで発展する。実は事の発端は「漁業権をよく知らない鹿児島県にだけ建設の挨拶に伺い、宮崎県漁連に挨拶に行く必要はないと思っていたため」という泣くに泣けない笑うに笑えない理由だったり…。

この影で同年11月に予定されていた第1回ロケット発射実験が大きく延期。さらに1967年3月にはLS-Cロケットの打上げ実験阻止しようと合を漁業船が囲む事態に。結局、漁業船の見守る中、交渉如何では打上げが可なように準備されていたロケットは打上げシーケンスの確認だけで終る結果となった。
「打ち上げ施設建設反対」まで姿勢を硬化させる漁業関係者に対し、宇宙開発促進本部の職員たちはり強く1年にわたる交渉を続け、結果「その年の打ち上げ計画の事前協議を行う」「ロケット打ち上げは漁業に支障のないの各45日,合計90日間(のちに130日プラス特別60日)に限定する」「年間発射機数の制限」「は漁業者に必要な補償(施設設備の整備)をおこなう」という条件で両者は合意するに至る。

こうして1966年9月17日に起工した崎の整備は1968年7月に完了。種子島宇宙センターがここに開設された。開設当初に存在した施設は、の砂を拓き辺と裏山の丘陵を切り開いて作られた「発射」とLS-Cロケットのための「発射台」と「ブロックハウス」、 その周辺の砂にある小固体ロケット用の掘っ立て小屋の「整備室」と、砂地を砂利で固め荒縄で区切った「小固体ロケット射点」などであった。当時は台風の季節などでLS-Cロケット発射台の軌は砂に埋もれ毎日のように職員総出で除去作業を行っていたという。

同年9月17日、気観測用SB-IIA型ロケット9号機が種子島から飛び立つ最初のロケットとして飛した。

打上年 打上日 打上ロケット 搭載衛 射点
1968年
昭和43年
9月17日 SB-A 9号機 (高層気観測 )
9月19日 LS-C-D 1号 (技術研究)
9月 NAL-16H 1号 (技術研究)

 

さらに大きく ~Q計画、新N計画と大崎~(1968年~1984年)

宇宙開発推進本部は日本の独自開発したロケット運用をし、固形ロケットと液体ロケットの多段式大ロケット開発計画「(旧)N計画」とその事前技術試験用小ロケット開発計画「Q計画」を発表。(ちなみにN計画のNはNipponのNである。)
種子島宇宙センターもその計画実現のために、固体モーター燃焼実験場とQロケット組立棟(第1組立棟)を切りに設備整備を1968年から開始する。

1969年10月1日すったもんだの末に装いも新たに宇宙開発促進本部は宇宙開発事業団NASDA)に改組され、種子島宇宙センターロケット開発・打ち上げの最前線拠点として引き続き運用される。

1970年NASDAロケット開発路線がアメリカの横やりによりそれまでの日本の独自開発路線からアメリカからの技術導入に大幅転換され、「(旧)N計画」「Q計画」は止、「新N計画」へと移行する。
それに伴い種子島宇宙センターの整備計画も新N計画で打ち上げるQ'ロケット(ETVロケット)用に見直しが迫られたがQ計画用に整備されていた施設を有効活用する形でこれに対応した。

こうして大崎射場の第1次整備は始まるのだが、ここで新たな問題が待っていた。用地収用問題である。

種子島宇宙センター建設に当たって有地が多い地域を選んだことは先に述べた通りだが、それでもなお保用地として収用すべき半径2.2kmの区域内には地権者数 数人、筆数 千数、面積二数十万メートルに及ぶ民有地と、大崎集落の全世帯(13世帯)、都浦集落の一部(5世帯)が存在していた。
NASDAはこれらの交渉担当として職員から4名、用地買収専門業者から5名を交渉にあたらせた。
大崎集落での交渉では、測量を認めることは買収に同意することにつながると反対意見が出たりもした。集落の住民が日中農作業で出払っているために集落に伺い、そこで担当職員が集落につくと集落の責任者がホラ貝を吹いて皆を集めて交渉が始まるため担当職員は最初面くらったという。
また民有地の接収交渉では登記簿上の所有者とと現所有者が長い年の中で変わってしまっている場合が多く、まずは登記簿を最新の状態に直す必要に追われ、時にはかつての所有者を移住先のリビアまで追いかけることもあった。
こうした根気強い交渉により土地収用は進み、1971年3月には大崎集落全世帯の移転が完了。都浦集落の5世帯も移転を終わらせた。宇宙開発促進本部の職員たちは彼らへの感謝の気持ちを忘れぬよう、集落にあった恵寿神社センター内に移設され、大崎集落があった場所(現在の大崎射場から300m離れた所)には記念碑が設置された。

用地収用にめどがついた1972年から大崎射点の整備が本格化。1974年の打ち上げに受けて急ピッチで工事が進められる。

Q'ロケット打ち上げ直前の1974年、保用地にかかる町平山浦線の止が「不審者の侵入防止(時は左翼運動が問題視される時代であった)」を理由に持ち上がるが、浦集落の住民からは「生活が不便になる」「平和利用のはずの場所になんで不審者が来るとじゃ」と猛反対が出る。
1974年から始まったいざこざはQ'ロケット打ち上げまでにはおさまらず結局N-Ⅰロケット打ち上げをも通り越して1976年の町議会決議における賛成反対同数による議長決議による止決定まで持ち越すことになり、その後の「ゲートのない素は通行自由な世界一開かれた発射場」につながることになる。

色々ありながらも大崎射点は無事完成1974年9月2日にはQ'ロケット1号機を大崎射点初のロケットとして、1975年9月9日にはN-ⅠロケットNASDA初の人工衛搭載ロケットとして打ち上げた。

崎から大崎へ、LS-CロケットからNロケットそしてH-Ⅰロケットへの過渡期には、新しい施設への対応や打ち上げ隊の急な増加(7~80名→200名に。机がらなくロケットなどを梱包してた木から急きょ作って対応)、組織や管理体制・米国式作業方式への見直しなど、非常に慌ただしい状況にスタッフ皆が放り込まれたが、「走りながら考える」精で乗り越えたという。それで大崎射点発のロケットで大きな失敗は全27基(Q' 2基、N-Ⅰ 7機、N- 8基、H-Ⅰ 9基、J-Ⅰ 1基)中、N-Ⅰ5号機の1回だけというすさまじいというかなんというか…。

   

打上年           打上日 打上ロケット            搭載衛                                  射点
1969年
昭和44年
1月 SB-III 10号機 (高層気観測)
NAL-16-31D (技術研究)
2月 NAL-25 31号 (技術研究)
LS-C 1号 (技術研究)
SC 1号
SC 3号
SC 4号
9月 NAL- 16-1 (技術研究)
SBIIA-9 (高層気観測)
LS-C- D (技術研究)
SB-II 11号 (高層気観測)
LS-C 2号 (技術研究)
JCR 1号 (技術研究)
JCR 2号 (技術研究)
NAL 7号機 (技術研究)
1970年
昭和45年
2/1 JCR 3号 (技術研究)
2/3 LS-C 3号 (技術研究)
9/4 JCR 4号 (技術研究)
9/7 NAL7BS 8号機 (技術研究)
9/7 NAL7BS 9号機 (技術研究)
9/9 LS-C 4号 (技術研究)
1971年
昭和46年
2/1 JCR 5号 (技術研究)
2/3 SB-A 12号 (高層気観測)
2/3 SB-A 13号 (高層気観測)
9/6 SB-IⅢA 14号 (高層気観測)
9/10 LS-C 5号 (技術研究)
9/11 SB-IA 15号 (高層気観測)
9/17 JCR 6号機 (技術研究)
1972年
昭和47年
2/2 MT-135P.T 1号 (高層気観測)
2/6 JCR 7号機 (技術研究)
2/7 MT-135P.T 2号 (高層気観測)
8/30 MT-135P.T 3号 (高層気観測)
8/30 MT-135P.T 4号 (高層気観測)
9/25 LS-C 6号機 (技術研究)
1973年
昭和48年
2/5 MT-135P.T 5号 (高層気観測)
2/7 JCR 8号機 (技術研究)
2/8 MT-135P.T 6号機 (高層気観測)
9/5 MT-135P.T 7号機 (高層気観測)
9/5 MT-135P.T 8号機 (高層気観測)
9/7 JCR 9号機 (技術研究)
1974年
昭和49年
2/1 JCR 10号機 (技術研究)
2/2 MT-135P.T 9号機 (高層気観測)
2/9 LS-C 7号機 (技術研究)
2/10 MT-135P.T 10号機 (高層気観測)
9/2 ETV(Q') 1号 大崎
9/3 MT-135P.T 11号 (高層気観測)
9/3 MT-135P.T 12号 (高層気観測)
1975年
昭和50年
1/30 MT-135P.T 13号 (高層気観測)
2/5 ETV(Q') 2号 大崎
2/7 MT-135P.T 14号 (高層気観測)
8/17 TT-210 1号 (技術研究)
9/9 N-Ⅰ 1号 技術試験衛
「きく1号
NASDA初の人工衛打ち上げ
大崎
9/10 MT-135P.T 15号 (高層気観測)
1976年
(相和51年)
1/27 TT-210 2号 (技術研究)
2/29 N-Ⅰ 2号 電離層観測衛
「うめ」
大崎
9/23 MT-135P.T 16号 (高層気観測)
9/24 TT-210 3号 (技術研究)
9/25 MT-135P.T 17号 (高層気観測)
1977年
昭和52年
1/25 TT-500 1号 (技術研究)
2/23 N-Ⅰ 3号 技術試験衛
「きく2号
NASDA初の静止衛打ち上げ
大崎
2/24 MT-135P.T 18号 (高層気観測)
8/23 MT-135P.T 19号機 (高層気観測)
8/25 TT-500 2号 (技術研究)
8/26 MT-135P.T 20号機 (高層気観測)
1978年
昭和53年
1/16 TT-500 3号 (技術研究)
2/16 N-Ⅰ 4号 電離層観測衛
「うめ2号
大崎
2/17 MT-135P.T 21号 (高層気観測)
8/24 MT-135P.T 22号 (高層気観測)
8/25 TT-500 4号 (技術研究)
8/26 MT-135P.T 23号 (高層気観測)
1979年
昭和54年
1/27 TT-500 5号 (技術研究)
2/6 N-Ⅰ 5号 実験用静止通信衛
あやめ
と3段衝突し失敗
大崎
2/7 MT-135P.T 24号 (高層気観測)
8/25 TT-500 6号機 (技術研究)
8/27 MT-135P.T 25号 (高層気観測)
8/27 MT-135P.T 26号機 (高層気観測)
1980年
昭和55年
1/28 TT-500 7号機 (技術研究)
2/22 N-Ⅰ 6号機 実験用静止通信衛
あやめ2号
分離成功するものちに通信途絶
大崎
2/23 MT-135P.T 27号機 (高層気観測)
9/13 MT-135P.T 28号 (高層気観測)
9/14 T-500A 8号機 (技術研究/材料実験
9/15 MT-135P.T 29号機 (高層気観測)
1981年
昭和56年
1/15 T-500A 9号機 (技術研究/材料実験
2/11 N- 1号 技術試験衛
「きく3号
大崎
2/12 MT-135P.T 30号機 (高層気観測)
8/2 TT-500A 10号機 (技術研究/材料実験
8/11 N- 2号 静止気象衛星
「ひまわり2号」
大崎
1982年
昭和57年
2/2 MT-135P.T 31号 (高層気観測)
2/3 MT-135P.T 32号 (高層気観測)
8/16 TT-500A 11号 (技術研究/材料実験
9/3 N-Ⅰ 7号機 技術試験衛
「きく4号
大崎
9/5 MT-135P.T 33号 (高層気観測)
1983年
昭和58年
1/27 TT-500A 12号 (技術研究/材料実験
2/4 N- 3号 通信衛
さくら2号a」
大崎
8/6 N- 4号 通信衛
さくら2号b」
大崎
8/19 TT-50013号 (技術研究/材料実験

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第3の射点 吉信へ ~吉信射点整備とH-Ⅱ、H-ⅡA、H-ⅡB~(1984年~現在)

1984年にH-ロケットの開発研究がスタートしたのを受け、種子島宇宙センターもこのロケットの為の新点の建設が決定される。
建設予定地は吉信岬。種子島宇宙センターの中で集落から一番離れた場所にある大ロケットの打ち上げに適した、最高のロケットの為に最後まで残しておいた最高の場所である。

1986年より本格的な工事が開始。途中記録的な豪や吉信岬の軟弱な地盤に悩まされつつも1989年には液体ロケット燃焼試験場を完成させる。この燃焼試験場でH-ロケット用のLE-7エンジンの開発を行いながら他の施設の工事も並行して進めていく。

これまでの大崎射点の施設はアメリカからの技術導入によってつくられたロケットを打ち上げるだけあって、各施設もアメリカデルタロケット射出場を手本として整備することができたのだが、吉信射点から打ち上げるH-ロケットは完全産のロケットであり作業方式や管理体制まで1から構築する必要があった。また吉信射点の為に残された用地は海外の大ロケット用射点にべるとあまりにも狭く、められた打ち上げまでのスケジュールも厳しいものであった。結局1991年までには作業は遅れはしたものの打上計画自体がLE-7エンジンの開発の遅れにより延長されたこともありスケジュールに間に合う形で完成する。

H-初号機打ち上げに先立ち、吉信射点では地上試験機(GTV)をつかって整備作業を予習する。これを4年間続けて技術と経験を蓄積し、1994年2月4日H-初号機は日本人の期待を背負って無事宇宙へと飛び立った。

新しく運用を開始する施設もあれば運用を終える施設もある。1998年11月19日崎射点がTR-ⅠA7号機をもって運用を終了。大崎射点も1996年のJ-Ⅰロケット以来ロケット打ち上げ運用を停止している。
吉信射点もH-からH-ⅡAへの転換に当たり第1射点の移動整備棟の止を決定。2001年H-ⅡA打ち上げ前に開閉部を撤去して以来しばらく残されていたが2010年11月11日より残る固定部も解体が始まり、翌年1月には姿を消した。

しかしながら種子島宇宙センターはまだまだ飛躍する。
2001年から整備されていた吉信第2射点が2009年9月11日H-ⅡB初号機より運用開始。2011年4月からは漁業組合との協定が改訂され通年・年17機(内浦と合算)までの打上が可となった。

打上年     打上日  打上ロケット   搭載衛             射点  
1984年
昭和59年
1/23 N- 5号 放送衛
ゆり2号a」
大崎
8/3 N- 6号機 静止気象衛星
「ひまわり3号」
大崎
1986年
昭和61年
2/12 N- 7号機 放送衛
ゆり2号b」
大崎
8/13 H-Ⅰ 1号 測地実験
あじさい
大崎
フライホイール実験装置
「じんだい」
アマチュア(ピギーバック
「ふじ(1号)」
1987年
昭和62年
2/19 N- 8号機 洋観測衛
「もも1号
大崎
8/27 H-Ⅰ 2号 技術試験衛
「きく5号
大崎
1988年
昭和63年
2/19 H-Ⅰ 3号 通信衛
さくら3号a」
大崎
9/6 TR-Ⅰ 1号 (技術研究)
9/16 H-Ⅰ 4号 通信衛
さくら3号b」
大崎
1989年
平成元年
1/27 TR-Ⅰ 2号 (技術研究)
8/20 TR-Ⅰ 3号 (技術研究)
9/6 H-Ⅰ 5号 静止気象衛星
「ひまわり4号」
大崎
1990年
平成2年
2/7 H-Ⅰ 6号機 洋観測衛
「もも1号b」
大崎
進展開機実験ペイロード
「おりづる」
アマチュア(ピギーバック
「ふじ2号
8/28 H-Ⅰ 7号機 放送衛
ゆり3号a」
大崎
1991年
平成3年
8/25 H-Ⅰ 8号機 放送衛
ゆり3号b」
大崎
9/16 TR-ⅠA 1号 (技術研究/材料実験
1992年
平成4年
2/11 H-Ⅰ 9号機 地球
「ふよう1号
大崎
8/20 TR-ⅠA 2号 (技術研究/材料実験 大崎
1993年
平成5年
9/17 TR-ⅠA 3号 (技術研究/材料実験 大崎
1994年
平成6年
2/4 H- 1号 再突入実験
「りゅうせい」
吉信第1
確認用ペイロード
「みょうじょう」
8/28 H- 2号 技術試験衛
「きく6号」
吉信第1
1995年
平成7年
3/18 H- 3号 静止気象衛星
「ひまわり5号」
吉信第1
宇宙実験・観測フリーフライヤ
8/25 TR-ⅠA 4号 (技術研究/材料実験
1996年
平成8年
2/12 J-Ⅰ 1号 音速飛行実験
HYFLEX
大崎
8/17 H- 4号 地球観測プラットフォーム技術衛
みどり1号)」
吉信第1
アマチュア(ピギーバック
「ふじ3号
9/25 TR-ⅠA 5号 (技術研究/材料実験
1997年
平成9年
9/25 TR-ⅠA 6号機 (技術研究/材料実験
11/28 H- 6号機 技術試験衛
「きく7号
おりひめ/ひこぼし)」
吉信第1
熱帯観測衛
「TRMM」
1998年
平成10年
2/21 H- 5号 通信放送技術衛
「かけはし」
2段燃焼不により軌投入失敗
吉信第1
11/19 TR-1A  7号機 (技術研究/材料実験
1999年
平成11年
11/15 H- 8号機 運輸多目的衛星
「みらい」

1段エンジン破損により令爆破
吉信第1
2001年
平成13年
8/29 H-ⅡA 1号 試験用ペイロード 吉信第1
レーザー想定装置
2002年
平成14年
2/4 H-ⅡA 2号 民生部品・コンポーネント実
つばさ
吉信第1
高速再突入実験
DASH
製作ミスによる分離失敗
確認用ペイロード
9/10 H-ⅡA 3号 データ中継技術衛
こだま
吉信第1
次世代無人宇宙実験システム
USERS」
12/14 H-ⅡA 4号 環境観測技術衛
みどり
吉信第1
電磁プラズマ観測衛
(ピギーバック
FedSat
生態観測衛(ピギーバック
太くん」
(ピギーバック
マイクロラブサット1号機」
2003年
平成15年
3/28 H-ⅡA 5号 情報収集衛1号 吉信第1
情報収集衛レーダ1号
11/29 H-ⅡA 6号機 情報収集衛2号 吉信第1
情報収集衛レーダ2号
SRB-A1分離失敗により令爆破
2005年
平成17年
2/26 H-ⅡA 7号機 運輸多目的衛星
「ひまわり6号」
吉信第1
2006年
平成18年
1/24 H-ⅡA 8号機 陸域観測技術衛
「だいち」
吉信第1
2/18 H-ⅡA 9号機 運輸多目的衛星
「ひまわり7号」
吉信第1
9/11 H-ⅡA 10号機 情報収集衛2号 吉信第1
12/18 H-ⅡA 11号 技術試験衛
「きく8号」
吉信第1
2007年
平成19年
2/24 H-ⅡA 12号 情報収集衛レーダ2号 吉信第1
情報収集衛3号
9/14 H-ⅡA 13号 月周回衛星
「かぐや」
吉信第1
2008年
平成20年
2/23 H-ⅡA 14号 高速インターネット
きずな
吉信第1
2009年
平成21年
1/23 H-ⅡA 15号 温室効果ガス観測技術衛星
「いぶき」
吉信第1
オーロラ撮像・アウトリーチ
(ピギーバック
「かがやき」
テザー宇宙ロボット技術実験
(ピギーバック
空海
マイクロラスタ3軸姿勢制御実
(ピギーバック
沙」
地球観測衛(ピギーバック
ひとみ
観測衛(ピギーバック
「まいど1号
コンポーネント技術実
(ピギーバック
「小1
9/11 H-ⅡB 1号 宇宙ステーション補給機
「こうのとり(1号機)」
吉信第2
11/28 H-ⅡA 16号 情報収集衛3号 吉信第1
2010年
平成22年
5/21 H-ⅡA 17号 金星探査機
「あかつき」
吉信第1
小型ソーラー電力セイル実証機
「IKAROS」
技術試験衛(ピギーバック
「しんえん」
技術試験衛(ピギーバック
「WASEDA-SAT2」
蒸気観測衛(ピギーバック
ハヤト
技術試験衛(ピギーバック
「Negai”」
9/11 H-ⅡA 18号 準天頂衛星
「みちびき」
吉信第1
2011年
平成23年
1/22 H-ⅡB 2号 宇宙ステーション補給機
「こうのとり2号機」
吉信第2
9/23 H-ⅡA 19号機 情報収集衛 4号 吉信第1
12/12 H-ⅡA 20号機 情報収集衛 レーダー3号 吉信第1
2012年
平成24年
5/18 H-ⅡA 21号 第1期水循環変動観測衛星
「しずく」
吉信第1
韓国的実用衛
KOMPSAT-3」
打上業務民間委託初の商業受注衛
技術実(ピギーバック
「小4
技術試験衛(ピギーバック
弐号

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地理的な制約はあるものの、これからも種子島宇宙センター日本宇宙への最前線基地として重要なポジションにあり続けるだろう。

打上見学

一生のうち一度は本物の宇宙ロケットの打ち上げを生で見学したいもの。海外に行かなくても内で見る事が出来るならなおさらですよね?
しかしながらどうすれば見ることができるのか解らない人も多いはず。
そんなこれから種子島までロケット見学に行ってみたい人たちのためになるかちょっと怪しい情報を参考までに記載します。

加筆依頼 この項は、初版編集者が古い記憶をもとにとりあえず書いてます。
より正確・明確な内容になるよう。加筆、訂正な どをして下さる協者をめています。
ネタバレ注意 この項は、古い情報を含んでいる可能性があります。
実際に種子島を訪れる際は最新の情報に元づいて行動計画を作成してください。

打上日の情報収集と日程設定

まずは何が無くともロケットの打ち上げ予定日を知る必要があります。しかも出来ることならなるべくく。
これを知らなければ旅行計画を練ることすら出来ないのはもちろんですし、ければいだけに入る方法や移動手段、そのほかの計画の策定に自由度が増えます。

打上予定日の情報はこちらの「SPACEFLIGHT NOW」という海外宇宙開発ニュースサイトが参考になります(launch scheduleのページ→こちら)。JAXA公式発表より若干速かったりします。

見学の為に何日予定をけるのがベストかなのですが、種子島と居住地までの移動時間を除いて―――

  • から現地や見学場所視察、および射点移動を見るための1日(Xday-1)
    打上当日は全の為に6時間前から打上後全が確認されるまで射点を中心に半径3kmが立ち入り禁止になります(種子島宇宙センター内を見られる時間が減る)。また見学場所はその多くがやや辺鄙な場所にあり場所が分かり辛いうえに大変混雑しますので、いうちに場所の確認と入場を済ませておくと心です。さらにに入る手段も候や航路の都合により欠航・遅延しやすいため、そうすると打上当日にに入るのは非常にリスクが高いと思われます。
    打上約13時間前からロケットがVABから射点へ引き出され始める「射点移動」というイベントがありますのでここは余裕を持って1日前に種子島に入れる予定をたてましょう。
  • 打上当日、離(Xday)
  • 打上が延期された場合の燃料抜き取り&再充填にかかる日数(Xday+2)
    ロケット打ち上げは配線や配管・通信機器などのトラブルや上候により延長されやすいです。また打ち上げる衛的(投入軌)によって打上が可な日にちや時間帯(ランチウィンドウ)が限定されていたりします。
    すぐに解決できる問題でランチウィンドウに余裕があるなら数時間の打上延長で済むのですが、そうでない場合は打ち上げ延期となり全と絶えず蒸発する燃料の節約のため燃料を抜いてVABに再格納されます。そうなると中2日は打上再準備に掛かります。さらにランチウィ ンドウ次第では延期される日数がさらに伸びる可能性もあります。
    せっかくなので種子島宇宙センタ内ツアー自体の観光に充てる時間と考えて後ろにも十分な余裕を作ってしまいましょう。なら浴やサーフィン種子島日本有数のサーフィンの名所)を楽しむのも手ですし南の特有のゆったりと流れる時間感覚はただそこで過ごすだけで日ごろのストレスを解消してくれることでしょう。もし正常に打ち上がったらこの余暇を利用してちょっと内浦までを延ばしてみるのもいいかもしれません。

というように最低2日、出来れば4日以上内で過ごす時間を予定しておくことをお勧めしたいです。
打上を実施するかどうかは打上前々日の15時までに決定されるので、各予約のキャンセルはこの情報にしましょう。予定通り実施されることを祈ってください。

入島手段

合の離である種子島に行く方法は、必然的に路か路のみとなります。
これらは一度の輸送量や就航本数が限られるうえ、打上見学に挑む人で帰省ラッシュ以上に混雑し、候や航路の状況に左右されやすく、打上を見学できるかどうかはほぼこの入手段を確保できるかどうかにかかっていると言えるでしょう。

空路

日本エアコミューター(JAC)が運航している航便。かつては大阪伊丹空港からの便もあったのですが止になり、現在は鹿児島港からの便のみ就航しています。就航機種はSAAB340B(席数36)。ジェット機にはない低の外の色を見られるのもこのルートの魅です 。
ただでさえ輸送に乏しいうえ、打ち上げ直前は打上関係者を含めたたくさんの人が殺到するためこの輸送手段を選択する際はい予約が必須です。まれにキャンセル席が発生しますがそれは『奇跡』です。あてにしない方がいいでしょう。
めの予約になるので先特割引が必然的に適用できますが、これを適用すると、もしも打ち上げが延期された場合の航チケットキャンセルに420円+運賃の50%キャンセル料がかかる点に注意が必要です。
また自動的に内の移動手段を現地で確保しなくてはならない点においても、やや使い勝手が難しいところといえるでしょう。

海路

種子島屋久高速船が運航している船。時速80kmで鹿児島種子島を結んでいます。トッピーのうち1便は宿と屋久島を経由します。席数は247~260。
便数が較的多く座席数も多いため、予約なしでもからればなんとか乗れます。
値段も航便よりめで使い勝手がいいように思えますが、難点もあります。
一つが「手荷物が15kgまでで、3辺の長さの合計が115cm以内のものしか持ち込めないこと」。自転車バイクの積み込みはできませんし重装備の持ち込みもできません(大抵のものは西内で買えますが)。
もう一つが「欠航。遅延が多いこと」。船の性質上、航路上に何かあるとすぐ欠航・遅延します。波が高いと欠航。クジラが現れると欠航。流木があると欠航…。これに泣かされた見学者がかなり居ます。
あと、こちらも現地で移動手段を確保する必要があります。

鹿児島商船(はいびすかす)とコスモラインプリンセスわかさ)が運航しているカーフェリー。かつては宮崎港からの航路がありましたが今は止されています。
種子島に自前の移動手段を持ち込む予定の人は必然的にこちらの移動手段になります。を乗船させたい人は1か前から受け付けている予約に申し込む必要があります。また1台につきドライバー1名が乗船できます。また客輸送船ですのドライバー以外の同乗者も一緒に移動する際に非常に便利です。
フェリーなのでく、ゆったりした気分で種子島にわたることができるのも、この手段の魅でしょう。
いびすかすの乗船場が南埠頭ではないので注意してください。

  • 貨物船(新さつま丸/新種子島丸) 鹿児島山港→西表港
    3時間30分
    運航日、運賃等は運航会社まで直接お問い合わせください。詳しくは→こちら 
    所要時間… 価格…未調 席度…未調 変更の自由度…未調 欠航率…未調
    予約方法…電話予約のみ

共同フェリー運輸が運航する貨物船。貨物船なので人だけの乗船はできません。自動車バイク)と自動車を運用する人1名だけが乗船できます(バイクの乗員は別の手段を用意しなくてはならない)。種子島へ渡る手段のある意味裏技的存在。
あくまで貨物輸送がこの船の的の為、休憩スペースサービス面には期待しないでください。
バイク搭乗者及び車両運用者のほかに同行者がいる場合には、ほかの入手段を探す必要があります。
運航している日としていない日があるので注意が必要です。(HPには書かれていませんが、記憶ではたしかそうだったはず)
また乗船口が鹿児島本港でない点も注意してください。

  • 漁船チャーター 鹿児島県のどこかの漁港→種子島のどこかの漁港
    ?時間  運航日 漁師の気分次第
    価格 priceless

近くの漁師に頼み込んで種子島まで連れてってもらう荒業。今まで何度も手段の一つとして想定はされつつも実施したものがいないとされていましたが、噂ではH-ⅡB1号機打ち上げの際、鹿児島種子島航路上に流木が漂流し高速船が軒並み欠航した時にチャーターに成功したという猛者が現れたとか…。

方法 メリット デメリット 注意点
便
遠方からの乗り継ぎに便利
が高い
席が少ない
移動手段確保が必須
欠航に注意
高速船 やや
席が多い
持ち込める荷物が少ない
移動手段確保が必須
欠航に注意
フェリー 大人数の移動に有利
・大量の荷物を持ち込める
便数が少ない
遅い
乗船が少ない
貨物船 ・大量の荷物を持ち込める 便数が少ない
人一人しか乗船できない
遅い
運航日の確認が必須
漁船 多分
欠航に強い
何もかもが不確定
移動手段確保が必須

 

島内の移動手段

南北に約50キロある種子島種子島宇宙センターはその南端に存在し、の入口である種子島港はのほぼ中央、西表港に至っては北の外れに位置します。つまり何かしらの移動手段は必須になります。
方法としては「持ち込み(自動車バイク)」「レンタカー」「バス」「タクシー」「自転車(持ち込み・レンタル)」「便乗(ヒッチハイク)」が考えうるでしょう。

持ち込み(自動車・バイク)

外から自前の自動車またはバイクを持ち込む方法です。
必然的にカーフェリーか貨物船で種子島に入る必要に迫られますが、行きたい所にいつでも行けるため自由度が高く、多くの荷物を外から持ち込み運用できるメリットもあります。
デメリットとしては居住地から鹿児島まで運転が必要なこと。種子島に渡る船の予約のきが少ないこと。同じ苦労を行きと帰り2回味わう事などが挙げられるでしょうか。
予算面ではガソリンが本土より1割ほど高めの値段になっているのでその点注意が必要です(思った以上に内を移動することになるので1回は内で燃料補給することになる可能性が高いです)。
あと内の店舗全般に言えることですが、閉店時間が本土にいのが基本です。24時間開いているガススタンドはもちろんないですし西内でも18時には開いているガススタンドが無くなってしまいます(2001年当時。今は改善されているかもしれない)。燃料の残量には注意してください。

レンタカー・レンタバイク

西内および種子島港周辺にあるレンタカー会社からを借り受ける方法です。
手段に縛られることなく内で自由な移動手段を手に入れられるのが最大の売りです。
デメリットJAXAの視察関係者を含めたくさんの人がこのレンタカーを狙っているため予約のきが少ないことでしょうか(但し、内には全チェーンレンタカー会社から個人経営のレンタカー会社まで結構な数の取り扱いがある上に噂では打上特需を狙って事前に本土からを移送している店もいるらしいので飛び込みでも探せば与えられる種や状態に難がある可能性大ですがきがあったりします。もちろん保の限りであありませんので事前の予約が一番確実です)。
予約は1年前から受け付けているところもあります(お店の人の話によると打上見学をしたついでに1年先までの予約をしていく客も実際に居るとか…)。
注意点は上記の「持ち込み(自動車バイク)」に準じます。

予約につきましてはこちらのパンフレット(PDF形式)電話番号一覧及び取扱台数が掲載されていますので是非ご利用下さい。

公共バス

を結んでいるバスを利用する方法です。
非常に移動コストいのがメリットです。
但し、での行動をバスの運行時刻に左右されるうえ本数も多くはなく(記事初版制作者はレンタカー会社が拾ってくれなければ当時稼働していた旧種子島港で2時間以上放置プレーに遭うところでした)、行ける場所も限定され、種子島屋久島交通の路線バス止され大和バスのみとなった今日ではこの方法で種子島宇宙センターに行くことができません

路線・および時刻表につきましては南種子町役場の→こちらのwebページや個人で運営している観光案内サイトふるさと種子島」の→こちらのページに詳しいので是非ご利用ください。
(ちなみに公式打上見学場所の一つ「長谷公園」は長谷バス停から南東約1kmのところにあります)

タクシー

種子島で営業しているタクシーを利用する方法です。
お金次第で行きたい所に連れて行ってくれるほか、打上見学場所や外食事情など現地の人しか知らない情報にも精通している可能性が高いため、種子島でのを豊かなものにしてくれるかもしれません。
ただ、最大の問題がこの方法にかかる費用です。とあるサイトからの参考価格になりますが、距離計算ではなくタクシーを使った観光タクシーというのがあったりしまして、南種子町~門倉岬~宇宙センター~千座の岩屋~種子島港3時間小タクシー貸切コースが14,400円という価格設定になっていたりします。もちろん距離計算の普通のタクシーが同コースを走った時にこの値段になるわけではありませんが、種子島では思ったよりも広い場所を移動することになるので、タクシーメインに使うと結構な費用を使うことになると思われます。
タクシーを使うならバスで行ける所まで行って、そこから行けないところに行くのにタクシーを使うというのが賢い使い方かもしれません。

内のタクシー会社の電話番号一覧レンタカーのところにも記載したこちらのパンフレットに載っていますのでご利用ください。

自転車

外からの持ち込み、もしくは宿などで貸し出している自転車を利用する方法です。
高速船以外の手段で(輪行袋を利用すれば手荷物として)持ち込みが可であり、宿から借りる場合も安価、もしくは無料で利用できる点は非常に有利な点だと思われます。
問題は内の移動距離です(西種子島宇宙センター約50km)。また種子島は基本的に高い山が無い地形をしていますが、特に種子島宇宙センターがある南種子町は大きな丘クラスの起伏がたくさんあります。スポーツサイクルとそれに乗りなれている人ならむしろ楽しめますが、ママチャリor折り畳み小径自転車に乗りなれていない人にとっては少しきついかもしれません。
また全ての宿が自転車を貸し出しているわけではないので注意してください。

便乗

他の打上見学者と合流したり、の住民にに乗せてもらう方法です。
南のの特有のおおらかさや同じイベントを楽しむ者同士という親密感からか、に同乗させてもらえる可能性は低くないように思われます。(ちなみに初版編集者は旧種子島港→西長谷→某見学場所まで現地の方のに乗せていただく機会があり、長谷~某見学場所間を一人同乗させました)

但し、必ず同乗させてくれる人がいる保があるはずはもちろんありませんし、銭を要されるなど犯罪に巻き込まれる危険が決してないわけではありませんので、この手段に最初から頼るのはよした方が賢明かもしれません。

もし捕まえるとするなら西表港ターミナルや種子島港、各打上見学場所やロケットの丘展望所、宇宙科学技術館などが捕まえやすいポイントでしょう。

方法 メリット デメリット 注意点
持ち込み 自由度が高い 手段が限られる 内のガソリン
レンタカ 自由度が高い がない可能性がある
費用が高い
内のガソリン
バス 費用が 自由度が低い
種子島宇宙センターに行けない
タクシー 自由度が高い 費用がとても高い
自転車 移動が不便
便乗 すべてが不確定

 

宿泊

日程設定の項でも述べた通り、打上見学には数日種子島とどまることをお勧めします。
そうなると必要になるのが泊まる場所。
手段としては「宿を借りる」「中泊・野宿」が考えられるでしょう。

宿を借りる

種子島内にあるホテルや民宿に部屋を借ります。
しっかり休息でき、食事の確保も容易な点で優れています。
南部の宿泊施設は打上関係者によってほとんど抑えられてしまいますが、港周辺や西内の民宿なら飛び込みでもきがある可能性があります。(その分移動に手間がかかりますが)

また、現地に居を構える方と親しくなってに泊めてもらうことも出来なくはないでしょう(初版制作者も丁重にお断りしましたが勧められたことがあります)。但し、この方法も移動手段の便乗と同じくいろんな問題を有していることに注意してください。

名前を告げるだけですべてが通じる定宿を持つようになれば、あなたも立打上ジ ャンキー打ち上げ見物常連者でしょう。

内の宿泊施設については各や町の公式webページ内に連絡先一覧がありますのでご利用ください。

車中泊・野宿

宿を借りるのではなく、自前の宿泊手段を持ち込む方法です。
宿泊にかかる費用がかからない点がこの方法の一番のメリットです。(場所によっては無料
種子島海岸線公式見学場所の一つ「宇宙ヶ丘公園」にはキャンプ場やモーターキャンプ場が存在します。
自然クリエーション村、宇宙ヶ丘公園、前公園無料公園は7~9月は有料という情報もありますが、2001年9月に訪れた際そんなことどこにも書いてなかった気が…。管理棟なんてない所だし…。あれ?

ただ、1~2日なら疲れませんが、3~4日と中泊やテント暮らしが続くと非常に疲れがたまってくる点がやや不便でしょうか。またはや本土の何倍も強が発生する可能性がありますので注意が必要です。
また場は種子島もかなり冷え込みますのでその点も注意してください。

見学場所・見どころ

見学場所

種子島に入ることも出来た。移動方法も寝る場所も確保した。さあ後はどこで一大イベントを体感するかです。

とりあえず種子島内と鹿児島本土の南方からなら、ほぼどこでも上昇するロケットを望むことは可です(ぶっちゃけ種子島に渡れなくても見ることは不可能ではない)。
しかしながら飛び上がる(リフオフ間と、この世で人間が生みだす最高の推が発する音、そして強地球の引を振り切って登っていくロケットの勇姿をより良い環境での当たりにしたいのはもちろんのことと思います。

そこでJAXAと南種子町は、較的射点に近くて見らしのいい場所3か所を公式一般見学場所として用意しています。これらの場所ではカウントダウンが臨時に設置されたスピーカーから聞くことができます(それ以外の場所では自分で打ち上げまでの時間を計るしかない) 。

  • 宇宙ヶ丘公園(射点より7.2km)
    クリエーション施設やキャンプ施設が併設された較的大きな公園
    トイレの便も整備されており、場所も分かりやすい所にあるのが良い。
    難点は射点からかなり遠いこと、駐車場がやや手狭で混雑すること、ベストビューポジション公園向かいの展望台(ここからのみ射点がしっかり見える)だがそこは非常に狭くそれ以外の場所では発射直後の姿を望むのは難しいことだろうか。
  • 前ノ峯グラウンド(射点より7.2km)
    南種子町中心部に近い所にある広場。
    の中心部に近いため食料や飲料の確保に不便はないのが良い。
    難点は射点からかなり遠いこと、射点との間に丘があるため発射直後の姿は見えないこと、間の打ち上げの際はここでの公式案内はないこと。(つまり「見ること」に絞って言えばあまりいい場所ではない)
  • 長谷展望公園(射点より6.5km)
    南種子町中心部より北のサトウキの中にある広場。
    他の公式見学場所にべ広くて射点に近く、ロケットも一番下のノズルが整備棟に隠れるものの打ち上がり始めからブースター分離まで好条件でのぞむことが可な場所である。
    難点は住宅地から離れた所にあるため飲料や食料の補給が難しいこと、トイレが1つしかないこと。

そのほかにも公式には案内されてはいませんがいくつもの良好な観測ポイントが存在します。直接射点を望めないならロケーションを優先するのも手です。そのうち私有地や路わきなど「人が集中すると危険や問題が発生しかねない場所」を除いていくつかご紹介します。(射点までの近さにがいきがちですが、ある程度離れた方が航跡を追うのが容易です。)
紹介できない場所も、地元の方や何度も見学に訪れているの人の間では有名な場所だったりしますので、現地での親を得るのも兼ねて訪ねてみてはどうでしょうか?

見どころ

  • 現地での打上見学のだいご味は何と言っても「音」。射点から離れた分遅れて届く音の波を全身で浴びてください。
  • 初めて見学される方はカメラ撮影を忘れて直接で上昇するロケットを追う事をお勧めします。ぜひ裸眼で追う事でロケット打ち上げのみに集中し、普段の生活やカメラレンズ越しでは感じることが難しいの高さと奥行きを感じてみてください。きれいな写真は上手な人が後でちゃんとネットにUPしてくれます。
  • が無ければ裸眼で固形ロケットブースター分離、さらに運が良ければ望遠越しに1段分離まで追うことが可です。これらの実行予定時間は前もってJAXAが発表する飛行計画書の中に記載されていますので、打ち上げ直後の感動に震えるのもいいですが、どこまでロケットを追えるかストップウォッチ片手に挑戦してみるのも良いかもしれません。
  • もし余裕があれば南種子町中心部に打上前と打上後に来てみてください。ここら辺一帯には打ち上げを応援する横断幕や看などが掲げられ、打上前と打上成功後でメッセージが変えられています。また上里交差点間港で荷揚げされたロケット本体が種子島宇宙センターまで運ばれるルート上にあり 、コンテナがぶつからないように信号機が折り曲げられる構造になっています。ぜひそれも見てみてください。

島からの脱出

手段に準じます。
ただ、入時よりも人が集中しやすいですので予約か時間をずらせる余裕があると良いかもしれません。

関連動画

関連商品

関連コミュニティ

関連項目・関連リンク

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ページ番号: 4555127 リビジョン番号: 1536620
読み:タネガシマウチュウセンター
初版作成日: 11/01/30 04:29 ◆ 最終更新日: 12/05/23 16:22
編集内容についての説明/コメント: [関連動画] 削除動画を除外
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種子島宇宙センターについて語るスレ

10 : ななしのよっしん :2011/09/27(火) 22:14:20 ID: 5r5/T0k6Yo
オススメ記事おめ
11 : ななしのよっしん :2011/09/27(火) 23:54:17 ID: TtBCtowsGn
納得のオススメ記事
12 : ななしのよっしん :2011/09/28(水) 02:27:17 ID: G5FfFp6bVv
文の量と質に驚愕
昔行ったけどそのときは特に何にもしてないときだったから自分らしか観光客おらんかったなぁ
近くの広い砂で遊んだ記憶が
13 : okkunn :2011/09/28(水) 08:28:12 ID: fGz42pFCjF
オススメ記事
14 : ななしのよっしん :2011/09/29(木) 14:31:38 ID: U+gVVvI5fA
充実してる上に読みやすかった。一度は直に打ち上げを見に行ってみたい
15 : ななしのよっしん :2011/09/29(木) 23:09:26 ID: 04YCzSVzLU
オススメ記事から飛んできました。
やばい、見に行きたくなってきた・・
16 : ななしのよっしん :2011/10/01(土) 00:59:06 ID: oXJ0gLt/46
成功&お薦め、おめ!

機会があったら、同人誌の「世界の射場から」とか宇宙作家クラブとかへのリンク希望w
17 : ななしのよっしん :2011/10/03(月) 23:03:58 ID: mLcllsNRy8
確かロボティクスノーツの舞台だよな
18 : ななしのよっしん :2011/11/01(火) 21:59:13 ID: 7Ih2H9Ie3Q
いい記事ですけど、文章が多すぎるので、概要あたりに「施設概略」「歴史」「打ち上げ見学」「関連動画」「関連商品」「関連項・関連リンク」などという案内を作ったほうがもっとよくなるかもしれません。
19 : ななしのよっしん :2012/04/20(金) 23:57:01 ID: vui0Atmfz9
なんと充実した記事だ…
久々にいい充実度の記事に出会ったな。
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