積読(つんどく)とは、本を読まずに積んでおくことである。積ん読、積み本とも。
概要
積読(積ん読)は、読んでいない本を積んでおく(=積んどく)ことを、音読や黙読の「読(どく)」に掛けた合成語。明治~大正期に貴族院議員・会計検査院長・東京市長などを務めた、田尻稲次郎(田尻北雷)氏が考案した言葉[1]。小説だけでなく、新聞、雑誌、漫画なども、読まずに積めば積読となる。電子書籍やウェブ上の記事などを、あとで読もうとお気に入り(ブックマーク)登録だけしておくことも、積読と呼ばれる。
積読は、本を読まずにただ置いておくだけなので、しばしばお金の無駄遣いとして映る。確かに、読まないのに購入するのであれば、それは無駄遣いにほかならない。しかし、積読家は読むために本を買うのであり、書架に並べて飾るためでも、重石の代用とするためでもない。その本はいつか読むのである。それが今日なのか、明日なのか、はたまた一年後、十年後なのかというだけで。
また、読むと言いつつ読もうとしないさまから、有言不実行の典型として批判される。だが、それは読書に対する認識、姿勢の違いがあるのかもしれない。本は、今すぐ読むために買うとは限らない。たとえば、休日にでも時間を設けて、落ち着いてじっくりと味わいたくて買うのである。読書は娯楽、休養、学びであり、ただ活字を追って消化するだけの作業ではない。
日本では、平均して一日200冊以上の新刊が発行されており、新刊の発行数は増加傾向にある。このように、読みたい本は増える一方で、私たちの読める量には限界がある。どうしても、読まないまま積んでしまう本は生じる。
さらに、書店や図書館に並べられた本は全体のごく一部であり、その場で手にしておかなければ、絶版となり入手困難となることもある。しかるべきときに、本が手許にないという状況を避ける意味でも、購入して確保しておかなければならないのだ。
とはいえ、本は読んでこそである。読まなければ積み上がる一方であるし、読まれることのないまま埃を被ってしまったり、段ボール箱に仕舞われたりすることは、積読家の本意ではない。本を手に入れて満足するのではなく、きちんと棚に並べて整理し、機会があればいつでも手に取って読むことができるようにしておこう。
余談だが、岐阜県飛騨市の飛騨市図書館、神岡図書館では、2012年から毎年「積ん読大賞」を開催している。これは、その年に人気を集めた新刊、話題となった新刊を、年末に振り返って紹介する企画。入荷直後の新刊は人気が高く借りられないことがあり、数か月後には新刊コーナーから移されて埋もれてしまう。いつかその本を読もうと思っても、その機会をなかなか得られなかった利用者から好評を得ている。
トピック
積読の効能
すぐ読めばいいというものでもない
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関連項目
脚注
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