藤井秀悟とは、横浜DeNAベイスターズ所属のプロ野球選手(投手)である。
概要
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1999年ドラフト2位(逆指名)でヤクルトスワローズ(現・東京ヤクルトスワローズ)に入団。
1年目は中継ぎとして31試合に登板し翌年先発に転向、14勝を挙げ最多勝投手になった。
その後2008年に川島慶三、押本健彦、橋本義隆とのトレードで坂元弥太郎、三木肇と共に、北海道日本ハムファイターズに移籍。日本ハムでは好投しても援護に恵まれないことが多く、また6回前後で降ろされることが大半だったため防御率のわりに勝ち星が伸び悩んだ。
2009年オフにFA宣言。実績のある先発左腕、獲得時の補償が必要無いCランク、直前の日本シリーズでの好投もあって争奪戦になるかと思われたが、故障持ちと素行問題のためかどこからもオファーが無い状態に陥る。日本ハムには残留の意志がないことを伝えており、国内FA宣言のため海外移籍も不可能。オファーが無ければ所属球団無しということになってしまうため去就が注目されていたが、結局巨人が獲得に乗り出し、入団が決定した。
2010年はローテーションの一角として7勝3敗、防御率3.76とまずまずの数字を残す。またヤクルトに勝利したことで12球団勝利を達成した。しかし2011年は中継ぎとして1試合に登板しただけに留まり、オフに村田修一の人的補償で横浜DeNAベイスターズに移籍することになった(FA入団選手が人的補償で移籍するのは江藤智、工藤公康に次いで3人目)。
ブログの更新が頻繁な事でも有名で、多いときは1日に2〜3回更新する。
afo伝説
昔からトラブルメーカー的な部分があり、怪我をしていた2003年以外ほぼ毎年のように伝説を作っている。
代表的なものとして。
- 2001年、5月22日の巨人戦において自軍の大量リードの場面で遊ゴロを打ち全力疾走する。
しかしこれが、自軍の大量リードの場面で投手は打ってはな らないという球界の「暗黙のルール 」を破ったとして巨人ベンチから野次 を浴びる。
それに動揺したのか、9回裏に炎上し途中降板、完投を逃した。その際マウンド上で号泣してしまい、更にはヒーローインタビューを拒否した。 - 同年オールスターゲームに初出場。
このとき同じく初出場だった当時阪神タイガースに所属していた井川慶が練習相手がいなくて
1人で壁あてをしていたため、 藤井がキャッチボールの相手になった。 - 2002年、サッカー・ワールドカップの日本対ベルギー戦を観戦。
その直後風邪を引き、先発予定の試合で登板回避。このため「自己管理がなっていない」として若松勉監督(当時)やコーチに厳しく叱られた。この事件以降ファンからafoと呼ばれるようになる。 - 2004年、横浜市内で交通事故を起こし、福留孝介に「何やってんですか。野球以外のことばかりで話題になって」と苦言を呈される。
- 2005年5月5日の中日戦、タイロン・ウッズの顔付近へ投球してしまい、激怒したウッズに右頬を殴られ首を痛めた。
この時ウッズが殴った理由は、藤井が舌を出していたから。(なお、これは故意ではなく藤井は普段から投球時に舌を出す癖があり、無意識にやってしまったものと思われる。) - 2007年、古田敦也監督(当時)が退場となった試合後、選手だけのミーティングが決定。
しかし藤井はこれに遅刻し、チームリーダーの宮本慎也に怒られる。 - 同年、母校早稲田の選手に焼肉を奢った様子をブログにアップしてしまい、プロアマ規定に触れるとして今度は球団から怒られる。
- そして2008年、前述のようにトレードで少し寒い地方に飛ばされる。藤井は正式発表の前にこれをブログに掲載。
このトレードの真の目的は藤井の左遷トレードだったと言う噂がある。 - この年は特にネタになるような活躍はせず・・・と思ったら笑っていいとも!に観客として出てた事がまたもやブログにて判明。
- 前述の通り2009年オフにFA宣言したがオファーが無い状態に陥った。実績のある先発左腕で補償いらずにも関わらずそうなったのは、これらの素行問題が原因であるというのが専らの噂。
関連動画
関連リンク
関連項目
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読み:フジイシュウゴ
初版作成日: 08/09/18 21:40 ◆ 最終更新日: 12/04/19 23:09
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