単語記事: 袁術

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袁術とは三国志に登場する人物である。

概要

生年不詳~199年没。字は路。「仲」の初代皇帝(自称)である。皇帝在位2年。

皇帝以前

袁一族は後漢前期に名を挙げた南袁氏に連なり、"太尉"袁湯、"徒"袁安・袁隗、"司空"袁敞・袁を一族に持つため、袁一族は「四世三(または四世五)」と称されている。そのうちの袁の実の息子袁術である。
なお同族の袁紹は袁湯の息子袁成の子に当たり、生まれ順で言えばに相当するが、実子なのか養子なのかすらも分かっておらず、さらに名を成す前に袁成が逝している。

後漢末期の頃は兄弟で仲良く宦官を皆殺しにするなど協調をしていたが、反董卓連合瓦解後、袁術袁紹と対立。それぞれ幾多の群雄と盟約を結び対抗した。袁術袁紹以上に名族としての「名」を利用し、周辺勢を巧みに動かし勢を広げていく。
曹操からは敗戦と追撃のコンボを七連続で喰らい本拠地を移すことになったが、一方で劉備の保護下にあった呂布をそそのかし、劉備陶謙から譲り受けた徐州を呂布に奪わせる事などもしている。

この頃の皇帝献帝であったが、張角-十常侍-董卓-王允-李カクが引き起こした一連の騒動と、董卓の衣鉢を継いだ李カク郭シ室を巡って政治的に対立してしまったため、室の威がかなり薄れていた。
董卓李カクの暴虐により府であった陽・長安が大いに荒らされ、さらに巾党壊滅後の賊の頻出を抑えられなかったためその名は地に落ちていた。
さらに196年にもなると献帝は"乱世の奸雄"曹操に保護され、身の回りの者から皇后に至るまで曹操に用立てされる事になり室の実権は曹操に移りつつあった。

皇帝僭称

かくして袁術室の命は尽きたと直感し、四世三の末裔たる自らが位に就かんという野望を抱く。
197正月袁術は自らを中国神話の血筋を引くと自称して仲王を起こし、寿を都と定めた。
しかし皇帝位は命と血筋によって受け継がれるものであり、単に実績や自称だけで勝ち取れるようなものではない上、本物の皇帝曹操の保護下にある以上、必然的に袁術が僭称者となるのは間違いなかった。
周囲の猛反対を感知せずに皇帝を自称したり、幾度となく重税と暴政を繰り返したことで人心が離れた。曹操呂布劉備に荒らされ、孫策には視され、袋叩きにされた。

その頃袁紹曹操と敵対し対立していたが、袁紹軍は強大であったためいずれ曹操を打倒すると考えた袁術は、せっかく自ら作った位を譲る代わりに袁紹軍に保護してほしいと手紙を送った。
袁紹息子の袁譚に命じて袁術を迎えによこし、曹操はそれを阻止するため劉備派遣した。
しかし199年6月袁紹のもとに赴く途上で袁術は病を得て崩御したという。皇帝僭称の2年半後であった。
書では配下の雷薄陳蘭にまで敵に回し「蜂蜜めたい」とき絶命したという記述が見られ、演義でもこの逸話が採用されている。

一時は袁紹をも上回り、天下統一に最も近い位置につける等全くの「無能」ではかった。
しかし、彼に決定的に欠けていたのは、「内政を整備する」という考えが全くかったことである。
そのため、攻めている時は敵国から奪う事で補給が出来ていたが、一度敗戦するとそれもままならなくなり、戦線の維持もできなかったのである。
やはり、彼も「下の器」とは言い難かったようである。

正史におけるエピソード

当時6歳だった陸遜の同族、陸績が袁術の元にいた時の事である。
袁術との食事の際に、供された蜜柑を3つ袖に隠して持ち帰ろうとした。
ところが、一礼して退出しようとすると袖から蜜柑が転げ落ちてしまった。
それを見た袁術は、「君はまだ幼い身でありながら盗人のような真似をするのはなぜかね?」と諭すと、「あまりに見事な蜜柑でしたので、持ち帰ってに食べさせてあげたかったのです。」と答えた。
これを聞いた袁術は、「なんと親孝行な子だ。古今稀なる忠孝と言えるな。」と彼を絶賛したという。
(このエピソードは後世の規範となるように、と孝行に優れた24人の話をまとめた本「二十四孝」に収録されている。)

※その他「袁術」の詳細は、Wikipediaの該当記事参照の事。

現代の漫画・ゲームにおける袁術

横山光輝三国志

演義での蜂蜜に置き換えられた場面が描かれている。

蒼天航路

蒼天航路』では初登場の時こそまともな人間だったが、ストーリーが進むにつれてその容姿は徐々にに退化していった。

皇帝を僭称した際には、呂布からは「あれは皇帝徴)ではない。だ」とはっきり扱いされてしまっている。

最後に登場した際にはその全身は毛に覆われ、しっぽまで生えるほどに化している。

ゲームにおける袁術

コーエー『三國志』シリーズ&ニコニコ歴史戦略ゲー

三國志シリーズ作品の値は下記「補足」参照。

プレイ動画架空戦記では、自信過剰になって皇帝に即位したり暴政で自滅した事からネタ扱いされたり、を身代わりにしたり、コーエー三國志田代な顔グラで撮影担当にされたりといじられるのに定評がある

作品によって様々であるため、これといった共通要素はない。逆に言えばいくらでも性格をフリーダムにできる。
そんな偽に振り回される配下が多い中、ただ一人、紀霊は忠実な配下、理解者に置いている作品もある。
役にした作品もあるようだが、やっぱり脇役の方があってるような気がしないでもない。

彼がいるのは長安や陽等の近くなので、登場時期と相まって、開始後すぐ董卓SOSOに攻められ、々と退場することがざらである。逆にそれらを撃退した挙句勢を飲み込み、大勢になることもある。

セガ『三国志大戦』

三国志大戦』では、制作チームが連載中の漫画を描いている作者に依頼する事がある。ユリアUC(「ユリア100式」by萩尾ノブト)や、主人公(?)UCホウ徳(「ハチワンダイバー」by柴田ヨクサル)などもそれにあたる。そして・・・

ついに降臨したぞ!今度は三国志大戦レイプだ!門を!相手武将を!Go to 三・・志! 

悪魔皇帝 エンジュツ コウ
001 属性
R
三国志大戦3 落城勝ちのみを狙って大尉を目指す(er shi yi) 兵種 特技
歩兵
7 1
武将コスト 士気コスト
1.5 3
Illustration 計略名
若杉 血の渇望
計略内容
自身に掛かっている妨効果を敵武将の中からランダムに選び、効果をうつす。
貴様も悪に魂を売れーーー!!!(落セリフ

塗りに額の「殺」・・・どう見てもクラウザーさん。

計略が流行るVerになれば使用率も上がるであろう。

『恋姫†無双』シリーズ

こ多分に漏れず女性化しておりなのじゃロリ。敵が攻めてきても大好物の蜂蜜を堪するなど頭の方はかなり残念である。名は美羽(みう)。
一応√では個別パートは存在するものの、孫策の怒りに触れ外追放をくらっているために戻れなくなっている。
そのためお供の張勲と共に諸を漫遊してはいろいろちょっかいを出している。
彼女らが起こす騒ぎは曹操劉備にも届いてはいるのだが、一様にして「いくら袁術でもそんなアホなことはするまい」というように考えており何者かが袁術の名を騙っていると思われていた。(それでも没落した袁術を騙る価値がいので首をひねっていたが)
ということで主人公とは追放される時以来全く会わない。じゃあウフンアハンなシーンいのかというとお察し下さい。

ほら……アレだよ! 女の子同士しかいない状況でナニをするかというなら……アレだよ!

中の人ネタなのかどうか、中で歌を披露するがなかなか上手で特に老人に人気がある。
さすがわた、袁術さんですね!

補足

コーエー三國志シリーズにおける袁術一覧。 最古と最新の差がしすぎる。 

一覧 統率 政治 身体 運勢
三國志 95 60 95 89 60
三國志II 80 69 50
三國志III 79 67 61 53 71 63
三國志IV 78 63 67 61 55
三國志V 71 69 14 83
三國志VI 77 59 71 13 90
三國志VII 68 64 34 47
三國志VIII 66 62 35 40
三國志IX 49 66 71 15
三國志X 52 66 72 17 44
三國志11 44 65 61 16 39

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読み:エンジュツ
初版作成日: 09/01/31 14:21 ◆ 最終更新日: 14/10/18 20:00
編集内容についての説明/コメント: 個人的な解釈を混ぜすぎ+るー氏が修正したように間違いありなので消された1495039と2031718を折半する形に
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袁術について語るスレ

153 : ななしのよっしん :2015/12/11(金) 02:01:58 ID: W6iV3bfMJN
ブラック企業の経営者は言い得て妙だなw
孫策らの扱いみたいなの使い分けの絶妙さとか
部下のバランスコントロールの巧みさ
加えて部下の功績を上手く自分の功績にしてしまう所とか
実にらしい例えだわw
154 : ななしのよっしん :2016/01/08(金) 12:17:00 ID: v30a/s3pyn
曹操に負けた後も数万の軍勢を維持してるし、没落の本当の原因は本人の資質うんぬんより、同時期に長江より北の袁術領を襲ったというじゃないかな
なお袁術災害復旧に取り組むべきタイミングで、曹操軍が抜けなく侵攻して袁術の本拠地を奪ってる
袁術が凄いのはそれでもなお1万余の軍勢を維持したことだが、その軍勢率いて宿敵だった袁紹を頼ろうとしたのは、自然災害と戦災でもうどうにもならなくなっていたのだと思う
そこへ曹操営から戦上手の劉備派遣されて袁術を通せんぼして、荒した領土から補給できない袁術軍は四散してしまったのではないかと
袁術が内政下手というより、敵が弱ったらすかさず食いつく曹操の苛さが凄かったんじゃないかな

曹操袁紹の戦いで曹操軍の別働隊が袁紹領に侵攻して領土を荒らし回ったこと考えると、曹操袁術に対しても同様の戦いを仕掛けて袁術領の荒に拍をかけたかもしれん
155 : ななしのよっしん :2016/02/05(金) 21:17:22 ID: cupbH/m5tv
ブラック企業の経営者か
今まで見た袁術評で一番わかり易い気がするなw

人に嫌われまくり、戦も下手で、内政もまともじゃなかったイメージあるのに大勢を維持してた理由が
今までだったけど、ブラック企業の例えはわかりやすい…
156 : ななしのよっしん :2016/03/24(木) 11:51:34 ID: msH0zoo+bH
袁術は良いよな
気に食わなければ王族だろうと殺すし、戦に負けたらさっさと逃げて新しい本拠地手に入れるし、民のことなんか考えず勢に暮らして、最後は天子になって野垂れ死ぬんだぜ
民衆からしたら悪魔だけど歴史上の人物で言えばかなり魅ある野郎だと思う
こいつと同じくらいドラマチック人生送ってる、同時代だと劉備くらいじゃないのか
157 : ななしのよっしん :2016/05/03(火) 22:23:26 ID: uPFDKtzxx1
いいとこで生まれて調子に乗ってやりたい放題の末に自業自得の死ではありきたりすぎるというか、強い以外董卓と変わらんのじゃね?
むしろ売り→州ひとつを得る→負けて流浪→居皇帝という劉備の流れにするべきドラマはないと思うけども
158 : ななしのよっしん :2016/08/03(水) 16:47:53 ID: msH0zoo+bH
そう?
こんなに手に成功と失敗を繰り返した群雄はあの時代だと劉備以外では曹操くらいじゃないかと思う
159 : ななしのよっしん :2016/08/22(月) 13:37:24 ID: uPFDKtzxx1
そう言うほど一体いつ成功したかって話だ
結局スタートはよかったけどがないから転がり落ちてそのまま死んだ、頂点からの急降下人生でしかない
160 : ななしのよっしん :2016/08/24(水) 20:25:36 ID: TSgPuW/90b
まあこの記事だけ見てるとそう思っちゃうのも仕方ないかもしれないが・・・袁術が一番ギリギリで面い、何進董卓期の群雄割拠の端緒について何も触れられてないからね。

端的に言えば、袁術は確かに南袁の出身だけども、「袁の人間だから南を受け継ぎました」なんてタナボタなルートをたどったわけではない。むしろそのスタートは「中枢の政争から逃れて、本拠地ではない地方に逃げた」という、袁紹とそこまで変わらない不利なもの。
そこから権謀術数を尽くして、図々しく立ち回り、手に成功と失敗を繰り返して、最終的に(荊州を追い出され)南と寿を乗っ取ってそこに居座ったんだよ。この記事だとどこれ以降のことしか書かれてないんだけど。

これには袁の名も多少なり影しただろうけども、そのおかげで成功したなんて単純なものではない。南には他にもや許のような名門が根をっていて、彼らの勢も袁氏に決して劣るものではなかったし、中国全土なら同じような条件の名は(農楊とかとか)多かったが、彼らはみんな群雄にはなれなかった。
161 : ななしのよっしん :2016/10/26(水) 12:16:07 ID: W6iV3bfMJN
董卓連合に参加した時の位は後将軍だけなんだな
他は曹操以外みんな太守や州牧・州刺史で自分の支配地を持ってたんだが
袁術にはそれがかった
孫堅南陽太守の資を殺して南陽を乗っ取れたのはまさに渡りに船だったんだな

・・・そこら辺の手際が良すぎるからもしかしたら資殺
董卓連合になんとか参加させてほしい孫堅
自分の土地が欲しい袁術の共謀なのかもね
162 : ななしのよっしん :2017/02/12(日) 16:14:11 ID: msH0zoo+bH
明らかにそうだと思う
と言うかそういうにとらえられるように陳寿が誘導してくれてる
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