西村憲とは、阪神タイガースに所属するプロ野球選手(投手)。右投右打、背番号43。
概要
九州産業大学から2008年のドラフト4位で阪神に入団。1年目は一軍では6試合登板に終わるが、二軍ではフレッシュオールスターに出場し優秀選手賞に輝いた。
2年目の2010年は開幕一軍入りを果たすと、強気のピッチングで好投を続けセットアッパーとして起用されることに。5月1日の巨人戦では、3点差の無死2、3塁という場面から登板し無死満塁にするも、そこから巨人打線をPZGSに抑え阪神ファンの間では「西村の21球」と讃えられた。一時は新人王候補に名前が挙がったが、夏場以降調子を崩しシーズン最終盤は2軍落ち。それでも65試合に登板して7勝3敗14ホールド、防御率3.89の成績を残した。
2011年は前年の酷使の影響もあって開幕からしばらく二軍暮らしが続き、6月に一度昇格するも炎上してとんぼ返り。7月末に復帰すると、その後は安定した投球を見せ後半戦のリリーフ陣を支えた。21試合と登板数は大きく減らし1勝0敗1ホールドに留まったが、防御率1.71をマーク。
なぜか年に一度本業の投手以外の役割で試合に出場することがあり、2010年は65試合登板だが、出場試合数は66試合。2011年も21試合登板だが、出場試合数は22試合である。(後述)
ヒーローインタビューでは緊張のためかあまりうまく受け答えできていない。しかし、初々しい姿が阪神ファンには好評である。
(右左右左右)西村 - 2010年9月9日中日戦
2010年9月9日、中日との首位攻防戦。阪神はベンチ入りの野手全員を使い切った10回裏、ブラゼルが審判への暴言で退場となったため、急遽西村が外野を守ることになった。
最初はライトに入り、その後は打者の左右によってレフトとライトを往復した(これは投手が打球を引っぱられることが少ない藤川球児だったため、打者の引っぱりの方向に西村を置いたことによる)。結局12回まで守備機会はなく、12回裏には二死走者なしから新井貴浩が敬遠され二死一塁の場面で打席に立つ。が、新井の盗塁失敗により打席を完了しないまま試合終了となった。
この試合の西村の守備位置は(右左右左右)という何かのコマンドのような表記になったが誤植ではない。
同様に平野恵一は(二右左右左右左)、藤川俊介は(中右左中)になった。
(走)西村 - 2011年9月23日巨人戦
2011年9月23日、4位阪神と3位巨人のCS争いでの9回裏、またも阪神は残り野手を使い切ってしまう。同点に追いつくも2アウトとなったとき、二塁走者で、サヨナラのランナーである桧山進次郎への代走で西村が送られた。
次の打者であるブラゼルが初球を打ち上げ3アウトとなり、3時間半ルールによって試合終了となったため、走塁シーンを見せることなく出番は終了した。
また、前日に腰痛の狩野恵輔を登録抹消しており、この日にあと一人野手を一軍登録しておけば西村が代走に出る事態にはならなかった。
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読み:ニシムラケン
初版作成日: 10/09/10 14:06 ◆ 最終更新日: 11/11/02 01:59
編集内容についての説明/コメント: 2011年加筆
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