赤星憲広とは、阪神タイガースに所属していた元プロ野球選手(外野手)である。現在は野球評論家。
概要
第65回と第66回の選抜高等学校野球大会(春の選抜高校野球)に出場し、大府高校で1番打者として出場した。
しかし、どちらもタイムリーエラーなどで初戦敗退に終わっている。なお、66回大会の相手は横浜高校で、斉藤宜之、進藤達哉、多村仁など後にプロ野球選手となる選手揃いのスター軍団であった。
その後、亜細亜大学に進学し、JR東日本に入社。2000年のシドニーオリンピックで代表となり、代走で起用された。
五輪後にドラフトで阪神タイガースに入団する。
2001年から自慢の俊足を生かし、新人時代から5年連続盗塁王になり、2003年から2005年までは3年連続で60盗塁を決めた。
その盗塁数に合わせて、足の不自由な人に車椅子を寄付する慈善活動を行っており、2008年までに300台前後を寄付している。
その足の速さと自分の名字から「赤い彗星」と言う名の異名を付けられた。もちろん、元ネタはシャア・アズナブル。
旧応援歌の一つに「走れ、赤い彗星」という一節が用いられた。
応援では赤い星(★)を持って応援する人もおり、ファンは名前にひっかけた独特の応援スタイルを持つ。
2008年の5月24日のヒーローインタビューで、ヤジに向かって「入ってねぇんだよ。コノヤロウ」とキレるシーンが話題となる。
以降、「入ってねぇんだよ。コノヤロウ」は繰り返しネタにされている。
長らく頸椎のヘルニアなど首の故障に悩まされてきたが、2009年9月12日の対横浜戦において内川聖一の放った打球に対し、
ダイビングキャッチを試みた際に再び頸部を痛め退場となる。これが選手として最後の雄姿となった。
赤星自身は復帰を目指しリハビリに励み、同年11月2日のブログでは順調に回復していると記していたものの、
検査を重ねるごとに本人の思っていた以上状態は悪く、「中心性脊髄損傷」であることが判明。
顔を上に向けられない状態にまで悪化し、命に関わる状態であったことから同年12月9日、現役引退を発表した。
同日に車いすの贈呈式を行ったが
「これから100台、200台と贈り続けたかった。甲子園のセンターの芝生に立つのもこれが最後と思うと、寂しい」
と現役生活に対する未練を窺わせた。
2010年の元旦にスポーツニッポン新聞社の野球評論家となることが発表された。
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読み:アカホシノリヒロ
初版作成日: 09/06/27 21:18 ◆ 最終更新日: 10/06/18 18:06
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