達川光男とは、元プロ野球選手である。現役時代は広島東洋カープに在籍していた。
現在は野球解説者として活躍している。
選手時代
1977年ドラフト4位で入団。
なお、ドラフト会議は2巡目までしか見ておらず、指名された時はパチンコで遊んでいた。
後述のささやき戦術などに代表されるトリックプレーで知られているが、現在で言うところの倉義和並みかそれ以下の打撃成績ながら10年近くもレギュラーの座をキープし続けていることからも分かるように、捕手としての腕は確かであった。
もっとも、入団当時は他の選手と比べてもかなり技術は低かったらしく、人一倍努力していたという。
体にかすってもいないボールを「当たった!」と言い張り何度も出塁したことから、「グラウンドの詐欺師」と呼ばれた。
サヨナラインフィールドフライ事件
を起こし、翌年以降の野球ゲームにインフィールドフライ機能が実装されるきっかけとなった。
前述のデッドボールがらみの話や後述のささやき戦術などネタエピソードには事欠かず、プロ野球珍プレー番組では宇野勝とならび常連である。
現在は解説者として活躍。軽妙な語り口と、時折飛び出す金言には定評がある。
珍プレーキング
後述のささやき戦術もそうだが、インフィールドサヨナラやコンタクト紛失など、その漫画のような珍事件は枚挙に暇が無く、日本テレビ系列の珍プレー番組『勇者のスタジアム』では、2試合に1プレーの割合で珍プレーを出すという集計結果まで出されてしまい、20世紀の珍プレーキングの称号を得てしまった。
チームメイトの信頼を得るまで
入団当初、肩も弱く、打力もない達川は、後に『投手王国』広島カープで正捕手を務める名捕手とはとても呼べないほどに、他選手との実力差が激しかった。
もちろん、彼が正捕手に登りつめたのは、その人並み外れた努力と持ち前の明るさの賜物であるが、チームメイトの信頼を得たことに関して本人は別のことを語っている。
達川によれば、6年目のキャンプ途中の休日、どこか別のチームのキャンプを見に行こうと思って巨人キャンプを訪れていたところ、チームメイトだった山根和夫が『休日だというのに、達川は熱心に別チームの偵察をしている』とピッチャーたちに言いふらしたという。これによって、ピッチャーたちは彼を信頼するようになったのだと達川は語っていた。
しかし、達川によると巨人キャンプを視察していた理由は、何とただ暇だったから。
努力家である一面を指摘されることへの達川なりの照れ隠しなのかもしれないが、後に彼が珍プレーキングの座を射止めたことには、多少なり影響しているのかもしれない。
ささやき戦術
達川のささやき戦術は野村克也のそれとは違い、世間話をしたり、わざと配球を教えて混乱させることで打者の集中力をかき乱す、いわゆる「三味線型」と呼ばれるタイプのささやき戦術であった。
また、喋ると頭の回転が速くなる人物でもあったため、大洋ホエールズは挨拶を始め達川の言葉に一切反応しない「達川無視作戦」を敢行したこともある。
また、後に語る「ボールを呼ぶ」という発言からも見て取れるとおり、ささやき以外でも叫びまくっていた。
それを象徴するエピソードとして、津田恒美が当時のヤクルトスワローズの主軸打者であった大杉勝男と対戦した際、気の弱い津田はコントロールが定まらなかった。そこで達川は
「こいつぁー石ころじゃけぇ、安心して投げてきんさい」
と叫んで津田を落ち着かせようとした。
なお、この直後津田は特大アーチを浴び、達川は一周した大杉に「石ころだと?ふざけるな!」と一喝された上にゲンコツまで浴びた模様(ちなみに、達川と津田は当時名バッテリーと呼ばれるほど相性が良かった)。
デッドボール詐欺
『詐欺師』達川と言えばデッドボールである。
この技術により、彼は『騙しの達っちゃん』『グラウンドの詐欺師』の異名をほしいままにした。
その名の通り、当たってもいないのにデッドボールをアピールするという珍プレーである。
もともとは、ある試合でユニフォームにかすっただけの球を本気半分でアピールしたのが始まりなのだが、それがデッドボールとして認められてしまったことに味を占め、以降この詐欺プレイに磨きをかけていった。
技の熟練期には、もはやある意味職人芸とも呼べる、鉄の技術を完成させていた。
大まかな流れはこんな感じである。
ある程度彼の詐欺行為が定着しきった頃には、彼の詐欺行為を見て審判もうんざりしていたらしい。
しかし、いくら手が込んでいても同じ事を繰り返していれば通用しなくなるのは当たり前だったので、達川は常に工夫を重ねていた。
例えば、投球が当たって怯む振りをして、かすった左腕を右手で引っかいてさも傷が出来たかのようにアピールしたり、ある時には大袈裟に地面に倒れこむと、体の下で思いっきり手の甲をつねって腫れ上がらせるなどしていた。
ここまでくれば詐欺行為も天晴れだが、もちろん達川はずる賢かったため、『東の詐欺師』市川和正のようにつねりすぎて本当に怪我をするような失態は決して晒さないよう、抜群の力加減で工作していたという。
しかしあんまりやりすぎたために、ある試合で本当にデッドボールになったときに審判に信用されず、当たった足の指の爪が割れて血が噴出している状態で出塁しなくてはならなくなるという「狼少年」さながらの憂き目にあったこともある。結局、足を引きずって一塁に進塁したが、この時ばかりは達川も参ったという。
ちなみに、日本シリーズでのデッドボール記録保持者。パ・リーグの審判は見慣れないからよく騙されたのだろうか。
デッドボールを連発していたことで、当時は同じく死球を喰らいまくっていた金森栄治と並んで称されていたが、詐欺行為を働いていた達川と違って金森はまともに喰らっていたため、現在は笑い話になっている。
コンタクト紛失
現役時代、2度ほど、試合中にコンタクトを落としてしまったことがある。ナゴヤ球場と甲子園球場、どちらも土を使用した球場での出来事であった。
当時のコンタクトレンズは非常に高価であったため、なくしたからといってほいほい買い換えられるような代物ではなかった。まして試合中にコンタクトをなくしては一大事であった。
そのため、達川は緊迫した試合の途中にいきなりタイムをかけ、一心不乱にグラウンドをまさぐった。
試合を止めたかと思うとひたすら土をまさぐる達川の姿に球場は混乱したが、アナウンスが「達川捕手、コンタクト紛失のため……」と発言した瞬間、球場内が爆笑の渦に包まれたという。
もっとも、当の本人にすれば笑い事ではなく、必死に探しても見つからなかったため、しまいには両軍入り乱れて選手達が本塁付近を探しまわるという珍事態にまで至ってしまった。
珍プレー番組では彼の引退後も頻繁に取り上げられ、日本を代表する珍プレーの一つとして名高い。
引退試合
1992年の巨人戦では、代打で起用されて涙をこらえながらボックスに立った。
引退発表がその試合の前後であり、このとき球場にいた観客には知る由も無かったため、なぜ彼が涙をこらえているのかわからない人が多かったという。
引退試合をホームランで飾りたかった達川は、「よく乾燥した木製バットは良く飛ぶ」という話を聞いて、自分のバットを十分に乾燥させて打席に臨んだ。
が、この話は間違いであり、乾かしすぎたバットは、ミーティングに耐え切れずに折れてしまった。
(水分を吸いすぎた木製バットは重い上に反発性が下がるため、バットは常に適度に乾燥しているのが望ましいのは事実。ただ、一定レベルを超えて乾燥しているバットは、柔軟性を失ってむしろ脆くなってしまう)
結果、達川の最終打席はショートゴロ。ちょっと悲惨な話だが、今となってはこのエピソードは、自他共に認める「達川らしい引退」となっている。
ちなみに、このバットは試合後、球場のゴミ箱に捨てられていたのだが、実は当時バイトでバットボーイをしていた学生がこっそり持ち帰り、宝物にしていた。後に彼は、新聞やテレビなどにこのバットとともに出演している。
打席後、彼の引退が発表されて球場は涙に包まれたが、試合後の挨拶では、タイムリーエラーをした巨人の選手を大声で指名したかと思えば「以下同文!」とオチをつけるなど、一転して球場を爆笑の渦に巻き込んだ。
さらにこの試合は巨人戦ということでテレビ中継されていた上に試合が早く終わったおかげで放送時間内に上記の挨拶も放送され、全国のお茶の間にこの様子が流れるという色んな意味でオイシイ引退試合であった。
ホームラン詐欺
後述の監督時代、明らかなファウルをホームランだといって騒いだことがある。
現役時代のデッドボール詐欺を髣髴とさせるめちゃくちゃな抗議に、審判のみならず自陣のコーチや相手の三塁手、さらにはそのとき出塁していた金本までが爆笑してしまった。
最後は、金本に「入っとるって! のぉ、カネ!」と同意を求めたところ、「いや、どうでしょう…」と否定的な言葉が返ってきたため、「あ、お前が言うんならファウルじゃな」とあっさりベンチに帰ってしまった。
監督時代
それでも選手としては球団史に残る活躍をした達川であったが、監督としての評価は低い。
1999年キャンプでの光景
- 【2月】
- 1日
- 2日
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- 10日
- 11日
- 12日
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- やっと休み。だが歓迎式や写真撮影などで、休む間もなし。。
- 13日
- 14日
- 16日
- 17日
- 19日
- 20日
- 21日
- 22日
- 23日
- 25日
- 26日
- この年は5位に終わり、翌年も結果が出せず2年での辞任となった。
関連動画
http://dic.nicomoba.jp/k/a/%E9%81%94%E5%B7%9D%E5%85%89%E7%94%B7


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リビジョン番号: 1334856
読み:タツカワミツオ
初版作成日: 09/10/15 23:59 ◆ 最終更新日: 11/10/29 16:34
編集内容についての説明/コメント: 引退試合の項目を加筆
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