金澤健人(かなざわ たけひと)とは、福岡ソフトバンクホークスに所属する投手。右投右打、背番号51。
概要
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1998年のドラフト会議にて、その年限りで廃部となったNTT関東から阪神タイガースに2位で指名され入団。
阪神では4年目の2002年に50試合に登板、2003年は36試合で防御率2点台と、敗戦処理のスペシャリスト中継ぎとしてそれなりに活躍していたが、2005年に肘を故障してしまい、2007年の開幕前に正田樹とのトレードで北海道日本ハムファイターズに移籍。本人は当時から先発をやりたがっていたがチーム事情で叶わなかった。
しかし決め球が無いこともあって日本ハムではほとんど活躍できず、2008年オフに戦力外となる。オリックス・バファローズに拾われるが、2009年も僅か5試合の登板に終わり、ほとんど姿が見えなくなっていた。そんな中、2010年のシーズン中に荒金久雄・金子圭輔と2対1のトレードで福岡ソフトバンクホークスに移籍することに。
トレード時点では数年ロクに働けていなかったことから「黙っててもオフには戦力外だったのに2対1で獲るような選手か?」などと言われていたが、5月末に一軍登録されると主にビハインドの場面で起用されてコツコツと投げ、SBM48が登板過多状態の中で縁の下の力持ちの役割を果たす。ときどき派手に燃えることもあったが、8月以降は安定感も増し、台頭した森福允彦とともに終盤戦では競った試合中盤の火消し役も務めるなど、強力リリーフ陣の一角としてチームに貢献。最終的に38試合で1勝1敗1ホールド、防御率2.89と2003年に並ぶ好成績を残した。
2011年は開幕当初から安定した投球を見せ、中継ぎながら9月前半までは防御率0点台をキープし続ける。馬原やファルケンボーグの不在時には抑えとしての起用も見られた。終盤こそ打たれる試合も見られたが、それでも最終成績は53試合に登板し、1勝1敗16ホールド3セーブ、防御率1.66、WHIP 0.99とキャリアハイの数字を残し、チームの優勝にも大きく貢献した。しかし数字の割に、扱いはイマイチ地味なままである。
2chなどでは、初めて一軍で投げるようになった2001年に「(・∀・)チンポー!!」と呼ばれていた(由来は不明)名残で今でも「チン様」などと呼ばれている。AAはまんまマララー。
また、阪神時代はよくも悪くも期待度が高い選手だったことや、2003年の日本シリーズで大炎上したことから、彼の活躍や起用法に関する話題はスレが荒れる原因にもなっていた。そのため、阪神関係の一部スレでは荒れにくくするために頭文字をとって「KNZW」と呼ばれていた。当然の事ながら現在ではこのネタで荒れる事はなくなったが、今でも「カナザー」と呼ばれるのはこれの名残である。
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読み:カナザワタケヒト
初版作成日: 10/11/01 04:35 ◆ 最終更新日: 12/04/03 16:02
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