鈴木亜久里とは、元F1ドライバー・レーシングチームオーナー、実業家である。
概要
中嶋悟に続き、F1では日本人2人目のフルタイム参戦ドライバーとして活躍。
1988年に急遽日本GPにスポット参戦し、翌年からはフルタイム参戦を果たす。
デビューの年は戦闘力不足のマシンに苦労し、シーズン全戦で予備予選落ちしてしまう。
1990年、ラルースへ移籍し、シーズン序盤こそ厳しい戦いが続いたが、徐々に速さを手に入れ、2度の6位入賞、
さらに日本GPでは荒れたレースの中確実に走りきり、日本・アジア人初の3位表彰台を獲得する。
(2011年現在、F1表彰台は鈴木亜久里と佐藤琢磨の2名だけである。)
1991年からベネトン移籍の話が舞い込んだが、スポンサー契約の関係で本人自ら断った。
その後は1度6位入賞があったものの、所属チームの経営悪化、シャーシ問題、戦闘力不足のマシンなどに悩まされ
93年にシートを失ってしまう。チームメイトはポイント獲得をする中、自身は予選落ちするなど単純な速さ不足が大きな要因であった。
F1引退後、全日本GT選手権やル・マン24時間に参戦し、ル・マンでは3位表彰台を獲得。
その後、SUPERGTのチームオーナーを経て、2006年にチームオーナーとしてF1に参戦。
SUPER AGURI F1 TEAM(スーパーアグリF1チーム)として2008年まで参戦し、2007年は佐藤琢磨が
22戦目にして8位入賞を遂げたほか、王者フェルナンド・アロンソをオーバーテイクして6位入賞を果たした。
関連項目
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読み:スズキアグリ
初版作成日: 11/08/04 19:36 ◆ 最終更新日: 11/08/04 19:36
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