鉄道唱歌(鐡道唱歌)とは、明治時代に作詞された鉄道に関する唱歌である。全5集334番から成る。
概要
非常に古い歌。1900年5月10日の第1集東海道篇を始め、全5集が発表された。
第1集東海道篇第1番の出だし、「汽笛一声新橋を、はや我が汽車は離れたり」は有名。
作詞は大和田建樹、作曲は数編に分けて多梅稚(おおのうめわか)・上眞行・田村虎蔵・納所辨次郎・吉田新太が担当している。一人の作詞者に対し沢山の作曲者がいる原因は『読者に好きな方を選んで歌ってもらおう』という大和田建樹の意図であったが、結局これらが作曲で選ばれることはなく、もっぱら第5集の多梅稚作曲のものが歌集などに広く掲載され、歌われている。
ネタ的に書くならば、作曲者を1人に統一しなかった作詞者の自爆である。
「地理教育鐵道唱歌」と銘打たれたていたように、歌詞の中にはふんだんに駅名にまつわる地理や名産品などが込められており、北は小樽から南は熊本まで全国の地名や名勝地が歌われている。また地理の選定はある程度作詞者の意向が込められており、例えば新橋~大森間で4番を、福岡の太宰府天満宮に至っては自ら「管公」という曲を発表したためか天満宮単独で8番を割り当てている。
また、1900年といえば明治時代。いわゆる倒幕と明治維新により急速に近代化を果たし、それまで馬車鉄道くらいしかなかった明治日本に大容量の都市交通手段である蒸気機関車がもたらされた時代であり、また鉄道を含めた舶来の技術に「富国強兵」への希望を託していた時代でもある。そのためか、歌詞中には鉄道のみならず交通の近代化に関する礼讃が多い。
なお、1番を歌うのにに約30秒弱かかるため、全334番の歌詞を歌うと1時間10分以上かかる。
車内放送について
1949年、運輸省管轄だった国鉄は「日本国有鉄道」として発足すると、当初からこの鉄道唱歌を車内チャイムとして利用したらしい。最近でもJRの一部優等列車でオルゴール調の鉄道唱歌が使われることもあるが、車両換装の際に別のチャイムに差し替えられることもある。
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関連項目
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読み:テツドウショウカ
初版作成日: 10/07/31 13:49 ◆ 最終更新日: 11/10/10 11:28
編集内容についての説明/コメント: 「車内放送について」の記述を修正(私鉄買収の話はこの項には関係無いので除去)。関連項目追加。
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