概要
長宗我部元親(1539年-1599年9月12日)は、長宗我部国親の長男として土佐(現在の高知)に生まれた。
20過ぎても初陣せず、おとなしい気性もあって『姫若子』と家臣に侮られていたが、初陣で槍を振るっての大活躍を見せてからは、『鬼若子』と恐れられるようになった。
22歳のときに父・国親が急死し若くして家督を継ぐと、一領具足という半農半兵の仕組みを有効的に使い勢力を拡大。
そして1585年、念願の四国統一を果たす。
しかし、同年に豊臣秀吉による四国征伐を受け降伏、土佐を除く領地を没収された。
その後九州征伐に従軍し、戸次川の戦いで最愛の嫡子信親が戦死。遺体を見た元親は泣き崩れたといわれている。将来を期待された信親の死は、元親から覇気を奪ってしまうことになった。
嫡子の戦死により家督継承問題が起き、元親は四男の盛親を無理やり後継ぎに据える。(このとき二男、三男も生きていた。)
1599年9月2日、伏見屋敷で死去。
現代の元親像
土佐の人物といえばまず第一に坂本竜馬、そしてその次に長宗我部元親・・・となっていたはずなのだが、大河ドラマの影響もありそれまで影の薄かった山内一豊にその座をすっかり奪われてしまった。
しかし、近年はゲーム『戦国BASARA』などの影響により若い女性の間で密かな戦国武将ブームが起きているらしく、特に長宗我部元親の人気が高まっているようだ。
なお、戦国BASARAの元親は眼帯をした隻眼の武将として描かれているが、実際にそのような記録はなくゲーム内のみの設定である。
歴史上の事実と思い込んでは恥をかくので注意。
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リビジョン番号: 295580
読み:チョウソカベモトチカ
初版作成日: 09/02/12 14:53 ◆ 最終更新日: 09/05/23 13:37
編集内容についての説明/コメント: お絵カキコ
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