関ヶ原の戦いとは、慶長5年9月15日(西暦1600年10月21日)に美濃国関ヶ原(現在の岐阜県不破郡関ケ原町)で行われた戦いである。
『天下分け目の戦い』と言われる。
概要
豊臣秀吉の死後、豊臣政権で勢力を拡大しつつあった徳川家康(東軍)と、その家康に対抗しようとした石田三成、毛利輝元(西軍)らが対立し、日本をほぼ東西両軍に二分する戦いとなった。
開始当初は西軍優勢で進んだが、西軍の小早川秀秋が東軍に寝返ったのを皮切りに形勢は一気に逆転。西軍は総崩れとなり敗走した。
両軍あわせておよそ20万という大軍にも関わらず、わずか半日で決着が付くという、当時としては世界的に見ても規模・経過共に類のない戦いとなった。
この戦いに敗北した石田三成は処刑、徳川氏は勢力を大きく伸ばし豊臣氏を脅かすほどとなった。
家康は天下人に大きく近づき江戸幕府設立へと続くのである。
関連動画
関連商品
関連項目
携帯版URL:
http://dic.nicomoba.jp/k/a/%E9%96%A2%E3%83%B6%E5%8E%9F%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
http://dic.nicomoba.jp/k/a/%E9%96%A2%E3%83%B6%E5%8E%9F%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84


ページ番号: 1815434
リビジョン番号: 1496245
読み:セキガハラノタタカイ
初版作成日: 09/03/07 15:31 ◆ 最終更新日: 12/04/09 23:17
編集内容についての説明/コメント: 東軍西軍の説明を訂正 決して三成は豊臣家のために戦ったことではなく、豊臣家は基本中立を保っている
記事編集 / 編集履歴を閲覧 / Twitterで紹介





JASRAC許諾番号: 9011622001Y31015
ヘッダー:固定
ヘッダー:追従