単語記事: 青葉(艦これ)

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なになに?なんの話ですかぁ~~!?

青葉あおば)とは、『艦隊これくしょん~艦これ~』に登場する、旧日本海軍重巡洋艦青葉」をモデルにした艦娘である。
担当声優洲崎綾氏。キャラクターデザイン担当はhatsuko氏。

青葉取材…あ、いえ、概要を紹介しまーす!

重巡洋艦青葉の一番艦であり、較的手に入りやすい艦娘の一人。

モデルになった重巡青葉」に従軍作家が乗り込んでいた(日本SF作家の嚆矢とも呼ばれ、江戸川乱歩横溝正史とも交友があった海野十三氏。1942年2月3月の約2ヶ乗艦していた)史実を元にしてか某烏天狗のように好奇心旺盛でインタビュー、取材をしたがる明るい元気な性格で、遠くを見渡すポーズをとっている。

艦の衣笠スカートなのに対しハーフパンツを着用しており、性格同様装も明るく活発な印を与える。

背中装に付いているいやに生活感のある煙突は、重巡青葉」の前側煙突に這わせる形で本当に付いていたもの。史実の「古鷹」に付いている同様の煙突が烹炊室(厨房)の煙突と解説されているため、青葉のものも同じと思われる。妖精さんカレー食べるんだろうか。

重巡洋艦の中では総じて高いステータスとは決して言えないが、元ネタの艦が何度も大破しながらも大戦を生き延びたことをふまえてか「運」のステータスが高めに設定されている。

以前はなぜかネクタイの一部(ちょうど肩掛けベルトと交差する結びのあたり)が背景色を透過していて、秘書艦にして港で壁紙をかえたりするとこの部分の色が変わっていたが、この不具合は2013年10月下旬のアップデートで修正された。

余談だが、インタビューによると声優洲崎綾氏は青葉を「中学生の高学年」くらいの年齢を想定していた模様。そして氏の最も高いテンション青葉を演じたそうな。

公式四コマでの活躍

公式四コマにも登場している。
第4話では赤城加賀を慰めるところを「青葉見ちゃいました!!」と覗いており、後で駆逐艦たちに”面おかしく(赤城談)”広めてしまう…。 

第7話では重巡寮の近くで茂みに紛れている姿で登場。

青葉「べっ別に演習が厳しいから逃げてきたんじゃないからねっ!」
白雪「逃げ出してサボってるんですね…」
吹雪青葉先輩サボ…!!」

どういうわけか、吹雪トラウマスイッチを刺してしまったようである。 
その後、探しに来た古鷹に見つかってしまい、煙幕炊いて逃げ出そうとするも、古鷹のサーチライトで見つけられてしまう。 

史実を紹介しますね!インタビューする?

青葉〉は、1924年2月4日後のメガネ火力でお染み三菱長崎造船所にて起工。2年後の1926年9月25日に進1927年9月20日工。〈古鷹〉〈加古〉に続き、日本で造られた3番重巡洋艦となった(といっても、4番になる〈衣笠〉とは工日が10日しか違わないのだが)。就役後は佐世保鎮守府に所属。

青葉重巡洋艦は先に建造された古鷹重巡洋艦を再設計・良したもので言わば「古鷹」。艦の形もよく似ている。
古鷹20センチ単装を6門装備していたが、大掛かりな装填装置を排除してを軽量化させたため人弾を装填しなければならなかった。人による装填は乗組員に強い負担を強いると同時に給弾速度も遅滞させてしまった。しかしワシントン軍縮条約締結により新カテゴリーの「重巡洋艦」になった結果、逆に理な軽量化をする必要がくなったため、古鷹にはまだ良の余地があると判断された。そして古鷹として起工するはずだった3番艦〈青葉〉と4番艦〈衣笠〉を青葉として再設計したのだった。

青葉では様々な良が加えられた。まず装填装置が搭載され、給弾速度を飛躍的に向上した。また古鷹では単装を積んでいたが、青葉には新設計の連装に換装し火力も向上している。ただし住居環境は劣悪のままだった。

1927年10月30日横浜で挙行された軍特別大演習観艦式に参加。翌年3月29日からは有明湾を出港し、方面で活動。初めての外洋航を行った。4月9日には順に立ち寄った。1931年12月1日に予備艦となり、で整備と修理を実施。ちょうど1年後の同日に第五戦隊に編入され現場復帰を果たした。

1936年2月27日二・二六事件発生に伴い出動。大阪湾へ陸戦隊を揚陸する。

1937年8月、第二次上海事変が勃発。上海に駐留していた少数の日本軍に、数万の国民党が襲い掛かり戦が始まった。この危急に〈青葉〉も出動し、増援の第11師団を多度から上海へ輸送。8月20日から27日まで上海上陸支援作戦に従事していた。9月1日、再び予備艦となり中国戦線から退いた。

工後、高シールドを装備したり、2号1射出機を搭載するなどの小規模な装を繰り返してきた青葉であったが1938年1月、佐世保工古鷹に準じた大規模な近代修を受ける。その際にカタパルトを設置し、水上機の扱いが可となった。ちなみにカタパルトを搭載した重巡青葉が初である。
しかし予算の都合から、古鷹に施された大規模な缶の装は行われず、重油石炭混焼缶への換装のみに留められた。また装も行われず、古鷹べるとやや小規模な修に終わった。1940年10月了。

上記の通り従軍記者が一時乗り込んでおり、く乗組員の勤務態度には感銘をうけたという。しかし同時に居住性は悪かったようだ。(これは日本軍艦に共通して言える)

余談だが歴代の艦長には、後の連合艦隊令長官となる古賀峯一(5代目艦長)や、後に自身も参加する三艦隊でお染みの三軍一(9代艦長)、一水戦令も勤めた友一(14代艦長)がいる。

開戦後

大東亜戦争、運命の開戦。開戦より4日前にトラックへ進出していた〈青葉〉は姉妹艦の〈古鷹〉、〈加古〉、〈衣笠〉の4隻で第6戦隊を編成していた。そして彼女らはグアム攻略支援を初として迎えた(指揮官は後のワレアオバで有名になる五令)。日本軍グアムを難攻不落の米軍拠点と認識していたためかなりの戦を投入 したが、実は過大評価で米軍の戦は非常に少なかった(グアム日本の勢圏に取り囲まれていたので事前米軍から切り捨てられていた)。故にグアムは 問題なく占領する事が出来た。次に青葉ら第6戦隊に与えられた任務はウェーク島攻略支援であった。ウェーク島は開戦直後に行われた一連の奇襲作戦攻略失敗したであった(艦これ的には〈如月〉が沈したことで有名か)。今度こそ占領するべく第6戦隊と第2航空戦隊が増援として派遣され、2度攻略作戦が始まった。ウェーク島米軍は手ごわく、戦局は着状態に陥ったが日本側の決死隊の活躍により状況が好転、事に占領を果たせた。作戦終了後、トラックへ帰還。なお、〈青葉〉はウェーク島攻略作戦で第6戦隊の旗艦を務めている。

1942年1月18日、〈青葉〉はトラックより出撃し、ラバウルの攻略支援に従事。事ラバウルを占領する。1月21日カビエン南西オーストラリア軍のカタリナ飛行艇から投弾されるも被害かった。24日からはラバウル=カビエン間の任務や支援に従事。30日、燃料補給のためラバウルへ入港する。
2月1日、イザベラパッセージ港への陸戦隊揚陸を検討していたが、空母エンタープライズ〉を中心とした機動部隊がマーシャルに襲来。揚陸は中止となった。
続けて3月にはニューギニア、ラエ、サラモア、ブーゲンビル攻略支援を行い、これらも占領に成功。まさに破の勢いであった。

同年5月、第6戦隊珊瑚戦に参加。ポートモレスビーを攻略する上陸部隊を乗せた船団と空母祥鳳〉を護衛した。しかし〈祥鳳〉は撃沈され、作戦は中止。北方への撤退を強いられるなど今まで勝利続きだった〈青葉〉は初めて辛めさせられる事に。ちなみにこの後、に入渠していたためミッドウェー海戦には不参加だった。
6月23日トラックに寄港。7日後に輸送船団を護衛して出港。洋上補給を経てキエタ到着。

7月7日、レカタに寄港。周辺域の掃や掃討を行った。

1942年8月7日ガダルカナル米軍が上陸。これを危惧した軍は第18戦隊と第6戦隊ソロモンに殴りこませ、第一次ソロモン戦が勃発する。翌日の8日、ルンガ泊地に停泊する連合軍の艦隊に青葉たちが夜襲をかける。しい撃戦と撃戦の末、重巡アスリア〉〈クインシー〉〈ヴィンセンス〉の3隻と重巡〈キャンベラ〉1隻を撃沈し、被害は旗艦〈鳥海〉小破のみという勝に近い大勝利を収める(ただ、慢心したせいか帰途に〈加古〉が敵潜水艦に沈められてしまった)。この夜戦で〈青葉〉は水上機を発進させており、索敵で逸く敵艦隊を発見。さらには敵艦に命中弾を与えるなど凄まじい戦果を挙げている。ところが!

ワレアオバ

大戦中はトラックグアム攻略戦などで活躍。しかし、〈青葉〉の評価をどん底に突き落としたのは、なんといっても1942年10月サボ島沖夜戦だろう。
このサボ島沖夜戦では、〈青葉〉を旗艦とした第六戦隊(他に重巡衣笠〉〈古鷹〉、駆逐艦吹雪〉他)が飛行場を撃するために出撃したのだが、待ち構えていた艦隊をなんと日本軍輸送隊だと思い込んで、防備に接近してしまうという大失態を冒してしまう[1]。(〈青葉〉では約10kmの距離で艦影を発見、輸送隊の〈日進〉に類似の艦影と駆逐艦らしき数隻の艦影を認めたため、これが揚陸部隊の可性もあり敵味方識別のため注視していた。約7kmでこの艦影が敵と判明する。他に〈青葉〉が発見した艦影を味方の可性があると判断した理由として、それまでに数回の輸送が行われていたが敵水上部隊と遭遇することはなく魚雷艇の襲撃がどで、敵水上部隊は間は夜戦を避けルンガ方面に退避しているとの情勢判断が日本軍にあったことや基地航空隊の索敵機などからは敵に関する報告がかったことなども関係しているとされる。)
当然、が葱を背負ってきたのを見過ごす義理などない艦隊だが、こちらも自分の艦隊から分離した艦と日本艦隊の判別がまだついていない状態であったため、攻撃には慎重だった。ところが、命令伝達の不備で軽巡ヘレナ〉が射撃を開始してしまい、他の艦も釣られてレーダー射撃を開始。文字通りT字不利の状態になっていた第六戦隊の先頭にいた〈青葉〉は集中火を受ける。幸運にも不発弾が多かったために沈没は免れたが、艦部分に大きな損を被り大破する〈青葉〉。
しかし一説によると、ここに至っても、第六戦隊令官の五存知少将(彼自身、この攻撃で重傷を負い、まもなく亡くなる)は攻撃を最期まで友軍による誤射と信じており「ワレアオバ、ワレアオバ」の発信号を出させ続けていたという。(これを否定するような言も存在する。)この集中攻撃により五艦長や参謀2名、中村副長など士官8名を含む79名が死亡令部要員は壊滅した。

余談だがゲーム内での「敵はまだこちらに気づいてないよ?」というセリフはこの事を元ネタにしていると思われるが、異説として第一次ソロモン戦の事をしているのではないかとも言われている。この戦では重巡〈ヴィンセンス〉が受けた探照照射をはじめは敵からのものだと気付いていなかったり、重巡アスリア〉が〈青葉〉達を味方ではないかと思い攻撃を停止するなどの誤認があった。また艦隊も相手が味方である可性を捨てきれず、一度射撃中止命令を出すなどかなり混乱していた。

ほとんど一にして化された〈青葉〉は、ここに至って待避を始める。〈青葉〉の後ろにいた〈古鷹〉は、敵と〈青葉〉との間に割り込み、文字通り体をって〈青葉〉の撤退を守ったが、身代わりになって多数の命中弾を受け沈没、さらに〈吹雪〉も沈、おまけに救援に向かった〈叢雲〉も米軍の反復襲で沈んでいるため、各艦娘ファンにとっては色々と〈青葉〉に含むところがありそうである。
とはいえ本戦は両軍とも混乱を極めたものであり、戦の結果は偶然によるものである。

一方的られたように見えるが一応帝國海軍も、駆逐艦ダンカン〉、〈ファレンボルト〉と重巡ソルトレイクシティ〉、軽巡ボイス〉を撃破している。この戦果はほとんどが、〈古鷹〉のさらに後ろにいたため被害を免れた〈衣笠〉と〈初雪〉の逆襲によるものである。

ソロモンの狼

九死に一生を得た〈青葉〉は駆逐艦初雪〉に護衛され、傷ついた船体を引きずりながら1942年10月12日ブイン泊地へ入港。応急修理を受け、翌13日午後8時30分に出港。15日、トラックへ辿りつく。開戦以降、初めて大損を受けた(正確に言うと「大損を負いつつも帰り着いた」)重巡となった〈青葉〉はその姿を連合艦隊令官に巡視されている。18日にトラックを出港し、22日に軍港へ入港。船体の修理を受けた。倒壊した前檣は撤去され、新たに三脚檣を設置。武装も換装され、艦前に装備していた九三式13ミリ連装機を下ろし、代わりに九六式25ミリ3連装機を搭載した。被害の大きかった第三20センチ連装を新の連装に切り替える案も浮上したが、工期の関係で間に合わなかった。よって損傷したを撤去し、25ミリDS鋼を取り付けてその上に25ミリ3連装機を装備する事となった。
修理中の11月10日、〈青葉〉は呉鎮守府へ転籍している。

19432月15日にはを出港、トラックを経由してカビエンに到着。再びソロモン方面へ進出する・・・のだが、3月3日にメウエパッセージ米軍艦載機3機による爆撃を受けた。
間であり、米軍機は〈青葉〉に気づかない様子で飛び回っていたため、艦長は照準を合わせた上で発を控えやり過ごそうとした。しかし急接近した敵機に慌てた機員が発してしまい、他の機群もしかたなく発を開始。突然撃たれて慌てた敵機は爆弾を投下するが、これが運悪く〈青葉〉に命中。右舷機械室が吹き飛んで横っ大穴があき、更に酸素魚雷誘爆して大爆発魚雷燃料用の酸素も次々と引火爆発して艦の後ろ半分が火のとなり大破。沈没を防ぐため浅瀬に擱座する。乗員36名が死亡した。

3月13日、さっそくサルベージ船〈山彦丸〉が派遣され〈青葉〉救援が行われたが、浮揚作業に時間がかかるため、近くのから木を切ってきてに見えるようにカモフラージュを施した。木を盛りつけるために筏まで組んで周囲に浮かべたとか。この「青葉」の出来は璧で、サルベージに1ヶもかかったにもかかわらず、ついに敵機に気付かれなかった。これが公式四コママンガ青葉が木の陰に木の枝を持って隠れているエピソードの下敷きの一つと思われる(もう一つは……お察しください)。

浮揚作業の後、4月16日軽巡川内〉に航されてカビエンをしたが再び浸が生じ、また浅瀬に乗り上げる。21日、再浮揚されて航再開。カビエンを経由し、5月7日にどうにかトラックへ到達。7月25日まで現地の第四工作部で応急修理を受けた。この応急修理で自航行が可となり、よろめきながらへと向かった。

8月1日に帰投すると修理と共に21号電探、第三復旧、25mm連装機の追加と強化される。194311月24日修理了。しかし破損した機関は手付かずで、最高速28ノットへ低下した。12月15日を出港。マニラシンガポールに入港し、現地で南遣艦隊へと編入された。

この時点で、〈古鷹〉〈加古〉に加えて〈衣笠〉も戦没しており、第6戦隊の生き残りは〈青葉〉ただ一人だけであった。

194312月第16戦隊へと所属を変えた〈青葉〉は作戦範囲を南方からインド域へと移す。〈青葉〉と時同じくして軽巡北上〉〈大井〉、第19駆逐隊(駆逐艦敷波〉〈浦波〉)が第16戦隊に編入され、一時は大所帯となった・・・が、1944年1月に〈北上〉は回天母艦への改造のため本土へ帰還、同27日に〈球磨〉が潜水艦〈タリホー〉によって撃沈されてしまった。ペナンの陸軍部隊をメルギーへ揚陸、その後シンガポールからナンウリへ陸軍部隊を輸送した。

1944年2月リンガ泊地で訓練を終えると中部太平洋域で輸送作戦に従事する。5月上旬にはタラカンへ移動し、日邦丸船団を護衛した。ところが同、〈大井〉がマニラ潜水艦フラッシャー〉に撃沈されてしまい、大所帯だった第16戦隊は〈鬼怒〉と〈青葉〉と第19駆逐隊のみとなってしまった。

1944年初頭、「サ第一号作戦」が立案される。これはインド洋での通商破壊を行う作戦で、あわよくば敵輸送船を拿捕して自軍の戦に組み込むという思惑もあった。この作戦の奇襲戦に〈青葉〉が選ばれ、重巡足柄〉とともにインド洋で通商破壊を行う予定であった。しかし〈足柄〉が第5艦隊に編入されて北方へ行ってしまったため、代わりに第7戦隊から重巡利根〉〈筑摩〉が送られる。
3月2日、バンカ泊地を出撃した3隻の重巡インド洋へ進出。捜索網をって商船狩りを始めた。しかし輸送船は全然見つからず、9日午後になってようやく利根が英商船〈ビハール号〉を撃沈した程度であった。〈ビハール号〉が撃沈の間際に発した遭難信号により、英軍は輸送船の航路を大幅に変更。そのため以降は全く輸送船と遭遇する事が出来ず、15日に作戦終了。3隻の重巡反転し、帰路に就いた。15日令の高須長官は作戦の失敗を認めた。

日に日に戦況が悪化しつつあったため、後方域を担当する第16戦隊に増援は望めなかった。それでも彼女らはシンガポールを拠点にベンガル通商破壊作戦や東インド洋における輸送作戦に従事した。
5月リンガ泊地に集結した艦隊の中に〈青葉〉の姿があった。過去に2度の大破を経験しながら生きながらえた事から防処置の模範とされ、駆逐艦春雨〉などの僚艦から派遣された応急要員に導を行った。

そして1944年6月に発令された渾作戦への参加が決定する。
青葉〉が参加した第一次渾作戦では軽巡鬼怒〉や駆逐艦敷波〉〈浦波〉とともに輸送隊を組み、ダバオで上陸部隊を積載。6月3日ニューギニアに沿って東へ進撃するが、その近空母2隻を含む機動部隊が発見され、作戦は中止。一度引き返す事になったが、機動部隊発見の報は誤りと判明。作戦の再開が検討されたが、護衛の駆逐艦の燃料が既に尽きかけており、後方のアンボンまで後退してしまった。このため第一次渾作戦全に中止となり〈青葉〉もアンボンまで戻った。
二次作戦には不参加だったが、第三次作戦に再度参加が決定する。新編成された渾部隊は6月12日ソロチャン泊地へと集結。第一次同様に第16戦隊は兵員輸送を担当する事になったが再編成が行われ、第19駆逐隊の代わりに第4駆逐隊(駆逐艦満潮〉〈野分〉〈山〉)が青葉揮下に入った。他にも駆逐艦厳島〉〈津軽〉、第36駆潜艇、第127輸送艦が編入された。だが前日の11日に、米軍マリアナ諸へ襲来。この危急を知った上層部は13日に渾作戦の中止を決定。「あ号作戦決戦用意」と下令し、集結した艦隊に原隊への復帰を命じたため、渾作戦に従事する事く終わってしまった。

1944年8月、第16戦隊パラオ在留の邦人をゼブへ輸送。サンベルナンジノ峡の路調も行っている。9月30日リンガ泊地にて給糧艦〈北上丸〉より食糧の補給を受ける。

翌年の1944年10月まで東インド域で行動を続けた。ちなみにこの辺りで、米軍は何度傷を負わせても戦場に舞い戻ってくる〈青葉〉をソロモンの狼と呼んで恐れていたとも。まるで空母エンタープライズ〉並みの不死身っぷりだあ

23日、フィリピン米軍が襲来し日天王山であるレイテ沖海戦が発生する。〈青葉〉は10月17日までシンガポールのセレター軍港にて修理を受けていたが、米軍フィリピンに襲来の報を受けて修理を取りやめ、栗田艦隊の一員として参加するはずだった。しかし機関破損により速が出ない事を憂慮され、後方の兵員輸送任務を担当する事となった。

我ニ曳航能力ナシ、オ先ニ失礼

1944年10月21日、第16戦隊はミンダナのカガヤンにいる陸軍部隊を収容せよとの命令を受ける。10月23日、第16戦隊は警担当の浦波を先頭に航行していた。カガヤンに上陸する際に必要となる小発を受領するためマニラに向かっていたが到着直前に悲劇は起きる。ルソン付近で、〈青葉〉は潜水艦ブリーム〉の撃を受けて右舷前部機関室が大破。左側に大傾斜し、航行不になる大ダメージを負ってしまう。上甲に波が掛かるほど傾斜していたが、辛くも傾斜を食い止め、軽巡鬼怒〉に綱を渡す事が出来た。こうして〈鬼怒〉に航されて命からがらマニラ湾に入港する。その翌日には空母の艦載機から機掃射を受けるも損かった。しかし第16戦隊の旗艦を続行する事は出来なくなり、代わりに〈鬼怒〉がその役割を負った。この際、第16戦隊の戦は〈鬼怒〉と〈浦波〉の2隻だけになってしまっている(〈敷波〉は1ヶ前の9月海南島にて潜水艦に撃沈された)。

現地の第103工作部から応急修理を受け、5ノットの自航行が可になるが、〈青葉〉のいるマニラは連合軍の重要攻略標であった。襲による更なるダメージを避けるために〈青葉〉は修理も兼ねてへと帰投する事になり、重巡熊野〉と第21駆潜隊が護衛するマタ31船団(マニラ高雄)に加わって、マニラを出港する。
レイテ沖海戦でずっと対戦闘を続けていた〈熊野〉は25ミリ弾が乏しくなっていたため、〈青葉〉から1万発ほど弾を分けてもらったとか。

11月5日、マニラ軍港を出港。夕方ごろには予定通りにサンタクルーズ港へ入港。翌日、サンタクルーズ港を出た船団は潜水艦のため沿部に寄りながら航行。しかし米軍日本軍の重要な航路に潜水艦の網をっており、青葉たちは潜水艦隊に探知されてしまった。間もなく潜水艦ブリーム〉〈レイ〉〈レイトン〉〈ギッタロ〉の攻撃を受けるも5ノットの速魚雷7本の回避に成功重巡熊野〉は魚雷2本が命中し航行不になる)。
なお、この際〈熊野〉に対して「ワレニナシ、オ先ニ失礼」と、余計な一言を入れた発信号を送って、〈熊野〉の乗組員を怒らせたというエピソードがある。なお、この一件は正式な戦史には残っていないが、生き残った〈熊野〉の乗員多数から言が上がっているので事実らしいとのこと。
※ただし、発信号故に細かいニュアンスが伝わっていないことに留意されたし。船団の隊列上、〈熊野〉の方が〈青葉〉より前にいたので、「済みません、先に行きます」と言いたかっただけかもしれない。また、〈青葉〉と〈熊野〉の乗員達の仲が良かったので、いらんっ気を出してしまったという説もあり。前述の通り、後ろにいた〈青葉〉が〈熊野〉のをすり抜けて前に出るときに、互いの乗員同士が帽子を振り合って互いに「頑れ」とを掛け合った、という話もある。

その後、〈青葉〉は単艦で魔のバシー峡を突破。サン・フェルナンドで洗濯桶と短艇で三日かけて民家井戸からボイラー用のみをしたり、暴に巻き込まれたりしながら、11月11日、燃料切れ寸前でなんとか台湾高雄に到着。
「後退する船に補給する燃料はい」という警備府に艦長自ら乗り込んで基までの燃料をぶんどり、たどり着いた基のドックで魚雷いた機関部の応急修理を受け、12ノットが出せるようになる。
そして12月12日、被から50にしてついに〈青葉〉はに帰投する。乗組員は皆抱き合って「青葉万歳!」を叫んだという。
(なお、上記の〈熊野〉はその2週間ほど前に、ついに故郷に帰ることなくフィリピンで沈んでいる)

その後

ようやく内地に戻れた〈青葉〉は、三度修理を受ける予定だったのだが、あまりに大きな損傷であった上に、この時すでに戦争の大勢も決しており、日本は資不足のため〈青葉〉を修理してやる余裕がなかった。
そのため、〈青葉〉は防浮き台としてに繋留放置される。その際に対の増設を行っている。

2月25日、第一予備艦となる。

1945年3月19日軍港は空母艦載機による大規模な襲を受ける。繋留されていた〈青葉〉は残存艦艇の航空戦艦伊勢〉〈日向〉や重巡利根〉と同様に台として奮闘。この時は立った被害かったのだが7月24日に行われた二度襲では命中弾1発と至近弾1発を、同28日の襲では4発もの命中弾を受ける。死に体にを打たれた〈青葉〉の船体は満身創痍もいいところで、艦尾はほぼ切断状態。乗員も212名が戦死。艦内にも大量のが流れ込み、遂に着底。そのまま終戦を迎えた。
青葉〉が係留された地点からは古鷹山を仰ぎ見る事が出来た。〈青葉〉をかばって尽きた〈古鷹〉の名前を冠した山が、〈青葉〉最後の地になるという、印的かつ運命的な最期であった。1945年11月20日、除籍。

大破着底こそしていたが、艦首辺りは水上にあったため終戦後の1946年11月、播磨造船の手によって解体された。艦首の菊紋章、尾が現存しており、前者は海上自衛隊第一術科学校にある。後者大和ミュージアムにて一般開されている。

二次創作では

その性格と言動から某烏天狗のようなパパラッチな役回りが多い。とはいえ台詞や図鑑での解説もあってかゲスな覗きというより純好奇心旺盛というキャラ付けが定着している。コミュニケーションの高さから、がありがちな駆逐艦戦艦空母といった大艦との渡し役となることも多い。その役柄から内部・外部を問わず情報戦を担うこともある。変化球としては、軽いキャラを装っているが実は冷徹で有能、というのも。

他のキャラとの絡みでは、青葉って沈没している「古鷹」との史実を踏まえたシリアスネタ鉄板。そこに「加古」「衣笠」を含めた第六戦隊の4人セットで描かれることも多い。

司令官、青葉、関連動画見ちゃいました!

関連静画が気になるんですか?いい情報ありますよ?

関連商品みたい。なんだろー!なんだろー!

情報によると、新しい関連コミュニティが進水したみたいですよ?

関連項目も索敵も砲撃も雷撃も青葉にお任せ!

艦娘たちの戦後 - 軍港終戦
航空母艦 - 鳳翔 天城 葛城 
戦艦 - 伊勢 日向 榛名
重巡洋艦 - 青葉 利根
軽巡洋艦北上 大淀
練習巡洋艦鹿島

脚注

  1. *青葉」では更なる敵味方識別の確認と共に戦闘配置を発令したとする資料も存在する。

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読み:アオバ
初版作成日: 13/09/14 21:16 ◆ 最終更新日: 17/09/20 22:01
編集内容についての説明/コメント: 掲示板の指摘通り、脚注を修正。不要と思われる脚注は削除。
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青葉(艦これ)について語るスレ

452 : ななしのよっしん :2017/07/22(土) 10:45:47 ID: dUc5Cq1p3k
青葉って中学生イメージだったのか。
同じ重巡高雄愛宕や、鈴谷とかがいたりするから立ちにくいけどかなりデカくね?
同じ声優艦隊じゃトップじゃなかろうか。
453 : ななしのよっしん :2017/09/20(水) 14:37:06 ID: mL5Cl8FD+k
記事編集できてHTMLが分かる方、脚注リンク貼ってるところを<cite>タグに変えてくださると助かります。

今の状態だと元の記述のところに戻れないし、脚注を増やすと手動で全部修正しないといけない。
<cite>タグなら脚注を増やしても自動で数字を割り振ってくれるし、自動で戻るリンクもつく。

他の記事でも、(特に事情がなければ)<cite>タグが使われています。
454 : ななしのよっしん :2017/09/20(水) 14:45:32 ID: mL5Cl8FD+k
それと、記事トップの「この記事は内容がまだまだ少ないです。」テンプレって要ります?
初版からありますけど、今はもう消していいのでは。(スクロールを別途設けるほどに記述があるので)
記事で使うわけでもない&既にお絵カキコが寄せられている、にも関わらず、なお提供めるのもおかしい。
455 : ななしのよっしん :2017/09/20(水) 15:04:32 ID: C0JUrV1yAg
内容が少ないよう
456 : ななしのよっしん :2017/09/20(水) 22:06:29 ID: mL5Cl8FD+k
おお、編集い。ありがとうございます
457 : ななしのよっしん :2017/09/20(水) 22:07:07 ID: lO3MbLzS3L
>>453,454
脚注の1番(CVデザインの出典)は他の記事にもないですし、そもそも書だけではなく今では艦娘録とかもあるので除去。
2番(ネクタイ透過バグの修正の反映はキャッシュクリアすれば良い)も、流石にもう不要でしょうから除去し、
3番のみcite方式に修正。

また、「この記事は~」テンプレについては、とりあえずコメントアウトしました。様子を見て、問題ないようなら削除しても良いし、問題あれば戻せば良いかと。
458 : ななしのよっしん :2017/12/08(金) 12:17:35 ID: ZAax2luL9O
青葉ちゃん、中学3年生新聞部部長やってそう
中学生か…エロい身体しやがって 勃起した。
459 : ななしのよっしん :2017/12/09(土) 00:53:34 ID: +d9a6YucMc
大阪税関から「あおば」という名の監視艇を就役したって。配備先は舞だと。
460 : ななしのよっしん :2018/02/07(水) 23:43:52 ID: eOdIG1tbHX
>他にも駆逐艦厳島〉〈津軽〉、第36駆潜艇、第127輸送艦が編入された。
この部分の「駆逐艦厳島〉〈津軽〉」「敷設艦〈厳島〉〈津軽〉」の間違いだろ。
駆逐艦の命名基準と違うからおかしいと思って調べたら敷設艦がヒットしたぞ。
461 : ななしのよっしん :2018/02/23(金) 20:47:16 ID: IvlRas2ifC
中曽根首相「転生したの乗艦がパパラッチになるなんてなぁ…」
青葉「いやー、まさかあの時の中尉総理大臣で、しかも間もなく100歳ですか。いいネタが書けそうです。」

いまんとこ中曽根さんが最後の元軍軍人の総理大臣かな。
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