単語記事: 騎兵

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騎兵(きへい,Trooper,Cavalry)とは、に乗って戦う兵士(兵種)の事である。

以外にも、砂漠地帯で活躍してきた駱駝騎兵(らくだきへい,Camel cavalry) などが存在する。

近年はゲームの影か、戦騎兵と呼ぶこともあるようである。

また欧の現代軍においても儀兵の他、に伝統的な呼称としてロマン的に使用されている場合がある。(アメリカ陸軍第一騎兵師団、イギリス王室騎兵連隊など)

概要

古代・中世、近代以前の戦争においては、その高い機動と集団を組んだ際における衝撃で他の兵種を圧倒する戦いが出来た。

また、その高い機動を買われ偵察・伝令・警回行動などに使われ、機動と攻撃を生かして奇襲・突撃・追撃・背面攻撃・側面攻撃といった多な戦術に組み込まれていた。

なお、現代では騎兵の担っていた任務は機甲兵ないし戦車兵に引き継がれたとされ、今でも「騎兵」を名乗っている部隊はに機甲偵察を任務とする場合が多いほか、実質は機甲部隊である例も存在する。ただし、戦車歩兵支援を初期の的として誕生した兵器であり、騎兵から直接機甲兵に進化したものではない。

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読み:キヘイ
初版作成日: 12/03/19 01:59 ◆ 最終更新日: 16/04/15 21:37
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騎兵について語るスレ

29 : ななしのよっしん :2016/02/27(土) 11:06:01 ID: 2n1OHkvxoh
>>24
日本古来のとかみんな小さいやん
産子とか
30 : ななしのよっしん :2016/04/07(木) 18:03:15 ID: 4uVttz8J9p
ヨーロッパ騎士去勢してないを好んでアラブに乗った騎兵部隊と戦った際奮したが暴れて混乱に陥ったとか
日常生活でが欠かせない遊牧民族畜の去勢は毎年行うくらい必須技術
騎兵である彼らは常用にも軍用にも集団でケンカせず乗り手に従順な去勢を好んだ
一方ヨーロッパ日本では気性が荒く強いが好まれた
重装の戦士を運ばなければならないし敵兵を踏みつぶすくらいの闘争心が好まれた
軍用くらいしかを集団で扱う機会もなかっただろうから去勢の技術も需要も増えなかったんだろう
31 : ななしのよっしん :2016/05/01(日) 14:11:39 ID: tynYrEa0M+
騎兵から直接機甲兵に進化したものではない、ってのがちょっと気になったんだけど、
騎兵科が従来の騎兵の代替手段として開発してない?
32 : ななしのよっしん :2016/05/02(月) 09:03:09 ID: heBS/w9Clt
まーそこは各それぞれ…
騎兵と併存させてたところもあるし
33 : ななしのよっしん :2016/05/02(月) 09:57:30 ID: BEMV0wEMPT
任務はそのままにの代替として自走化する場合は確かに騎兵の直系の子孫といえる
AMC(AMR)とかの戦術区分で戦車を開発したフランスがそうだな

記事の最後で触れている"戦車"がどこまで広い範囲をすのかが分かり難いかな
個人的には、機甲科の誕生には軍隊の近代化にあたり既存の雑多な兵科を吸収した側面があり
その中には当然騎兵(より正確にはを用いた任務)も含まれたと思うよ
34 : ななしのよっしん :2016/07/06(水) 00:28:26 ID: 66KPpeaY0h
>>21
走りながら乗り換える技術は20世紀にも普通にやってる
日本の士官学校に留学したモンゴル人が「日本人の扱いは下手だなぁ」と思ってたとか
35 : ななしのよっしん :2016/07/21(木) 09:51:30 ID: ldN1O7aDFm
>>34
ケンタウロスが人間様相手に言うなや!(涙目
36 : ななしのよっしん :2017/01/13(金) 21:56:05 ID: lCrmaTVEw2
>>26
どれが決定的な要因かは分からんけど、日本では平野で戦列組んでぶつかり合うような戦い方自体染みが薄いよな。あっても大陸からの影色濃い上古か(夷征討という国家事業もあったし)、延々と血みどろの戦争してた戦国時代くらいか。
狩猟や遊牧で鍛えられた遊牧民との接触がいってのも研究・開発の真剣さに影してる気がする。
・伝令と揮の為走り回るとかこまごまとした使い方じゃなく、回する機動人馬一体の衝撃を期待した使い方って日本にあったのかね。
よく引き合いに出される長篠の失敗にしても、論勝頼の大局的な不利・焦りもあっただろうが、当時のの弱点を突こうとしてファインプレーを狙った結果、正面から行っちゃって大失敗って感じで(勝頼だけでなく老臣たちにしても)組織的な騎兵運用のノウハウが少しでもあったらあんなことしないよなぁという印がどうも・・。
37 : ななしのよっしん :2017/05/13(土) 21:12:01 ID: 4uVttz8J9p
今、武豊が番組で流鏑的当てやってたが、使ってる競馬に合わせたのか体高が人の頭よりデカイで、やっぱあれでは見ててもデカすぎるように感じたわ
西洋の試合(ジョスト)の検索画像見ても、現代の再現でも昔の絵画でも1.騎乗者の足がに届くくらい。2.の背は立ってる人の肩くらい(どうでもいいが何かエ□ゲっぽい画像も引っ掛かる)
日本武士が使ったでも、体高4尺○寸のを○寸(○キと読む)のと表現したそうだが、4尺8寸(約145cm)で八寸(ヤキ)の大と呼び、5尺(約152cm)以上は寸(キ)に余ると言ってデカすぎて使いにくい扱いだったらしい
状況に即応して乗り降りしたり、上で戦ったり、騎乗したまま坂でも悪路でも越えるには、時代にもよるがそのくらいが妥当だったんじゃないかと思う
38 : ななしのよっしん :2017/05/13(土) 22:34:41 ID: 4uVttz8J9p
は人にべ個体としてはデカいし速いが、筋肉で動くのは変わりなく、体格あたりの出はそこまで劇的に違わないし、武器は騎乗者が持つ
つまり装甲の厚さや使用可兵器自体は(経済的問題を考えなければ)歩兵と大差ない
一方、内燃機関の出は人には運搬不可能な重量の装甲や火力の機動を可にした。初期戦車の意義は移動する要塞で、攻のようにも思える。塹壕という戦闘形態も歩兵以上の速を必要とせず、突破後の機動戦ではまだ騎が当てにされていた
その後の発展で戦車以上の速になり、騎兵戦車や電撃戦など機動を活かした運用も発達して騎兵の役割も吸収できるようになったのだと思う

ただ近代以降の騎兵火力も装甲も歩兵に勝る物ではないが、封建時代の騎乗兵は経済や日頃の鍛練の違いから、同時代の徒歩兵べ装甲火力に優れた、現代戦車に近い存在だったかもしれない
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