- 鳥人間コンテスト選手権大会(とりにんげんコンテストせんしゅけんたいかい、JAPAN INTERNATIONAL BIRDMAN RALLY)とは、読売テレビ(ytv)の主催で行われる番組人力飛行機競技会のことである。
- 稀に口笛が超絶的にうまい動画にこのタグがつくことがある
概要
毎年7月末に琵琶湖で開催されている。大学生チームはちょうど期末テストの時期と重なっており、それが原因で留年する人が後を立たない。というか普段から勉強してない。第1回は滋賀県近江八幡であったが、その後は彦根市で開催されており、第4回以降は同市の松原水泳場が会場となっている。
その様子は大幅な編集を加えた上で8~9月頃に日本テレビ系で全国放送される。「今年も鳥人間の季節がやってきました!」というイントロは大概昼間に撮ったものであり、実際は早朝から各部門の撮影が行われている。
パイロットが助走をつけてからは飛行機の浮力だけで距離を競う「滑空機部門」と、パイロットが離陸後の動力も担う「人力プロペラ機部門」がある。年によっては、女性パイロット限定部門や、人力ペリコプター部門がある。近年は「タイムトライアル部門」力を入れている。
2009年はリーマンショックを発端とする経済危機のためスポンサーが集まらず大会自体が全面中止となった(21回は台風による中止であり過去の大会のダイジェストが放送された)。全国のバードマン達は改めて鳥人間コンテストは番組であること認識するきっかとなった。ロボコンがうらやましい。
滑空機部門
第1回から続く伝統の部門である。人力プロペラ機のような動力を持たず、発進時の助走のみで滑空する。まさに機体そのものの性能が出る部門である。が、プロペラ機にくらべ華やかさに欠けるためかいまひとつ人気がない。明らかに放送時間が短く、少々不幸な部門である。
しかし、滑空機とあなどるなかれ!上位チームはちょっとしたプロペラ機よりも飛んでいる。10mの高さから離陸して400m以上飛ぶのだから驚異的である。現在の最高記録は483mである。5年連続社会人チームが優勝しており、学生チームがいつ優勝するのか毎年注目されている。勘弁して下さいO木さん。
飛行方向は2パターンある。プラットホームの高さからゆっくり降下しながら飛ぶ方法と、発進時に一気に降下して機体を起こし飛ぶ方法である。前者はスピードが出ない代わりに高高度からの滑空となり滞空時間が長ければ長いほど距離を伸ばせる。後者は一度水面まで降下することにより前者と比べられないほどスピードが出る(水面スレスレを飛行することで地面効果((番組では水面効果といってるが))により揚力が増大するためである)が、かなりのテクニックを要し最悪の場合そのままさっ逆さまも少なくない。
どちらの飛行方法を選ぶかは無論自由だがどちらかというと一気に降下する方が結果的に距離が伸びているようである。
また、飛行時間は早いほうが得なことが多い。これは夕方に近づくにつれ大気の気温が上昇し、琵琶湖上の風が強くなるためである。荒れ始めた最後、風が止むことは難しい。・・・にもかかわらず最後の発進で高記録を出すあのチームはネ申だと思う。
過去に新規チーム向けに機体の大きさを制限したフォーミュラ部門が設立され、一時的に盛り上がった。しかし、視聴率が伸びなかった記録が頭打ちになったせいか第32回を最後に滑空機部門へ吸収されてしまった。滑空機部門こそ人力飛行機の醍醐味だと筆者は思うのだが、なかなか視聴者にはその思いが届かないようである。
人力プロペラ機部門
ディスタンス部門
言葉の通り、ディスタンス=飛行距離を競うものである。昔からある部門であり、単に人力プロペラ機部門というとディスタンス部門を指すことが多い。初期は3点測距によりプラットホームから距離を測っていたが、近年の長距離化に伴いGPSも活用して測距をしている。飛行経路は問わず、プラットホームからの直線距離が記録となるため、風の読みが非常に重要である。チームによっては琵琶湖上の気象をリアルタイムで観測するような変態ところもある。
近年は機体の性能向上が著しい。飛行速度に合わせてプロペラの向きを変える可変ピッチやサーボモーターによる尾翼の制御(これについては人力じゃないと偉い人が難色を示しているとか)といった、金のかかる本格的な仕様となっている。上位チームは機体の性能が上限にまできており、正直パイロットの持久力にかかっている気がする。時々、二人乗りやケツペラ(プロペラが最後尾にある)や二重反転プロペラのような変態機体もある。結果は・・・お察し下さい。
1998年には琵琶湖横断、2003年には人力飛行機部門で琵琶湖大橋を越えてやる越えようかという記録を打ち立てるチームが現れたため、以後は途中Uターンを認めることで飛行距離の上限を伸ばすことにした。しかし、このルールはすぐに破られる。2008年大会においてUターン後プラットホームまで帰還、ルール上MAXの36kmという大記録が出た。現在は折り返し地点をさらに延ばすことで対処している。
まさに日本の航空技術の高さを世界に示す結果である・・・が、ギネスに載るような公式記録として認められるためには自力で離陸する必要がある。鳥人間コンテストのプラットホームは離陸しやすくするための補助と見なされてしまう。つまり、プラットホームから飛び立つ限り公式記録には成り得ない。ちなみにギネス記録はマサチューセッツ工科大のダイダロス'88の116kmである。
タイムトライアル部門
タイムトライアル部門は第30回(2006年)から始まった視聴率回復のための新しい部門である。発進後1km先で折り返し、プラットホーム付近へ戻ってくるまでの時間を競う。会場から見える範囲でワクワクドキドキハラハラの熱戦が繰り広げられる・・・はずだった。実際は旋回するには高度な飛行技術が要することや、タイムを出すため高速設計に設定したせいでパイロットの持久力が持たないなどの理由から、完走できたのが毎年たった1チームという状況であった。
そこで第33回大会では折り返し地点を500mに縮め、完走率を高めるルール改正を行った。これによって複数のチームが折り返しを果たし、本当の意味でタイムトライアル部門が成立した。ゴールに戻ってきたときの感動は他の部門では味わえないものがある。しかし、ゴールが浜辺直前であるため、一歩間違えば大事故に繋がりかねない。着水地点を誤れば飛行危険区域の侵入と見なされ失格となる場合もある。
主催者側も積極的な参加を呼びかけており、上記ディスタンス部門に比べて強豪チームが敬遠するため新規参入しやすい分野と言われている。しかし、人力飛行機で風に逆らって飛ぶのは非常に難しく、ある意味鳥人間史上最も過酷な部門かもしれない。
出場するためには
書類審査
鳥人間コンテストに出場するためには冬に行われる出場者説明会に参加する必要がある。東京と大阪で開催されるため、地方のチーム九州とか北海道は懐に痛い。その後、厳しい書類審査をクリアしなければならない。大体2倍くらいの倍率と言われているが、新規チームが合格するのは至難の業である。特に人力プロペラ機部門は高度な技術が要求されるため、よっぽどのことがない限り(滑空機で成果を挙げたor強豪チームのOBがいるor中国etc)難しい。まずは滑空機部門をオススメする。どうしても人力プロペラ機をやりたい人はT北大やT工大やO府大に入学しましょう。
最終審査
さらに大会会場において機体とパイロットについて計3回審査を受ける。合格すればシールを機体に貼らなければならない。映像をよーく見れば機体の横に3つシール貼ってあるのが確認できるはずである。審査員によって入念に機体チェックされる・・・がこの審査で落ちることは滅多にない。飛ぶ飛ばないよりもパイロットの安全が確保できているかが最重要らしい。過去に安全が確保できないとして失格になった例はある。
図面上は飛ぶはずなのだが、大抵の人力飛行機は、スタート直後に湖面に落ちる。原因としては機体の製作精度と発進クルーとパイロトの練習不足が挙げられるが、大概は前者である。逆に飛ぶ飛行機は一目で分かる。機体が綺麗な飛行機は飛びますby偉い人
飛行上の注意
とにかく人命が最優先である。無理をした飛行はしてはいけない。風に逆らわないで飛びたい、かつ記録を出したい。バードマン達は常に悩まされている。
一見すると学生達の青春として微笑ましい光景であるが、10mもの高さ(ビル3階分に相当)から湖面に落下する恐怖は計り知れない。時に飛行機は凶器とも化す。過去に桟橋に激突し、あわや大惨事になりかけた例や、岸壁に衝突しパイロットが負傷した例がある(この時はパイロットが回避行動をしたため最悪の事態は避けれたらしい)。緊急事態にも冷静に対処することが重要である。
バードマンのめいれいは決まって「いのちだいじに」である。
視聴者の皆様に知っておいて欲しいこと
鳥人間コンテストは番組です。撮影した映像を放映前に流すと番組として成り立たなくたってしまいます。編集期間が長いため結果を知りたいのは分かりますが、ほどほどにしましょう。
噂によると鳥人間コンテストは赤字収支がキツイらしい。例えば、プラットホームと呼ばれる発射台は建設に1億円かかっているとかいないとか。さらに漁業関係者への補償やダイバーなどのパイロット救出・機体回収対策、ヘリ撮影、会場周辺の迂回路・渋滞対策など含めると莫大な金額になると考えられる。これを放送2時間分のスポンサーからの収入だけで賄うにはかなり厳しい。だからDVDボックス買って。
あと人力飛行機は結構高い。滑空機は比較的安いものでも数10万円、高いものだと100万円以上かかっていたりする。人力プロペラ機になると100万以上はざらで300万近くかかっているものもある。そして、そのコストの大半は骨組みの炭素繊維である。過去に某イング社が新型旅客機の製造で大量消費したため供給不足となり、バードマン達は在庫の確保に奔走したとか。
実際の鳥人間コンテストは2日間開催される。これをたった2時間に収めるのは困難であり、問答無用でダイジェストプロの編集によりなんとかしている状態である。とにかく一度彦根に来ればその大変さが分かります。現場を知っている者は落ちる飛行機を見ても笑えないとか何だとか。
会場でよくあること
- トイレが壁サークルと化す。女子用はもう大変。
- 近くのローソンは戦場と化す。コミケといい勝負。
- 「スクリーン前に観覧席を用意しております。是非お越し下さい」と催促されるが、屋根がないので炎天下での観戦を避けたい人々は結局木陰のある砂浜で観戦する。
- むしろ観覧席の人は一体どんな耐久力のある人なのかと興味が沸く。
- 優勝候補チームには近づくなオーラがプンプンしている。撮影しようと近づくものならば、制止されるか重点的に監視される。
- DQNがボートや水上バイクで観戦しようとプラットホームに近づいて主催者に注意される。マジ帰れ。
- 浜辺の細い道を10tトラックが運ちゃんの神業的テクニックで通行する。違法駐車の外車が邪魔。
- なんかよく知らないおじいちゃんと孫が海水浴に来ている。
- 長距離を飛ぶことが目的なのに実際に長距離を飛んでもらっては困る(次飛行者が飛べないため)
とにかく当日、会場は炎天下になります。十分な熱中症対策と思いやり精神を持って観戦しましょう。あと大会は住民の皆さんの理解あってのもの。バードマンの皆さんはきれいにして帰りましょう。「立つ鳥跡を濁さず」と申します。
歴代の名フライト・事故
1985年 滑空機部門 『初の200m台』 豊田飛行愛好会
天候や風向にその記録を大きく左右される滑空機部門だが、機体設計精度の向上により、現在では、優勝記録は軒並300mを超えており、最高記録は約483mである。
しかし大会開始当初は、100mに及ぶかどうか、というラインを浮き沈みしていた。
開始から8回を数え、その最高記録は約160mだった。
そんな中、ブレイクスルーとなったのが、この豊田飛行愛好会のたたき出した290.45mという大記録であった。
快晴と風向に恵まれた中、前述の、地面効果を活用した飛行方法をほぼ初めて試み、結果、それまでの記録に倍近い差をつける大記録を打ち立てての優勝を遂げた。
惜しくも300mには届かなかったが、この記録は以降6年間打ち破られることはなかった。
1998年 ディスタンス部門 『琵琶湖横断』 チームエアロセプシー
中山浩典をパイロットとする『チームエアロセプシー』は、92年に史上初の2km台、95年にそれまでの記録を4倍近く上回る約8.7kmを打ち出して、それぞれ優勝を遂げたチームであった。
そして98年の大会、快晴の中、風向の安定した緩い向かい風に恵まれた同グループの機体は、中山の強靭な操縦によって、20分以上に渡るフライトの末、とうとう史上初の琵琶湖横断を成し遂げる。
機体が“対岸”へと達した初の瞬間だった。
このときの記録は、それまでの記録をさらに倍以上上回る、23688.24m。
以降、ディスタンス部門の戦いは、対岸へ達した後の帰路にまで及ぶことになる。
チームエアロセプシーは鳥人間コンテストの出場は現在しておらず、人力飛行機による世界記録への挑戦などに活躍の場を移している。
2006年 ディスタンス部門 『激突事故』 東京工業大学Meister
2000年の初出場以降その頭角を現し、今や東北大学Windnautsとの優勝争いを毎年繰り広げるほどの強豪となった東工大Meisterに起こった大事故。
恐らく大会史上でも稀に見る規模の事故である。
フライト開始直後、例年通り、東工大の機体は記録に向けて一見順調に離陸した。
しかし、強すぎる向かい風によって直進を維持することが出来ず、機体はまもなく北側へと転進。
パイロットは必死に制御を試みるが、その先には崖が迫っていた。
「飛び降りろ!」などと観客から声が飛ぶ中、機体はそのまま激突・墜落。
結局この年は東北大に優勝を譲ったが、翌年には見事に優勝に返り咲いた。
2007年 滑空機部門 『史上最高記録』 みたか+もばらアドベンチャーグループ
1983年に出場を開始し、1999年以降9度の優勝を掴み取るという圧倒的な強さを発揮している社会人グループ『みたか+もばらアドベンチャーグループ』が2007年、483.47mの大記録を打ち立てた。
2001年に史上初の400m台をたたき出した同グループが、現在の滑空機部門最高記録保持者である。
2008年 ディスタンス部門 『奇跡の往復』 東北大学Windnauts
後述の大会のせいで妙な方向に有名になってしまった強豪・東北大学Windnautsだが、2008年に大会史上初の琵琶湖往復を成し遂げた。
チームエアロセプシーによる対岸到達からちょうど10年が経ったこの大会で、当時と同じく、安定した風向と天候に恵まれた中、東北大の機体は30分近くのフライトによって、36000mを見事飛びきった。
正式記録も36000.00m。これは、往復成功により、記録測定の限界を超えたためである。
2011年 ディスタンス部門 『フルパワー』 東北大学Windnauts
中村拓磨参照。
消えたコミックエントリー部門
初期は存在したが、日本の鳥人間コンテストでは消えた部門。滑空機部門の一部。言うなれば「仮装大賞with鳥人間コンテスト」。「ただ鳥の格好をしただけで飛び降りる」「翼すらないハリボテで突っ込む」等、所謂機体が飛べるかどうかは二の次、インパクト・ウケ狙い至上主義のネタ枠である。かつて滑空機部門と人力プロペラ機部門の間に放映されていた。勿論この部門の参加者は本当の意味でのアマチュア、一般人のバカが多かった。世界的にはこっちがメインでやっているものも多い。何を隠そう元祖鳥人間コンテストとされるイギリスの「Birdman Rally」がこれ主体である。
何故日本で廃れてしまったのか。技術立国日本がマジになり過ぎたのか。例えるなら『機動武闘伝Gガンダム』のガンダムファイトで、各国格闘メインでやってた中に射撃戦メインで本気で勝ちに来たブリテンガンダムが大会の趣旨を塗り替えてしまったようなものだろうか。本気の空中戦の合間にあるこの部門が好きだった、復活してほしいという懐古の声も現在少なからずある。
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関連項目
外部リンク
http://dic.nicomoba.jp/k/a/%E9%B3%A5%E4%BA%BA%E9%96%93%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%B9%E3%83%88


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読み:トリニンゲンコンテスト
初版作成日: 09/12/26 02:36 ◆ 最終更新日: 11/12/28 05:48
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