麻薬及び向精神薬取締法(まやくおよびこうせいしんやくとりしまりほう)とは、麻薬・向精神薬濫用による保健衛生上の危害を防止するため、1953年に制定された日本の法律である。麻薬取締法、麻向法。
概要
麻薬や向精神薬は、中枢神経系に作用する薬物である。中枢神経系を抑制するダウナー系の薬物、中枢神経系を興奮させるアッパー系の薬物、幻覚をもたらすサイケデリック系の薬物に大別される。多くは依存を形成し、不適切な投与によって使用者に危害を与えるばかりか、中毒者による犯罪が社会不安を引き起こすことから、1953年、麻薬の濫用による保健衛生上の危害防止のための必要な取締りを行うべく、「麻薬取締法」が制定された。この法律は1990年に改正、「麻薬及び向精神薬取締法」となり、向精神薬も規制の対象となった。
「麻薬に関する単一条約」および「向精神薬に関する条約」で規定されている麻薬・向精神薬のうち、あへんは「あへん法」、大麻は「大麻取締法」、覚醒剤・覚醒剤原料は「覚せい剤取締法」によってそれぞれ規制されている。それ以外の麻薬・向精神薬は、この「麻薬及び向精神薬取締法」によって規制される。ちなみに、危険ドラッグは「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)」によって規制されている。
定義
「麻薬」や「向精神薬」は、第2条において、以下の化学物質およびその塩類、ならびにこれらを含有するものと定義されている。種類が多いため、ここでは代表的なものを掲載する。
麻薬
狭義の麻薬は、オピオイド(ケシに含まれる成分やそれをもとに合成される物質などで中枢神経抑制作用を有する物質)を指す。しかし、麻薬及び向精神薬取締法では、一部の精神刺激薬(中枢神経興奮作用を有する物質)や催幻覚薬(幻覚作用を有する物質)も包摂的に麻薬と定義し、これを規制している。
- モルヒネ - オピオイド、オピエート。鎮痛薬。アヘンの成分。
- コデイン - オピオイド、オピエート。鎮痛・鎮咳薬。アヘンの成分。
- テバイン - オピオイド、オピエート。鎮痛薬。アヘンの成分。
- ジヒドロコデイン - 半合成オピオイド。鎮痛・鎮咳薬。
- ヘロイン - 半合成オピオイド。鎮痛薬。
- デソモルヒネ - 半合成オピオイド。鎮痛薬。通称クロコダイル。
- ヒドロコドン - 半合成オピオイド。鎮痛・鎮咳薬。
- オキシコドン - 半合成オピオイド。鎮痛薬。オキシコンチン®、オキノーム®。
- メトポン - 半合成オピオイド。鎮痛薬。
- エトルフィン - 半合成オピオイド。鎮痛薬、麻酔薬。
- ナロルフィン - 半合成オピオイド。オピオイドμ受容体拮抗薬、解離性麻酔薬。
- メサドン - 合成オピオイド。鎮痛薬。メサペイン®。
- イソメサドン - 合成オピオイド。鎮痛薬。
- アニレリジン - 合成オピオイド。鎮痛薬。
- ペチジン - 合成オピオイド。鎮痛薬、麻酔前投薬。オピスタン®、ペチロルファン®。
- フェンタニル - 合成オピオイド。鎮痛薬、麻酔薬。デュロテップ®、フェントス®。通称チャイナホワイト。
- レミフェンタニル - 合成オピオイド。鎮痛薬、麻酔薬。アルチバ®。
- カルフェンタニル - 合成オピオイド。鎮痛薬、麻酔薬。
- GHB(γ-ヒドロキシ酪酸) - 鎮静催眠薬。
- エクゴニン - コカアルカロイド。コカの葉の成分。
- コカイン - コカアルカロイド。局所麻酔薬、精神刺激薬。コカの葉の成分。通称クラック。
- メトカチノン - フェネチルアミン系の精神刺激薬。
- MPA(メチオプロパミン) - フェネチルアミン系の精神刺激薬。
- メスカリン - フェネチルアミン系の催幻覚薬。ペヨーテ(サボテン)に含まれる成分。
- MDA(3,4-メチレンジオキシアンフェタミン) - フェネチルアミン系の催幻覚薬。
- MDMA(3,4-メチレンジオキシメタンフェタミン) - フェネチルアミン系の催幻覚薬。通称エクスタシー。
- 2C-I - フェネチルアミン系の催幻覚薬。
- 2C-C-NBOMe(25C-NBOMe) - フェネチルアミン系の催幻覚薬。
- シロシン - トリプタミン系の催幻覚薬。マジックマッシュルームの成分。
- シロシビン - トリプタミン系の催幻覚薬。マジックマッシュルームの成分。
- DMT(N,N-ジメチルトリプタミン) - トリプタミン系の催幻覚薬。キノコなどに含まれる成分。
- AMT(α-メチルトリプタミン) - トリプタミン系の催幻覚薬。
- 5-MeO-DiPT(5-メトキシ-N,N-ジイソプロピルトリプタミン) - トリプタミン系の催幻覚薬。通称フォクシー。
- LSD(リゼルグ酸ジエチルアミド) - 麦角アルカロイド誘導体。催幻覚薬。
- フェンシクリジン - 催幻覚薬、解離性麻酔薬。
- ケタミン - 催幻覚薬、解離性麻酔薬。ケタラール®。
- MXE(メトキセタミン) - 催幻覚薬、解離性麻酔薬。
- THC(Δ9-テトラヒドロカンナビノール) - カンナビノイド。大麻(マリファナ)の成分。
麻薬原料植物
家庭麻薬
第一種向精神薬
- セコバルビタール - バルビツール酸系の鎮静催眠薬。アイオナール®。
- メクロカロン - キナゾリノン系の鎮静催眠薬。
- メタカロン - キナゾリノン系の鎮静催眠薬。
- ジペプロール - フェネチルアミン系の鎮咳薬。
- フェネチリン - フェネチルアミン系の精神刺激薬。
- フェンメトラジン - フェネチルアミン系の精神刺激薬。
- メチルフェニデート - フェネチルアミン系の精神刺激薬。リタリン®、コンサータ®。
- モダフィニル - 精神刺激薬。モディオダール®。
第二種向精神薬
- ペントバルビタール - バルビツール酸系の鎮静催眠薬。ラボナ®。
- シクロバルビタール - バルビツール酸系の鎮静催眠薬。
- アモバルビタール - バルビツール酸系の鎮静催眠薬。イソミタール®。
- ブタルビタール - バルビツール酸系の鎮静催眠薬。
- グルテチミド - 非バルビツール酸系の鎮静催眠薬。
- ブプレノルフィン - オピオイドμ受容体部分作動薬、鎮痛薬。レペタン®、ノルスパン®。
- ペンタゾシン - オピオイドμ受容体部分作動薬、鎮痛薬。ソセゴン®、ペルタゾン®。
- フルニトラゼパム - ベンゾジアゼピン系の睡眠薬。サイレース®、ロヒプノール®。
- カチン(ノルプソイドエフェドリン) - フェネチルアミン系の精神刺激薬。
第三種向精神薬
- バルビタール - バルビツール酸系の鎮静催眠薬。
- ビニルビタール - バルビツール酸系の鎮静催眠薬。
- フェノバルビタール - バルビツール酸系の抗てんかん薬、睡眠薬。フェノバール®。
- メプロバメート - カルバメート系の抗不安薬。
- クロルジアゼポキシド - ベンゾジアゼピン系の抗不安薬。コントール®、バランス®。
- ジアゼパム - ベンゾジアゼピン系の抗不安薬、睡眠薬、抗てんかん薬。セルシン®、ホリゾン®。
- フルジアゼパム - ベンゾジアゼピン系の抗不安薬。エリスパン®。
- メダゼパム - ベンゾジアゼピン系の抗不安薬。レスミット®。
- クロラゼプ酸 - ベンゾジアゼピン系の抗不安薬。メンドン®。
- ロフラゼプ酸エチル - ベンゾジアゼピン系の抗不安薬。メイラックス®。
- ロラゼパム - ベンゾジアゼピン系の抗不安薬。ワイパックス®。
- ロルメタゼパム - ベンゾジアゼピン系の睡眠薬。ロラメット®、エバミール®。
- フルラゼパム - ベンゾジアゼピン系の睡眠薬。ダルメート®。
- プラゼパム - ベンゾジアゼピン系の抗不安薬。レスタス®。
- クアゼパム - ベンゾジアゼピン系の睡眠薬。ドラール®。
- ブロマゼパム - ベンゾジアゼピン系の抗不安薬。レキソタン®、セニラン®。
- ニトラゼパム - ベンゾジアゼピン系の睡眠薬、抗てんかん薬。ベンザリン®、ネルボン®。
- ニメタゼパム - ベンゾジアゼピン系の睡眠薬。
- クロナゼパム - ベンゾジアゼピン系の抗てんかん薬。リボトリール®、ランドセン®。
- クロバザム - 1,5-ベンゾジアゼピン系の抗てんかん薬。マイスタン®。
- オキサゾラム - オキサゾロベンゾジアゼピン系の抗不安薬。セレナール®。
- ハロキサゾラム - オキサゾロベンゾジアゼピン系の睡眠薬。ソメリン®。
- クロキサゾラム - オキサゾロベンゾジアゼピン系の抗不安薬。セパゾン®。
- ミダゾラム - イミダゾベンゾジアゼピン系の睡眠薬。ドルミカム®。
- エスタゾラム - トリアゾロベンゾジアゼピン系の睡眠薬。ユーロジン®。
- アルプラゾラム - トリアゾロベンゾジアゼピン系の抗不安薬。コンスタン®、ソラナックス®。
- トリアゾラム - トリアゾロベンゾジアゼピン系の睡眠薬。ハルシオン®。
- ブロチゾラム - チエノトリアゾロジアゼピン系の睡眠薬。レンドルミン®。
- エチゾラム - チエノトリアゾロジアゼピン系の抗不安薬、睡眠薬。デパス®。
- クロチアゼパム - チエノジアゼピン系の抗不安薬。リーゼ®。
- ゾルピデム - イミダゾピリジン系の睡眠薬。マイスリー®。
- ゾピクロン - シクロピロロン系の睡眠薬。アモバン®。
- ピプラドロール - フェネチルアミン系の精神刺激薬。
- ペモリン - 精神刺激薬。ベタナミン®。
- マジンドール - 食欲抑制薬。サノレックス®。
免許
麻薬および向精神薬の取扱いは免許制である。免許の要件、免許権者、免許の有効期間について、第2条、第3条、第5条、第50条の2で規定されている。
麻薬
意義 | 要件 | 免許 | 有効期間 | |||
---|---|---|---|---|---|---|
麻 薬 取 扱 者 |
麻 薬 営 業 者 |
麻薬輸入業者 | 麻薬の輸入を業とする者。 | 医薬品製造販売業者。 | 厚生労働大臣 | 免許の日から、その翌々年の12月31日まで。 |
麻薬輸出業者 | 麻薬の輸出を業とする者。 | 医薬品製造販売業者または医薬品販売業者であって、薬剤師もしくは薬剤師を使用している者。 | ||||
麻薬製造業者 | 麻薬の製造(精製・合成)を業とする者。 | 医薬品製造販売業者かつ医薬品製造業者。 | ||||
麻薬製剤業者 | 麻薬の製剤(調剤以外の化学的変化を加えない加工)、小分けを業とする者。 | 医薬品製造販売業者かつ医薬品製造業者。 | ||||
家庭麻薬製造業者 | 家庭麻薬の製造を業とする者。 | 医薬品製造業者。 | ||||
麻薬元卸売業者 | 麻薬卸売業者への麻薬の譲渡を業とする者。 | 薬局開設者または医薬品販売業者であって、薬剤師もしくは薬剤師を使用している者。 | ||||
麻薬卸売業者 | 麻薬小売業者、麻薬診療施設開設者、麻薬研究施設設置者への麻薬の譲渡を業とする者。 | 薬局開設者または医薬品販売業者であって、薬剤師もしくは薬剤師を使用している者。 | 都道府県知事 | |||
麻薬小売業者 | 麻薬処方箋(麻薬を記載した処方箋)により調剤された麻薬の譲渡を業とする者。 | 薬局開設者。 | ||||
麻薬施用者 | 疾病治療の目的で、業務上麻薬を施用し、もしくは施用のため交付し、または麻薬処方箋を交付する者。 | 医師、歯科医師、獣医師。 | ||||
麻薬管理者 | 麻薬診療施設で施用され、または施用のため交付される麻薬を業務上管理する者。 | 医師、歯科医師、獣医師、薬剤師。 | ||||
麻薬研究者 | 学術研究のため、麻薬原料植物を栽培し、麻薬を製造し、または麻薬、あへん、けしがらを使用する者。 | 学術研究上麻薬原料植物を栽培し、麻薬を製造し、または麻薬、あへん、けしがらを使用することを必要とする者。 |
第12条第1項より、ヘロインの輸入、輸出、製造、製剤、小分け、譲渡、譲受、交付、施用、所持、廃棄は、すべて禁止されている。ただし、麻薬研究施設設置者が厚生労働大臣の許可を受けて、譲渡、譲受、廃棄する場合と、麻薬研究者が厚生労働大臣の許可を受けて、研究のために製造、製剤、小分け、施用、所持する場合を除く。
第12条第2項より、あへん末の輸入、輸出は禁じられている。
第12条第3項より、麻薬原料植物の栽培は禁じられている。ただし、麻薬研究者が厚生労働大臣の許可を受けて、研究のため栽培する場合を除く。
第13条、第17条より、自己の疾病の治療目的で麻薬を交付されている場合、厚生労働大臣の許可を受けることで、携帯して輸入、もしくは携帯して輸出することが認められる。
向精神薬
意義 | 免許 | 有効期間 | |||
---|---|---|---|---|---|
向 精 神 薬 取 扱 者 |
向 精 神 薬 営 業 者 |
向精神薬輸入業者 | 向精神薬の輸入を業とする者。 | 厚生労働大臣 | 免許の日から5年。 |
向精神薬輸出業者 | 向精神薬の輸出を業とする者。 | ||||
向精神薬製造製剤業者 | 向精神薬の製造、製剤、小分けを業とする者。 | ||||
向精神薬使用業者 | 向精神薬に化学的変化を加えることによる向精神薬以外の物質の合成を業とする者。 | ||||
向精神薬卸売業者 | 向精神薬輸入業者以外の向精神薬取扱者への向精神薬の譲渡を業とする者。 | 都道府県知事 | 免許の日から6年。 | ||
向精神薬小売業者 | 向精神薬処方箋(向精神薬を記載した処方箋)により調剤された向精神薬の譲渡を業とする者。 | ||||
病院等の開設者 | 病院、診療所、飼育動物診療施設の開設者。 | ※麻向法ではなく、医療法または獣医療法の規定により、許可もしくは届出制。 | |||
向精神薬試験研究施設設置者 | 学術研究または試験検査のため向精神薬を製造し、または使用する施設の設置者。 | ※免許ではなく、厚生労働大臣または都道府県知事の登録を受ける。 |
第50条の8、第50条の11より、自己の疾病の治療目的で第一種向精神薬、特定の第二種向精神薬、特定の第三種向精神薬を交付されている場合、厚生労働大臣の許可を受けることで、携帯して輸入、もしくは携帯して輸出することが認められる。
罰則
第64条~第76条では、刑罰について規定されている。
麻薬
- ヘロインをみだりに輸入、輸出、製造した者は、1年以上の有期懲役に処する。営利目的であれば、無期もしくは3年以上の懲役に処し、情状により1,000万円以下の罰金を併科する。未遂であっても罰する。これらの予備をした者、荷担した者は、5年以下の懲役に処する。
- ヘロインをみだりに製剤、小分け、譲渡、譲受、交付、所持、施用、廃棄した者、またはその施用を受けた者は、10年以下の懲役に処する。営利目的であれば、1年以上の有期懲役に処し、情状により500万円以下の罰金を併科する。未遂であっても罰する。譲渡、譲受の周旋をした者は、3年以下の懲役に処する。
- ヘロイン以外の麻薬をみだりに輸入、輸出、製造した者、または麻薬原料植物をみだりに栽培した者は、1年以上10年以下の懲役に処する。営利目的であれば、1年以上の有期懲役に処し、情状により500万円以下の罰金を併科する。未遂であっても罰する。これらの予備をした者、荷担した者は、5年以下の懲役に処する。
- ヘロイン以外の麻薬をみだりに製剤、小分け、譲渡、譲受、交付、所持、施用した者、または麻薬処方箋をみだりに交付した者は、7年以下の懲役に処する。営利目的であれば、1年以上10年以下の懲役に処し、情状により300万円以下の罰金を併科する。未遂であっても罰する。譲渡、譲受の周旋をした者は、3年以下の懲役に処する。
向精神薬
- 向精神薬をみだりに輸入、輸出、製造、製剤、小分けした者は、5年以下の懲役に処する。営利目的であれば、7年以下の懲役に処し、情状により200万円以下の罰金を併科する。未遂であっても罰する。これらの予備をした者、荷担した者は、2年以下の懲役に処する。
- 向精神薬をみだりに譲渡、または譲渡目的で所持した者は、3年以下の懲役に処する。営利目的であれば、5年以下の懲役に処し、情状により100万円以下の罰金を併科する。未遂であっても罰する。譲渡、譲受の周旋をした者は、1年以下の懲役に処する。
ただし、麻薬特例法第5条より、上記の所持、予備、荷担、周旋を除いて、すべて無期または5年以上の懲役および1,000万円以下の罰金に処する。また、関税法第108条の4および第109条より、麻薬または向精神薬をみだりに輸入、輸出した者は、10年以下の懲役もしくは3,000万円以下の罰金に処し、あるいはこれを併科する。そして、刑法第54条より、ある行為が複数の罪名に触れる場合、最も重い刑によって処断される。
ちなみに、ほかの罰則規定として、たとえば処方箋の偽造または変造に関する規定がある。麻薬及び向精神薬取締法第70条より、麻薬処方箋を偽造、変造した者は、1年以下の懲役もしくは20万円以下の罰金に処し、またはこれを併科する。第72条より、向精神薬処方箋を偽造、変造した者は、20万円以下の罰金に処する。
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