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日本航空機製造YS-11(NAMC YS-11)とは、日本航空機製造が開発したターボプロップ旅客機である。

概要

日本航空機製造YS-11
NAMC YS-11
用途 民間旅客機 / 民間貨物機
分類 ターボプロップ旅客機
製造者 日本航空機製造
製造請負 三菱重工 (現:三菱重工業
川崎航空機 (現:川崎重工業
富士重工業
新明和工業
日本飛行機
昭和飛行機工業
住友精密工業
製造期間 1962年 - 1974年
総生産数 182
初飛行 1962年8月30日
運航開始 1965年3月30日 全日本空輸

日本航空機製造(NAMC)が近中距離旅客機として開発・製造した双発式ターボプロップ旅客機/貨物機。第二次世界大戦後の初の旅客機として有名な機体である。

YS-11の正式な読みは「ワイエスいちいち」であり、一般的には「ワイエスじゅういち」や英語読みの「ワイエスイレブン」と呼ばれる。ちなみにYSのYは「輸送機」、Sは「設計」の頭文字であり、11は「1番」という番号エンジンを乗せた「1番」に設計された機体という意味である。
そのため上記のような「ワイエスいちいち」という読み方となる。ちなみにこれは零式艦上戦闘機の各形式の読み方と同じである。まあ、どっちも堀越さんが関わってるから仕方ないね時刻表ではYS1YS全日本空輸便はO称のオリンピアの頭文字)と表記された。

内においては、民間機として使用されていた機体は既に全機引退しているが、政府機関では航空自衛隊海上自衛隊海上保安庁運輸省航空局(現:国土交通省航空局)で運用されており、航空局を除く他3つの機関では修を重ねて未だに第一線で活躍している機体も存在する。

岐阜県各務原市のかかみがはら航空宇宙科学博物館には、元日エアーニッポンで使用されたYS-11A-213(JA8731)が展示されており、機内も含めて見ることができる。

経歴

第二次世界大戦での敗戦後日本航空機技術の高さから再軍備を危惧したGHQより、航空禁止が出され、内の航空機は全て解体、焼却などで処分され、航空機会社は強制解散、その後1952年サンフランシスコ講和条約による回復と共に航空機解禁が行われたが、その間に航空機技術は著しく向上し、旅客機は全て外製がを飛び、日本際的に取り残された状態だった。

1954年航空機計画が通商産業省(現:経済産業省)の監督下で開始され、その開発担当として官民共同出資の日本航空機製造株式会社1959年6月1日に設立された。設計にはかつて零式艦上戦闘機等を開発した設計士達が携わり、製造請負は各部品メーカーが担当、新三菱重工(現:三菱重工業)が最終組み立てを行った。

1962年に初飛行に成功したが、構造や操縦性に問題があることが判明、修を行なって1964年明を取得した。ただ、内の受注は予定の半分に減り、海外からの需要も芳しくかった。生産数は当初計画の150機をえる182機になったものの、日本航空機製造は360億円の累積赤字を出し、1982年度に解散した。[1]

内では2006年9月30日民間機としての最終飛行を行い退役した。

国土交通省航空局の機体も2006年に退役。海上保安庁の機体は2011年1月13日に退役した。

2020年の時点で現役にあるYS-11は、航空自衛隊のYS-11FCと、そのほかの2種類の特殊用途機のみとなっている。[2]

仕様

YS-11A-100/A-200/A-500
乗員 2名
定員 64名
全長 26.3 m
全幅 32.0 m
全高 8.98 m
胴体直径 2.88 m
面積 94.8 m2
虚重量 14,600 kg (A-100)、15,400 kg (A-500)
最大離陸重量 23,500 kg (A-100)、24,500 kg (A-200)、25,000 kg (A-500)
最高巡航速度 470 km/h
航続距離 1,090 km、2,200 km (最大)
メインエンジン ロールス・ロイスダートMk.542 ターボプロップエンジン × 2基
最大出 1,986~2,282kW (2,660~3,060 shp

バリエーション

民間

民間機の場合は1機ごとに形式名が違うが、以下の様に大まかに分類される。

航空自衛隊YS-11@岐阜基地(2010年10月16日撮影)

  • YS-11P
  • YS-11PC
  • YS-11C
  • YS-11E
  • YS-11EL
  • YS-11EA
  • YS-11EB
  • YS-11FC YS-11@下総航空基地(2009年10月11日撮影)
  • YS-11NT

海上自衛隊

  • YS-11M
  • YS-11M-A
  • YS-11T-A

事故

関連動画

関連生放送

関連コミュニティ

関連項目

脚注

  1. *日本航空宇宙産業の挑戦」 駒 徐 にっかん書房 1988 p.27
  2. *今年で聞き納めか RR製オリジナルエンジン搭載YS-11 退役へ 空自入間基地の飛行点検機exit 2020.3.30
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22 ななしのよっしん
2021/04/16(金) 23:30:22 ID: xVxydTMYMp
つーか戦中から飛行機開発してる人材なんて全員軍用機関係者やろ
アメリカにでも設計を委託しろって話?
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23 ななしのよっしん
2021/06/29(火) 10:48:06 ID: /DQc0L2Dek
航空禁止の時期とか考えれば航空機設計の技あるのは軍用機に携わってたやつしかいないって分かりそうなものだがなぁw
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24 ななしのよっしん
2023/02/18(土) 21:58:53 ID: 8+hXrJoqvE
何というか……
T-34
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25 ななしのよっしん
2023/04/01(土) 19:38:30 ID: J6y5clnmBP
MSJ(旧MRJ)は失敗したけど、よくこっちは(赤字とはいえ)100機以上も製造できたなあ。
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26 ななしのよっしん
2023/08/11(金) 06:03:30 ID: 8d1MC1IxDI
海外でもギリシャとか使われてたって話だな
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27 ななしのよっしん
2023/09/28(木) 23:50:34 ID: YldQHhnc28
あまりにパワー不足だから高度上げるために空港近くをぐるぐる螺旋状にひたすら回り続けるとか面すぎるんだが
機内の設備も貧弱で乗り心地最悪と聞いたけど乗ったことなんかないし実際どんな感じだったんだろ
の匂いが機内に充満してたとかも聞くしよく飛んだというか飛ばしたな
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28 ななしのよっしん
2023/10/12(木) 04:21:23 ID: mr5VjAB0r3
戦後GHQ航空産業を潰されてなかったとして、結局日本の技術じゃアメリカに勝てず商業的に敗北する羽になってたと思うんだけどな

むしろ潰されたせいでプライドを刺して、ムダに税金をつぎ込む羽になってるんじゃないのか
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29 ななしのよっしん
2023/11/06(月) 08:04:33 ID: VMP6gNl68+
戦後航空機開発禁止されたとはいえ、YS-11作れたくらいなら他にも旅客機くらい作れると思ってて不思議だった。

実際には半官半民の設計担当・日本航空機製造がクソすぎて、赤字を垂れ流し、製造委託された会社のは離れ、小ジェット機構想もあったものの実現せず倒産という流れを最近知った。

日本航空機製造がうまくいかないのは、アメリカのせいというより、日本の宿のほうがでかそう。
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30 ななしのよっしん
2023/11/06(月) 08:09:05 ID: 6oLLPuYOp+
航空だけじゃなく全部そうだぞ
一番わかりやすい例が東芝
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31 ななしのよっしん
2023/12/22(金) 12:39:37 ID: b6leJJvngX
そもそも「日本の技術が高かったから航空機産業潰された」てのが半分以上幻想だからな
一部の技術者がぶっ飛んでただけで日本はマトモな4発重爆もマトモな液冷エンジンもマトモ2000エンジンもマトモターボチャージャーもマトモな与圧キャビンもマトモな…etcも作れなかった
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