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単語記事: CC・サバシア

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  ニューヨーク・ヤンキース #52
CC・サバシア
CC Sabathia
基本情報
アメリカ合衆国アメリカ合衆国
出身地 リフォルニア
生年 1980/7/21
身長
体重
6' 7" =200.7cm
290 lb =131.5kg
選手情報
投球・打撃 左投左打
守備位置 投手
プロ入り 1998年
経歴
クリーブランド・インディアンス(2001年-2008年)
ミルウォーキー・ブルワーズ(2008年)
ニューヨーク・ヤンキース(2009年-)
プロ野球選手テンプレート

CC・サバシアCC Sabathia)とは、ニューヨーク・ヤンキースに所属するメジャーリーガー(投手)である。背番号は52

本名はカーテンチャールズサバシア(Carsten Charles Sabathia)。登録名は「C.C.サバシア」だったが2008年に移籍したのを機に現在の名に変えた。

概要

プレースタイル

6' 7"(200.7cm)の巨体から投げ下ろす速球と、スライダーチェンジアップなどの変化球が持ち味。サバシアと対戦したマイク・ローウェルは「30フィートくらい離れた場所から玉を投げ込んでくる」と表現。奪三振数・奪三振率は毎年アメリカンリーグの上位10人以内に入っている。同僚のデレク・ジーターは「小細工をせずに勝負を挑んでくる。現役最高のパワーピッチャーの一人」と評価した。

守備は苦手でフィールディングに難がある。特にバント処理は苦手。またクイックモーションの時に牽制ができないため、盗塁されやすい。

経歴

プロ入り以前

4歳のころに野球を始める。子どものころから体が大きく、8歳を過ぎるころには相手チームから年齢を疑われるようになったため、親が試合の度に出生明書のコピーを持参していた親は元ソフトボール捕手サバシアボールを自ら受けていたという。1992年に両親が離婚し、を出て行ったためサバシアは深く傷ついた。

ヴァレーホ高校に入ると野球以外にもアメフトバスケットボールも掛け持ちでプレイ野球ではくからスカウトの間で「まるで大人のような子供が、時速90マイルの速球を投げている」と噂になっていた。アメフトではタイエンドとしてオールカンファレンスに選出され、バスケットボールでは州を代表するパワーフォワードとして高い評価を受けていた。

ハワイ大学アメリカンフットボール学生推薦サバシアに出し、これに対してサバシア野球も両立できるようにする条項を契約書に加えたうえでサインしたが、1998年MLBドラフト1巡(全体20位)でグリーブランドインディアンズから名されると、進学を撤回してプロ野球選手を選んだ。

マイナーリーグ

球団は「絶対にこの逸材をつぶしてはならない」と慎重かつ綿密な育成プランを作成。入団3年AA級アクロンに昇格しマリナーリーグオールスターであるフューチャーズゲームなどにも出場した。この年のシドニー五輪に出場するアメリカ合衆国代表の候補にも選ばれたが、インディアンスサバシア先発として起用することを条件に代表入りを許可していたのに対し、代表チーム中継ぎで登させる方針だったことが発覚したため、インディアンスサバシアを無理矢理帰させている。

クリーブランド・インディアンス

2001年にはAAA級を飛び越えてメジャーに昇格。開幕5試合2001年4月8日オリオールズ戦で先発してメジャーデビュー。その試合でメジャー初勝利をあげる。その後先発ローテーションに定着。33試合で17勝5敗171奪三振防御率4.39を記録し、チームの地区優勝に貢献した。ポストシーズンでもマリナーズとの地区シリーズ第3戦で先発し6回2失点で勝利投手になった。その年の新人王投票ではイチローに次ぐ2位となり、サバシアは「本格左腕として今後の球界を代表する存在になるだろう」と期待されるようになった

しかし2002年以降は伸び悩み、精面が定せず、サバシアバッテリーを組むビクターマルティネスは「何か理由を見つけては怒り狂っていた」とり、自分を抑えられなくなっていたという。

2004年には開幕直前に上腕二頭筋を痛め故障者リスト入りし、復帰後には左肩を故障。医者通いをしながら登を続けたものの、9月には膝の腱まで痛めて、再び故障者リスト入りしそのままシーズンを終えた。

2005年にも契約延長交渉を進めていたさなかに脇を負傷。開幕を故障者リスト入りで迎え、シーズン初登は開幕から半月近くが経った4月17日と出遅れる。契約交渉は同27日にまとまり、2007年から2年総額1,775万ドルで残留が決まったものの2006年4月の試合中にまたも右部を痛めて戦線離脱したことで、ついにはサバシアのコンディショニングを問題視する声も出るようになった。

ところが2007年に、サバシアは一気に飛躍する。各球団エースの中でサバシアだけは投球回が210をえることはない、と予想する声もあったが、ボールを低めに集めるのを徹底したことで試合中盤に打ち込まれることが減った。相手打者として対戦したトリー・ハンターサバシアの変貌ぶりを「投手として成熟してきた。三振も取れるが、必要なときにはゴロを打たせて併殺に仕留められるようになっている」とっている。

結果としてリーグ最多の241.0イニングを投げて19勝7敗・209奪三振防御率3.21という成績を残し、エースとして活躍。6年ぶり出場のポストシーズンでは、レッドソックスとのリーグ優勝決定戦で2戦2敗・防御率10.45と本来のを発揮することができなかったが、シーズン終了後にはサイ・ヤングを初受賞するなど、レギュラーシーズンでの働きは高く評価された。

2008年サバシアは開幕投手に。しかし開幕戦を6回途中5失点で降するなど、4月終了時点で1勝4敗・防御率7.88と不振 に陥った。さらにチームのほうも、前年の地区優勝から一転して最下位に低迷。サバシアのほうは5月6月の2か間で5勝4敗・防御率2.19と復調した が、チームのほうはなかなか浮上できず、そのためインディアンスシーズン途中でサバシアを有望若手選手とのトレードを決定した。

ミルウォーキー・ブルワーズ

2008年7月7日サバシアは若手選手4人とのトレードでミルウォーキー・ブルワーズへの移籍が決定。資のないブルワーズシーズン終了後にサバシア契約を延長する可能性は低く、ブルワーズの狙いはシーズン終了後にサバシアFAで移籍することで移籍先の球団から補償としてドラフト上位名権を獲得することにあると見られた。

サバシアナショナルリーグでは3か弱しか投げていないにもかかわらず、サバシアリーグ最多の7完投・3完封を記録。移籍前のアメリカン・リーグでの成績と合計すると、奪三振防御率・完投・完封・投球回で、前年のサイ・ヤング賞受賞時の成績を大幅に上回る自己最高を記録した。

ニューヨーク・ヤンキース

11月1日サバシアFAを申請すると、ブルワーズを含めた複数の球団による争奪戦が繰り広げられた。サバシアとの独占交渉権を同13日まで保有していたブルワーズは5年1億ドルを提示。他球団との交渉解禁となった14日には、ニューヨーク・ヤンキースが6年1億4,000万ドルでオファーした。その後、サバシアが生まれ育ったカリフォルニア州を本拠地とするロサンゼルス・ドジャースサバシア味を示し、サバシア本人もドジャース希望していると報じられたこともあった。しかし結局12月18日になってヤンキースが、7年1億6,100万ドルという投手史上最高額の大契約サバシアと締結した。

ヤンキース移籍1年2009年、開幕投手となったサバシアは19勝を挙げ、最多勝タイトルを獲得した。過去2年間は結果を残せなかったポストシーズンでは、ツインズとの地区シリーズでは第1戦を7回途中2失点でまとめ勝利投手になり、続くエンゼルスとのリーグ優勝決定戦では、2試合16イニングを投げ2勝・防御率1.12の好投でシリーズMVPを受賞。ヤンキース6年ぶりのリーグ優勝の原動となる。自身初の出場となったふぃリーズとのワールドシリーズでも、2試合でにソロホームラン3本を浴びた以外はほぼ抑え、ヤンキースフィリーズを4勝2敗で下し世界一となった。

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関連項目

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読み:シーシーサバシア
初版作成日: 10/11/21 14:42 ◆ 最終更新日: 11/12/06 12:34
編集内容についての説明/コメント: テンプレの色変更と英語表記追加
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