単語記事: X68000

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X68000とは、1987年SHARPが発売したパーソナルワークステーション及びシリーズ名称である。
略称X68K

概要

X68000とは、いわゆるパーソナルコンピュータである。発表当時、65,536色同時発色やスプライトなどのグラフィックス機を搭載していた。FM音源ADPCMを組み合わせたサウンドを搭載していた。これらのグラフィックサウンドは、同時期のパーソナルコンピュータの中でも準が高いものであった。

マシン本体の形状は、かつてニューヨークマンハッタン区にあった世界貿易センターの配置に連想される事から、「マンハッタンシェイプ」と呼ばれる事も多かった。

初期発売当初は高性であるがゆえに、かなりの高額であったがために手を出す人は少なかった(当時3050万円した)。

驚異的な性能

X68000は、1986年10月の発表後、1987年3月頃に発売されたのだが、このパーソナルワークステーションが、いかに驚異的な性を持っていたかを知るには、発表・発売された当時の世の中がどういう状態だったかを知るとよい。

まず家庭用ゲーム専用機という観点から見てみよう。X68000の発売時点では、スーパーファミコン1990年)はおろか、メガドライブ1988年)も、そして「ファミコンの次」たるPCエンジン1987年10月末)すら出ていなかった。対抗となる機種はファミコンだったのである。

それでも、価格帯が低く直接的な競合にはならない家庭用ゲーム専用機業界はそこまでの影を受けなかった。より深刻だったのは、パソコン業界である。

後述する事情により、こちらについては発表時点での話となるが、この当時、パソコン業界は大きく3つに分かれていた。アクションゲーム寄りのMSX2(3-10万円程度)、非アクションゲームPC-88(/X1turbo/FM-77AV等・10-30万円程度)、ビジネス寄りのPC-98(/FM-R等、基本サウンドなしの機種・20-50万円程度)である。

発表当時のそれぞれの最新機種を見てみると、MSXMSX2(MSX2+は1988年)、PC-8801はFH/MHmk2SRの次のFR/MR/TRの次)、PC-9801はVX(初の80286搭載機-8MHz・後に10MHzに変更)だった。

これを見てもわかるとおり、X68000は、価格こそ一式約40万円と高額ではあったが、アクション描画MSXを上回り、処理性でもPC-98と互(16bitで10MHz)という、下手すればパソコン業界全てを制圧しかねない存在であったのである。

それ故にパソコン業界に与えたインパクトは絶大なものであった。先ほど、パソコン業界については発表時点を基準としたのは、インパクトが大きすぎて、発売される前に対応が始まっていたからである。

NECに至っては、なんとX68000の発表から発売までの間に新機種PC-88VAを打ち出したが、さすがに拙速にすぎたか、一定の成果こそ上げたものの、成功には至らなかった。FM77AVを擁していた富士通も、遅れながらもFM-TOWNS1989年2月)で巻き返しを図り、こちらは後に一定の成功を収めることになるのだが、本質的な意味ではX68000えるには至らなかった。

X68000の性は、発売後まもなく、いくつものアーケードゲームが「移植」されることにより明された。特に電波新聞社・コナミZOOMは高い技術を見せつけ、ユーザーから高い評価を得るに至った。

またX68000は音としても高性(4OPのFM音源8ch+ADPCM)であった。このため、何種もの演奏環境MXDRV/ZMUSIC等)が作成され、多な楽曲データが作成された。

この関係で、その延長たるMIDI音源(特にSC-55)の所持率も高かったため、SC-55等のMIDI音源BGMを鳴らすことが可ゲームもいくつか発売された。

特にコナミの作品のBGMは、その原曲原作者が素直に拡したアレンジによってオリジナルえたオリジナルとして高く評価され、後に「MIDI Power」としてまとめたCDシリーズが発売されたほどである。

「Power to make your dream come true」

X68000は、非常に完成度が高いハードウェアであったが、あまりにもユニーク過ぎたため、処理性的には問題なくとも、他のシリーズパソコン用のソフトウェア移植する際の負荷が高いという問題があった。

このため、パッケージソフトについても移植が遅れるものが多く、ビジネス的には失敗したと言っていい状態であったし、ゲーム的にも移植は少ない状態が続いた。

さらに、当時のユーザによる開発の標準環境であったBASICが、本体添付でこそあるものの、かなり独特なものであり、単純に他機種用のプログラムを命令だけ置き換えれば動作するといったものでもなかったことで、ただ移植するだけでも、他機種へ移植する際よりも深い理解を要されることとなった。

そして、X68000BASICは、より高い処理を持つC言語への移植性に優れていたため、ユーザによる開発環境の中心は次第により高度なことを実現できるC言語へとシフトしていき、従来のハードBASICでは処理的に理があったが故にユーザ開発ではあまり作られなかったアクションゲームすらもユーザの手で開発されていくようになった。

このため、他機種でも作られていた雑誌やパソコン通信上でのコミュニティにおいても、X68000のそれは、自然と開発スキルが高めのコミュニティが多くなり、下記のような、他機種ではありえない類のソフトユーザの手によって作られていった。

HIOCS
OSAPIを、より高速に動作するよう書き直したコードで乗っ取ることにより、システムの動作を高速化するソフト
TwentyOne
OSを拡し、ファイル名を8+3文字より多くの文字数で識別するようにするソフト
PCM8
ハードウェア的に1chしかないADPCMを、リアルタイム音声合成処理することで8chに拡するソフト。後に16ch版なども作られた。
XSP
ハードウェアスプライトパターン数上限を、画面の描画中にパターンを書き換えることで拡するソフト

基本設計が変化しないというコンセプトにより、内部仕様の解析なども他機種より進んでいたが、最終的には書籍によるハードウェア情報までもが開されたことを受け、ハードウェアすらユーザの手で作られていくこととなった。

具体的には、高音質PCM録再・SCSI2-I/F・増設メモリ仕様上の限界である12MBえて搭載・利用可)・CPUアクセラレータシリーズ最上位の68060まで動作)・Ethernet-I/F・USB-I/F等の同人ハード実在する。

残念ながら1993年のX68030compactを最後にSHARPは撤退してしまったが、BIOSOS開されたことにより、権利関係がクリアエミュレータが存在するしい環境である。また、その開発の容易さから、後も制御用途や教材、特殊な例ではアーケードゲームの中身として利用された例もある。

2013年現在、なお活動を続けているコミュニティが存在する。

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関連項目


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携帯版URL:
http://dic.nicomoba.jp/k/a/x68000
ページ番号: 270435 リビジョン番号: 1936455
読み:エックスロクマンハッセン
初版作成日: 08/06/22 20:05 ◆ 最終更新日: 13/12/07 05:23
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X68000について語るスレ

43 : ななしのよっしん :2015/11/29(日) 18:55:28 ID: 5dweVW2JS1
PC98系が全方面で初代X68えたと思ったのは、Pentium90を積んだ友人のXt。
それほどX68がすごかったとも言えるし、逆にそこでX68の命運が全に尽きたともいえる。
44 : ななしのよっしん :2016/02/08(月) 19:20:26 ID: MZAqV0RCcJ
身売りでX68000BIOS開終了したりしないよね?
45 : :2016/04/19(火) 05:49:00 ID: 9Y9+bqDJ3E
FPGAで再現しようとしている人が完成間近ですね
現在Xwindowが動作してます
46 : ななしのよっしん :2016/05/30(月) 04:17:38 ID: ktzEl5QO32
アケゲーが自宅で遊びたいしか買わないパソコン
そんなにも言われてたっけね。
あながち間違いじゃないのが・・・
47 : ななしのよっしん :2016/06/26(日) 15:22:01 ID: x/y2NcNqWP
まあゲームする環境としては最高だったわけだし・・・
48 : ななしのよっしん :2016/10/04(火) 02:59:05 ID: VQtx4v3Iyk
>これを見てもわかるとおり、X68000は、価格こそ一式約40万円と高額ではあったが、アクション描画MSXを上回り、処理性でもPC-98と互(16bitで10MHz)という、下手すればパソコン業界全てを制圧しかねない存在であったのである。
今更気が付いたがこれは大嘘。当時であればLotus 1-2-3一太郎が動かない時点で、ホビーユースはともかくパソコン業界全制覇なんぞありえん一太郎だけならFM-TOWNS版もあるから、ポジション的にはウンズ以下だよ。
確かにハードとしてのX68000素晴らしいし好きだが、素晴らしいハード市場制覇するなんてのは戦術と戦略の意味を勘違いしてる。コンピュータソフトが全てということが分かってない人間の寝言でしかない。
49 : ななしのよっしん :2016/10/05(水) 21:52:38 ID: m/FEmMbM6n
まぁ落ち着け。そこは「余程の事でもなけりゃ業界は制圧できない」っていう一種の皮なのさ、きっと。
50 : ななしのよっしん :2017/03/07(火) 04:41:33 ID: ZW4YWQ+AWx
なぜX68K版オルテウスプレイ動画がないのだ
音楽いいのに…
51 : ななしのよっしん :2017/03/25(土) 04:26:05 ID: stPIDmJBhz
>>48
Lotus 1-2-3一太郎を動かすだけの計算性とBG性はあったのは確か。
PC98なんて専用の拡ボードしでは一太郎が動かないほど貧弱な描画性だった。

ソフトメーカー68よりは安価で描画性だけど、計算性は高めのPC98
ソフトを供給したのが原因かと。NECPC88で成功し、ビジネスユースを名乗り
PC98を発売したのでメーカーは本機が売れると確信してソフトPC98に出した。

X68パーソナルワークスステーションと名乗っていた上、
初代X68グラディウスを付属させたのもゲームゲーム製作や2DCG向けのワークステーション機だと思われたのでビジネスソフトが更に出にくい要因になったのではないだろうか?その代わりワークステーション機としてはアーケードゲームドット打ちとかにも使われる程普及はした。
ただ、ライバルにはMacもあったのが辛かったか。
52 : ななしのよっしん :2017/04/11(火) 00:35:00 ID: 0NZjfpYpdm
>>51 当時はアセンブラで書いて処理性を稼いだりメモリ節約したりすることが
普通に行われていたので、CPUIntel系でエンディアンも違うPC-98とかFM16βとか
との間で相互に移植するには開発負荷が高かった、というのが原因です。
TOWNSには一太郎出たとかも、CPUが同じだったからです。
一から作るなら楽だったので、単発モノはそれなりに出ていました。
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