エクラノプラン(ロシア語: Экраноплан)とは、ソ連で開発された地面効果翼機 (WIG) の総称で、ソビエトの誇るロマン兵器シリーズのことである。
夢あふれる概要
ソビエト海軍向けにカスピ海や黒海などの内海で運用されることを前提として、超高速輸送戦力として期待されて開発された。
ものすごく速い飛行機型のホバークラフトとでも思っておけばわかるような。説明するより画像や動画を見た方が早い。
ちなみに国際法上は船舶扱いであるが、これはまだ位置づけがはっきりしていないからなんとなく高速船に適用される法律で無理矢理運用しているだけのことである。
アメリカの諜報機関がこれの情報を入手した際、あまりのトンデモ兵器ぶりに「カスピ海の怪物」と呼んだことはあまりにも有名。まさに社会主義の思想的優位が証明され(ry
装甲車を複数積むか、戦闘員を数百人乗せた上で超高速で水上を駆け、対岸に強襲揚陸をすることが出来る。旅客機並のスピードで進むことが出来る上に、従来の航空レーダーにも探知されず、そのスピードで船からの攻撃にも空からの攻撃にも容易に対処ができるというロマン溢れる兵器である。
ソ連が関わっていない、エクラノプランには分類されない地面効果翼機もいくつかあるが、こいつらも『水上で利用される地面効果翼機』が分類も名称もはっきりしない為、エクラノプランと呼ばれることもある。もちろん正確には違うが。
栄光の歴史
初期の開発は1940年代に開始され、1961年に世界最初のエクラノプランСМ-1型が初飛行(でいいのか…?)を実施し、翌年には改良型のСМ-2が当時のソ連指導者のハゲフルシチョフに公開されて成果を認められる。
СМシリーズは開発が続けられたが、1964年に事故でСМ-5が墜落し、操縦士が死亡するという大惨事が起こる。
原理のところで詳しく解説するが、上記の事故ももちろん、安全性や原理的理由から1966年にはいきなり超大型のエクラノプランКМが開発されることになる。これま でСМ型で15m~20m程度しか作らなかったのに、いきなり100m級である(並行してСМシリーズも開発が続けられたがあまり目立たない)。
その後、中型のСМ-6、そしてそれをベースとしたオルリョーノク型が開発される。
1987年、最後のエクラノプランであるルン型が開発される。ルン型は唯一の武装エクラノプランであった。大きさはКМにこそ敵わないが70メートルと大型なのは間違いない。ルン型の遭難救援型であるスパサテル型というのも開発着想されたが、完成はしなかった。
エクラノプランはドミトリー・フョードロヴィチ・ウスチノフ国防相によって支援された。ウスチノフは灰色の枢機卿と呼ばれたミハイル・アンドレーエヴィチ・スースロフ死去後のクレムリンの実力者であり、その政治的な力によってプランは順調に進んだ。
が、1984年にウスチノフ国防相が死去すると、後任のセルゲイ・レオニードヴィチ・ソコロフ国防相は純粋な職業軍人であったためか、金食い虫のプランだったロマンあふれるエクラノプランへの予算配分を停止、開発は中止されてしまった。あわれ。
現在主なエクラノプランは予備役と、博物館に展示されている分と、軍に所属しない小型のものぐらいである。
以上の歴史を経て、本格的な開発は停止しているものの、その栄光はソビエト連邦の軍事史に燦然と輝いているのである。
革命的原理
そもそもこのシリーズがどうやって浮かんで――というか飛んで――いるのかについてだが、これらは栄誉あるプロレタリアートたちの気合と魂の力によって・・・ではなく、地面効果と呼ばれるものである。それを利用する機体のことを地面効果翼機 (WIG) と呼ぶ。WIGとはWing In Ground-effect vehicle の略である。
地面効果というのは、翼を持つものが地面(エクラノプランの場合は水面)ギリギリを飛ぼうとすると、翼と地面の間の空気の動きが変化することである。
どう変化するかというと、上空だと翼周りの空気は翼の端っこでぐるぐると回って吹き下ろす風と、それが戻ってきて吹き上がる風が上から翼にぶつかっているような状態なのだが、地面スレスレの場所だと吹き下ろす風がぐるぐる回って吹き上がろうとする動きが妨げられる。妨げられた風は機体と翼の下に貯まって圧縮され、空気のクッションのようなものが出来上がる。
これに乗っかって浮かべてしまおうというのが地面効果翼機 (WIG) である。
水面スレスレを飛んでいるトビウオとか、地面ギリギリでふらふらとなかなか降りることが出来ないヘリコプターとか、鳥人間コンテストで水面スレスレになってからの方が航行距離が長いとか、あれが地面効果である。
ところで、なぜいきなり大型のКМが作られたかという点だが、地面効果は、高度が主翼の幅の半分程度になると現れ始めるため、機体が小さければ小さいほど地面効果が発生する高度が低くなり、水面に近くなってしまうため、波の影響を受けやすくなる。これらを鑑みて、実用に足る大きさの巨大な地面効果翼機の方が安定した飛行が可能になるというわけで、КМが作られたのである。
かなりざっくり適当に説明した(しかも編集者は化学に詳しくない)ので、詳しい原理は自分で調べてみてほしい。
このシリーズの弱点は、離着水時の負荷が高い上に地面効果を利用する原理のために波に弱く、2、3mの波で安全性を考えて欠航となったことである。だが、一度離水してしまえば10m~20m弱まで上昇することも出来たため、運用の仕方によっては内海ではなく外海でも・・・といったところだが、やはり危険なので外海での利用は想定されていない。
偉大なるシリーズ
- СМ
サマホードナャ・マデーリ。Самоходная-Модель の略。ラテン語表記ではSM。
最初に開発されたエクラノプランのシリーズ。
当時のソ連の体制なども影響してあまり資料が残っていない。試行錯誤によって、海洋生物のマンタみたいな格好のやつや、ホバークラフトのような形のもの、後のシリーズに使われる飛行機っぽいシルエットのものなどが開発された。
СМ-1、СМ-2、СМ-3、СМ-4、СМ-5、СМ-8、СМ-6、СМ-2P7などがある。 - КМ
カラーブリ・マキェート。Корабль-Макет の略。ラテン語表記ではKM。
意味は『見本の艦』とか。デカい、実在したものの中では一番デカい。
最大積載時重量540tで時速400km/h、全長100m級という割と本気でとんでもないシロモノである。地面効果を発生させ安定させるために機首に8つもエンジンを積んでおり、見た目のインパクトは抜群。
大きいだけに安定した性能を誇り、14年間の使用に耐えたが残念ながら1980年に事故で失われた。
ロマンいっぱい夢いっぱい。 - Орлёнок
オルリョーノク。20m級。KMに比べてかなり小型になったが、ある程度の積載量をキープしている。400km/h~500km/hを出すことが出来た。推進にはプロペラを用いている。顔がぶちゃいくあまりかっこよくないのだが、実用に際しては一番無難な感じの出来に仕上がっている。 機首がぱかっと開いて装甲車が出てくる。
カスピ海の海軍基地であるカスピースクに保存されていたが、2008年頃にモスクワの博物館に移された。 - Лунь
ルン、またはルーニ。70m級。КМを元に作られた大型エクラノプラン。NATO側の呼称で【ウトカ】。
対艦ミサイル「モスキート」を6発装備でき、飛行中にぶっぱなすことも出来るうえ、時速500km/hを出すことが出来るという一番危険なエクラノプランである。カスピ海の海軍基地であるカスピースクに保存されている。オルリョーノクと違ってモスクワに凱旋(?)することは叶わず。デカいので仕方ないね。
wikipediaでは途中までルン型と書いているのに所属しているのはルーニだけ、と書いているので紛らわしいが、こいつがロシア軍予備役に所属する最後のエクラノプランである。一番危険なのだけを残しておく辺りがロシア流。 - Спасатель
スパサテル、またはスパサーチェリ。ルン型を元に捜索救難機として開発が着想され、途中まで作られたが、予算停止の影響を受けて開発放棄された。名前の意味は海上救助とかそういう意味のようだ。現在は乗船所近くで建造途中のまま放置されているとか。ネット上に存在する「放置されているエクラノプランです」というような写真のものは大抵がこのスパサテル型である。 - Антонова
アントーノフ。アントノーフ設計局で開発された複葉軽飛行機An-2シリーズを改造した試験機で、全長12メートルほどの小型エクラノプラン。残念ながらエクラノプランでの歴史を語る上ではほとんど登場しないが、現在も複数機が残っており、物好きが湖で飛ばしていたりする。 - Бе-2500 «Нептун»
ソ連での失敗に懲りることなく、ロシアは地面効果翼機を作ろうとしている。それがこのБе-2500、トィースャチ・ピチソート 《ネプトゥーン》 である。
大きさはなんと全長120m、最大積載時重量1500t、最高速度800km/hを目標としている。
・・・一体何を運ぶつもりなんだ。
開発中とのことだが、どうやらまだ研究者の頭の中でめくるめく妄想を膨らませている段階のようだ。
関連動画
関連項目
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