- プロ野球選手一覧 > ブルックス・コンラッド
ブルックス・コンラッド(Brooks Conrad、1980年1月16日-)とは、アメリカ合衆国出身の元プロ野球選手(内野手)である。
概要
OB | |
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ブルックス・コンラッド Brooks Conrad |
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基本情報 | |
国籍 | アメリカ合衆国 |
出身地 | カリフォルニア州 |
生年月日 | 1980年1月16日 |
身長 体重 |
178cm 86kg |
選手情報 | |
投球・打撃 | 右投両打 |
守備位置 | 三塁手、二塁手 |
プロ入り | 2001年 |
引退 | 2016年 |
経歴 | |
選手歴 | |
プロ野球選手テンプレート |
高校入学の1年ほど前にスイッチヒッターに転向し、2001年にヒューストン・アストロズから8位(全体236位)指名を受け、入団。
アスレチックス時代
2007年にオークランド・アスレチックスと契約し、2008年に日米プレシーズンゲームの為に来日、藤川球児と対戦した事もある。7月にメジャーデビューを果たしたが、6試合の出場で結果を残せずFAとなった。
ブレーブス時代
2010年にメジャーキャリアハイの103試合に出場し、8本塁打、33打点を記録した。しかしポストシーズンで3失策を喫し、敗退の要因となった。
ブレーブス退団後はミルウォーキー・ブルワーズ、タンパベイ・レイズと契約しメジャーで出場したが、いずれも結果を残せなかった。
阪神時代
2012年11月5日に退団したクレイグ・ブラゼルの代わりとして、助っ人外国人を調査していた阪神タイガースに選手を見る目が無いと評判の中村勝広GMの推薦もあり入団。背番号42。ちなみに中村GMはビデオを2分見て即決で獲得を決めたとか。この時点で既に地雷臭が漂う。
現役選手には珍しくバッティンググローブを着用せずに素手でバッティングをすることや右打席ではパワーのある打撃と左打席ではシュアな打撃を使い分けるスイッチヒッター、スキンヘッドで愛嬌のある性格などから早くも地雷臭プンプン期待されており、オープン戦で満塁ホームランを打つなど活躍し、怪我で出遅れた新井貴浩やオープン戦で結果を出せなかった新井良太を押しのけ、開幕スタメンをつかみ取った。ここまでが彼の全盛期だった。
しかし、阪神の助っ人外国人ワースト記録となる58打席連続無打点を記録し、守備でも新井良太の守備が上手に見える粗さやエラーを記録。4月22日に一軍登録を抹消され、その後5月19日に再昇格するも、5月30日に埼玉西武ライオンズからトレードでやってきた高山久と入れ替わる形で再度抹消。その後9月24日に途中帰国するまで再昇格は無く、そのまま阪神を退団する事となった。
結果、育成選手を除く阪神の助っ人外国人史上初の一軍での打点0での退団となった。これまで本塁打0で退団した選手は数人いたが、打点0での退団はコンラッドが初である。
これまでルパート・ジョーンズから始まり、伝説のマイク・グリーンウェルやコピペで有名になったケビン・メンチなど、数多くのバースの再来の再来がやってきては消えていったが、この記録は(悪い意味で)阪神の記録に永遠に記録されることになるだろう。
阪神退団後
2014年はサンディエゴ・パドレスとマイナー契約を結んだ。7月2日にメジャー契約を結んだが、1本塁打2打点と結果を残せずマイナーに降格した。
2015年は独立リーグのシュガーランド・スキーターズに所属したが、途中で退団し、ニューヨーク・メッツとマイナー契約を結ぶ。しかしメッツへの昇格はなかった。
2016年に再びシュガーランド・スキーターズに所属したが、6月に解雇された。
引退後
2018年からはカンザスシティ・ロイヤルズのマイナーチームの監督を務めている。
成績
通算打撃成績
通算:6年 | 試合 | 打席 | 打数 | 得点 | 安打 | 二塁打 | 三塁打 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | 犠打 | 犠飛 | 四球 | 死球 | 三振 | 併殺打 | 打率 | 出塁率 |
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MLB:5年 | 280 | 481 | 430 | 55 | 89 | 24 | 3 | 19 | 73 | 7 | 6 | 3 | 40 | 3 | 152 | 4 | .207 | .278 |
NPB:1年 | 24 | 69 | 57 | 1 | 10 | 6 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 11 | 1 | 23 | 1 | .175 | .319 |
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