概要
日本の歴史において、日ノ本の最高政治機関として君臨してきた朝廷、ひいてはそのトップたる日ノ本の絶対君主・天子(帝または天皇)に敵対する者を指し示す言葉。「朝敵の認定」は天皇による勅命、または上皇による院宣などの朝廷の最高命令によって公的に行われるものであるため、単なる言葉の意味以上の重みがあり、朝敵にされることは即ち日ノ本を脅かす「賊」として総叩きにされることを意味した。
律令制時代では、蝦夷や隼人などの大和朝廷による日本統一以前の独立勢力、謀叛人、天皇及び上皇と対立した者など、朝廷の意に従わない・あるいは朝廷が気に入らないと見做した反抗勢力が認定され、その都度朝廷から選ばれた指揮官が率いる「朝廷軍(官軍)」によって討伐・制圧されてきた。もっとも、「勝てば官軍、負ければ賊軍」の諺の通り、これを撃退できれば存在を認めさせることも可能であった。
このようなことから、朝廷が権力を失った武家政権時代には、相手を災禍なく叩き潰すための最大級の「大義名分」として利用された。しかし、あくまでも朝敵認定が建前に過ぎないこのパターンでは「勝てば官軍、負ければ賊軍」の基本が朝廷の本意による認定以上に当てはまりやすく、朝敵にした者がされた者に逆に敗れて朝敵認定が即座に取り消されるケースも多かった。
ちなみに、これの武家限定の縮小版が幕府による「討伐令」である。
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