機能的財政論(Functional finance theory)とは財政学の用語で、中央政府の財政に関する理論である。
概要
定義
機能的財政論とは、「政府累積債務とプライマリーバランスは国家の経済の状況を最も正確に表す経済統計ではない」と考えてプライマリーバランス黒字化目標を必要に応じて除外しつつ国家の経済の状況を向上させる目的で財政政策を実行することをいう。
性質
機能的財政論を追求した結果として積極財政になってプライマリーバランスが赤字になることがある。
機能的財政論を追求した結果として緊縮財政になってプライマリーバランスが均衡になることがある。
経済学との一致
経済学者が国家の経済の状況を測定するときに最も頻繁に使う経済統計は、実質GDPとインフレ率と失業率の3つである[1]。
つまり経済学者は「政府累積債務とプライマリーバランスは国家の経済の状況を最も正確に表す経済統計ではない」と考えている。
ゆえに「機能的財政論は経済学に一致する考え方」と評価することができる。
経済学の基本に沿った機能的財政論
経済学者は国家の経済の状況を測定するときに実質GDPとインフレ率と失業率の3つを最も頻繁に使うが、その3種類の中で実質GDPを最も重視する[2]。1人あたり実質GDPが少ない国と1人あたり実質GDPが多い国を比べると、後者は子どもの栄養状態から1戸あたりのテレビの台数まで何でも満たされている[3]。「実質GDPが大きければすべての国民が幸福になる」とまでは保証できないが、マクロ経済学者の提案できる幸福への最良の秘訣は大きな実質GDPである[4]。
従って、経済学の基本に沿った機能的財政論を採用するのなら、実質GDPの向上を最優先に目指しつつ財政政策を行うことになる。
支持する学者
機能的財政論を支持する学者として代表的なものはアバ・ラーナーである。
発展途上国における機能的財政論の例
発展途上国は生産設備が不足しているので投資を最優先する
先進国に存在して発展途上国に存在しないものというと、工場などの生産設備である。つまり発展途上国において実質GDPを増やすときに最優先すべきなのは投資である。
ゆえに、発展途上国において経済学の基本に沿った機能的財政論を行うとき、投資を拡大して実質GDPを増やすような財政政策を実行することになる。
投資を拡大して実質GDPを増やすような財政政策というのは、抑制的な財政政策のことをいう。つまり政府購入を少なめにして、減税や給付金を少なめにして消費を少なめにして、クラウディングアウトの発生を減らしていく。その結果としてプライマリーバランスが均衡状態に近くなる。均衡財政論によって均衡財政になるのではなく、機能的財政論によって均衡財政になる。
投資を拡大するには、固定相場制を導入することが効果的である。また、固定相場制の対象とする外国通貨を政府が借り入れて中央銀行の外貨準備高を増やしておく必要がある。そうしておけば、投資が拡大して物資の輸入が増えて自国通貨売り・外国通貨買いの勢いが増えたときに中央銀行が自国通貨買い・外国通貨売りをして固定相場制を維持できる。
実践した国
前項目を実践した国の代表例は1940年代から1960年代までの日本である。
第二次世界大戦の空襲で生産設備があらかた破壊されて発展途上国に転落した日本は、ガリオア資金やエロア資金や世界銀行から米ドルを借り入れつつ米ドル対象の固定相場制を導入した。1964年まで投資を優先するため政府購入と消費は控えめであり、その結果として自国通貨建て国債を発行せずプライマリーバランスが均衡状態だった。
1970年代になると投資をし続けてきた効果が現れ始め、投資で増やした生産設備が稼働して純輸出を積み上げるようになり、中央銀行の外貨準備高が増えていく状態になった。世界銀行から借り入れた米ドルは1990年7月に完済した。
先進国における機能的財政論の例
先進国は生産設備が充足しているので投資を最優先しなくてよい
先進国は発展途上国と異なり十分な生産設備を持っている。そのため投資を最優先する必要がなく、政府購入や消費や純輸出を優先することが許される。
また、生産設備が十分に揃っている先進国でさらに投資を増やそうとすると、過剰投資になり、バブル経済やバブル崩壊を引き起こし、負の需要ショックが大規模に発生して大不況になる。1991年の日本のバブル崩壊も2007年のサブプライムローン問題も住宅の過剰投資が原因だったし、1929年の世界恐慌も住宅の過剰投資が原因の1つとされている。そのため、危険な過剰投資を抑制するために、政府購入を増やしたり減税(給付金)で消費を増やしたりしてクラウディングアウトを適切に発生させることが必要となってくる。
先進国というものは大抵の場合において、工業化を果たした代償として都市への人口流入が進んでいて地方の過疎化という問題を抱えている。地方の過疎化が進みすぎると人口空白地域が発生し、凶悪犯罪者が凶悪犯罪の証拠品を隠滅しやすい状況になり、治安が悪化する。それを防ぐために国土の均衡ある発展と称して地方における政府購入を大々的に行うのが機能的財政論を採用する先進国の政策の1つである。
社会保障を拡大して福祉国家になり、政府から国民への給付金を拡大し、医療サービスの消費を増やすことも機能的財政論を採用する先進国の政策の1つである。国民を長生きさせて高齢者を増やすと医療器具への需要が増えることになる。医療器具は作るのが難しいので[5]、医療器具への需要を増やせばそれと同時に高性能な工作機械への需要も増えることになり、国内の製造業の水準が上がっていく。
実践した国
前項目を実践した国の代表例は1970年代から1980年代前半の日本である。
1972年に首相に就任した田中角栄は国土の均衡ある発展という政策を大々的に進めた。また1973年を福祉元年と称し、社会保障への政府支出を増やした。そして1970年代から特例国債を発行してプライマリーバランスを赤字にすることが恒常化している。
実践しなかった国
前項目を実践しなかった国の代表例は1980年代後半から1990年代前半の日本である。
この時期の日本は特例国債を発行することを減らし、政府購入や消費を減らした。そうしたらクラウディングアウトが十分に発生せず、住宅の過剰投資が発生してバブル景気になり、そのままバブル崩壊となって大不況に突入した。
先進国における機能的財政論の際のプライマリーバランス赤字化
政府は自国の通貨を自由に入手できる
先進国における機能的財政論を実行するとき、政府購入や消費を増やすために政府が自国通貨建て国債を発行して自国通貨を入手し、プライマリーバランスを赤字にさせることになる。
ある国が「自国の中央銀行が発行する不換銀行券」を通貨に採用していてなおかつカレンシーボード制を採用しない場合、その政府は自国通貨を自由に入手できる権力を持っており、通貨発行益(シニョレッジ)を得ることができる。
政府は中央銀行に対して強い影響力を持っている。特に日本では日銀法第4条が制定されており、中央銀行である日本銀行が政府の意向に従属するように定められている。
日本政府は国会の議決を得て国債を発行し、国債市場で国債を売って自国通貨を獲得して財源にしている。国債市場で国債が確実に売りさばかれるよう、日銀法第4条に基づいて日銀が暗躍している。国債市場参加者の余剰資金が乏しくて政府が国債を売り出すと短期金利が急上昇すると判断した場合、自国通貨の新規発行を行って国債市場参加者の持つ国債を買いオペするなどして、国債市場参加者の余剰資金を増やしている。これを「政府の国債売却に伴う短期金利上昇を防ぐための資金供給オペレーション」という。中央銀行にとって不換銀行券は「負債性が極度に薄い負債」であり、いくらでも発行することができるので、「政府の国債売却に伴う短期金利上昇を防ぐための資金供給オペレーション」を無限に行うことができる。
通貨を現金通貨の形態で保有していると利子が一切付かないし、通貨を市中銀行預金や中央銀行預金の形態で保有していると小さな利率の利子しか付かない。その一方で、国債には市中銀行預金や中央銀行預金よりも大きい利回りの利子が付く。そのため、資金が余剰となった国債市場参加者は、自動的に余剰資金を使って国債を購入する。
このように、政府は中央銀行を従えているので、国債の発行と売却によって好きなだけ自国通貨を入手することができる。
日本において、政府が発行する政府紙幣の根拠となる法律は存在しないし、政府が発行する硬貨は支払いに際して20枚までしか使えない補助的な存在である(通貨法第7条)。つまり日本政府は通貨発行権のごく一部しか行使できない状態になっている。
しかし日本政府は、「憲法第85条に基づき国会の承認を得て国債を発行する権力」と、「日銀法第4条に基づき日本銀行に対して政府の基本方針に整合的な金融政策をとるように義務づける権力」を持っている。この2つの権力で通貨を自由自在に入手している。
租税罰金説という考え方をもたらす
先進国において機能的財政論を実践するとき、大抵の場合においてプライマリーバランスを赤字化させることを容認し、政府が自由に自国通貨を入手することを容認することになる。
そうした容認を繰り返すと、「政府は徴税以外の手段で財源を調達できる」と認識するようになり、「政府は財源として徴税するのではなく国民の経済行動に影響を与えるため徴税している」と認識するようになり、租税財源説を否定するようになって租税罰金説を肯定するようになる。
機能的財政論を提唱したアバ・ラーナーは次のように語っている。
An interesting, and to many a shocking, corollary is that taxing is never to be undertaken merely because the government needs to make money payments. According to the principles of Functional Finance, taxation must be judged only by its effects. Its main effects are two: the taxpayer has less money left to spend and the government has more money. The second effect can be brought about so much more easily by printing the money that only the first effect is significant. Taxation should therefore be imposed only when it is desirable that the taxpayers shall have less money to spend, for example, when they would otherwise spend enough to bring about inflation.
これを要約すると、「徴税は政府の財源として行われるのではない。機能的財政論の原理からすると、徴税は納税者の支出を押さえ込んでインフレ率を低下させるために行われる」となる。この考えは租税罰金説を導くものであり、租税財源説を否定するものである。
租税財源説は「政府は他者加害原理に基づかずに他者の財産権を侵害している」と論じるものであり、政府に対する憎悪感情や非難感情を強く煽るものである。一方で租税罰金説は「政府は他者加害原理に基づいて他者の財産権を侵害している」と論じるものであり、政府に対する憎悪感情や非難感情をあまり強く煽るものではない。
先進国において機能的財政論を採用するときは政府購入を増やしてクラウディングアウトを起こして過剰投資を抑制することが重視される。そういうときは、政府への憎悪を煽る租税財源説よりも、政府への憎悪を煽らない租税罰金説の方が都合がいい。
関連商品
- 『MMT現代貨幣理論入門(東洋経済新報社)L・ランダル・レイ』・・・365ページ~375ページに機能的財政論についての記述がある。筆者のL・ランダル・レイは「かつての米国の経済学者たちの間において機能的財政論の考えが空気のように広く共有されていた」と述べている。 287ページや291~295ページに「税金は罰金」についての記述がある。
関連リンク
Wikipedia記事
コトバンク記事
論文
- Functional Finance and the Federal Debt (1943) アバ・ラーナー ※このPDFデータを文字データに変換するのは、次のような手順を踏むと良い。まず、winshotのようなソフトで矩形範囲指定でスクリーンショットをとり、画像データ(.jpg)を得る。そして、Googleドライブに画像データをアップロードする。アップロードされた画像データを右クリックして、「アプリで開く」を選び、Googleドキュメントをクリックする。すると、画像データが、文字データに変換されている。文字データにしてしまえば、Google翻訳で翻訳できて、大意を掴むことができる。
- Functional Finance: What, Why, and How?(1999) ステファニー・ベル(2020年現在は改姓してステファニー・ケルトン。MMT提唱者の1人として有名)
関連項目
脚注
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』5ページ、26ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』65ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』65ページ
- *『マンキュー マクロ経済学Ⅰ 入門編 第3版(東洋経済新報社)N・グレゴリー・マンキュー』65ページ
- *医療器具の加工は非常に難しい。切削しにくい難切削材の素材であることが多く、切削しにくい複雑な形状であることが多く、切削しにくい微小な形状であることが多いためである。医療器具を上手く加工するには、切削工具、切削油、工作機械、CADソフト、CAMソフトといったすべての要素を改良する必要がある。切削工具のメーカーや工作機械のメーカーが自社の商品を売り込むときの定番文句の1つは「我が社の商品は医療器具の加工に使われております」である(記事1、記事2、記事3)。
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