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ウィトゲンシュタインについて語るスレ
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31 :
ななしのよっしん
:2011/09/26(月) 04:15:55
ID: Gv5lmQiMoD
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>>22
「子は怪力乱神を語らず」と根っこは似たような考えか
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32 :
削除しました
:削除しました
ID: vyyqLgCVcL
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削除しました
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33 :
ななしのよっしん
:2011/09/26(月) 20:13:13
ID: 1wbggfLVF6
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>>32
よくはしらんけど…
何かのルールがアプリオリにあったり、話し合ってルールを決めるというものではなく、「規則に従う」という行為そのものがルールに先行するみたい。
哲学探求が手元にないのなら、WEBで部分的に訳されてるから、ぱらっと確認してみたらどうだろう…(ただし、言語ゲームの概念は考察が進むに連れて深みが増しているらしいので注意。)
http://www.geocities.jp/mickindex/wittgenstein/witt_pu_jp.html
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34 :
ななしのよっしん
:2011/09/26(月) 20:23:36
ID: 1wbggfLVF6
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で、ルールってなんなんだ、というとよく分からなかったんだよな。で、こういうのを見つけた。
事典哲学の木 言語ゲームの項目 永井均
「…わざと規則違反をして見せることによって、はじめてそこに規則が存在することができるのである。言語ゲームの規則は、そのような仕方でしか提示できないし、またそのようにして提示された時にしか明示的には存在しないのである。」
(正直これでもハウツーがよく分からないけどw)
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35 :
ななしのよっしん
:2011/10/29(土) 08:01:40
ID: J5eLRnLpr+
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誰か[p,ξ,(N)ξ]の解説を
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36 :
ななしのよっしん
:2012/01/23(月) 02:21:22
ID: khcA2KYsaU
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代表的な3つのウィト命題で彼の発想を説明してみるテスト
①世界とは語れることのすべてである。
②①なんだから、論理(というか喋ってる言葉の筋道)のなかで「正しい」とされてることっていうのは、すべて「語ってる世界のなかで正しいとされていること」である
③じゃあテツガクは?テツガクの世界の言葉、だけど現実の世界を超えちゃってて、理論だけでこねくり回してもトートロジーにしかならん。つまり(喋れても)実際なにも語れたことになってない。定義を繰り返しているだけだ。黙ってるのと同じようなもんだ。
有名な話で「この部屋に河馬がいない理由は証明できない!」っていうのがあるでしょう。
あれは要するに「Aがない」っていうためにはまず世界(要するに現実)にそれがないと言えないんだよね。
「鉛筆がない」っていうためには、鉛筆が世界の中になければならない。
鉛筆が世界にあるから、僕達は「あ、鉛筆忘れた」とか言えるわけだし。
カバも一緒で、「カバがいない」っていうためには「カバ」いなきゃいけないし、しかも実際にいるカバの話で「いない」っていうのは論理的推論じゃなくて「実証」じゃん。そういうのはすでに論理じゃないんだよね。
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37 :
ななしのよっしん
:2012/01/23(月) 02:29:11
ID: khcA2KYsaU
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連投。
じゃあテツガクの命題どうなの、っていう話になる。
例えば「愛」でも「主観・客観」でも「善」でもなんでもいいんだが、こういう命題ってじゃあカバみたいに「持って」来れるか?そう言えるものが世の中にあるのか?
無理じゃね?
じゃなんでそれがあるとか無いとか、しかも「これが善だ悪だ」って言えるの?
→定義してるからじゃん。
じゃあ定義をすればその哲学ができるぞ!!ってやると、(それでもカバみたいに"ある"わけじゃないので)←※ハイデガー用語とか関係なしに漠然とヨロ
「概念A=●●=○○=★★=X=X=…」ってなる
つまり定義の話ばっかになってて、何も指し示せないんだよね。
これって数学とかの論理式も同じで、例えば
「1+1=2」てなるでしょ?これは足してるのか?いいや、足してない。
だって「=」って言ってんじゃん。この場合、1+1って言ってる地点で2なわけで、要は「2=2」って言ってるだけだったりする。
哲学とかの抽象的(正確に言うと超越論的、形而上学的)な命題は全部こんなもんだ、ってウィトは言ってんだよね。
「語りえぬものについては沈黙するよりほかはない」っていうのは、そういう意味(>>36の③)。」
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38 :
ななしのよっしん
:2012/01/23(月) 02:45:05
ID: khcA2KYsaU
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で、こっからが本題。
「じゃあなんで愛とか善とか時間とか存在とか勝たれてんだよ俺ら!」っていう常識的なツッコミが出てくる。
このツッコミを無視したまま突っ走っていったのがのちのちのカルナップたち,所謂「論理実証主義」だと理解してる。
で、このまともなツッコミについてもちゃんとウィトは答えてるんだわ。
要は「なんで1+1=2が"足して"いると思えるのか」ってことね。
それは1つの物と1つの物,っていう数を足したら合計2個になる…っていう生活の発想に根差してるのね。つまり実質こっちの僕らが生活世界で計算してるから、その「計算してる」っていう動詞な意味で,じじつ「足してる」わけだし,そういう感覚みたいなのあるから「計算してる」って言えるわけね。
「善」とか「悪」っていうのもまぁ、同じだ
「こういうのがいい人」とか「悪い人」とか、時間割で出てくる「時間」とか、生活で使ってる言葉こそが、本当に世界に根差した言葉ってことになるわけだ。
言い換えればそういうのが生活してる世界にあるから、抽象的なの分かっててあえて「善」だの「悪」だの「時間」だの「存在」だの言うわけで、哲学者がとやかく形而上学で議論しても仕方ないんだよね、それは「イコール論争」してるだけだから。
とどのつまり
「いま何時?」「今9時」っていう時間の方が,
「じゃあ時間って何?」←こんなのよりもずっと重要だってワケ
んなこと聞かれても抽象的すぎて「知るかよ!」としかいえねぇよ,っていうのが③。
ていうか哲学て本来そっちのためにあるもんでしょ?ってことも彼は言いたいんだよ。言葉の迷路に迷うんじゃねーよ、っていうクギ刺しね。
このアイデアから、「じゃあ生活で決まるってことはただ世界ってだけじゃなくて勝手に決められたルールが世界になってくこともあるんじゃね」て言って出てくる着想が「言語ゲーム」だと思うのよ
「1+1=2」な世界ではそういう言語ゲーム,「1+1=田」ならそういう言語ゲーム,ていう。
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39 :
ななしのよっしん
:2012/02/11(土) 10:53:23
ID: bNAJnfO9sh
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論考書いたあとアカデミックな世界でのし上がることもできたろうに田舎の小学校に赴任したのがすげえな
ドクターコトーみたいだ
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40 :
ななしのよっしん
:2012/02/13(月) 02:27:12
ID: khcA2KYsaU
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>>39
それどころか後々父親の財産使い果たしてノルウェーの山小屋に籠る始末
マジで沈黙せざるを得ない人
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41 :
ななしのよっしん
:2012/05/07(月) 22:13:04
ID: twTwI1vq8m
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哲学者の晩年は例にもれず孤独だよな、性質上しかたないけど