61 ななしのよっしん
2016/09/25(日) 23:42:48 ID: gaN2h3fzYI
ダヴィンチと言われる程芸術の才もあったみたい
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62 ななしのよっしん
2016/09/28(水) 11:41:42 ID: 7fd0+bvYQB
全然話題にならないけど、仮面ライダーゴーストにも主人公を助ける重要なポジションとして
宮本武蔵が登場し度々活躍した。
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63 ななしのよっしん
2016/09/29(木) 08:43:56 ID: 8T2GzZo5cv
>>58
原で子供や老婆の投げた石に当たって怪をしたというのはデマだよ
三万人が籠するの中からあられと飛んでくる中で
の投げた石に当たったかなんて分かるはずがないし
ソース元の有馬直純宛書状にもそんな事は一言も書いてない
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64 ななしのよっしん
2016/10/07(金) 14:24:53 ID: IJL39KMC36
>>63
武蔵はどうもかなり前線にいたみたいなので、投石で怪しても別になんら不思議ではないしねえ。
が投げたかは不明なのだけど、剣豪以外のことで怪したというのが面いのでみんな勝手に子供が投げただのそういう話に膨らませていったと思える。

実際に武蔵が怪したのかも不明だけどね。
有馬直純に呼ばれて断りのために出した手紙だし、適当な理由をでっちあげた可性もある。今となっては解らないけど。
晩年の武蔵が足が不自由してたという話は聞く。
武蔵老足にて萎えたり」だったかな。
運動のしすぎで筋肉が衰えたとも考えられるが、それを反映してか晩年の二天一流は緩やかで玄ともいえる格がある。
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65 ななしのよっしん
2016/10/15(土) 01:57:27 ID: qHZM/a8/bm
去年武蔵の描いた枯木鳴図見に行ったんだけどあ~いいっすねえ
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66 ななしのよっしん
2016/12/07(水) 18:48:29 ID: pATM+fcIu0
>>65
それ興味ある。
何処でやってました?
武蔵が描いた絵を直で見てみたいわぁ

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67 ななしのよっしん
2017/01/01(日) 00:11:50 ID: gaN2h3fzYI
Fateにも来たみたい

>>62
15人の英雄・偉人の中でリーダー格なのは兵法として指揮官もやってたという逸話からか
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68 ななしのよっしん
2017/01/02(月) 17:21:44 ID: NreYiKExJo
>>58
武蔵神話の人物か何かと思ってるようだが全盛期マイク・タイソンでも石ぶつけたら怪するよ
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69 ななしのよっしん
2017/01/06(金) 17:27:18 ID: JwuFX69yjT
投石って、当たりどころ次第じゃマイク・タイソンにぶん殴られるよりも、危険だからな
というか、この人の的は人になることじゃなく、就職して、出世したいだからな
現代で言えば、履歴書空白を埋めるために資格を取り続けてる就職氷河期に巻き込まれたハイスペック無職

晩年は、シグルイの虎眼先生と同じ300石支給され
狩りが許されたことから、事実上、家老以上の身分も与えられ
養子の伊織は、若くして家老に登り詰めた4000石というのを見れば

当時の浪人からすれば、かなり成功している部類
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70 ななしのよっしん
2017/01/06(金) 23:32:51 ID: yt7AA4luK+
戦後漫画に登場する宮本武蔵を全部集めて
最強トーナメントとかやってみた
修羅の刻武蔵とか、バガボンド武蔵とか、あずみ武蔵とか、
十(ジュウ)魔界転生武蔵とか、刃牙道武蔵とか
何人くらい漫画キャラ武蔵が存在するかも興味深い

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71 ななしのよっしん
2017/01/08(日) 10:58:53 ID: IJL39KMC36
>>69
武蔵が仕官を望んでいたという形跡は資料にはないんだよ。
というか、養子をとって、その養子が出仕している時点で督を譲って隠居になったと考えた方がいいと思う。それが当時の常識だし。
そしてこの養子たちだが、三木之助と九郎三郎兄弟水野の軍奉行である中川志摩之助の息子で、そういう名門から養子をとって、なおかつ本多旋できるというので武蔵は凄い人脈をもっていたとさっせられる。

伊織はまた別のところからとった養子だが、こちらは小笠原から近習の伊織を養子にと旋してもらったという説もある。
こちらは筆頭家老千石になるのだが、そんな有望紹介してもらったというのも凄いし、武蔵の養子になるのが先だとしても、やはり凄まじい。

晩年の細川での逗留はたまたま立ち寄ったら歓待を受け、
居心地がいいので居着いたのが、残された書簡からはっきりしてる。
これは剣豪としての評価というより、伊織の養だからというのが扱いとして自然だと思う。
なんでか剣豪小説とかだと、武蔵伊織の関係を変に切り離して論じる傾向があるが、そっちの方が不自然だ。

まあ、武蔵が当時では成功した人というのはまったくそのとおり
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72 ななしのよっしん
2017/01/16(月) 05:26:04 ID: kklLPmBmDc
偉人の来る部屋ってバラエティ番組で
就職に苦しんでる就活生の悩みに対して
も働いてないからなー・・・こいつの気持ちもわかる」って共感していたのは中々面かった

あくまでも、その番組の解釈だけど何気に新しい宮本武蔵像が見れた気がする
意外に武蔵無職の部分を掘り下げれば、現代受けしそうな気がするな

職に恵まれない当時の無職の悩みをリアルに描く「働きたくないでござる」じゃなくて「働きたいでござる」な物語

特に最強な上、芸術にも長けた多才で、コネも多く、遊女からもモテるけど無職という点を
に描けば、オタク受けしそう。武蔵遊郭に入りびってたって説もあるし
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73 ななしのよっしん
2017/01/17(火) 20:15:37 ID: /2lrLYNH6r
>>72
武蔵は今に書くなら女好きより逆に硬ぶって生きる人間だし?とした方がオタク受けしそう
働きたいけど自分の様な人間の需要がくなっていてやっと活躍の機会を得たらり合いもせずに落石の所為で働けなかったってのは悲惨な感じで良さそうだ
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74 ななしのよっしん
2017/01/20(金) 19:28:03 ID: QVvYTM124n
>>53
亀レスだけど実際のところ一勢も略奪するわ、「一に参加しないと攻め込む」って々を脅すわ、寺社を破壊して「異教徒」の僧侶を殺すわ結構やりたい放題やってたみたいだけどね

山田衛門作なんて妻子を人質に取られて強制的に参加させられた挙句、妻子は一勢に殺されている
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75 ななしのよっしん
2017/01/29(日) 14:44:39 ID: IJL39KMC36
>>74
略奪とか野蛮さは中世から近世にかけては何処のも似たようなものだけどなw
殊更に切支丹が酷かったとか日本人がどうこうではなかったらしい。
武蔵に絡めてるのならば、五輪書には
「死におゐてハ、武士ばかりに限らず、出にても女にても、百姓以下に至、義理をしり、恥をおもひ、死する所を思ひきる事は、其差別なきもの也」
とある。
武蔵の時代までは、どいつもこいつも気が荒かったんだろうね。
まあ宣教師たちが記録するには、日本人は礼儀正しくて好奇心旺盛だが、飲んでばかりだし簡単に人を殺すみたいに書いてるけどw
当時の世界基準でも案外と物騒だったんだろう。
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76 ななしのよっしん
2017/03/20(月) 22:06:52 ID: BJUR9tsSRC
創作物において
二刀流の仕掛けとかお前の流だけのもんじゃねーから!」
であしらわれたりする率が結構高くないか
本人と戦ったら、史実のおかげで引き分けですましてくれるけど
門下生の場合は容赦殺される
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77 ななしのよっしん
2017/03/24(金) 20:43:59 ID: Q6dmdXcBwb
戦国最強補の呼びも高い水野勝成武蔵をどんなに見てたかは気になる。実戦かつ変わり者の勝成は武蔵を結構気に入ってたような気がするんだがな。
五輪書の武蔵の教えは一流の教えに通じるところがよくあるように見受ける。一流にもの攻防を攻めと見立て、その理合いは単にのせめぎあいでなくなど他の得物であっても同様に生きるし、ひいては対人交渉など戦闘以外の場面でも通じるものだ、としている。
武蔵も、剣術を単にチャンバラで勝つための技術ではなくそういう大局的なものだと捉えていたことが五輪書から伝わってくる。
一方で、「群をひとつなぎに追い回す」などの心得は、武蔵が実際に戦うときどういう立場であるかが多かったが、がい知れる。武蔵は相手が強大であったり多人数であっても、守勢に回ったりすることがなくガンガン攻めて崩していくタイプだったんだろう。自分の膂や地に相当の自信を持っていたんだろうね。
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78 ななしのよっしん
2017/03/30(木) 12:58:25 ID: 8T2GzZo5cv
>>71
武蔵細川に厚遇された理由については伊織の養であるという理由も論あるだろうけれど、
細川筆頭家老長岡長・寄之子と武蔵がかなり密な間柄であった事も大きな要因だと思う。
下記の書簡の通り長とは「前々から久しく付き合いがあった」との事。
実際原の乱の時も武蔵長から中見舞いを受け取っているし、かなり前から何らかの縁があってしくしていた事が知れる。
細川の奉書を見ても、武蔵への合支給は勘定奉行ではなく筆頭家老長が取り仕切っている。
伊織の養だから」だけではなく、武蔵個人の人脈もあって、細川で異例の厚遇を受けたと見るべきだろう。

宮本伊織長岡寄之書状案(抜)』
拙者儀、武州元へ参られしより、わけて心安く咄し申すに付、斯様のは、いよいよ粗略に存せず
佐渡守儀は申すに及ばず、前々より久しく申し通ずに付、ひとしお余儀なく存じ、肝煎り申す
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79 ななしのよっしん
2017/04/04(火) 00:49:39 ID: 5Jw+1sAYJT
>一流にもの攻防を攻めと見立て、その理合いは単にのせめぎあいでなくなど他の得物であっても同様に生きるし、ひいては対人交渉など戦闘以外の場面でも通じるものだ、としている。
小野忠明に戦闘以外の場面での対人があるイメージまるでないなー
柳生宗矩の兵法伝書にも同じような事書いてたけど当時そういう方向性で剣術の有用性を宣伝するの流行ってたんだろうか
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80 ななしのよっしん
2017/04/05(水) 00:30:39 ID: Q6dmdXcBwb
まあ振ってた人間総数で考えたら、それこそゴマンと居たはずだから、剣術ってものがそういう概念のモノとしてとらえられてたのは昔からなんだと思う。現代だって武道は純に人を倒すためだけのものじゃない的なこと言われるし
ただ兵法伝書を残すような達人は一部で、そのに通じた人間ほどそのを深いものととらえる、ただその人間自身の才覚や向き不向きとはおそらく別の話。
特に人間関係なんての多寡だけで決まるものじゃないだろうし。
要するに人間性ってだけじゃないかな。所詮、心得はあくまで心得だろうから。
武蔵自身、あーだこーだった後に「まあ実際に人ぶった切ってみねーとわかんねーよ」的なことを言ってるしね。
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81 ななしのよっしん
2017/04/30(日) 17:50:32 ID: IJL39KMC36
>>77
水野勝成武蔵の関係はそれこそよくわかんないなあ。
養子の三木之助と九郎三郎兄弟は、水野の軍奉行だかなんだかの中川さんの息子だったというから、水野の中でもかなり存在感があったんだろうけど。

というか、武蔵本多やら小笠原やら水野やら、徳関係のに妙につながりがある…。
人脈をどういうに築いたもんだか。羅山とも知り合いだったらしいが、案外とここらの経由からかもしれない。

兵法を大の兵法、小の兵法とか言ったりするのは当時の流行りだったかもしれんね。勘ぐるならば柳生守宗矩あたりがよくいってそうなことで、新陰流は全に普及していたから、自然とそういう言説が兵法全体に広まったのかもしれないい。
小野忠明が戦闘屋みたいな話はぼちぼちとあるけど、手柄の話とかは武士ならばよくあることだし、殊更にコミュ障だったとは思えない。普通仕事はしていたみたいだし。あくまで柳生守にべたら世渡りベタな感じがあるってだけだと思う。
その柳生だって、元々領の子だったんだから、あんまり他の兵法者とべるのもどうかって話思うけど。
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82 ななしのよっしん
2017/05/07(日) 12:49:41 ID: 5Jw+1sAYJT
常識の範囲内でコミュ力があったら徳公式記録
“かたがた武功に誇り、同僚を軽侮し、常に体言を吐きゆえに衆人かたむけにくまぬ者なし”
とまで書かれたりしないと思う
秀忠からは大切にされてる感があるから同僚以外には問題かったのかもしれんが
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83 ななしのよっしん
2017/05/28(日) 03:38:49 ID: MxBdqJe4Jj
佐々木小次郎の方もそうだけど、こいつもこいつで複数人居た説あるよな
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84 ななしのよっしん
2017/05/31(水) 04:02:31 ID: Q6dmdXcBwb
は複数人説については個人的に否定的だね~
政名とか義軽とか名前が何通りかあって、それが武蔵本人の又の名なのかたまたま別人だったらが混同されてしまったのか騙りなのかというのは研究の余地あると思うけど
・新免の出自にして徳譜代の大名ゆかりがあり養子を各大名に送り込んだ剣術芸術大家
なんていう特異な経歴の人間が「複数人の人間パッチワークで出来上がってる」なんていうのは、却って不自然に思うんだな
尾ひれのついた伝説や実際には武蔵がやっていないことまで武蔵がやったということになっているという可性はあるだろうけど、基本的にたちが宮本武蔵と認識してる人間の経歴を歩んだ実在の人物は、一人であったとみていいと思うよ。

小次郎に至っては説とも呼べるレベルじゃないだろう。彼の記録と呼べる程度の記録は実質沼田記くらいにしかないし。
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85 ななしのよっしん
2017/06/17(土) 14:11:07 ID: IJL39KMC36
沼田記はなあ…当時の決闘に関わったという割にはでてくる地名が怪しいし、成立年代は較的に速いけども、あれは熊本で発展した伝承で、沼田にそういう記録があったわけではないと思う。

どういうわけか熊本には武蔵の扱いが悪い伝承が多いと、武蔵研究サイトの人たちも言っていたが、よく考えると武蔵は外来から突然在留して、なんか官位があるわけでもなく厚遇されているしで、借で大変な頃の細川でそんなことされてたら…一部でヘイト溜めてたんと違うかな?
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86 ななしのよっしん
2017/06/17(土) 14:16:23 ID: 3GoSES/QGc
魔界転生とかで出世してぇキャラになってたりするが
現実じゃ自分は隠居で養子をハイスピード出世させてるとか
史実の本人には出世欲あんまなかったのかな
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87 ななしのよっしん
2017/06/19(月) 01:36:06 ID: JwuFX69yjT
半ば自称伝説が入り混じってるが、若い頃は決闘ばかりしてたようだから
当時は、で、出世したい気持ちはあったんだろうな
跡継ぎ(養子だが)に恵まれて、曖昧にならなかった虎眼先生みたいな感じだろう
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88 ななしのよっしん
2017/06/20(火) 03:56:48 ID: VfjfhvADP1
ちゃんも割と凄いが、資料に乏しいし、それに武蔵自身が養子説があるから
それが事実なら、あまり、跡継ぎが養子でも、気にしなかったんだろうな
監督は忘れたけど、佐々木小次郎主人公映画で、二斎と仲良さげにしてて
小次郎から羨ましがられてるのは、軽く新に思えた

小説漫画で、武蔵と、二斎はの仲ってイメージがへばり付いてたからなぁ
剣豪父親としては、何気に、二斎は、柳生宗矩並みの風評被害を受けてるのかもしれない・・・
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89 ななしのよっしん
2017/06/20(火) 07:04:08 ID: kklLPmBmDc
創作世界では、十兵衛はお坊ちゃんポジを逆手に取って、突然変異みたいな扱いにして
武蔵は、元は、ギラギラしてた野生児だったけど、段々丸くなるって扱いが較的、王道だよな
そして、どっちも、親父踏み台にすることも多いという・・・
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90 ななしのよっしん
2017/06/23(金) 00:52:20 ID: Q6dmdXcBwb
才に溺れなかった天才、というイメージがある。
ずば抜けた才を持った人間は往々にして自己が強く、それ故に落とし穴にはまったり身を亡ぼすことがあるが
「脛絶ちかねる程のけがで今回は遠慮したい」の書状であったり、自らは出ずに養子をうまいポジションに付けて行ったり
自分のの及ぶ範囲がどれくらいかをよく知っていて、的確に稼げるところでポイントを稼いで上手に勝ち逃げした人生って感じがあるなあ
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