足利義昭について語るスレ

31 : ななしのよっしん :2014/08/15(金) 15:44:56 ID: rLsw2d5CY/
必ずしも義昭の号令に従って信玄や佐たちが信長を包囲したわけじゃないだろうけどね。義昭にしろ諸大名にしろ、お互いの状況を利用して結果的に信長を包囲した形になったんでしょう。
親父兄貴と違って、信長との関係が悪化した後も信長の勢圏内に留まってた義昭の肝の太さ(山城への執着?)は相当だと思う。
32 : ななしのよっしん :2014/09/20(土) 22:19:53 ID: qv8p3mdNg/
>尊重するわけもなく…
そもそもの合戦自体、浅倉が義昭に貢ぎ物を寄越さなかったことが原因なんじゃなかったっけ?
うろ覚えだが吉川英治の太記ではそんな感じだった。
33 : ななしのよっしん :2014/09/20(土) 22:29:46 ID: XgeFkIa7sQ
センゴク光秀の義昭を見るが冷めててワロタ
34 : ななしのよっしん :2014/09/21(日) 16:18:58 ID: AGq0ycI8Ek
仮に信長を滅ぼせても間違いなくその後に終わるだろう
個人的予想としては武田信玄に「源氏の面汚しの末裔」とか罵浴びせそう
浅井朝倉にも「薄汚い成り上がり」とか言いそうだし、
一向宗にも「邪教」と一方的に敵視しちゃうだろう
35 : ななしのよっしん :2014/09/24(水) 19:22:18 ID: rLsw2d5CY/
そんなバカと思う?
信長に対して「室町幕府があるのは信長パパのお陰だよねー」なんて褒め殺しをするような男が
36 : ななしのよっしん :2014/09/24(水) 19:32:21 ID: TIPuUuvOa/
誰彼構わず敵に回すような男じゃないと思うが
将軍なんぞお飾りに過ぎんという事を信長が暴き立てた以上信長がどこで死のうが末路はそう変わらんかっただろうな

実際本寺直後、積極的に義昭は動いてるけどまともに相手されてない
時代は既に信長の後継者はか、を見てて室町幕府を再することなんかも気にしてない
37 : ななしのよっしん :2014/09/25(木) 17:58:49 ID: rLsw2d5CY/
>>36
室町将軍なんて義昭よりずっと前から軽い存在だけどね。
権威ある足利将軍なんて義持くらいでストップ高、あとは守護や管領に政治介入されたり、暗殺されたり、京都から追い出されたりっつう武の頭領とはとても言えない将軍ばっかりだよ。
室町幕府は自前の兵をほとんど持たず、足利氏自体も各地の庶流一族とあまり良い関係を結べてないから、最初から脆弱な組織なわけで、義昭の様に「敵の敵は味方」理論でいろんな大名に次々に肩入れして生き残って来たんだし、義昭の代で滅亡したのも「信長を追放されたから」「義昭が無能だったから」と言うより単に「来るべき時が来たから」って感じじゃないかね。
そもそも信長自身は義昭に詫び入れて京都に戻ってきてくれって懇願してるしね(義昭の方から断ってるけど)。
38 : ななしのよっしん :2014/09/29(月) 20:44:09 ID: 4c4ZAdwwRz
実際こいつがいなければ信長は上もすぐには
できなかったろうしその後も包囲網信長を苦しめたわけだから
無能な人物ではなかったはず。
39 : ななしのよっしん :2014/09/29(月) 21:55:31 ID: AGq0ycI8Ek
義昭がそもそも何を望んでいたのか?で色々見方も変わる
本気で室町幕府の再・復権なんてファンタジーにかけてたのか?
それとも足利戦国大名として生まれ変わらせようとしてたのか? 
いは源氏の嫡流足利として持だけだったのか?
もしくは単に戦乱世を巧く生き抜いて己の食い扶持確保する為だったのか?
40 : ななしのよっしん :2014/10/02(木) 20:22:36 ID: 3pg1OH2NBE
最初から織田のことは具としか考えておらず、用が済んだら捨てるつもりで諸大名と話がまとまっていた…とかな
41 : ななしのよっしん :2014/10/04(土) 12:39:21 ID: cbV+Vo2RL0
NHK大河ドラマではいつもひどい扱いを受けているような
信長に自分の子扱いされ「黙れ!」とか言われた『秀吉
終始「たすけて信玄ー」モード小物だった『武田信玄
義昭がそれなりの人物だったり、そこそこ有能だが不憫な設定のNHK大河はないのか
42 : ななしのよっしん :2014/10/04(土) 17:53:01 ID: 3pg1OH2NBE
それこそ「足利義昭」か、もしくは「朝倉」でもやってくれないと理そう
43 : ななしのよっしん :2014/10/06(月) 16:58:11 ID: rLsw2d5CY/
信長革新的で旧体制を打破する人
っていう、薄っぺらいキャラクタ化・ステロタイプの人物像を視聴者層がめ続ける限り、それに抗った「最後の将軍様」はいつまでも情けないお公家さんみたいなキャラとして描き続けられると思うよ
44 : ななしのよっしん :2014/10/08(水) 21:56:56 ID: cbV+Vo2RL0
>>43
でも複雑な物語や人物描写を好む現代的な解釈だともうちょっとかっこいい敵キャラにしてくれてもいいじゃん。
というか信長の敵でかっこよく描かれるのは信玄だけなんだよな…他の敵はそれなりに見所があるにもかかわらずあまりにも小物っぽく描かれるような気がする
実は名君の今川義元とか実はそれなりに政治のある義昭とかの描写は風評被害レベルだよまったく。

は別に義昭のファンってわけじゃないが安易なステレオタイプが気にくわん
例えば『独眼政宗』の残カリスマ秀吉とかの、史実を反映しながらももうちょっと新な描き方もあるだろうに
45 : ななしのよっしん :2014/10/09(木) 19:20:33 ID: rLsw2d5CY/
>>44
いくらフィクションだからって、戦武将をテーマにしたドラマぐらいは、主人公の野心や欲や残虐性みたいな「現代の価値観や倫理観からするとドン引きする要素」も描写してほしいね
最近の大河だと風林火山なんかは割と要登場人物が曲者いで面かったけどな

最後の徳将軍ドラマになるんだし、義昭も大した脚色しで十分物語になる人生送ってると思うんだがね。幕府の再はならなかったとはいえ、最期は人生の中で一番穏やかな時期だったろうしある意味ハッピーエンドだし
46 : ななしのよっしん :2014/12/06(土) 08:40:26 ID: 3pg1OH2NBE
フィクション政治を描写しようとすると腹黒悪者にするしかないからなぁ
義経物語ステレオタイプみたいな描き方はできるだろうけど、好意的に評価できる描き方は難しいと思う
47 : ななしのよっしん :2015/01/21(水) 11:19:21 ID: 9K2qggW/PO
足利将軍が「終わった」のは京都追放後よりもっと後だろ!
的な摘、最近新書で呼んだけど中々良かったよ。
要旨としては、毛利に居してた時代をもっと重視しても良いんじゃないという話。
まあ実際、信長以前にも足利将軍はしょっちゅう追放喰らってた訳で、
義昭自身に考えても「また」都落ちした、くらいの感覚かもしらん。

まあもうちょっと反論も触れた上ででないと判断はできなさそうだけど。
48 : ななしのよっしん :2015/02/11(水) 18:01:42 ID: bMuAhLsHdB
信長のシェフでの「ま ろ や か ~」が忘れられない
49 : ななしのよっしん :2015/03/17(火) 20:36:28 ID: Y8liYIJ1d2
>>37
無敵を誇った義満や義教が軽い存在とはとても見えないけどな
常備軍が少ないのは、あれだけ領地と軍事があって滅んだ北条得宗の末路に学んだとも言えるし
まあ、民衆の立場からすれば義持が一番の名君だったってのは同意だ(あんな平和な時代は中世しい)

本能寺の変が義昭の陰謀だったって説はなるほどと思った。明智勢には将軍譜代臣、つまり奉公衆が多いし
細川とか、他の奉公衆との連携が取れていれば、上様が入して幕府を再建できたかもしれん
50 : ななしのよっしん :2015/05/20(水) 01:02:00 ID: R7QKuG38lR
谷口広『信長将軍義昭――連携から追放、包囲網へ』中央論新社、2014年

上記を一読することをお勧めします

51 : ななしのよっしん :2015/05/20(水) 01:20:29 ID: R7QKuG38lR
義昭がアホだったとは全くは思わないけれど、過大評価はおかしいよ
足利将軍末期京都になかなか居られないほど落ちぶれていて、しかも義昭はその次男で20代後半まで僧籍に入っていた人物だよ。将軍になったのも30代前半だし
信長17箇条の異見書での摘からも、義昭の小賢しさと品行の浅ましさ(強欲かつケチ)は想像がつく
毛利も一応、鞆のに匿ってあげてはいても、こいつどうすんだよ、と醒めた見方を伝える文書もある
苦労して民から駆け上がった秀吉などからは、冗談も大概にしろって感じだっただろうな
52 : ななしのよっしん :2015/05/20(水) 01:21:59 ID: R7QKuG38lR
なお、そんな義昭さんがは大好きです
秀吉での玉置浩二は良かった
53 : ななしのよっしん :2015/06/13(土) 12:52:08 ID: 3pg1OH2NBE
強欲だとかケチだとか、そんなクソどうでもいいことで歴史的評価は決まらない
それだけ
54 : ななしのよっしん :2015/06/13(土) 23:54:43 ID: jk4EvNtv5Q
義昭の個人的人格はともかく、賤ヶ岳の前までは信雄・秀吉・勝家康が義昭の帰を考えていたし、「も相手にしなかった」ってのは正しくないと思うけどね
もちろん、彼らにあったのは幕府への忠臣じゃなくてあくまで輿としての利用だけど、少なくともこの時期において義昭が利用価値を放つ存在であったことにはなるし
義昭も何でもいいからとにかく帰しないことにはどうにもならんと認識してたようなので望む所ではあっただろう
55 : ななしのよっしん :2015/06/26(金) 00:03:41 ID: R7QKuG38lR
>>53
あくまでも歴史的評価の次元の話として、足利義昭将軍権威は「それなりには」残っていた(だからこそ信長にとっては利用のしがいがあった)。

とはいえ、信長と対立して京都から追われた後も「鞆幕府」とさえ一部の論者するほどに実態としてあるか、明智光秀らが将軍権威をどれだけ本気で利用しようとしたかは議論の分かれるところだろう(少なくとも定説とは言い難い)。

義昭の帰すなわち将軍権威の復権ということでもないし、ましてや秀吉らが将軍の実権の回復を想定していた訳ではない。
56 : ななしのよっしん :2015/06/26(金) 00:51:47 ID: R7QKuG38lR
足利義政の後の第10代将軍の義稙は、将軍宣下後に細川政元と対立して将軍職を配され閉された。逃亡したが各地で流浪の生活を送った。大内義興支援を得てで第12代将軍として復帰したが、細川高国と対立し将軍職を奪われ、波で死んだ。

この間、第11代将軍として義澄が擁立されたが、義稙の復活により将軍職を奪われ近江で死んだ。

続く第12代の義は一貫して将軍職を保持はしたが管領の細川晴元やその重臣の三好長慶と対立しで政務がとれなかった。最後は近江で死んだ。

第13代将軍の義は長慶やその重臣の松永久秀と対立を繰り返し、近江六角氏を頼って権威の復活に尽したが、長慶死後に久秀や三好三人衆らに襲撃されて僅か30歳で死んだ。

第14代将軍の義栄の在職期間は僅か8ヶで、しかも献が足りず朝廷から宣下申請を一度拒否されている。入できず波や摂津に留まったが、三好三人衆と久秀の抗争に巻き込まれ、本人も病気でまともに政務を行い得なかった。

こうしたことを考えると、第15代の義昭までの足利将軍の実権の凋落は明らかだろう。むろん「それなりの」将軍権威は残っていたのだが、……。
57 : ななしのよっしん :2015/07/18(土) 19:12:08 ID: PymaOtglfp
足利義昭は室町王ラストエンペラーであり、彼の京都追放をもってして戦の終焉とする解釈もある位、日本史で最も重要である人物の一人であるにも関わらず、戦モノのゲームにおける扱いがぞんざいであるのが悲しい。
特に無双系のゲームでの扱いが酷すぎる。戦国無双では、単なるモブ武将としてしか登場していないが、戦国BASARAではもっと酷い。なぜなら彼はこのゲームではそもそも存在すらしていないからだ。
……最も、戦国BASARA自体歴史ゲーであるかが物凄く疑問なのだが。
58 : ななしのよっしん :2015/07/20(月) 15:38:01 ID: 3pg1OH2NBE
彼は自前でなんかするタイプじゃないから、割とゲーム化しやすい「剣豪将軍」の兄貴と違ってそもそもゲームの中に表現しにくい
自分で戦うべきを持たず、調整と謀略に活路を見出す点において彼の存在は貴族に近い
足利義昭無双に出演する確率は、近衛前久が出演する確率と同じ位だと思う
二条良や近衛前久と足利義昭の暗闘は確かに時代をった重要な要素だが、「彼らは武士か?」「彼らが出演すべき戦はあるのか?」という根本的問題がある
59 : ななしのよっしん :2015/07/31(金) 14:41:21 ID: QmCGIS1S4v
そもそも将軍ってのは朝廷から任じられる官の一つであって、武士の統率者であることを担保する地位ではないからねー
軍事的な支配があるからこそ将軍=武の棟梁であるわけで、逆に言えば全武士を実効支配するければただの高官を得た小領でしかない
60 : ななしのよっしん :2015/08/12(水) 14:53:34 ID: cQ+Sm8IhUG
>>59
源氏長者の事も忘れないでやってくれw(つっても当の義昭は朝廷から長者宣旨受けてないけど)武の棟梁としての肩書は基本的に征夷大将軍源氏長者セットになってる。だから家康新田源氏の裔を詐称したし
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