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℃-ute


ヨミ: キュート
掲示板をミル!
19カキコ!

℃-uteキュート)とは、5人組の女性アイドルグループで、ハロー!プロジェクトの一員。

概要

アップフロントプロモーション所属。
2005年6月11日ハロー!プロジェクト・キッズ出身メンバー7人で結成され、翌2006年に1人追加加入したが1人脱退、2009年には2人が脱退・卒業し、現在の5人組になる。
結成時から現在まで、姉妹グループBerryz工房とは対照的な波万丈の経緯をたどり続けているグループである。
またプロデューサーつんく♂から与えられている楽曲やパフォーマンスBerryz工房とは対照的で、高速ダンスナンバーやセクシー歌詞・振り付けの曲、息の合ったダンスに重点を置いたパフォーマンス立ち、近作はより一層その傾向が強まっている。ヘソ出し&短パンなどの露出度が高めのステージ衣装を着ることがハロプログループの中では較的多い。
インディーズデビュー当初から販促イベント「Cutie Circuit」(大ショッピングセンターなどでのCD即売握手会、初回盤CDに入っている応募券で参加応募するイベントなど)を継続して行っており、ここまで大ヒット曲こそないものの、メジャーデビュー後の全シングル曲がオリコンウィークリーチャート10位以内を確保している。
ハロプロの中ではニコニコ動画と特に縁が深く、ニコニコ超会議に第一回から三年連続で出演してライブを行っているほか、ニコニコ関連イベントにも度々登場している。

2017年6月に解散予定(後述)。

メンバー

℃-ute以外に所属したシャッフルユニット企画ユニットについても表記する。(現在活動しているユニット太字


現在のメンバー



元メンバー


℃-uteの歴史

余り物と呼ばれた7人・・・℃-ute誕生

2004年正月ハロー!プロジェクト・キッズの中から8人が選抜されてユニットを結成、Berryz工房と名付けられた。
結成当初はBerryz工房に選ばれたメンバーはあくまでもスターティングメンバーであり、他のキッズメンバーとの間で入れ替えも有り得る、とアナウンスされていたが、実際にはそのようなことは行われず、残りのキッズメンバー7人(非ベリキッズ、7KIDSとも非公式に呼ばれていた)は、引き続き先輩たちのバックダンサーハロプロ全体のイベントへの出演、個人単位ドラマ映画舞台に出演するなどの活動を続けてきたが、活動面でも人気でもBerryz工房メンバーとは格差が付いてしまった。

Berryz工房結成から遅れること1年半、2005年6月11日木更津市民会館で行われた『地球温暖化防止キャンペーン「熱っちい地球を冷ますんだっ。」安倍なつみ 歌とトークのふれあいコンサート』にゲスト出演した非ベリキッズ7人によってユニットを結成することが発表され、つんく♂により℃-uteと命名された。その後はハロプロ先輩たちのコンサートで前座を務めるなどの活動を続けていたが、当初はオリジナルの持ち歌がなく、先輩グループBerryz工房の曲を歌っていた。11月に初めてのオリジナル曲「わっきゃない(Z)」を披露する(後にインディーズ第4弾シングルとして発売)。

増員、待ちに待ったデビューの日、最初の試練・・・

2006年1月2日正月ハロー!プロジェクトコンサートの初日に矢島舞美リーダーとしてあいさつを行う。ここまで℃-uteのリーダーであるかは発表されていなかったが、この日が正式に矢島リーダーとなった日とされる。また同時にハロプロエッグ有原栞菜が追加メンバーとして加入し、8人組になった。当初ハロプロキッズ出身者ではない有原が加入することには一部のファンから抵抗のもあった(実はメンバー間でも「7人では不足なのか」という抵抗とがあったことを後年明かしている)が、徐々に受け入れられていった。そして5月6日に「まっさらブルージーンズ」でインディーズデビューを果たす。
この頃の℃-uteはお姉さんっぽい雰囲気の梅田矢島村上鈴木が、いかにも子供っぽい雰囲気の有原・中島岡井萩原を連れているような感じの、アンバランスな見たグループだった。
計4枚のインディーズシングルリリースおよび全ミニライブなどのイベントを行ったのち、10月25日メジャー第1弾CDとして、これまでのインディーズシングルなどをまとめたアルバムキューティクイーン VOL.1」を発売、メジャーデビューCDアルバムという異例のデビューとなった。
・・・だが、まさにそのアルバム発売の当日、とんでもない事態が発生していた。
悪質なアイドルストーカーによって撮影された、村上愛男性と相合いをして歩いている写真ネット上に開されてしまったのだ。この件は2ちゃんねるのモ。()を中心にファンの間で大騒ぎになる。
11月1日村上愛が学業優先のため10月31日付けで脱退していた旨が発表される。村上の脱退と写真流出との関係について、公式には一切られていない。
元々℃-uteは、矢口真里キッズメンバーによるスペシャルユニットZYXの中心メンバーだった村上と、田中れいな夏焼雅とのトリオあぁ!デビュー済みだった鈴木愛理を二枚看として結成されたグループなのだが、本格デビューの前にいきなり二枚看の片方を失うことになってしまった。

メジャーデビュー、レコ大新人賞、紅白出場

何とか7人で立て直しを図り、2007年2月21日、「チラリ」でシングルメジャーデビュー。同25・26日には日本青年館で初の単独コンサートを開催する。この時点でもオリジナル曲が10曲ほどしかなく、足りない分はごまっとうプッチモニの曲を歌っていたが、4月から行われた初の東名阪ツアーゴールデンデート』でようやくコンサート1回分のオリジナル曲を披露できるようになった。
10月17日に発売されたメジャー3枚シングル都会っ子純情」で日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞。同年、ハロー!プロジェクト10周年記念紅白スペシャル隊の一員としてNHK紅白歌合戦初出場を果たした。

上昇軌道に乗りきれず・・・相次ぐ卒業者

2008年には、球団創設からこれまで毎年モーニング娘。DEF.DIVAGAMが担当してきた楽天イーグルス公式応援歌を歌うことが決定、からはBerryz工房と℃-uteが対決を繰り広げる5分間の帯番組「ベリキュ~!」がテレビ東京スタート、また同年最初のコンサートツアーBerryz工房との合同ツアー『Berryz仮面vsキューティレンジャー』として行われ、ダンスの素質を開させた中島早貴Berryz工房ダンスマスター清水佐紀ダンス対決を行った。
だがコンサートツアー『忘れたくない』では前年のレコ大最優秀新人賞で事務所調子に乗ったのか横浜演で最大キャパ4000人のパシフィコ横浜国立ホールを使用し、4割ほどしか埋まらないという結果に終わる(他の会場は従来のツアーと同程度のキャパの会場だった)。またこのには、有原が某有名ジャニーズjr.との遊園地デート写真をゴシップ雑誌に掲載されるという事件が起き、ファンにとって忘れたくても忘れられないとなってしまった。さらに12月にはTV番組「よろセン!」で先生役を担当した中島が「癒しヒトラーおじさん」事件に巻き込まれた。

2009年2月26日、有原が「持病で患っていた外反趾が悪化したためステージでのパフォーマンスが困難になり、治療が必要となった為」活動休止を発表、以後しばらく6人で活動することになったが、結局有原は戻ってくることのないまま7月9日脱退、芸界を(一時)引退した。
復帰後に出した写真集を見る限り、結構重い外反趾であることは確かなのだが・・・。

そのショックも醒め遣らぬ8月1日、今度は梅田えりかモデルへの転身を理由に、ツアーキューティJUMP!』最終日での卒業を発表する。
梅田モデル系の非の打ち所がないルックスで、実的にも問題はなかったが、℃-ute加入後は成長とともにいっそうモデル寄りの(≒アイドルっぽくない)ルックスに変化していったからか、ステージでも後列に置かれることが多く、ルックスを活かした写真集出版の話もなく、扱いの悪さにモチベーションを失ってしまってのモデル転身・・・と思われるが、8月に行った初のハワイファンクラブツアー時に撮影された写真集『アロハロ!℃-ute』には発売が卒業=事務所移籍後になるからか登場せず、卒業メモリアルDVD制作されず、10月25日ラストステージでもモーニング娘。卒業メンバーのような特別なセレモニーは用意されなかった。最後まで扱いの悪さは変わることはなく、推しならずとも憤るファンは多かった。

「SHOCK!」

℃-uteは結成時の人数を2人も下回る5人になってしまい、メンバーファンも深い悲しみを味わった。いくつかの新人賞と事務所無理押しで何とか出場できた紅白以外にこれと言った成果もないまま、結成から4年半が経っていた。タイアップにも恵まれて順調に活動を続けているBerryz工房との差は開くばかりだった。
さらに2009年からはハロプロエッグの精鋭4人によって結成されたS/mileageが本格デビューに向けて活動を開始しており、ハロプロ全体が右肩下がりの傾向が続く中、もはや℃-uteに残された時間は少なく、前途は暗澹としていた。

梅田卒業から約一月が過ぎた11月21日、初のベストアルバム発売記念イベント「Cutie Circuit 2009 〜Five〜」がよみうりランドオープンシアターEASTで行われた。

そして、2010年岡井が『Danceでバコーン!を踊ってみた 【岡井千聖(本人)】[外部]』をYoutube投稿した頃から、ようやくネットユーザーを中心にグループの再評価をする動きが出るようになり、徐々にではあるがライブでの動員数も増えていった。

この頃の℃-uteの活動としては、他に劇団ゲキハロ第2回演「寝る子はキュート」および第4回演「携帯小説」の演や、テレビ番組「ベリキュー!」「よろセン」へのレギュラー出演等があった。

実力派アイドルグループとしての再評価

2011年から安定したライブパフォーマンス岡井の歌唱向上、メンバースタッフが一丸となって作り上げるライブ完成度、そして、ネット上での再評価によりCD売上こそTOP10圏内で安定しているが、ライブ自体は大きな会場でも関が少なくなってゆき、気付けば実アイドルグループとしてハロプロアーティストからも尊敬される対になっていた。それくらい、℃-uteの実は同業者から高く評価されていた。


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最終更新日: 16/08/21 08:40
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