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なは(列車)


ヨミ: ナハ

なはとは、国鉄JR西日本JR九州で運行されていた列車名である。


概要


夜行列車として止されたなはであるが当初は特急であった。

ヨンサントオダイヤ正まで特急かもめ関西長崎・西鹿児島間、特急いそかぜ関西筑豊本線経由佐世保・宮崎間の運転だったが、長崎本線特急かもめに統一する事から関西~西鹿児島間の特急として設定されたのがなはである。ちなみに同じく新設された関西宮崎間の特急日向小倉駅までは連結していたので全体の本数は変化していない。

山陽本線特急の例に漏れず山陽新幹線開業で特急としては止されるが、8往復運転が予定されていた明星1往復をなはとする事によりなはの名称は夜行列車として再スタートされる。7往復あった関西鹿児島本線夜行特急明星の一部として運行されていたが、当時は似た区間を運行する列車名は統一する方針だったので異例の処置としてなはの名称が残されていた。

老舗の明星が先に止されなはが生き残る事となるが、末期関西九州夜行の最古参であるあかつき連結され「なはつき」等と呼ばれ結局関西九州夜行の最後の1往復として止されてしまった。


列車名の由来


沖縄日本復帰を祈る為に沖縄県県庁所在地那覇市なはし)から。


変遷



昼行特急なは


1968年10月 京都長崎・西鹿児島間の特急かもめを分離して新大阪~西鹿児島間に特急なはが設定される。新大阪小倉間は新大阪宮崎間の特急日向連結していた。
大阪 - 三ノ宮 - 姫路 - 岡山 - 三原 - 福山 - 広島 - 岩 - 徳山 - 下関 - 小倉 - 博多 - 久留米 - 大牟田 - 熊本 - 八代 - 俣 - 出 - 川内 - 伊集院 - 西鹿児島

1973年10月 全区間単独運転となる。

1975年3月 山陽新幹線博多開業のダイヤ正で特急から夜行特急列車名に変更。


夜行特急なは


1975年3月 新大阪~西鹿児島間になは1往復が設定される。

1978年10月 運行区間が京都~西鹿児島間に変更。

1980年10月 運行区間が新大阪~西鹿児島間に再度変更。

2004年3月 九州新幹線新八代開業のダイヤ正でなはの運行区間が新大阪熊本間に短縮される。

2005年10月 鳥栖駅まで京都長崎間のあかつき連結する事となったので運行区間が京都熊本間に変更される。

2008年3月 止。


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最終更新日: 11/02/27 16:38
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