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ゆとり教育


ヨミ: ユトリキョウイク
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ゆとり教育とは、詰め込み教育に対し提唱された教育のあり方である。通称「ゆとり」。

  1. 日教組が提唱し、1980年度に施行された学習導要領による教育ゆとりリキラム
  2. 1992年度に施行された、「新学力観」に基づく学習導要領による教育
  3. 2002年度に施行された(高校は翌年)学習導要領による教育ゆとり世代となったもの。

本稿では1.2.に軽く触れつつ、に3.について中心に記述する。


概要


戦後教育は、「科学技術の発展についていける人材を養成すべきだ」というから、学習内容増強に邁進してきた。しかしながらその反動で「詰め込み教育だ」「ゆとりがない」という批判を受け続けてもきた。それを受け、文部科学省は、全週休二日制、授業時間数削減、内容削減などの施政をしてきた。また、かつて新自由主義的志向が流行した時期には、教育にもそれを反映しよう (大々雑把に言えば「勉強は塾に任せよう」) と考える勢もいた。

特徴は、2002年度から施行された「学習導要領」によって、小学校6年間の算数授業時間数はかつての1047時間から869時間にまで下がった(教育内容の3割削減)、「週5日制の全実施(これ以前から行われていた学校もある)」、「総合的学習の時間の新設」の3つである。また私立学校についてはこの限りでない学校もある。

その発端は、1996年に出された中央教育審議会の答申「21世紀を展望した教育の在り方について」(第一次答申)に基づいて出された1998年の学習導要領である。この答申の課題が、「子供に[生きる]と「ゆとり]を」と謳っている為に、この答申を受けて作成された教育課程を「ゆとり教育」というようになった。


ゆとり教育が生まれるまで


ゆとり教育が生まれる事の直接の原因は、「臨教審」(臨時教育審議会、通常の中央教育審議会が文部(当時)大臣の諮問機関であるのに対し、総理大臣の直接諮問機関として設けられた)が、1984年9月から3年に渡り審議を続け4回の答申の内容である。そしてこれを受けて1988年に出された「学習導要領」に基づいて、1992年に実施された教育課程から、この答申の考え方が教育に反映され始める。

その答申の内容は、

本審議会は従来の教育を全体として「追いつき」画一教育であったとして、その過去における実施を高く評価しつつも、今や社会の成長から成熟への移行に際する教育革の方向として、個性重視の方向を最も大切なものとしているのであります。したがって、個性重視の原則に立って、現存の教育全般にわたり見直しを行ったわけでありますが、今日、最終答申において、これまでの具体的提言を振り返って見ますとその方向が全体にわたっているのがわかります。生涯学習体系への移行、初等中等教育の充実、高等教育の多様化、教育行政革等いずれも従来の日本教育の画一性、硬直性の排除の方向を極めて顕著に出しています。(大蔵印刷局編「教育革に関する答申:臨時教育審議会第一次~第四次(最終)答申」1998年、149項)

つまり、戦後一貫して行われ「詰め込み教育」と揶揄された「追いつき画一教育」をめて、「個性重視の教育」へと転換しようとした。具体的には、「新しい学力観」と呼ばれるものである。そうした中で本当に大きく変えられたのは、2002年の「ゆとり教育」からではなく、1992年に実施された教育課程において「生活科」と共に唱えられたものである。

日本教育は、それまで「等」「画一」が是であった。戦後農地革を経て、本当の意味での等の時代を迎えた日本社会は、全教育を保障する為にあった。だからこれを基に作られる教科書は、教科書調官によって微細に渡り、細かに注文をつけられどこの出版社も大差がなかった。授業はレベルの生徒児童に合わせられ、進んでいる遅れている子供に関わらず、それに合わせられていた。これはしばしば「悪等」とも批判された。

「新しい学力観」では、この義をやめた。基礎基本ができていれば、後は一人ひとりの学力の中身・内容が違ってもいいというのが基本的な考えである。
しかし、学んでいる内容がみんな違うとなると、教師学校の立場からすると同じテストで計れない、評価が出来ない事になる。「知識」がバラバラでも、それに向かう「関心」「意欲」「態度」は、共通で評価出来るではないか、それを計ればいいということになり、全の通知表が一斉に変わった。

そして、「関心」「意欲」「態度」は数量化が難しい、つまり基準点が設けられないという事なので、偏差値や5段階評価が出来ない事になると、他人とはべない個人内評価的「絶対評価」というものが導入される事になった。
これは、他人とべずに、一人の子が以前より努をしたかどうか、関心を持って意欲的に学習に臨んだかどうかという事を中心に評価しようというものであった。例えるならば、漢字1000個書ける子が、学期終わりに1200個書ける事よりも、200個しか書けなかった生徒が、400個書けるようになることを「意欲をもって学習に取り組んだ」と評価するようにしよう事である。

実際、「単なる知識よりも、関心・意欲・態度が大切」という言い方がしばしばされた。知識を単にまる覚えするのではなくて、関心・意欲をもって体的に取り組む態度で望むことで、個性的で簡単には剥げ落ちない本当の知になると考えられたのである。そしてそこでの教師の役割は、望ましい学びを授けるのではなく、一人ひとりの自分探しのための学びを助ける・私するというものに転換することがめられた。

かしこの「新学力観」は、学校現場に混乱をもたらした。同時にこれとの関わりで行われた、中学校の進路導からの「偏差値追放」が混乱に拍をかけた。偏差値追放は、1992年埼玉県の業者テスト追放に端を発したが、中学校内で実施していた業者テストが外の会場に移り、料は3倍になり、進路導を塾や予備校丸投げせざるを得ない結果に終わった。

元々偏差値は、義を標榜する評価法である。これを使えば、地域内格差・学校間格差があっても、その格差を縮小出来る。例えば、東京都沖縄県受験学力に差があるとしても、その地域内での偏差値に基づく内申書を重視すれば、沖縄県出身者でも東京大学に入りやすくなるという効果が期待できる。
しかし、「新学力観」の下では、それは悪でしかい。なぜなら、偏差値では個人個人の具体的学力内容が問われずに、ある集団の中での順位のみが問題になるからである。それにまた、による大学入試「共通一次試験」の導入で、地域差を埋めて等を維持する効果がなくなってしまった。共通一次試験(現在センター試験)は、による全「輪切り」という、偏差値の悪い面だけを浮き彫りにしてしまった。「新学力観」に基づく「偏差値追放」は、がかつては推進・整備してきた教育政策の積み重ねを打ち消し、大きな転換をもたらすという効果を期待されたものであった。


戦後の教育改革の流れ


内容削減の意味では、1978年の時点ですでに「ゆとり」が言われるようになっていたが、この削減は「等」「画一」的に行われた削減であった。ところが1988年からの革は、それ以前とは大きく事なる。それは少なくともそれは1958年以降ずっと全に行われてきた日本の画一化教育に終止符を打つ大革であり、「個性化」路線への転換であった。とりわけ1988年以降は、「新しい学力観」「生活科」「偏差値追放」を三種の神器にした、教育の政策大転換があり(実施は1992年)、1998年以降の新しい「ゆとり教育」も基本的に同じ路線を引き継いでいる。

1998年以降(2002年度実施)の「ゆとり教育」が批判されたのは、突然起こったものではなかった。この底流には、1978年以降繰り返してきた「内容削減」と、選択教科の拡大による「個性化」路線に対する、戦後教育革への各分野に対する、戦後教育革への各分野の不満がある。中でも算数数学国語といった基礎的学力分野は、その結果がに見える形で表しやすい事や、社会一般に危機感を訴えやすいこともあり、PISA結果発表で頂点に達した。


誤解と顛末


学校算数では円周率を3で計算するように教えられると言う誤解が広まる等の現も発生している。このゆとりといった言葉がこの様な事として取り上げられた根は、ある中学受験塾が展開したキャンペーン、「円周率は3.14でなくて3になる」「台形面積め方を教えなくなる」というものであった。このキャンペーン文部科学省は有効な反論が出来ず、さらに、本・雑誌、テレビ・新聞、クチコミ等様々な形式のメディアにより、広く伝播し、インターネットにおいても「ゆとり」と言う言葉に対して悪いイメージわり付く事となった。特にこの時は、文科省に対抗する勢大学教育以外の研究者だったり、当時の与党・自由民主党の議員だったり財界の人だったりと、それまでの日教組教育界という専門分野の人との対立をえて批判が広範囲になされた。

全般としては「学力を低下させる文部科学省の新方針」という批判キャンペーンがあらゆる媒体のあらゆる形で繰り返され、危機感を抱いた文部科学省は、「学習導要領」の位置づけを変更した。

学習導要領は、日本で、「規定の年度には、この内容を教える」という基準を示している。以前の文部科学省の見解では、学習導要領をえる(逸脱する)内容を教えてはいけないという事になっていた (つまり、「上限」であった) が、上記の経緯を辿り、「学習導要領は必要最低限の基準を定めたもの」、つまり、「下限」を示したものであって、それ以上を教える事は何ら問題はないという方針に転換した。

この転換によって、教科書に、「発展的学習」の欄が新設され、一旦削除された内容が復活、実質的には以前同様の学習内容が維持される事が多くなった。上位学年に移動したものも、補習・課題として補される例がある(ただしゆとり世代でも、導入された当初の学年、また地域別・学校別によってばらつきがある)。「詰め込み教育」という批判運動が起こり、「ゆとり教育」へのに方向転換したは良いものの、その集大成がまとまった途端、舌もかぬうちに「学力低下批判」が叫ばれ、三たびの大転換を余儀なくされた。

ゆとり教育の実際

新しい学習導要領によって、「小数点以下2位までは教えない」―ならば→「円周率は3.14とは教えないのだろう」という推測は自然に成り立つが、実際は、3.14だと教える事になっている

また、台形面積め方までは、教えない事になったが、実際の教科書では、その直前まで教え、台形面積は「生徒自らが考えてめるような導が出来る」ようになっている。

新設された内容

総合学習

総合的な学習の時間は、2002年の学習導要領において「総則」のところで定められた。2000年の移行期間においてすでに時間を設けている場合もある。

絶対評価

学習内容ではないが、児童・生徒に対する評価として、今まで行われていた相対評価にかわって、あらかじめ定められた評価に対してどれだけ到達できているかという到達度評価 (いわゆる絶対評価) が導入された。

2学期制

これも学習内容ではないが、削減された授業時間を少しでも有効に活用しようと、従来の3学期制から2学期制へと転換する学校があった。しかし思ったほど効果が得られず、3学期制に転換し直した学校も増えつつある。


ゆとり教育と学力


頻繁に議論されている「ゆとり教育世代学力」について、高等教育機関社会にて実際に接したもののが聞こえはじめている (日経ビジネスオンライン 「京大工学生はゆとり世代から学力低下」〜さらば工学部(7)[外部]共同通信社 議論OK、学生変わった? 「ゆとり第一世代」入学[外部] 等) 。

しかし、教育の問題は明日からこうなったという具合に原因と結果が簡単には分からない複雑な分野である。その結果が現れるにも時間が大分経ってからの事である。それだけに教育議論では、少し強引に原因と結果を結び付けたがる所があり、学力問題、特に一般に学力の結果はテストの結果でに見える形で表に出やすいからである。しかし余りその中身の詳細までは余り議論はされない。

「学力低下」と言われる数字

国際教育到達度評価学界(IEA)による調査結果

上記の学界では、定期的に数学と理科の学力を測る際調を実施している。

中学二年生の数学成績は、1964年2位1981年1位だった一方、1995年には3位、1999年には5位とやや後退。理科成績は、1970年には1位1983年にはハンガリーに次いで2位だったが、2003年には6位とこちらもやや後退。これが第一の根拠となっている。

しかし、最新調2007年データでは、数学は順位変動なし、理科は3ランク上昇しており、「学力低下」の状況は止めが掛かったかむしろ、回復を示す値となっている。

また、2007年の各均得点を見ると、数学では、日本570点と、1位台湾598点、2位597点、3位シンガポール593点とべ、有意に低いが、4位香港572点と、有意な差はなく、ハンガリーイングランドロシアアメリカ以下全てのべ、有意に高くなっている。
理科も同様な状況で、日本554点で、1位シンガポール587点と有意に低いが、2位台湾557点、また4位韓国553点と同程度であり、イングランドハンガリーチェコスロベニア香港ロシア以下全てのべ、有意に高くなっている。

OECD経済力協力開発機構による「生徒の学習到達度調査」(PISA)

上記はOECD加盟要な発展途上国を加えた約40・地域の15歳を対にした調である。

この調で、日本高校一年生の成績は、「数学の応用」が2000年には1位だったのが、2003年には6位に、「読解」も8位、から14位に後退した。

 

一般にはこの二つの数字をもって、つまり2003年頃をにして、「ゆとり」もしくは「学力低下」が叫ばれている。(「学力低下」もしくは「ゆとり」を表題にした本は、1970年代終わりから出始め(に「ゆとり」をもった学習というポジティブイメージが最初)、80年代には、詰め込みからの反動、「燃え尽き症候群」と対した形で扱われている。90年代には「学力」という形で、より肯定的に押し出す「ゆとり教育」が現れるが、くも90年代終わり頃には、「脱ゆとり」という形で、揺り戻しの本が出てきて、同時に「学力低下」とセットの表題が立つようになる。以下、2002年市川伸一氏の本を始め、メディア露出も増え、2003年のいわゆる「学力調」の数字により、最頻値となった。)

いわゆる「学力低下」への反論

一般的に統計調は、数集団が同で、かつ順位に統計学的な差(有意差)がある場合に、「変動があった」、つまり学力が「下がった」(もしくは上がった)と言える。

IEAの調査について

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最終更新日: 17/10/20 02:05
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