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イチロー


ヨミ: イチロー
掲示板をミル!
1869カキコ!

「気持ち良かったですねえ。ほぼイキかけましたえぇ、サーセン 日本のすべての方に感謝したい。」

キラッ☆

イチロー(本名:鈴木一朗(すずきいちろう、1973年10月22日-)は、日本愛知県出身の元プロ野球選手メジャーリーガー(外野手)である。

それは野球された男、
プロ野球界の至宝、そして日本人の誇りである。


概要


走攻守の三拍子が高いレベルっているプレイヤーで、特に守備における強肩には日本プレイしていた頃から定評があった。

ニコニコ動画で見られるレーザービームMADの元になったプレイはその最たるもので、MLB1年の「新人」イチローが見せた強肩ぶりは、彼がMLBでもオールスターの常連になるほど人気を得るきっかけになったと言える。

以下はWikipediaからの引用である。

レーザービーム』は2001年4月13日オークランド・アスレチックス戦で、ライトヒットで三進を試みた一塁走者のテレンスロングを、正確且つ強い送球で三塁補殺した際、実況アナウンサーであったリックリズが「イチローからのレーザービーム攻撃だ!」と叫んだことに所以する。
Wikipedia イチロー[外部]より)
シアトル・マリナーズ #51
会長付特別補佐
イチロー
Ichiro Suzuki
基本情報
日本
出身地 愛知県
生年 1973年10月22日
身長
体重
180cm
77kg
選手情報
投球・打撃 右投左打
守備位置 外野手
プロ入り 1991年ドラフト4位
経歴
際大会
代表チーム 日本
WBC 2006年2009年
メジャーリーガーテンプレート

2009年に行われた第2回WBC決勝戦で決勝点となる2点タイムリーヒットを放ち、韓国からのサイバー攻撃ですら落ちる事が2ちゃんねるサーバーが5つ落ちた。

この事により同年の4月5日ひろゆき達がイチローの実家に生取材し、ヒット1本でサーバーを5つ落とした事を表する様子(ついでにハハローのカレーも食べる予定)をニコニコ生放送で配信するはずだったが、WBC後のオープン戦でイチローは体調不良を訴えていため精密検を行った結果、出血性潰瘍であることが判明。初の故障者リスト入りし、メジャー開幕戦出場が絶望的になってしまったため、ご家族の心配を運営が考慮した結果、生放送は中止となり表状を渡すのみとなった。

しかしその後、その様子を配信する事を予告し、4月22日に実際に配信された。表状はイチロー記念館にキチンと飾られているようである。


2012年7月23日、D.J.ミッチェル投手ダニーファカー投手との2対1交換トレードで、ニューヨーク・ヤンキースへ移籍が突如発表された。入団時から背負ってきた、代名詞ともいえる背番号51」は「31」へと変更された。


2014年オフFAとなり、2015年以降はマイアミ・マーリンズ契約を結んでいる。背番号2012年以来の「51」。


2017年オフマーリンズFAとなり、イチロー本人く「ペットショップで売れ残った大きなみたい」のままオープン戦が始まった。


2018年3月に入り、古巣マリナーズから突如オファーがあり緊急渡オファーからわずか1週間もせずに正式にメジャー契約、入団が決まった。背番号2012年7月にイチローが抜けてからきになっていた「51」。実に6年ぶりの復帰となった。
入団会見では、前途のの話題に絡めて、「ケージの中で一番大きく育ってしまったを優しく迎えてくれた。それに対して、全てをささげたい、忠心が生まれるというのは当然のことです」と述べた。

おこのような表現になった背景として、後述の通りイチローは好きであり、「一」くんと、その息子の5兄弟のなかの長男である「宗朗」くんの二頭を飼っていることも関係していると思われる。


2018年5月4日マリナーズの特別アドバイザーに就任されたことが発表され、同時に残りの試合は選手出場はないことも発表された。ただし、チームには帯同して練習は続けていき、翌年の選手復帰をした。


2019年3月20日、約10か半ぶりに選手復帰を果たすものの2019年3月21日、試合終了後の会見で現役引退を表明。今後の去就は未定である。


■sm6823291[ニコ動]


人物像


バッティング

[画像]
バットを掲げるイチロー。イチロー独特の行為の1つ。

とにかくヒットを打つ事にこだわりがあり、加算される安打数に対して、数値が上下に変動する打率には特に拘ってはいない。これは若い頃に上下変動する打率を気にするあまりプレッシャーを感じたため、それ以降このスタイルを貫くようになった。

四球審判の判定に左右される(≒自分自身でコントロールできない)」という考えを持っているため、四球は少ない。四球の数は出塁率の上昇に繋がるため、このスタンスは普段1番という打順上、「自分勝手なプレーだ」という批判も多少あるようだ。ただイチローの実際の出塁率はむしろ高い方である。

■sm2133506[ニコ動]

また打ちで尚且つバットコントロールも上手い為に三振も少ない(三振の少なさは高校時代から知られており、高校3年の時の三振僅か3つである。また、216打席連続三振日本記録も持っている)。

また、高校時代からその打撃センスは現われており、三年時の県大会打率7割えている。高校通算で570打数279安打打率.489を記録している。

NPBの生涯通算打率公式な記録となる4000打数には到達していないため参考記録となっているものの、NPB通算打率は.353を記録しており、これは公式NPB生涯通算打率である青木宣親の.329を大きく上回っている。また、2000年にはシーズン打率.387を記録しており、これはランディ・バースが記録したシーズン打率.389に次いでNPB歴代2位パ・リーグ記録となっている。MLB通算打率でも.311という高い数値を記録した。

レギュラーに定着した94年から2010年に至るまで17年間打率3割以上をマークしていた。特にNPBに在籍していた2000年までは94年から毎年シーズン打率.340以上を記録して首位打者タイトルを獲得していた。MLBでも2度の首位打者いており、シーズン打率.350以上を4度記録している。

1994年にはNPB初となるシーズン200本安打を達成。最終的にNPBシーズン安打数の記録を210本までに伸ばした。後にマット・マートンによってこの210本という記録は破られるものの、現在でもNPB歴代3位、パ・リーグ歴代2位である(1位西武秋山翔吾2015年に記録した216本)。

MLBでは2001年~10年にかけて10年連続200本安打を達成しており、これはMLB記録となっている。単年の記録でも10回のシーズン200本安打達成はピート・ローズに並んでMLBタイ記録である。2004年にはジョージ・シスラーシーズン257安打という記録を84年ぶりに更新するシーズン262安打を記録した。

※前述の安打数の記録に関して、マートン144試合制の144試合出場で214安打秋山143試合制の143試合出場で216安打、イチローは130試合制の130試合出場で210安打という記録である。またジョージ・シスラーは154試合制の154試合出場で257安打、イチローは162試合制の161試合出場で262安打という記録である。それぞれの記録には多少疑問が残るかもしれないが、それぞれ条件が異なるため一概に較することは意味であることを付け加えておく。

[画像]
オリックス時代のイチロー。左は仰木彬監督(当時)

■sm2260848[ニコ動]

オリックス時代には一軍定着後、毎年2桁本塁打シーズン最高は25本塁打)を記録しており、パンチも兼ね備えている。だがヒットを多く打つがためにわざと単打や内野安打狙いのバッティングをしている。実際に試合前の練習などではホームラン性の打球をかっ飛ばしている。

本人も「(率が).220でいいなら(ホームランは)40本と言っておきましょう」とっており、元同僚の佐々木主浩も「試合前の練習ではめっちゃホームランを打ってるけど、イチホームランよりも滞時間が長くて綺麗。打率を気にしなければ40本は絶対打てる」と言うほどである。

スタメンで出ていた頃は打順で1番が定位置となっていたがチャンスに滅法強く、打順に対して割と多い打点を記録している。オリックス時代の1996年には3番を打ち、オリックス最終年の2000年には4番を打っていた。1995年には1番を打ちながら80打点打点王を獲得(初芝清田中幸雄と同時受賞)、1997年にはシーズン17本塁打ながら自己最高の91打点を記録している。

これだけの打率の高さ、加えて得点圏の強さが逆に敬遠に繋がる事が多い。日通算で279敬遠、日本通算でも歴代13位となる98敬遠を記録している。

日本で活躍していた頃は右足大きく上げる特徴があるバッティグフォームであった。メジャーに渡った頃から足を大きく上げるフォームはやめたものの、スイング中に体の回転軸が投手側に大きく移動する「振り子打法」は変わっていない。一般的にスイング中に頭が動くと線がブレて、ボールを打ちづらいとされるためスイング中の頭の位置は動かないことが基本とされる。しかしイチローの場合「自分は動いていた方がボールを見やすい」とっており、イレギュラー打法ヒットを積み重ねている。イチローの活躍によって同様の打法を用いる選手が出てくるようになったが、打撃のセオリーから逸脱している特殊な打法であるため活躍する選手は少なく、導者によっては邪とされる場合もある。

打ってからのスタートがとても速い独特のバッティグフォームであり、打球が詰まってもボールヒットゾーンへ運ぶ技術を持っている。打ってからのスタート速さメジャーの後退気味の内野守備位置によってMLBに移籍してからは内野安打の数が非常に多い(概ね、毎年シーズン安打2025%)。また、イチローの場合「芯を捉えて打球を飛ばすバッティング」と「狙って芯を外して打球をヒットゾーンへ運ぶバッティング」を使い分けており、このわざと詰まらせるバッティングによって、内野安打内野手外野手の間に落ちるポテンヒットを生み出している。この「わざと詰まらせる」技術を会得している選手は非常に少なく、内川聖一銀次などの一部のアベレージヒッターのみができる究極のバッティング技術である。

NPB後期には甘い球を打ち損じる傾向が強いという弱点があった。普段厳しいコースばかり攻め続けられるため突然甘い球が来ると対応ができない、という理屈である。ダイエー時代にイチローからプロ安打を打たれた木村恵二は後に西武に移籍した時にこの弱点を見つけ、見事に抑えられたという。

先は打撃の調子が悪く、5月になると一気に調子が上がる傾向がある。

2011年シーズンは開幕こそ好調だったものの、本来調子が上がる5月6月半ばにかけて不調に陥った結果、規定打席に始めて到達した94年以降では始めてシーズン打率が3割を割り込み、シーズン200本安打の記録も10年連続で途切れた。以降も移籍による起用法の変化によってレギュラーが確約されなくなり、2010年を最後にシーズン200本安打シーズン打率3割を記録することはなかった。それでもMLB通算16年でのMLB通算3000本安打達成はピート・ローズに並ぶ最速記録だった。


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最終更新日: 19/04/10 00:11
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