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サンデーサイレンス


ヨミ: サンデーサイレンス
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サンデーサイレンスとは、元競走馬・元種である。イニシャルからSSとも呼ばれる。

1986年3月25日生、2002年8月19日没。
ヘイローウィッシングウェル、アンダースタンディング。
生涯競走成績14戦9勝。
タイトル ケンタッキーダービープリークネスステークス・BCクラシック
成績 13年連続リーディンサイアー


競走馬としての概要


サンデーサイレンスはアメリカケンタッキー州ストーンファームで産をあげた。ヘイローアメリカリーディンサイアーに二度もなったことがあるほどの名種のウィッシングウエルはG2勝ちである。そういうに聞くとなかなか良い血統のように思える。

しかし、ヘイロー人を噛み殺そうとしたことがあるくらいの荒で、種時代には人を噛まないように口に籠を付けられた程だった。このためか、リーディングを獲得するくらいでありながらそれ程高く評価されていなかった。

更にウィッシングウェルは系に活躍がまるでおらず、アンダースタンディングも丈夫なだけが取り柄だったような地味。なんで活躍したのかが不思議というような血統であった。にこのウィッシングウェルの血統の悪さが、後にサンデーサイレンスの運命を決することになる。

ちなみにウィッシングウェルも「キチガイなんじゃないか!?」と競走馬時代の調教師が言ったほど気が荒かったそうだ。・・・このから生まれたサンデーサイレンスの気性は・・・お察しください。

サンデーサイレンスは、実は生まれた時の評価が著しく低かった。奢だったのと後脚がX字に曲がっていたからである。このため「あんなひどい当歳は見たことが」「見るのも不愉快」と言われるありさまで、活躍した後にも「サンデーサイレンスの体の欠点はを瞑って済むような軽いものじゃなかった」「あれは突然変異だ」などと言われている。

血統も悪く体も酷く、おまけに気性もの頃から暴そのもの。おかげでセリでは売れ残り、にも買取を拒否されるありさま。更にウイルス性の下痢で生死のを彷徨ったり、セリからの帰り道の運転手が心臓発作で急死してが横転(サンデー以外のは皆死亡したり「この、呪われてるんじゃね?」と思えるような不運に見舞われる。とにかく悲惨な牧場時代を過ごしたサンデーサイレンス。性格が荒むのも理はいよね。

しかし、仕方なく牧場アーサーハンコック氏所有のままレースに出してみるとこれが大活躍。まるで期待していなかったハンコック氏を大層驚かせた。

二歳戦を2・1・2着したサンデーサイレンスは3歳になると然本領を発揮する。一叩きを楽勝すると初重賞挑戦のサンフェリハンデキャップ(G2)も出遅れをして勝利。この時点でケンタッキーダービーの有補に挙げられる。そしてサンタアニタダービーを11身というやり過ぎですよというような勝ち方で優勝。勇躍、ケンタッキーダービーに乗り込んだ。

・・・のだが、ここにが待っていた。

イージーゴーアである。アリダー バックパサー系も一流という嫌味なほどの良血に加え、非の打ち所の体を誇ったこの毛のは「セクレタリアトの再来」とまで言われて高い評価を受けていた。ケンタッキーダービーの一番人気もこのだった。

しかし、重馬場で行われたこのレースで、サンデーサイレンスはスタート直後に横のを吹っ飛ばして好位を占めると、直線、またしてもノーザンウルフ体当たりをかますという荒っぽい走りで抜け出して優勝。馬場のせいか追い込みきれなかったイージーゴーアを1身半も負かしたのであった。この時点で調教師のチャーリーウッディガム氏は「この三冠馬になる」と言い切ったという。

ところが、サンデーサイレンスは二冠プリークネスステークスを前に調子を崩す。「前走は馬場のせい」「実イージーゴーアの方が上」という見方もあり、このレースでもサンデーサイレンスは二番人気に甘んじた。

そしてレース。向こう正面で既に体を合わせていたサンデーサイレンスとイージーゴーア。そのまま二頭で抜け出すと直線ではびっしり叩き合いになる。お互いメンチを切り合い額をぶつけ合う様な競り合いはゴールまで続き、内イージーゴーア外サンデーサイレンスがほぼ並んでゴールイン。鼻差サンデーサイレンスが競り勝って二冠いたのだった。

これで三冠馬の期待が掛かったサンデーサイレンス。三冠ベルモントステークスでは初めてイージーゴーアを上回る一番人気に支持される。ところがこのレースイージーゴーアがひたすら強かった。サンデーサイレンスは直線で置いてきぼりにされて8身差。三冠の夢は敗れたのだった。

これで調子が狂ったのか、続くスワップスステークスでは二着。標のブリーダーズカップクラシックに向け暗が漂った。しかし、休養と立て直しが上手く行って、スーパーダービでは6身差圧勝。イージーゴア(こっちはG14連勝だった)との4度の対決の舞台へ向かった。

迎えたブリーダーズカップクラシック。勝った方が年度代表だと言われ「10年に一度の大一番」とまで評されたこのレース。一番人気はまたもイージーゴーアだった。

スタート立ち遅れたイージーゴーアに三番手を占めたサンデーサイレンス。軽い手ごたえで先頭を伺いながら直線へ。イージーゴーアは手応えが悪く、騎手はおっつけっぱなし。ああ、これは楽勝だなぁ・・・。と思ったら、突然伸び始めるイージーゴーア。余裕ぶっこいてたサンデーサイレンス上のクリス・マッキャロン騎手もこれには仰。泡を食って追い出しに掛った。追い込むイージーゴーア伸びるサンデーサイレンス。しかしサンデーサイレンスはイージーゴーアを首差抑えたのだった。

サンデーサイレンスは4歳になっても競争生活を続行したのだが、前年の走が祟ったのか、故障を発症。一度は復帰して一勝を挙げたものの、更にじん帯断裂を発症。引退が決定した。

イージーゴーアとの名勝負は現在でもアメリカ競馬界のである。対戦成績ではサンデーサイレンスの3勝1敗だが、サンデーサイレンスは小回り中距離が得意で、イージーゴアは大飛びなステイヤーであったため、対決の舞台に得意条件が多かったサンデーサイレンスの方が有利だったとも言われる。ちなみに、二頭の勝負は常に人気薄の方が優勝するという結果に終わっている。

期待出来ない雑草から年度代表へという、アメリカドリームを体現したような競争生活。日本オグリキャップを思わせるストーリーからファン人気も高かった。競馬場で売られるTシャツ(流石にぬいぐるみはなかったらしい)などのホースグッズの売り上げも、ライバルイージーゴーアのそれより断然高かったのだそうだ。だが券は別だった。

体にシャドーロールの姿は産駒のジェニュインを思い浮かべてもらえば分かり易い(シャドーロールの色が違うけど)。脚運びが滑らかでいつ手前を変えたのかも分からない程だったそうである。加速しながらコーナーをこなせる器用さもあった。そしてあまりの酷さに騎手が怒って騎乗拒否を起こすほどの気性悪と引き換えに得た、類の勝負根性。どれも後に産駒に良く伝える事になるこの特徴が、デビュー前の評価を覆した「突然変異」に繋がったのであろう。

1996年ライバルイージーゴーアに一年先んじてアメリカ競馬殿堂入り。二十世紀のアメリカ100選では31位。ここでも34位のイージーゴーアに勝っている。


種牡馬としての概要


サンデーの持ちハンコック氏はアメリカでの種サンデーサイレンスの成功を信じ、種入りのために1000万ドル(125万ドル×40口)のシンジケートを組んだ。ところが、血統的な評価があまりにも低かったことで種としてはさっぱり人気がなく(買い付け希望3、種付け希望2頭しかいなかったそうである(ノ`))、これではサンデーサイレンスの成功はおぼつかない、というか自分の借が膨らんでいてまずいということで当初からそんない話など知らぬかのように熱心に購入を打診してきた日本吉田善哉氏に16億5000万円で売却されることとなった。吉田氏はアメリカで「日本ブリーダーがとても成功しそうに系から生まれたヘイロー産駒を買っていった」と笑いものになったそうである。

しかし、これがサンデーサイレンスの、そして日本競馬界の運命を大きく変えることになる。

日本に輸入されたサンデーサイレンスはさすがに人気であり、たちまちシンジケートは満口となった。が、当時は日本でも既にリアルシャダイトニービンブライアンズタイムといった様々な人気が名を連ねており、外部からはさほど優秀な繁殖は集まらなかった。しかし、サンデーサイレンスの成功を信じた吉田善哉氏は(吉田氏はサンデー産駒のデビューを見ることなく1993年に亡くなっている)社運を賭けて社台の名繁殖にこぞってサンデーサイレンスをつけさせた。もっとも、生まれた産駒に対する競馬関係者からの評価はそれ程高くはなく、史上に残る大失敗か?・・・とも思われたのだが・・・。

予想を覆して産駒は大活躍。なにしろ初年度の産駒からG1を何頭も輩出し一気に人気となる。初年度産駒では朝日杯3歳ステークスを制したフジキセキ三冠馬間違いなし、といわれる強さを誇っていたが故障で脱落。なのにその年のクラシックの勝ち
皐月賞ジェニュインサンデーサイレンス)
日本ダービータヤスツヨシサンデーサイレンス)
オークスダンスパートナーサンデーサイレンス)
桜花賞ワンダーパヒュームだけはサンデーサイレンスではない)
・・・何を言ってるのかさっぱり分からないと思うが、筆者も何を言ってるのか分からなかった。
信じ難い大活躍に日本競馬関係者は驚愕し、アメリカ競馬関係者もを疑ったという。
あまりの活躍ぶりに産駒が熟なだけではないか、と疑うも流れたが、程なくして覆されたのは言うまでもない。

アメリカではダートでしか走っていないサンデーサイレンスだがサンデーサイレンスの産駒は芝でに活躍し(中央競馬ダートGIを勝ったのはゴールドアリュールのみ、地方競馬ダートGIを含めてもイシノサンデーが加わるのみである)、様々な距離レースで活躍し、サンデーサイレンスの産駒はまさに日本競馬界を席巻した。13年連続リーディンサイアーというとてつもない記録がそれを物語る。良くも悪くもサンデーサイレンスは日本競馬そのものを変えてしまったのだ。何しろ2011年ダービーでは、出走した18頭のうち16頭のがサンデーサイレンス、他の2頭はがサンデーサイレンスだった。サンデーサイレンス系は今や日本を席巻し、世界へ羽ばたこうとしている。日本競馬るにおいてもはや絶対に外せない存在、それがサンデーサイレンスなのである。

とはいえ、1つだけサンデーサイレンスにも持ち得なかった物があった。それは寿命2002年に蹄葉炎を発症し、そのまま死亡。まだ16歳人間換算で50歳ぐらい)だったので、まだまだ種として活躍出来ただろう、とあまりに惜しまれる死であった。ライバルの1頭であったブライアンズタイム28歳(人間だとおよそ80歳!)で死ぬ直前まで種付けしていたことを考えると残念でならない(※年齢換算は、Wow Horsesというサイトに掲載されている「齢4歳=人間20歳、齢24歳=人間70歳」に基づき、4歳以降の数式「10+齢×2.5」の数式を用いたものとして計算)。

なおサンデーサイレンスの産駒は2018年のビュレットライナー(ディープインパクトと同じ2002年生まれ)を最後に全て引退し、現役はいなくなった。


血統


サンデーサイレンス
1986 鹿

Halo
1969 鹿

Hail to Reason
1958 鹿
Turn-to Royal Charger
Source Sucree
Nothirdchance Blue Swords
Galla Colors

Cosmah
1953 鹿
Cosmic Bomb Pharamond
Banish Fear
Almahmoud Mahmoud
Arbitrator

Wishing Well
1975 鹿
FNo.3-e

Understanding
1963 
Promised Land Palestinian
Mahmoudess
Pretty Ways Stymie
Pretty Jo

Mountain Flower
1964 鹿
Montparnasse Gulf Stream
Mignon
Edelweiss Hillary
Dowager

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最終更新日: 18/05/24 03:36
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