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シンボリクリスエス


ヨミ: シンボリクリスエス
掲示板をミル!
25カキコ!

シンボリクリスエスとは、1999年まれの競走馬G1に4勝もした名である。

名前が言いにくいので有名。言い間違えて「クリエンス」と言っちゃうと障になっちゃうから注意。


概要


Kris S. Tee Kay Gold Meridianというアメリカ。ただしシンボリ牧場社長和田氏の持ちで、配合を考えたのも和田氏であった。クリスエスロベルト系の名種は異系で、種になった時に幅広い配合が出来るようにと考えて生産されたらしい。

まぁ、その辺の事情が分からないファンたちは「なんでシンボリ牧場が外を走らせてるん?」「ルドルフがあんまり走らないからか?」などと言ってたな。シンボリインディも含めて。

シンボリと付き合いの深い藤沢和雄調教師の元に入り、デビュー戦を出遅れながら勝利540kg近い巨であり、仕上がりはきっと遅いだろう藤沢厩舎だしと思っていたファンを驚かせた。

その後勝ちあぐねるが、3歳の山吹賞、青葉賞を連勝。出走資格を得て日本ダービーへ向かう。藤沢調教師はこの頃日本一調教師の名を欲しい侭にしていたのだが、クラシックには縁がく「このならダービー勝てるんじゃね?」とこっそり思っていたらしい。

そこへ、青葉賞で乗っていた武豊騎手が一言「このになったら強くなりますよ」

かよ!」

その言葉どおり、ダービーではタニノギムレット(武騎手上)に僅かに及ばず二着。そうか、あの言葉は「が勝つけどにはまた乗せてね」って意味だったんだな。乗せねーから。

神戸新聞杯でノーリーズンに楽勝。しかし距離適正を考えて天皇賞に向かう。この年は東京競馬場修工事のため中山開催であった。このレースの敵は古ナリタトップロード。ただしこの中山競馬場を苦手としているのは周知の事実だった。実際、コーナーでもたもたしているトップロードに、あっさり抜け出して優勝。

中山2200mという変な開催だったジャパンカップでは日本総大将に推されるも、僅差で3着に敗れる。正直、馬場がもう少し良ければ勝っていただろう。有馬記念ではタップダンスシチーの大逃げにも動ぜず、物凄い脚で差し切って優勝。

あっという間にG1二勝。JCこそ惜しかったが、勝ったレースは正に予定通りな感じの優等生的な勝ち方で、全然血縁関係はいのにシンボリルドルフレースと重ねて見たファンも多かった。この年の年度代表にも選ばれ、テイエムオペラオー後の競馬を担う存在になる、と思われた。

だが、この頃から競馬人気は急速に冷え込み始めていた。既にオペラオーの頃からかなりその傾向があったのだが、この2002年にはより酷くなってきていた。もちろんシンボリクリスエスはのせいとだけは言えないが、彼は外で、ストーリー的にファンに訴えてくるバックボーンを持っていなかったこともあり、彼が勝ってもなんとなく盛り上がらなかったのである。まぁ、後から考えると、その年の勝利岡部騎手最後のG1制覇だったのだが。

そんなわけで、シンボリクリスエスは翌年、宝塚記念までお休みしていたのだが、も文句を言わなかった。その宝塚は全然らしさが出ず5着。勝ったのはヒシミラクル。そう。あの、ミラクルおじさんが二億円けたあのレースである。ちなみに一番人気はシンボリクリスエスで、おじさんけたのはにシンボリクリスエスが人気を背負って負けたからだと言って良い。

またお休みして天皇賞。前年と違ってピカピカになった東京競馬場での開催であった。大外であったが、ローエングリン逃げにも動ずることなくそつのレースで圧勝。連覇は史上初だった。このレース上はオリビエ・ペリエ騎手。騎手まで外国人か~。ファンはなんとなく溜息を吐いたのだった。

そして去年の辱を狙ったジャパンカップ。だったのだが、ここはタップダンスシチーがなんだかのように強かった。シンボリクリスエスは不良馬場でのめってしまい、大きく離される3着。

このレース敗北に怒ったのか、藤沢調教師は引退レース有馬記念を前に、シンボリクリスエスにしく強い調教を掛けたという。そうとは知らないファンは、その年の中山馬場があまり良くなかった事もあり彼への評価を下げてしまう。

ところがレースは凄かった。物凄いハイペースめに上がって前をつつきまわし、4コーナー出口では先頭に並びかけ、追い出したらもう差が開きっぱなし。次代の王者ゼンノロブロイが画面に映らなくなるほどぶっちぎってレコードタイムゴールファンは「そんなに強いだったんか!?」と今更気が付いたのであった。もっとくこういう手なレースをしていれば人気が出たろうに・・・。

ペリエ騎手は「自分の乗ったの中でパントレセレブル凱旋門賞)に匹敵するベストホースだ」と言い、この年も年度代表に選出された。有馬記念連覇は史上4頭。名である。

いや、強いのは強いのだが、圧倒的な感じがせず、券的に軸にするにはやや頼りないであった、レース振りも面くなく、出走レースも多くない。う~ん。大方のファンは「シンボリクリスエス?ああ、あの強かった名前が言いにくいね」くらいに覚えているのではないだろうか。このゼンノロブロイ藤沢厩舎の全盛期を担った名なんであるが、ってなんとなく印に薄い。同時期にいたタニノギムレットとかヒシミラクルとかタップダンスシチーのほうがタレント性に優れていたとか言わない。その後出たディープインパクト手すぎるせいともいわない。

引退して種入りしたシンボリクリスエス。ノーザンダンサー系にもミスタープロスペクター系にも付け易いのが売りで、かなり期待されたのであるが、サクセスブロッケンフェブラリーステークスに勝ったくらいでそれほどパッとしない(まぁ、サンデー系のらが異常過ぎるのだ)。2011年にはアルフレードが朝日杯フューチュリティステークスに勝って久しぶりにG1勝ちが出た。に似て大きな形の良いであるので期待したい(に似て不良馬場のスプリングステークスで沈没しているけど)。また、2013年エピファネイア菊花賞を制し、自身が勝つことの出来なかったクラシックレースを制した。後にジャパンカップにも勝ち、中長距離で第一線をる事の出来るがようやく誕生した。ブルーメアサイアーとなっても優秀なは誕生し、日本ダービー天皇賞を勝ったレイデオロ歴史的な障であるオジュウチョウサンなどを出している。

シンボリクリスエスは、おそらく実況でもっとも名前を言い間違えられたなんではないだろうか。


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最終更新日: 19/05/28 09:40
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