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セクレタリアト


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セクレタリアトSecretariat、1970年 - 1989年)とは、アメリカ競馬界の最終兵器である。


概要


アメリカ合衆国競走馬・種マンノウォー(Man O' War)と並ぶアメリカ競馬の二大巨頭
名前の意味は「事務」あるいは「書記職」で、これは彼が産まれた牧場「メドウ・ステーブル」の事務を担当した女性エリザベスハム感謝を込めての命名だった。
また、燃えるような赤毛を意味する「ビッグレッドBig Red」の称でも親しまれた。

米国三冠を全てレコードタイムで制覇し、その全てが今なおレースレコードとして刻まれている(二冠プリークネスステークスは当時計測器が故障していたため手動計測による1分544という記録だったが、2012年に最新の映像技術等による検証の結果1分530に修正された)など、ダート競争で圧倒的な強さを発揮。
一方、芝レースにおいてもG1マンノウォーステークスを新記録で圧勝するなど非な実を見せた。
雑誌「TIME」で行われた20世紀アスリートラキングでありながら上位に選出され、また表を飾るという栄誉を受けている辺り、いかにこのパフォーマンスが突き抜けていたかが伺われる。

そんな彼にもたったひとつだけ弱点があった。それは出遅れ癖である。そのせいで取りこぼしたレースも多く、故に敗で競争人生を終えることは出来なかった。
もっとも、いつもスタートばっちり決めるようだと後述のスーパーレコードのようなレース日常茶飯事となったであろう。神様ってのがいるなら、一応ちゃんとそのへんは調整はしているのだろう。 

としてもながらとも互に戦いエクリプス賞年度代表いたLady's Secretベルモントステークスには及ばずとも凄まじい大差で圧勝したRisen Starを輩出するなど結構な好成績を残したが、圧倒的すぎた競争時代にべるとおとなしい成績に終わった。後継種アメリカの第一線からははじき出されてしまった。
しかし彼の本領は系に入ってこそだったようで、エーピーインディらを通じて影を行使している。

1989年、蹄葉炎を発症。治療を受けたが手遅れで、安楽死処置が取られた。享年19歳。死後に遺体が解剖され、心臓が通常のサラブレッドの2倍近く大きかった事が判明している。
余生を過ごしていたクレイボーンファームに埋葬されており、今でも墓参する人が絶えない。

2010年映画「セクレタリアト/奇跡サラブレッド」が開。セクレタリアトと、彼が産まれた牧場「メドウ・ステーブルオーナーのペニー・チェネリーの実話を基にしている。


不滅のレコード


セクレタリアトといえば、1973年ベルモントステークスがあまりに有名である。
しくスタートをばっちり決めてハナを切ったセクレタリアトに前二冠連続2着のシャムが競りかけるが、追って併走してくるシャムを持ったままで競り潰すと、後はセクレタリアトの独壇場。2着のトワイアプリンスに31もの大を付けて圧勝した。ちなみに彼がゴールした時にまだ他2300mも過ぎていなかった。な ん だ そ れ

この時の勝ち時計2分240は従来の記録を2.6も縮めたばかりか、ダート12ハロン2414m)の世界レコードをも塗り替えるものだった。セクレタリアト以外に24台を記録したは存在せず、25台すら稀(ベルモントステークスでの25台は皆無)であるため、永久更新不可能とも言われる。


関係者のコメント



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最終更新日: 17/02/18 21:38
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