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トニービン


ヨミ: トニービン
掲示板をミル!
9カキコ!

掲示板より拝借、ありがとうございます

トニービンとは、アイルランド生まれ・イタリア育ちの元競走馬日本の元種である。
イタリア育ちの競走馬としてMolvedo以来の凱旋門賞制覇を達成し、日本でも種として個性を送り出し
ブライアンズタイムサンデーサイレンスと覇を競った。


現役時代


は晩年、彼が大活躍していたために日本にやってきたカンパラ、Severn BridgeHornbeamという血統。
ぶっちゃけると地味の一であり、セリでもなんと50万円とも70万円とも言われる破格の安さアイルランドからイタリアドナドナされてしまった。

イタリアデビューすると2連勝を挙げ、イタリアの2歳王者決定戦イタリアグランクリテリウムへ向かう。 ここは同じ厩舎のエースペースメーカーとしての出走だったが
3着に善戦する。ちなみにエース惨敗。そのため彼の存在は大きくなった。
とはいえ、3歳の時の彼はとにかく詰めが甘いの一であり、準重賞やグレーしのレースは勝つがデルビーイタリアーノ4着、イタリア大賞3着
ジョッキークラブ大賞2着と肝心なところで詰めを欠くところがあった。

しかし4歳になると開。4連勝でイタリアビッグタイトル共和大統領賞とミラノ大賞を獲得。イタリアエースに登り詰めると
フランスのサンクルー大賞へ向かい、ムーンマッドネスの2着に食い込む。意気揚々とキングジョージに乗り込んだが
ここは輸送のトラブルやReference Pointという怪物にねじ伏せられ5着。
内の準重賞を勝った後再びフランス遠征し凱旋門賞へ。Trempolinoの劇的レコードには敗れたが2着に食い込み、全欧でも屈の強と認識させるに十分であった。
その後、内に戻りイタリアビッグタイトルジョッキークラブ大賞を制覇。タフである。次走は余計だったか負けちゃったけど。

5歳になっても現役続行。共和大統領賞とミラノ大賞を共に連覇。キングジョージへ向かったが仕掛けが祟ったかMtotoの切れ味鋭い末脚に屈し3着。
その後一頓挫あってギリギリになったが内のGⅢを勝ち連闘で凱旋門賞へ。直線残り200で突き抜けるとMtotoの追い込みをしのぎ切り凱旋門賞制覇を達成。
イタリア調教としてはRibotの息子Molvedo以来の快挙とあって、イタリア競馬ファンは熱狂で彼を迎えたが
ジョッキークラブ大賞では連覇失敗、その後5億円で社台グループに買い取られていたため、種入り前のお披露ということでジャパンカップへ。
がなかったか、自身は日本向きじゃなかったのか5着と凱旋門賞定位置?に落ち着き引退。そのまま日本で種入りした。 


転売ヤーガウチの栄光


さて、トニービンのは婦人の名義ではあったが、ルチアーノ・ガウチというイタリアの実業が所有していたのだが
この名前、サッカー好きならピンときたであろう。そう、中田英寿が最初に移籍したイタリアクラブACペルージャ(現ペルージャ・カルチョ)の元オーナーである。
50で買ったトニービンが賞もろもろ含めると10億近くに化けたのを元手に、ペルージャを所有するに至ったのである。
ちなみに、中田英も470万ドルで獲得したところ大活躍して1600万ドルローマに売れたため「日本人のお陰で大成功したよ、ありがとう」と言っていたとか。
ちなみに、カルチョバブル崩壊で経営が悪化した時に脱税ほか不正を多重にやらかし一家諸共逮捕され没落したため、もうペルージャはもとより
中田英が入団会見を行ったのような邸も持っていない。ちなみにその邸の中庭には像があったのだが…その像、トニービンをモデルにしたものである。 


種牡馬時代


話をトニービンに戻すが、初年度から二冠ベガダービーウイニングチケットマイルの女ノースフライト小島太劇場男優賞受賞サクラチトセオーと活躍を多数輩出。
その後もジャングルポケットエアグルーヴらを輩出し成功を収めた。
とはいえ、初年度から三冠馬ブライアンズタイムや、二世代だけでリーディンサイアーいたサンデーサイレンスべると若干パンチがないような気もするが
こいつらが規格外なだけでトニービンも十分キチガイじみている。この三頭はマジ規格外としか。
産駒の傾向としては、やや不器用で広々とした左回りの競馬場が得意というところがあり彼の産駒がノーチャンスだった2006年創設のヴィクトリアマイルを除けば
NHKマイルカップオークス日本ダービー安田記念天皇賞(秋)ジャパンカップ府中芝のGⅠは全制覇している。
数を稼げる下位条件に多いダートは走れる産駒もいるが基本的には苦手というところがありながら、リーディング上位にいられたのは上位の賞が高い府中が産駒の得意の舞台だったためとも言える。
これだけの活躍を見せたが2000年心臓麻痺で急逝してしまった。享年17歳。ちょっと若すぎる死であった。
後継種ジャングルポケットがほぼ孤軍奮闘状態であり、別系統はミラルアドマイヤ→カンパニーラインくらいしかない。
10年20年は持つだろうが、それ以降はどうなるか不明瞭である。頑ジャンポケ

としてもサンデーサイレンスやその他の種とも良好な相性であり、ハーツクライアドマイヤグルーヴルーラーシップなど芝の活躍はもちろん
アドマイヤドンビッグウルフトランセンドのようなダートカレンチャンのようなスプリンターなど多種多様な産駒を輩出している。
小回りがダメだった傾向もとしてならかなり解消されており、上手く強さや息の長い末脚を伝えられている印がある。
系が絶えても、系の祖としてなら永きにわたって生きていけるであろう。
凱旋門賞=失敗種という法則日本にはあった中で、これだけ卓越した成績を残せた当たり非としか。

生まれたばかりで数億円の評価をされた競走馬としても繁殖としても大コケする一方で
トニービンのようなわずか50万円の評価しかされなかったが、ここまで大活躍し種としても日本という狭い地域とはいえ血統地図を塗り替える活躍をしたんだから
競馬というものはよくわからない。でも、それが面と筆者は感じるのである。 


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最終更新日: 15/03/07 02:03
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