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トマソン


ヨミ: トマソン
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曖昧さ回避
  1. 英語圏の姓、Thomason。ゲーリー・トマソンなどが著名。
  2. 瀬川らの提唱した芸術概念。当記事で解説。
  3. 日本アニメ制作会社トマソン (アニメ制作会社)を参照。
この記事は用のものかもしれません。
「トマソン」とはそういうものです。消えないうちに、取り急ぎ観測を要します。

トマソンとは、芸術である。

芸術とは芸術芸術だと思って作るものですが、この芸術というものは、芸術が、芸術だとも何とも知らずに意識に作るものであります。だから芸術にはアシスタントはいても作者はいない。ただそこに芸術を発見する者だけがいるのです」 - 瀬川

トマソンとはなんであるか


東京幽霊が出る。トマソンという幽霊である」 - 瀬川

トマソンとは、正式な定義に従えば「不動産に付着していて美しく保存されている用の長物」であり、「芸術」のいち部門である。も見向きもしないようなの隅で、明らか用なものが、にも関わらずそのまま残され、あまつさえ管理・補修を受けていることさえある。その美しい遺物こそがトマソンなのである。

諸氏は、建物の外に単独で突き出したヒサシを見たことはないだろうか。塗り込められたに残るドアノブ、塞がれているのに元の形が綺麗にわか、外階段もないのに二階の外向きについたトビラ、重要なところだけ褪色して見えないカンバンといったものに、見覚えはないだろうか。ご近所に、どうにも不可思議な位置、不可思議な構造をなす構造物があったりは、しないだろうか。もしあったら、それがトマソンである。より大がかりなところでは、鉄道廃線跡に残されたホーム台といったものもまた、トマソンの一種といえる。

「たしかに、トマソン物件は、有用の営からは見捨てられながら、しかしゴミ営にも入らずに、その中間体を漂っているという点でユニークな存在だ」 - 藤森照信

「トマソン」は1982年白夜書房の雑誌「写真時代」内の瀬川の連載によってその存在が発表された。
その後、彼は「トマソン」の概念を確立し、その分布を調し、ついに「路上観察学」という一分野を成すに至る。


偉大なるゲーリー・トマソン


「そこにはちゃんとしたボディがありながら、世の中の役に立つ機というものがない。それをジャイアンツではちゃんとをかけてテイネイに保存している。素晴らしいことです。いや皮ではない。な話、これはもう生きた芸術というほかに解釈のしようがないではありませんか」 - 瀬川

「トマソン」という名は、ほかならぬ読売ジャイアンツの四番打者、ゲーリー・トマソンに由来する。
彼は鳴り物入り巨人軍に招聘されたが、二年である1982年には、四番打者でありながら「扇風機」と呼ばれるほどに三振を繰り返した。その姿に「美しく保存されている用の長物」を見た瀬川とその一が、彼と同じような、中に保存された用物をす分野名として「トマソン」を採用したのである。

そしてそのゲーリー・トマソンが同年を最後に「バットに球が当たらないという、ただそれだけの理由によって」解雇された時、瀬川はありとあらゆるトマソン物件の未来をそこに見ることとなる。ただの芸術と違い、芸術はいつ破壊され、あるいは撤去されてしまうかわからない。早急に観測されねばならない、と。


トマソンの発見


最初の発見は1973年まで遡る。
瀬川が四谷本町の館、祥館の外に見つけた、ただ6段分上って下るだけの、どこにも通じていないコンクリート階段が発見第一号であった。そしてその階段に取り付けられた木製の手すりに補修を認めた時、この階段は「まったく用でありながらゴミではない(補修されている)何か」として観測されたのである。
これを、ただ純に上り下りするだけの用途しかい階段、すなわち純階段と呼ぶ。 

第二の発見はその翌年。
偶然江古田駅を訪れた瀬川が、ベニヤで塞がれた窓口を発見した。それだけであればただの塞がれた窓口だが、台座となっている石版に長年の摩擦によってできた凹みがあり、視してもいいものをわざわざその凹みに綺麗に合わせてベニヤが切りだされていたことが、瀬川に「確実に未知のもの」を感じさせた。

第三の発見は数カ後、イラストレーター、南伸坊によってのものである。
お茶の三楽病院に、立な門が存在していた。その門は、ヒサシも門も、「三楽病院通用門」という看まで備えていながら、 ただだけがセメントで見事に塗り込められているがために門としての用途を果たしていない。南伸坊の通報で駆けつけた瀬川も、これには「困った門です」と言うしかなかった。

この三つ、すなわち「四の純階段」、「江古田窓口」、「お茶用門」の三点がった時、ついに瀬川は、「これは芸術である」と認識するに至ったのである。そしてそれには「トマソン」という名が付けられ、彼が教をとる美学校の生徒や「写真時代」の誌上において、その観測と分類が進められることとなった。
ここに、芸術本部トマソン観測センターが発足する。 


トマソンの分類


様々な種類があるが、とりあえず一般的なものを紹介する。


有名なもの


無用エントツ

おそらくトマソン史上もっとも有名なもの。トマソン観測センター活動当時の「ビルに沈む町」こと再開発直前の麻布町のどまんなかにぽつんと立ち尽くす一本の煙突であり、その根元はバラックによって守られていた。発見後、飯村昭謀にも錆びハシゴを単身その頂点まで上り詰め、そこで煙突の魚拓を取り、立ちあがってレンズで下界を撮影した。そのときの写真は、瀬川の著作「芸術トマソン」の表に見ることができる。

のちに解体されたが、エントツのあったその場所には現在アークヒルズの煙突が聳え立っている。

海部の無用トンネル

[画像を見る]

徳島県JR四国牟岐線海部のすぐ北にある短い鉄道トンネル(町内ちうトンネル)である。
建設時には山だった部分が住宅造成によりほとんど切り崩されたため、遂にはトンネルだけが残ってしまったもの。
かつて瀬川芸術トマソン』でも紹介された、由緒正しきトマソンといえる。掲載当時には周辺の建築物や木もなく、この写真よりさらにスッキリした姿であった。

現在でも残っており、海部ホームから眺めることができる。


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芸術トマソンの概念は、人類史上、この私たちの時代になって、しかもこの私たちの日本国においてはじめて姿を見せたものである。その意味でこの本は、地球上の意識史に残る記念碑となるだろう。人類が都市を持ち、その一方で意識を持っているかぎりは、その都市と意識の関係に見え隠れして、芸術トマソンはいつまでもあらわれてくるのである」 - 瀬川芸術トマソン」序文より

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最終更新日: 19/11/20 00:18
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