ニコニコ大百科モバイル

7/2(月)よりスマホまたはPCでアクセスした場合、各デバイス向けのサイトへ自動で転送致します


ニッポーテイオー


ヨミ: ニッポーテイオー
掲示板をミル!
2カキコ!

ニッポーテイオーとは、1983年生の日本の元競走馬・種である。

ニホンピロウイナーらの後に日本マイル界をリードした名。しかしマイルにとどまらず、中距離戦線でも好成績を残した。


概要


詳しくはWikipediaへ。年齢表記は全て旧表記。
はリイフォーヨダマサコ、Lover Johnという血統。は名種リファールの直で、現役時代はGⅢに過ぎなかったが種としてはBCマイルレコード勝ちした名Royal Heroineを出すなど成功した。は5戦1勝に過ぎないが、オーハヤブサアストラルを経てビューチフルドリーマーに連なる由緒正しい系。半エリザベス女王杯を制したタレティガールがいる。

3歳10月の新戦を大差で圧勝し鮮デビューを飾るが、続く条件戦で大敗。年明けの京成杯2着、弥生賞3着で皐月賞への切符を手にするが、本番では8着。ダービーに挑むべく臨んだトライアルNHK杯も8着に敗れたことで、営はダービーをあきらめマイル~中距離戦線に転換する。どうも若い頃はイレ込みがしかったらしい。ちなみに、NHK杯の8着はニッポーテイオーが最後に圏外に敗れたレースである。

ニュージーランドトロフィー4歳Sで重賞初制覇を飾ると、続くラジオたんぱ杯では皐月賞ダイナコスモスの2着に健闘。古と対戦した函館記念も逃げて制すると、毎日王冠快速サクラユタカオー相手に大健闘の2着。スワンSできっちり勝ち、マイルチャンピオンシップに臨むが、出負けしてしく中団からの競馬になり、直線よく伸びるが一く抜けていたタカラチールを捉えきれずハナ差2着に敗れる。

明けて5歳、初戦の京王杯スプリングCは勝するが、その後は安田記念宝塚記念ともに2着と勝ちきれない競馬。さらに初戦の毎日王冠では同期ダイナアクトレスにかわされ久々に連対を外す3着に敗れてしまう。しかし本番の天皇賞(秋)では逃げの手を打つと、直線で一気に突き放し5身差で圧勝。念願のGⅠタイトルを手にする。この天皇賞(秋)で2着につけた5身という着差は、2000mになって以降は今なお史上最大である。それ以前に、天皇賞(秋)を逃げ切ったがこれ以降1頭も出ていない(プレクラスニーが逃げて1着になっているが、1着入線したメジロマックイーンが降着になって繰り上がったためで、彼はメジロマックイーンの6身後ろで2着入線だった)。このの強さがお分かりいただけるかと思う。

話を戻すと、勢いに乗ったマイルCSも2番手からあっさり抜け出し5身差で圧勝。この年の最優秀短距離と最優秀5歳をも掴み取る。翌年初戦の京王SCはまたもダイナアクトレスの2着に敗れるが、安田記念は再び逃げてダイナアクトレス璧に封じ込め勝利マイルGⅠ連勝を決める。前年の辱を果たすべく挑んだ宝塚記念では天皇賞(春)を圧勝してきたタマモクロス突。1番人気に推されたが、直線でタマモクロス璧に差し切られ2着。このレースを最後に引退した。

としては初年度からインターマイウェイなど活躍を送り込むがその後はすぼみになり、2000年を最後に種引退した。一番有名な産駒は高知で連敗記録を更新し一躍有名になったハルウララであろう。晩年はうらかわ優駿の里ビレッジAERUにて、ヒシマサルウイニングチケットと共に余生を送った。30歳をえてもなお元気でサラブレッド最高齢記録の更新を期待できるほどだったというが、2016年に老衰のため33歳で世を去った。ちなみに、当地では2013年まで存命だったダイユウサクと仲が良かったらしい。

通算21戦8勝、2着8回3着2回。マイルでは6戦4勝のパーフェクト連対。先行だったこともあり、度々あっさり差し切られる詰めの甘い一面もあったが、抜群の安定感とスピードを誇っていたことは間違いない。今となっては「テイオー」というとイケメンのあいつになってしまい、このはどうにも影が薄いが、安定感と爆発を兼ね備えた彼の実は間違いなく本物だったと言えるだろう。


関連動画



■sm25247865[ニコ動]


関連商品


ニッポーテイオーに関するニコニコ市場の商品を紹介してください。


関連コミュニティ


■co374


関連項目



最終更新日: 16/11/04 00:16
タグ検索 パソコン版を見る


[0]TOP
ニコニコ動画モバイル
運営元:ドワンゴ