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ノーザンダンサー


ヨミ: ノーザンダンサー
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ノーザンダンサーとは、カナダの元競走馬・元種である。


概要


 Nearctic
 Natalma( Native Dancer

命名の由来は(新北区)と(先住民の踊り子)から取られている。

フォーエリー競馬場メイドン(日本で言う未勝利戦)でデビュー。ここでの勝利を含む3勝2敗とした後、ウッドパイン競馬場へ転戦。ここでも、カナダ最大の2歳戦のコロネーションフューチュリティを快勝。その後はアケダクト競馬場へと転戦した。

翌年、フロリダダービー、ブルーグラスSを連勝し、アメリカ三冠競争第1戦のケンタッキーダービーもクビ差いで優勝。続いてプリークネスSも勝利三冠の期待がかかったが、最後のベルモントSは3着に敗れる。

その後は、カナダクイーンプレートに出走し勝利を収めたが、その後屈腱炎を発症し引退する。


種牡馬として


と、競走馬としてかなりの成績を残したノーザンダンサーだったが、この価が発揮されるのは、種としての活躍であった。
実際、私達がノーザンダンサーの名前を口にする時、その話題に種としてのものだろう。
略歴を記すだけでも、1970年77年、83年、84年に英リーディンサイアー。71年、77年にリーディンサイアーとなっている。これだけでももちろん凄い事なのだが、更に凄いのが代表産駒のさである。
2年の産駒から英クラシック三冠となるニジンスキー日本で種として活躍するフレンチデピュティの祖であるヴァイスリージェント日本で10回ものリーディンサイアーを獲得するノーザンテースト。それ以外にもリファールダンジグヌレイエフストームバードサドラーズウェルズなどなど、枚挙に暇がない。そして、それらのノーザンダンサーの直も種として活躍し、彼らが生んだカーリアンデインヒルシアトリカル、ストームキャットガリレオなどの近年の活躍種ノーダンサンサーからは孫以下に当たる)は、新しい競馬ファンにも染み深い名前である。

ノーザンダンサーの素晴らしい点は、適応が恐ろしく高い事が挙げられる。端的に言うと、芝・ダート問わず、そして幅広い距離で活躍を出し、代表産駒が、欧、アジアでそれぞれリーディンサイアーを獲得している。更に、その柔軟性は代を経ても受け継がれ、産駒が名種として各地にしっかりと根付き、まさにワールドワイドの活躍を見せた。
ピーク時には「ノーザンダンサーの血の1滴は、1カラットダイヤモンドよりも価値がある」とまで言われたほどである。
結果として、わずか30年弱の間に、世界の血統図はノーザンダンサーを中心としたものに書き換えられ、「19世紀のセントサイモン20世紀のノーザンダンサー」と、その栄を称えられている。
ポスト・ノーザンダンサーとして、ヨーロッパではナスルーラ系の復権、アメリカではミスタープロスペクター系、日本ではサンデーサイレンス系が活躍を送りこんでいるが、ノーザンダンサー系はそれらにもブルーメアサイアーとして血を送りこんでいる事が多々あり、また、ノーザンダンサーの系も依然として幹を為している事からも、ノーザンダンサーが塗り替えた近代競馬の血統図は、今しばらくは盤石なものとして続いて行くと思われる。。


血統表


Nearctic
1954 鹿
Nearco
1935 鹿
Pharos Phalaris
Scapa Flow
Nogara Havresac
Catnip
Lady Angela
1944 
Hyperion Gainsborough
Selene
Sister Sarah Abbots Trace
Sarita
Natalma
1957 鹿
F No.2-d
Native Dancer
1950 
Polynesian Unbreakable
Black Polly
Geisha Discovery
Miyako
Almahmoud
1947 
Mahmoud Blenheim
Mah Mahal
Arbitrator Peace Chance
Mother Goose

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最終更新日: 12/11/12 14:24
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