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ブリティッシュ・レイランド


ヨミ: ブリティッシュレイランド
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ブリティッシュ・レイランドとは、かつて英国に存在したrubbish自動車製造会社である。


概要


1968年ブリティッシュモーターレイランドの合併によって誕生。

英国メーカー(ローバージャガー、デイムラー、MGオースチンなどなど)が大集合した一大グループであったが、業績悪化により有化されたことで英国面どころか暗面に落っこちた。黒歴史とも言えるブリティッシュ・レイランドの誕生である。

その後、も作らずせっせと焚き火ばかりしてたら予想通り英国ごとオワコンになってしまい、栄えある英国産業は一時的にせよ全消滅してしまった。にあまり詳しくない人に代表的なイギリスを聞いても、

「え、イギリスってなんて作ってたの?」

みたいなリアクションしか帰ってこないのは十中八九こいつらの責任である。rubbish

具体的にどれほどひどいかというと、走行中にパーツボロボロ落っこちる、パネルとパネルの間にでなく腕が入るほどの隙間がある、漏りが日常茶飯事サビに極端に弱い、正面から見た時に左右の長さが違うなど工業製品として欠陥品を通り越した何かというレベルである。
なお、TopGearでももしかしたら運良く怠惰の網を潜り抜けたマトモクルマがあったのでは?会者3人が1200ポンドの自を切って検証したのだが・・・

なお、1981年からは本田技研工業(ホンダ)と技術資本提携を結んでおり(ローバーブランドに移行後の1994年まで)、バラードレジェンドコンチェルトドマーニなどの種がエクステリアの一部を変えてBL→ローバーブランドで発売されている。

余談ではあるが、ここに所属していたブランド(メーカー)は現在全てBMWやタタ・モーターズなどの海外メーカー下またはブランドとなっており、英国自動車メーカーのなかで今も独立してやっているのはマクラーレンノーブルなどの少数生産のスーパーカーメーカーくらいである。


経営が行き詰まった原因


ブリティッシュ・レイランドの経営が行き詰まり、ひいてはイギリス自動車産業が重大な危機に陥った原因は、概ね以下の4つに集約される。

  1. 闇やたらに合併を繰り返した事
  2. ロクに投資をしなかったこと
  3. 政府の救済策がカスだったこと
  4. 労組ストライキばかりやってたこと

1の合併を繰り返した事で、ロールス・ロイス(別件で経営悪化)など一部を除き、どの会社が集まってしまった。つまり何かの拍子で経営が行き詰まると、集まったメーカー全てが一蓮托生ピンチになる、というか実際なった。合併自体は経営体を大きくする上で、また共通設計・開発を行っていく事で合理的にコストを減らしていく上でも利点はあるのだが、ブリティッシュ・レイランドの場合そういった利点は全くなかった。ただ単に寄って集まって肥大化しただけであったため、ジャガーをはじめ合併前より品質が下がるブランドもあったのである。

2は致命的であった。時は1970年代、排ガス規制は強化されていく傾向にあり、ドイツフランスイタリアなど既存のライバルに加えて日本も台頭していた時代。本来であれば投資して新しい技術を手に入れたり、生産設備を更新して品質と生産性を向上させたり、従業員のを上げたりし、動環境の向上したをより高効率・高品質で生産できるように努めるべきである。だがそういったことに全然投資しなかったことで品質や生産性は悪化し、技術で全に置いてきぼりをくらい、それがブランド全部に及んだ。

3も致命的であった。経営が悪化した時に有化したのだが、それ自体は悪くはない。有化した上で政府が信用を担保して有利子負債を整理し、投資資を調達し(これは政府が貸しても良い)、経営再建を行っていくのであれば。だが社会主義政策を推し進めようとしていた労働党政権にそのような発想はなかった。有利子負債の整理や投資をして経営再建とか、そんな唾棄すべきブルジョワの発想は思いつきもしなかった。一応政府もただ見ているだけではなく、110ポンドもの巨額の的資を投入したものの、やったのはせいぜい雇用を守る事、つまりを作ろうがサボろうがとにかくクビにしない、ただそれだけだったのである。

4は本当に致命的だった。ただでさえ品質も生産性も低下しているのに、さらに労働者がストを頻発させたら状況はより悪化する。彼らは労働党政権だから自分たちをクビにしないだろうとタカを括り、労働条件の善と雇用の維持をめてストライキを頻発させ、結果として自分たちの会社の首を締めてしまった。

経営者、労働者、政府全員が選択を間違うとこうなってしまう、という典であろう。


マーガレット・サッチャー首相の登場


ブリティッシュ・レイランドと同じような状況が製鋼、造船、鉄道など重工業の様々な分野に及び、の産業全体が二進も三進もいかなくなっていた。これが所謂イギリス病である。

そうした情勢下の1979年。政権交代で保守党政権が誕生し、マーガレット・サッチャー首相に就任した。彼女が最初に行ったのは上記の産業の民営化、要は政府が持っている式を売却し、関係企業を純民営に戻すことである。本来は経営再建後に売却するのが筋だが、いずれの業界もとっくの昔に死んだも同然だったので、サッチャーは経営再建を民間企業にゆだねる事にした。ブリティッシュ・レイランドも同様で、各ブランド海外メーカー下に入る、いは資本提携や業務提携を行い、別々のを歩んでいく事になる。

サッチャーのこの政策判断については今でも毀誉褒貶がしい。新自由主義政策でをぶっ壊したという意見もあれば、あの時点では当然の判断であったという意見もある。ではブリティッシュ・レイランドの場合はどうだったのだろうか?。
一つはっきり言えるのは、サッチャーの就任前にブリティッシュ・レイランド事実上死んでいたということである。


我々が学べる事


この壮大なオウンゴールから学べる事は多々ある。

といったものが代表的だろうか。

もう一つ重要な事を述べておくと。ブリティッシュ・レイランドに起きた事は運命でもなんでもなく、ただ単に当時のイギリスで関係する全ての人間が判断を誤っただけということ。現に、他のヨーロッパではイギリスのようなことは起きていない。今現在経営が悪くなっている自動車メーカーもあるが、少なくともブリティッシュ・レイランドよりは長生きしている。

実は巷の一部では「大規模産業は先発から後発に移行するもの」という、ある種の運命論が唱えられ、1970年代イギリス日本自動車産業が例として挙げられるのも少なくない(そして日本滅亡論に繋げる)。だがこれは間違いなのである。これまでの内容を読んでもらえれば分かるが、あんなことやったら先だろうが後だろうが関係なく企業は終わってしまう。

例えば発展途上国で開発独裁の形で何らかの産業が勃している場合。少なくとも投資を行って設備を更新したり、従業員の教育を行っている。それによって単に製品を生産するだけではなく、効率化・高品質化も行っているわけだ。もし経営が投資をロクにせず、政府が雇用の維持「のみ」に腐心していたらどうなるだろうか?先進国の同業社に追いつくことができるだろうか?。当然、そんなことはない。

ブリティッシュ・レイランドは先とか後とか関係なく、全ての々の資本家、経営者、労働者、政府にとっての反面教師なのである。


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最終更新日: 18/05/24 10:30
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