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基本データ | |
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正式名称 | ベネズエラ・ボリバル共和国 República Bolivariana de Venezuela |
国旗 | 募集中 |
国歌 | 勇敢なる人民に栄光を[動] |
公用語 | スペイン語 |
首都 | カラカス(Caracas) |
面積 | 916,445km2(32位) |
人口 | 約3062万人(47位) |
通貨 | ボリバル・ソベラノ(VES) |
海岸部に人口の大半が集中し、南部のギアナ高地の人口は希薄である。
北西部のマラカイボ湖近辺では石油が産出する。かつてはコーヒー、カカオなどが輸出されていたが、現在では輸出の大半を石油が占める。
石油価格が爆上がりした1970年代、ベネズエラ人は「世界で4番目に一人あたりGNPが大きい」と誇ることができた。しかし調子に乗って政府歳入の23.8%も石油に依存するようになり、当然ながら国際市況に振り回されるようになってしまった。1999年まではベネズエラの石油は外貨の50%しか稼いでいなかったが、1990年代に社会主義政権が私企業を育てないやり方でバラマキを始め、あっという間に石油モノカルチャーに転落した。「兵頭二十八の防衛白書 2016」兵頭二十八 草思社 2016 p.298
▲19世紀初めに独立運動が始まりシモン・ボリバル(国名の「ボリバル」は彼の名に由来する)らの闘争の後、コロンビア共和国(大コロンビアとも呼ばれ、ベネズエラ、コロンビア、エクアドル、パナマ全土にガイアナ西部、ブラジルやペルーの一部を含む領域の国家)が成立。
しかし、1830年にベネズエラが独立したため、大コロンビアは崩壊した。
独立したベネズエラでは、保守党と自由党の闘争や軍事独裁が起こるなどしたが、1959年に政党が協定を結び民主的政権が誕生した。
1999年にウゴ・チャベスが大統領に就任。反米政策を採り、社会主義的な政策を掲げ、やや強権的な政治を行った。
2013年の大統領の死去後、側近のマドゥロが大統領となった。2017年に野党が過半数を占める議会を解散し、憲法制定議会を招集することを決定し、野党がボイコットをしたため与党が全議席を獲得した。
マドゥロ政権下のベネズエラは経済が崩壊、2015年から2017年にかけて、人口の3%にあたる100万人近くが国外に脱出した。マドゥロは2018年5月の大統領選で再選を果たしている。アングル:代金は魚、超インフレのベネズエラで蘇る「物々交換」[外部] 2018.7.7
ベネズエラからの脱出者はさらに増加しており、400万人に達している。ベネズエラ脱出、400万人に=「驚異的ペース」-国連難民機関[外部] 2019.6.8
▲アメリカの強い影響で野球人気が高く、日本でも多くのベネズエラ人選手が活躍している。
特にアレックス・ラミレスは選手として活躍しただけでなく、横浜DeNA監督に就任。ベネズエラ、ひいては南米各国の出身者でNPB所属チームの指揮をとる初めての人物となった。
MLB志向が強い関係か人気の割には、国際大会ではWBCで4位が一回とあまり成績を残していない。(野球の国際大会自体があまり回数を重ねていないという事情もある。)
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