ニコニコ大百科モバイル

7/2(月)よりスマホまたはPCでアクセスした場合、各デバイス向けのサイトへ自動で転送致します


北海道ちほく高原鉄道


ヨミ: ホッカイドウチホクコウゲンテツドウ

北海道ちほく高原鉄道とは、かつて北海道に存在した鉄道事業者。
また、沿線自治体などの出資による第三セクターの一つでもあった。

おここでは、同社保有路線であった「ふるさと銀河線」、及び同路線の転換元になった国鉄(日本国有鉄道)及びJR北海道の「池北線」についても説明する。


概要


JR北海道根室本線池田駅から分岐し、池北を越えてJR北海道石北本線北見に接続していた路線。

元々は、道央網走を結ぶ幹線鉄道として網走線の名で建設が開始され、網走まで開業したことにより網走本線となった。しかし、石北線が北見まで開業すると、状況は一変。1961年に、距離の短い石北線が石北本線となり、池田駅北見間は池北線となった。

その後池北線は、国鉄再建法施行に伴い止対となったが、特定地方交通線の中でも人口希薄地帯で営業キロが100km以上あった池北線は、他の標線・天北線名寄本線とともに「長大四線」と呼ばれ、季の代替輸送に問題があるとして一度保留となったが、結局追加承認され、1987年JR北海道に承継された後、1989年に北海道ちほく高原鉄道に転換された。

なお、他の「長大四線」は止となったのに、池北線のみ第三セクターに転換された背景には、「長大四線」の中では一番輸送密度が高かったこと、転換時が第二次ベビーブーム世代がちょうど高校生くらいで通学に利用してもらえたことなどが挙げられているが、足寄町出身の鈴木宗男衆議院議員(当時)が存続に尽したための政治的な配慮による第三セクター転換という見解を挙げる方もいる。

しかし、少子化時代を迎えたことにより、頼みの綱であった通学生が大幅に減少したことや、沿線人口の流出・過疎化が進み、利用者は年々減少し続けた。さらに、ゼロ利政策による低利状態が続き、経営安定基の運用益による赤字補填が困難になったことも経営状態の悪化に追い討ちをかけた。結果、2006年4月20日限りで止となった。


運行形態


全線運転列車のほか、置戸北見間の区間運転列車池田駅~足寄・陸別の区間運転列車が設定されていた。
従って、結果的に陸別~置戸間は列車本数がかなり少なくなっていた。

一部列車JR北海道根室本線帯広まで乗り入れていたり、快速銀河」という快速列車が設定されていたりと、より利用しやすくなるように運転が設定されていた。


使用車両



駅一覧


快速快速銀河
○:停  |:通過  ◇:列車交換可  :交換設備撤去

快速 接続路線・備考 交換 所在
池田駅 JR北海道根室本線 中川
池田町
様舞
高島駅
大森駅
勇足 中川
本別町
南本別
女堂
本別
美里
足寄 足寄
足寄町
西一線
上利別
森駅
大誉地
足寄
陸別町
陸別
分線
川上
小利別
置戸 常呂
置戸町
豊住
西訓子府 常呂
訓子府町
西富
訓子府
穂波
日ノ出
広郷 北見市
上常呂
北見 JR北海道石北本線

廃線後の動向


陸別跡地及び陸別~分線間の廃線跡は、2008年4月20日鉄道保存展示施設「ふるさと銀河線りくべつ鉄道」となった。
ここでは、ふるさと銀河線で実際に使用されていた気動車の乗体験及び運転体験、トロッコの乗体験がでたり、国鉄時代からふるさと銀河線時代までの各種資料が閲覧できる。


関連動画



■nm4564586[ニコ動]

■sm1990203[ニコ動]
■sm30804383[ニコ動]


関連項目



最終更新日: 17/07/12 00:32
タグ検索 パソコン版を見る


[0]TOP
ニコニコ動画モバイル
運営元:ドワンゴ