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原恵一


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原恵一とは、日本アニメーション監督である。

にどこにでもいる家族クレヨンしんちゃん野原など)を題材にし、情緒を訴える作品を手がけることで知られる。


概要


1959年群馬県出身。

東京デザイナー学院卒業後に就職活動で訪れた東京ムービーで、現職の演出に入社を頼み、その後渡された「ルパン三世」の完成台本を元に描いた絵コンテを持参したという。そこで紹介されたCM制作会社を経てシンエイ動画に入社。「ドラえもん」では注の若手演出として雑誌アニメージュなどで取り上げられる。

1987年に「エスパー魔美」で当時としては異例の二十代での監督。しかし、トラブルが相次ぎ放送終了後に10ヶ休職(東南アジア旅行へ行ったとのこと)。1991年の「21エモン」で監督に復帰するが低視聴率で短期終了となってしまう。

転機となったのは1992年クレヨンしんちゃん」の演出、絵コンテでの参加だった。当初は社内でも短期終了が有視されるほどが入れられていない作品だったが、視聴率はグングン上がり、原自身も仕事が面くなったという。PTA子どもに見せたくない番組ランキングの常連ではあったが、結果的に同作は社会となり、国民的アニメへと登りつめる。

1996年本郷みつるから引き継いで「クレヨンしんちゃん」の監督となり、劇場版1997年クレヨンしんちゃん 暗黒タマタマ大追跡」から監督を始める。2001年クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」がヒットしたことにより知名度をあげ、2002年クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦」では文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞を受賞。

2003年から劇場版監督水島努バトンタッチし、テレビアニメ2004年監督ムトウユージに引き継がせ、クレヨンしんちゃんから離れる。(ただし、2003年から2005年劇場版では絵コンテに関わってる。)

2007年では前からアニメ化したかった「河童のクウと夏休み」を製作。「アッパレ!」以来5年ぶりの監督作品として注され、宮﨑駿に次いで史上二人の二度の文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞受賞を果たした。

2010年では絵都原作の「カラフル」を映画化。アヌシーアニメーション映画祭で長編作品部門特別賞と観客賞を受賞。

 2013年に自身の作の手本となった者の一人である木下恵介作品、「陸軍」の撮影後の出来事を描いた「はじまりのみち」で実写映画監督を初めて務めた。

2015年には杉浦日向原作の「百日紅」を映画化。


監督作品



テレビシリーズ



劇場版



実写版



挿入歌 作詞・作曲


自分の監督作品のみならず、多くの作品で挿入歌の作詞作曲に携わっている。以下、曲名(作品名)で列挙。 


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最終更新日: 15/08/03 00:55
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