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天皇賞(秋)


ヨミ: テンノウショウアキ
掲示板をミル!
13カキコ!

天皇賞(秋)とは、日本中央競馬会(JRA)催のGI競走で東京競馬場の芝2000mで行なわれる。


概要


競走名の変化
室御賞典1937~1943)⇒第二次世界大戦により休止⇒平和(1947)⇒天皇賞(1948~現在

距離
1937年     2600m
1938~1983年  3200m
1984年現在  2000

中央競馬の最も大きな8競走(八大競走)の1つであり、ジャパンカップ有馬記念を合わせ「三冠」と称される。

出走資格1937年の第1回は3歳(旧4歳)以上で、翌年から1986年までは4歳(旧5歳)以上だったが、
1987年から再び3歳の出走が可になっている。また2008年から騸の出走も可となっている。


1911年より開催されていた当時日本最高賞の競走であった優勝内連合競走を元に、1937年に室御賞典という名称で第1回のみ2600mで行われ、1938年から1982年までは天皇賞(春)と同じ3200mで開催、1980年までは1度勝つと再度出場できない勝ち抜け制度を導入していた。

2000mになってからは中距離最強決定戦との位置付けがなされ、天皇賞からの長距離安田記念からのマイル菊花賞の条件を嫌った3歳など中距離戦線以外からのメンバーも集まり層が厚い1戦である。
また11月下旬に同じく東京競馬場で行われるジャパンカップへのステップレースともなった。
しかし近年はジャパンカップ有馬記念の賞増加を受けてか、有の回避もたびたび見られる。

02年は東京競馬場修工事のため中山競馬場2000mで施行された。
2005年2012年には天皇皇后陛下をお迎えした競馬が行われ、
この時勝利した松永幹夫M.デムーロ両騎手が見せた敬礼姿は共に競馬史上に残る名シーンである。

その他に特筆すべき点としては、1978年八大競走では一と思われるカンパイが発生している。


1番人気に関するジンクス


1970年代から2000年代に至るまでは、1番人気のが勝ちはおろか複勝圏内から外れることが続いたため、「天皇賞では1番人気が勝てない」というジンクスが存在していた。1965年シンザンが優勝してからは、2000mに短縮された1984年までの18年間1着になれなかった。ここでジンクスが途切れるか思われたが、1985年に圧倒的1番人気に支持された皇帝シンボリルドルフがよもやの敗戦を喫した。更に1987年ニッポーテイオーが勝ってからは2000年テイエムオペラオーが勝つまで12年間も勝てなかった。

複勝圏内の入着状況も、不安定な状況が続いている。
1971年から1983年までは複勝圏内(3着)にも入っていないおらず、1972年キームスビィミーと1978年リュウコウの4着が最高着順である。
1984年から1989年からは一転して6年連続で複勝圏内に入着したが、1990年から1995年までは6年連続で5着以下に沈んでいる。
但し、2000年代になると、複勝圏外になったのは2回、2010年代も複勝圏外になったのは2011年の1回だけで、いずれも複勝率が8割をえ、これまでの状況とは一転して1番人気が強いレースへと変わっている。


コース概要


コースの特徴はスタート直後にコーナーがあることで、外が大きな不利を受けることである。
特に外の逃げ・先行が前に位置取りするには、スタート直後から全速で走らせる必要があり、
かつ2コーナー群がゴチャつきやすい傾向がある。
東京競馬場修が行われて2003年からは2000mのコースは以前よりもコーナーが緩やかになったが、依然として外不利な傾向は続いている。

91年は1番人気のメジロマックイーン号が6身差の圧勝で1位入線するが、
2コーナーでの斜行によって降着になった。

■sm424993[ニコ動]


主な前走・前哨戦


競走名 格付 施行競馬場 施行距離 間隔 優先出走権
宝塚記念 GI 阪神競馬場 2200m 18週
札幌記念 GII 札幌競馬場 2000m 10週
オールカマー GII 中山競馬場 2200m 5週 1着
毎日王冠 GII 東京競馬場 1800m 3週 1着
京都大賞典 GII 京都競馬場 2400m 3週 1着

近年の優勝馬



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最終更新日: 18/10/29 01:22
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