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天野遠景


ヨミ: アマノトオカゲ

天野遠景(?~?)とは、平安時代末期から鎌倉時代に活躍した武将である。


概要


藤原息子で、伊豆田方天野郷を本拠にしたため天野を名乗る。通称天野籐内。

1180年の源頼朝の挙兵以来側近として活躍する。石橋山の戦いで頼を敗走させた伊東親の捕縛、武田信義息子一条忠頼の暗殺などを行っている。

1184年以降源範頼の軍勢で西海に向かう。壇ノの戦い以降、源義経および残党の追補、九州地方の御人を統率などを行う、鎮西奉行として九州に下向した。しかし実態は宇都宮信房との征伐に鎮西御人の協が得られなかったように、その統制は決して強ではなかったのである。そのため1194年ごろまでに解任されて鎌倉に帰還した。この間内舎人、左兵衛尉、民部を歴任している。

源頼朝の没後は出したが、梶原景時の追放、比企能員の討滅に加わっている。後者北条時政新田忠常と彼に討っ手を命ずるも「軍兵を発するにわず、御前に召し寄せてこれを誅せらるべし。かの老翁何事かあらんや」と発言し、おびき寄せて暗殺するように献策したことが『吾妻』に記録されている。そして彼が暗殺の下手人となった。

1207年に山木兼襲撃以来の勲功から恩賞を望んでいたことが記録されており、晩年は不遇だったとみられる。


関連項目



最終更新日: 17/09/28 10:07
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