ニコニコ大百科モバイル

7/2(月)よりスマホまたはPCでアクセスした場合、各デバイス向けのサイトへ自動で転送致します


曹真


ヨミ: ソウシン
掲示板をミル!
65カキコ!

曹真とは、三国志に登場する人物である。


虎豹騎隊長


字は子丹。曹操の甥にあたる。の曹(一説によると伯南という曹操友人)が曹操の旗揚げ時に州刺史の黄琬に殺され、曹操はその遺児である曹真を実子の曹丕らと一緒に育てた。曹真が狩猟で、上から虎を射た事があり、曹操は直属の部隊「虎騎」の隊長として率いさせた。

曹操中を領有するようになると劉備との戦いで戦功をあげ、夏侯淵の戦死後は曹洪と共に陳倉に駐屯した。が建されると鎮西将軍となり、雍州・州の軍事を統括する任務を帯び、異民族や領内の反乱を鎮圧する役割を担った。その後中央に戻り、征伐に従軍している。曹丕の死に際して、跡継ぎの曹叡の補政を陳羣司馬懿と共に依頼されている。曹叡が即位すると大将軍となった。


孔明との戦い


太和2年(228年)に諸葛亮率いるの北伐軍がに侵攻する。南安、、安定の三に奪われる中、曹叡は長安まで親政し、曹真は軍の迎撃にあたり、趙雲鄧芝の部隊に備えた。張郃の活躍で軍を撃退することができたが、曹真は諸葛亮は次は陳倉を攻めてくると読み郝昭に陳倉を守らせた。果たして同年諸葛亮が再度攻めてくると郝昭は陳倉を固く守りの攻撃に屈せず、曹真が援軍を送ったため軍は撤退した。

軍との戦いの功績から太和4年(230年)曹真は大司馬となり様々な特権を与えられる。曹真はからの攻撃に防衛するだけでなくこちらから攻める事を提案、子午よりに攻め入る。同時に荊州にいた司馬懿から中を攻撃させるなど大規模な軍事行動となるはずだったが、の長のため補給が困難となり、やむなく曹真は撤退する。

陽に戻った曹真は重病にかかり、翌太和5年(231年)に病没。元侯と諡された。


逸話



曹真の家族


曹叡の死後、曹真の長男曹爽大将軍として権勢を極めたが、司馬懿クーデターに遭い、三族皆殺しになった。しかし曹真の生前の功績を考慮され、曹真の族孫にあたる曹熙が跡を継ぐことを許されている。


各メディアにおける曹真



三国志演義


司馬懿が謀反を疑われた時にこれを弁護したり、病気中にが攻めてきた時、都督の印を直接司馬懿に手渡したり、基本的にいい人である。
しかし諸葛亮の智謀にはが立たず連戦連敗、正史にある功績も司馬懿の手柄にされてしまっている。最後は抜した王双られたと聞くや病に倒れ、諸葛亮の挑発の手紙を見て怒りのあまり憤死する。

諸葛亮には勝てず、司馬懿の才わなかったことが後の曹爽の運命にを落としている気がする。
それにしてももっと評価されるべき、という言葉を曹真にげたいくらい正史とは正反対のかませ犬ぶりである。もしあそこで賭けに勝っていれば仲達さんの女装姿見れたのに


横山三国志


王双られた 王双られた うーん」


三国志大戦


Ver2.1に登場、いったん排出停止になった後Ver3.5で再登場。
崩射の号を上手く使って正史の如き活躍ができるか。


曹真の関連動画



■sm6275530[ニコ動]

■sm1993008[ニコ動]
■sm2603429[ニコ動]
■sm9833078[ニコ動]


関連商品


■azB0035JEV4Y


関連項目



最終更新日: 11/06/12 00:07
タグ検索 パソコン版を見る


[0]TOP
ニコニコ動画モバイル
運営元:ドワンゴ